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さんきちの「え~のんか~」

ラジオ、乗り物、食を中心とした内容になるかと…。
ホームページもありますので、よろしかったらご覧ください

鶴光のオールナイトニッポン・サンデースペシャル(サンスペ)の歴史を彩った、18人の
アシスタントについての思い出です。

前回の続きで、日高のり子のサンスペ卒業式の模様と、その後について振り返ります。

散々な目に遭いながらも、確実にリスナーの支持を集めてきた彼女ですが、'82年3月28日
いよいよサンスペを卒業することになりました。

その日は、NHKレッツゴーヤングのサンデーズで一緒だったひかる一平もゲストに交えながら
ご陽気に2時台を終え、3時から”イントロ当てクイズ”に続き、自分のコーナー
”アップ・ルンルン”に入ります。

リスナーから届いた沢山のお別れメッセージにちょっとしんみりしながらも、
サンスペの思い出などを、いつものとおり明るく語り、自身の曲"春めきラプソディー"を
紹介します。
曲が終わり、エンディング・テーマが流れはじめたとき、伝説となったその事件は起きました。
 「えっ、終わりなんですか?・・・ノン子辞めるつもり無かったのにー。
  ねっ、辞めなくてもいいでしょ。最後だもんね。・・・ダメぇ?」
この言葉の直後、「ウェーン!!」と大声を上げ泣き出してしまい、最後までしゃべらせろと
喚き出したのです。
スタッフはこの様子に困惑したのか、すぐにCMに入ります。
CM後、気を取り直して自身のスケジュールを紹介しますが、最後まで嗚咽を止めることは
ありませんでした。

記事を起こすにあたり、あらためて音源を聞き直しましたが、歴代アシスタント卒業の中で
一番涙を誘うシーンです。

号泣してまで、トークに対する熱い気持ちを語る彼女。
想いをこらえきれず泣き出してしまった、まさにこのときが、アイドルから声優・DJへ
脱皮するための、殻を破った瞬間とも言えるのではないでしょうか。

このシーンがよほどインパクトがあったのか、またリスナーの人気も高かったので、
浜田朱里、坂上とし恵とともに、交代制アシスタント”崖っぷちトリオ”の一員として
再登場し、隔週ですが'83年春までアシスタントを続けます。

サンスペ卒業後、しばらくは舞台などで活躍していましたが、'85年フジテレビの
連続アニメ”タッチ”の浅倉南役に抜擢され、一気にブレイクします。
その後は、売れっ子声優として、”となりのトトロ”、”らんま1/2”など、数多くのアニメで
アイドル時代を凌駕する大活躍をおさめ、ベテラン声優の1人として今に続きます。

そして、もう一つ忘れてならないのはラジオDJ。
'89年10月から始まったKBS京都ラジオの”はいぱぁナイト~ハイヤングKYOTO”は、
持ち前のマシンガントークと、鶴光師匠譲りの巧妙なリスナーいじりで人気を博します。
最終回のイベントでは、リスナーが会場周辺に集まりすぎて中止になり、そのことが地元紙に
載るほどの、まさに(鶴光)師匠を凌ぐ勢いでした。
そして、'04年9月29日に、浅倉南名義ではありますが、オールナイトニッポン(一部)の
パーソナリティとして凱旋します。

'92年に結婚し、声優やタレントとして活躍する傍ら、主婦としても充実した日々を送って
いることがブログに綴られています。

鶴光師匠との共演は、'90年の”噂のゴールデンアワー”にゲスト出演して以来、ご無沙汰ですが、
話術の達人同士のトークセッションを是非聞いてみたいものです。

MBSヤングタウン木曜日(”ヤン木”)のコーナー紹介。今回は落語アカデミー1時間目
「ばんざいニュース」です。

夕刊の記事から9問ピックアップし、鶴光師匠が小咄にします。
9問中5問バンザイ(SEは近藤真彦の”ふられてBANZAI”のサビ)を取ると、師匠の曲
“オールザットおもろない”がかかり、4問以下だと別の曲をかけます。
角アナがニュースを読み、師匠が小咄をつくる。
お互い、本業の力量を発揮するコーナーでした。

また、勝敗予想を当てたリスナーから、抽選で1名にヤンタングッズをプレゼントして
いました。

'83年9月8日より
凡例:鶴→鶴光、角→角淳一、弥→西端弥生

1問目
角:昨日、激しい雷雨に見舞われました近畿地方は、一夜明けて平年並みの気温に戻り、
  さわやかな秋の朝を迎えました。
鶴:やいカミナリ。お前みたいなヤツは、わしゃ嫌いじゃ。
  どうせワシは”ゴロつき”や。
(〽バンザイ~)

2問目
角:京都で、モーツアルトの勉強をしませんか?世界的指揮者、小沢征爾さんの実兄が経営する
  京都のレディースホテルでは、このほど宿泊者に無料でモーツアルトを教えるという、
  ユニークな音楽学校がスタートしました。
鶴:小澤さんはいろんなことに手を出しはりますが、今度出すのは・・・
角:政治です。
鶴:どうぞ。
(〽おもろないないおもろない)
角:アナウンサーに、先に言われるギャグ言いなさんな。

3問目
角:約10年前、世界一周航海に出ましたスイス人とベルギー人のヨット2隻が、一方は東周り、
  他方は西回りで、このほど西宮ヨットハーバーに相次いで入港しました。
鶴:いや~、疲れました。疲れましたやろ。そうですか、陸に上がる時、どんなかけ声を・・・
角:よっとどっこい。
鶴:どうぞ。
(〽おもろないないおもろない)

4問目
角:手造りの車を使い、いかに燃料を節約して走るかを競う省燃費の自動車レースが、
  18日に大阪千里の万博記念公園お祭り広場で行います。
鶴:この自動車レースやってる万博記念公園に、カラスが上を飛んでまして。
  なんちゅうて・・・
角:カー、カー。
鶴:どうぞ。
(〽おもろないないおもろない)
角:オレとアンタで、共同で作ってんのちゃうねんから。

5問目
角:ステンドグラス作りが、中年男性の間で脚光を浴びております。日本ステンド工芸協会に
  よりますと、全国23ヶ所にある同協会の傘下の教室に通う生徒は約5万人、
  そのうち1万人は確実に40~50歳代の男性だそうであります。
鶴:壊れたらこれはほかすんですか?・・・
角:捨てんど。
鶴:どうぞ。
(〽おもろないないおもろない)

6問目
角:兵庫県西宮市の甲子園阪神パークのレオポン”ジョニー”は、明日(9日)西宮市長から
  敬老表彰されます。
  ジョニーは、さる6月で満22歳。人間に例えると、104歳に相当するそうです。
鶴:はぁ~、これはぜひともジョニーに伝えないといけませんね。
弥:ジョニーへの伝言
鶴:どうぞ。
(〽おもろないないおもろない)

7問目
角:今日、第100回臨時国会が召集されましたが、これまで国会をいろんな人が見学して
  いますが、そのトップは小学生で、去年1年間では全体の40%だったそうであります。
鶴:あ~、わたくし総理大臣といたしましては、小学生によく勉強してもらうために、
  お金を出したいと思います。
角:奨学金。
鶴:どうぞ。
(〽おもろないないおもろない)
角:自分で作れよ!

8問目
角:元オリンピック体操選手で、昭和27年のヘルシンキ大会から39年の東京大会まで、
  4回のオリンピックをはじめ、各種の世界選手権で金メダル7個を獲得している
  小野喬
さんが、国立鹿屋体育大学教授に就任。昨日7日に着任されたそうでございます。
鶴:小野さん、バンザーイ。バンザーイ。バンザーイ。
  いやぁ、照れますなぁ。
  バンザーイ。出来るだけ景気良くいきましょう。バンザーイ、バンザーイ。
  大層にすな。
(〽バンザイ~)

9問目
角:大阪の名物と言われていました梅田地下街の壁新聞が、大阪築城400年まつりへ向けての
  地下街クリーン作戦への協力として、先ごろ姿を消しましたが、クリーンよりも寂しいと
  言う声も聞かれます。
鶴:この白壁が、この白壁が、キレイになりましたなぁ。
角:白壁整形と言うんやろな。
鶴:どうぞ。
(〽おもろないないおもろない)

鶴:どうも、エライ失礼しました。
角:失礼すぎるわ!

角:2勝7敗?・・・(ハガキが)5枚しかあらへん。
鶴:皆さん、ごまいんなさい。
角:そんなんが、しょうもないねん。

end

先月の記事トワイライトエクスプレスの食堂車について書きましたが、
夜行列車の醍醐味は、なんといっても車窓を流れる景色ではないでしょうか。
流れ去る街の灯り、闇と静寂に包まれた峠、漆黒の海を照らす一筋の月光・・・
日常とは異なる空間に、旅情を感じずにはいられません。

私は、夜行列車に乗るときは、一晩中車窓を眺めています。
BGMは、当時録音したオールナイトニッポン(サンスペ)の中から、その時の気分に合った
ものを選んで。
これらは、走行中に収録したものですから、場所によっては電波が弱く雑音が入ったり、
トンネル等で受信できなかったりと、けっして聴きやすいものではありません。
しかし、そんな雑音まじりの音が、ダイヤルでネット局を探すのに苦労していた当時を
思い起こさせ、30数年前にタイムスリップした気になります。
また、地方局でしか聞けないCM中のフィラーも、ノスタルジーをいっそうかき立てて
くれます。

ちなみに、寝台列車の中で聞くサンスペのイメージは、こんな感じです。
(オールナイトニッポン、1983年9月放送分より抜粋)

※音声:左→ラジオ、右→走行音(特急 あさかぜ1号)
 動画のみ、後日サンライズエクスプレスにて収録したものです。

最近の夜行列車削減により、こんなささやかな楽しみも、いつまで続けることが出来るのか
気を揉んでおります。
流行の豪華寝台列車は、敷居が高いし・・・。

※サンスペの番組内容や列車紀行は、弊HPにて紹介していますので、こちらもご覧ください。

サンスペ投稿コーナー前回に引き続き”むごい話”をご紹介します。

1978年8月19日より。

アホだした、このワテがアホだした。
ワテなぁ、夏休みにバイトしましたんや。
1日8時間労働、日当4千円。
8万円という、今まで持ったことの無い大金を手にしましたんや。
電車に乗り、何を買おうかなと考えているときに、両親の顔がパッと目の前に浮かんで
きましたんや。
そうだ、自分の物を買うよりも、両親に旅行をプレゼントしよう。
現金で渡すと断ると思うので、旅行代理店に行って列車の切符を買い、それを渡そうと
思いました。
駅を出た時、誰かに当たって、何気なく服のポケットに手を入れたところ、金が無い。
スリや!
警察に行って事情を話すと、「そういうのは、たいてい戻ってこない。諦めるんだな」
相手にしてくれまへんねん。
家に帰って事情を話すと、「アホか」

・・・8万円返しとくんなはれ。
(岩手県・餓死寸前の男さん)

ワテの話聞いておくんなはれ。
8月13日の日曜日に、家族と海水浴に行きましてん。
ワテ、気取ってボート漕いでましてん。
すると、顔に何か付いたんで、洗い流そうと海水を手ですくって顔を洗いましてん。
海水浴シーズンも終わりに近づいたんで、海にはクラゲが泳いでましてん。
こともあろうに、ワテはそのクラゲをすくって顔を洗うたんだ。
エラいことになりましたわ。
顔はズキズキ痛むし、腫れ上がってしまうし。
こんな顔やったら、表通り歩けまへん。
ワテ、夏休み中薄暗い部屋の中で細々とイジけて暮らしまんねん。

・・・ほな、お先死なせてもらいまっさ。
(島根県・マツウラヒデハルさん)

ワイ、もうアカンわ・・・。
高1で女とできんようになってもうた。
夜中、暑いからパンツ一丁になって勉強してたんや。
数学の問題が解らいで悩んどったら、いつもの癖が出てきたんや。
その癖とはな、考え事するときによく鉛筆の端を咥えんねん。
その日、たまたま0.3㎜の細いシャープペン使うてましてん。
いつものように端っこを咥えていたとき、口を動かしたらシャープペンが落ちてきよった。
そのちょうど下に、チ○コがおましたんや。
パンツの上からやけどな、シャープペンの芯が3㎜ほど出とってな、チ○コの真上に
落ちた拍子に、芯がチ○コに刺さって折れてもうたんや。
パンツの中をのぞいたら、チ○コが赤い血出して泣いてまんねや。
そっと傷口を開いてみたらな、中に芯が入ってまんねん。
痛うまんねん。取れまへんねん。
そないしているうちに、刺激されたんか(アレが)だんだん大きくなってきて、
傷口塞がってきよんね。
10の3乗ズリやったら縮むやろ。
せやから、思いっきりやったろうとして(アレを)握りしめたんや。
間違うてました。アホだした。
芯の刺さったとこ持ってもうてな。
・・・もう、アカンわ。

1週間前のことやけどな、まだ腫れてまんねん。
それに、芯も取れんうちに傷口塞がってきよんね。
もう、チ○コ切らなしゃあない・・・。
(香川県・キチテンザンさん)

END

鶴光のオールナイトニッポン・サンデースペシャル(サンスペ)の歴史を彩った18人の
アシスタントについての思い出です。

第11回は日髙のり子です。’81年7月から'82年3月までつとめました。
サンスペ時代のみならず、卒業後も何かと話題豊富ですので、今回は前後編に分けて
紹介します。

生年月日:1962年5月31日
出身地:東京都

子役時代から本名の”伊東範子”で活躍し、1980年「初恋サンシャイン」で歌手デビュー
したとき“日高のり子”に改名します。
香川県の仁尾太陽博のキャンペーンガールや、NHKレッツゴーヤングの”サンデーズ”など、
アイドルとして活躍しますが、アイドル全盛のなかにあっては今一つパッとせず、
そんな中'81年7月にサンスペに登場します。

きっかけは、河合夕子の後任として別のタレントが決まりかけていたのですが、
ニッポン放送のひかる一平の番組に遊びに来ていた彼女を、石原ディレクター(当時)が、
明るくて面白いという理由で急遽変更し、サンスペのアシスタントに抜擢したそうです。

当時19歳でしたが、彼女を見た鶴光師匠は「なんや、まだ子供やないか」と一言。
頬が赤く少し膨れていたので、実年齢よりかなり子供に見えたそうです。
そこから、担当コーナー名が”のりのりジョッキー、アップ・ルンルン”に決まりました。

彼女は現役アイドルなのに、当時はサンスペとマラソン以外、仕事がほとんど
ありませんでした。
その有様を、リスナーから“日高のり子が、道端に倒れてカラスに突かれていた”など、
毎週のようにネタにされてしまいます。

もちろん、アシスタントへのイタズラも受けることに。
中でも、代表的なものを3つほど紹介します。
1.宴会タイム
 AM3:50頃、自分のコーナーで必死に喋っている彼女そっちのけで、師匠とスタッフは
 スタジオ外で宴会を始めてしまい、紹介した曲をかけてくれないなど、進行を
 妨害されることも。
2.お化けの中に・・・
 スタジオの灯りを消してお化けの面をかぶって驚かすのも恒例となっていましたが、
 一度だけ、お化けの中に彼女が憧れていた真田広之が混じっていました。
 お面を取ってその姿を見せたとき、腰を抜かすことに。
3.トイレの悲劇
 番組の途中でトイレに行った時、スタジオに鍵をかけられ閉め出されてしまい、
 “日高のり子がトイレを壊した”、”夜尿症でなかなか帰ってこない”などとオンエアで
 言いふらされてしまうことに。
 翌週には、リスナーから大量のオムツが送られてくることもありました。

こんなふうに悲惨な目に遭わされる一方、家族の熱心なサポートもありました。
実家がニッポン放送と同じ千代田区にあるので、彼女の母親が度々番組へ差し入れを持って
来ることもあり、スタッフの人気者になりました。

スタッフやリスナーにいじられたり、家族に支えてもらったりしながら、
過酷な芸能界を生き抜く根性とトークの力が、鍛えられていきます。
このことが、その後の活動に大きく影響するのでした。

毎週、波乱にあふれた彼女のサンスペですが、'82年3月28日ついにアノ場面を迎えます。

(次回に続く)