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さんきちの「え~のんか~」

ラジオ、乗り物、食を中心とした内容になるかと…。
ホームページもありますので、よろしかったらご覧ください

MBSヤングタウン木曜日(”ヤン木”)のコーナー紹介。今回は「オープニングの会話」です。

ヤン木のオープニングは、毎回このギャグから始まります。
インタビュー形式の3段オチ小咄で、リスナーからお題を頂いて、一人が回答したあと、
ド角、ド鶴のどちらかが「あーたは(あなたは)?」の相づちを入れ、
つぎの回答につなぎます。

この小咄のあと、角アナ('83年4月からは西端弥生)が「MBSヤーングタウーン!」と、
タイトルコールを叫びます。

凡例:角←角淳一アナ、鶴←鶴光、優←石川優子、礼←石毛礼子、弥←西端弥生

'82年3月25日より
鶴:お3人さんは、小さい頃どんなことをして遊びましたか?
優:私は、鬼ごっこですね。(あーたは?)
角:僕は、やっぱり野球ですねぇ。(あーたは?)
鶴:腹上死ごっこ。
(富山県・イシグロヒデカズさん)

'83年3月31日より
鶴:お3人さんにお聞きします。放送禁止用語についてどう思いますか?
礼:私は一度言ってしまったんですけど、もう2度と言わないようにしたいと思います。(あーたは?)
角:僕は一度大きい声で○○○と言うてみたいですねー。(あーたは?)
鶴:カフ下ろして、スタジオで叫ぶねん。
(大阪府・匿名希望)

'83年9月8日より
鶴:お3人さんは、(西端)弥生の処女性についてどう思いますか?
弥:私は処女ですから男の”オ”の字も知りません。(あーたは?)
角:まー、この子の人生だから、好きなようにやらせたらええん違います。(あーたは?)
鶴:もしかしてそれ、ギャグ?
(兵庫県・笑福亭淳一さん)

'84年3月29日より
鶴:お3人さん、ヤングタウン木曜日最後の放送にあたって、ひと言ずつお願いします。
弥:アンタのせいや!(あーたは?)
角:アンタのせいや!(あーたは?)
鶴:アンタのせいや!!
(福岡県・ウシロヤマタビユキさん)

※手元の音源の雑音がヒドくて、よく聞き取れてないところがあります。
 間違いがあったら、コメントにてご指摘いただけたら幸いですm(_ _ )m


JR西日本のプレスリリースによると、トワイライトエクスプレスが来春のダイヤ改正で廃止
なるとのこと。
日本一長距離を走る列車ですが、昼に食堂営業をしている数少ない列車でもあります。

食堂車

トワイライトの食堂車は、489系電車を客車向けに改造したもので、天井が低く
他の車両に比べ圧迫感がありますが、内装はシックにまとめられており、
ゴージャスさが漂います。

ディナーは12,000円のコースのみですが、ランチメニューはアラカルト中心で、
昔の食堂車のような感じです。

メニュー

ちなみに、このときのランチタイム(13:00~16:00)の食事メニューは・・・
 ハンバーグステーキ※  ¥1,380
 ビーフシチュー※    ¥1,400
 海老ピラフ       ¥1.200
 スパゲティ・ポロネーズ ¥1,200
 自家製ビーフカレー   ¥1,050
 オムライス(小サラダ付)¥1,050
 シーザーサラダ      ¥800
 本日のスープ       ¥700
   ※ランチセットは + ¥700

一番人気があるのはオムライスですが、かつて東海道ブルートレインで食べたことのある
ビーフシチューを注文。

シチュー

ほんのり甘くてまったりしたデミグラスソースは、かつて”富士”や”あさかぜ”などで
味わった時そのもの。昔の記憶が蘇ってきます。
ビーフもとろけるように柔らかくて、美味!

朝食は和洋2種類のみで、前日に車内で予約を取ります。
和朝食をオーダーし、翌朝の予約時間に指定の場所で待つことしばし・・・。

朝

焼き魚、玉子焼、煮物、味付け海苔など、オーソドックスな内容ですが、
ご飯は別のおひつにたっぷり入っており、かなり満腹になります。
食後のコーヒー又は紅茶も付いて¥1,575円とは、意外にお得かも。

運行終了まであと9ヶ月を残すところとなりましたが、もう一度ランチタイムで
”昭和の食堂車”を堪能したいものです。

※現在の、ダイナープレヤデスのメニュー内容、及び価格はこちらです。

サンスペ投稿コーナー前回に引き続き”むごい話”をご紹介します。

1977年3月27日より。

わて、もうアカンねん。わて、祟られてんねん。
わてのクラスにスケベぇな先生がおんねん。
わて、気に入られてな、1学期に呼び出される回数が20数回や。
体育館の裏や放課後の技術室にな。
個人面接のときなんか、「今度釣りに行かへんか」とか言うねん。
当然のごとく、わてクラスのつまはじき者や。
今や、全校の中の嫉妬の目や。
学校の帰りや写生大会のときなんか、男子にイジメられんねん。
 「先生のヒモ」
 「もう、先生にやられてんのやろ」
 「初めての時は、気持ちよかったか?」
メチャクチャ言いよんね。
入試控えて、わての心ズタズタや。
成績はナンボでも落ちよるし、当の先生は皆に言われるもんで、
このごろキツうあたるようになったし。
みんなが先生のことムチャクチャ言いよるから、オトコ寄り付かんねん。
わて、まだ食べられてへんのに。
わての人生真っ暗や。
希望も夢も、な~んもあらへん。
わて、そのうち一人で寂しう死ぬねん。くそぉ~。
(愛媛県・キムラちゃん)

ワイ、もう死ぬねん。
先週の日曜日にな、道に蛇がいたんや。
ほいでな、わて全力でスピード上げて、自転車で踏み殺したってん。
それが不幸の始まりや。
次の日な、朝遅刻しそうになったんで、自転車を猛スピードで飛ばして向こうたんや。
その時や。
カーブのところで、10t積ぐらいのダンプに轢かれそうになりよんね。
それだけやったら、まだええねん。
体育の時間に砲丸投げやったんや。
そしたら、4㎏ある砲丸がワイの頭めがけて飛んできたんや。
ワイ、辛うじて死は免れたんや。
けど、左腕に当たってん。
 ”ズキン!”
骨折れてもうた。
ワイはそのときしかと見たんや。
校庭の端で、蛇がにょろにょろと草の中に入って行くのを。
そして、ワイの方を見て舌ペロペロと出してん。
ワイそのとき感じた。
『今度こそ殺したる」言うとんのを。
ワイ、蛇に呪い殺されんねん。
(群馬県・いっぺんあわせまひょか)

サンスペの歴史を彩った18人のアシスタントについての思い出です。
今回は河合夕子。
1981年4月から1981年6月までつとめました。

生年月日:1958年12月20日
出身地:愛媛県

サンスペには、'81年初頭のデビュー間もない頃に、ゲストで登場しました。
その時の明るい印象ウケたのか、白坂紀子の後任でアシスタントにおさまります。

リアクションが良く、些細なことでも大笑いしたり、恒例スタッフのおどかしにも
大きな悲鳴をあげたり。
また、バストも豊かであったことから、巨乳好きの鶴光師匠に狙われることも・・・。
前任のアシスタント白坂紀子とは、生年月日が近いのとレコード会社が同じであることから
大変仲が良く、最終回には彼女が電話でエールを送ってます。

番組卒業後も音楽活動を精力的にこなし、シングル7枚、アルバム3枚をリリースしましたが、
'85年ホリプロを離れ、スタジオミュージシャンに転身します。

自身の曲はあまりぱっとしませんでしたが、ミュージシャンとしての実力は抜群で、
コーラスやボイストレーニングなどであまたの作品に参加し、現在にいたってます。

メディアへの露出は少ないですが、スケジュールは彼女のHPでチェックすることができます。

前回までのDJ天国に代わって、今回からMBSヤングタウン木曜日の投稿コーナーについて紹介します。

MBSヤングタウンとは、'67年から47年間続く毎日放送の大阪ローカル深夜番組です。
現在の放送時間は土・日の深夜ですが、'99年までは毎日22:00~25:00の帯番組でした。
'70~'80年代の関西で絶大な人気を誇り、桂三枝(現6代文枝)、谷村新司、ばんばひろふみ、明石家さんま、笑福亭鶴瓶など、多くのスターを育ててきた名番組です。

ヤンタンの歴史の中で、全盛期だったのが’70~’80年代。
’76年、’77年と連続して聴取率10%を記録し、中でも、谷村新司、ばんばひろふみの水曜日が1位、笑福亭鶴光、角淳一アナの木曜日が2位になるほどでした。

鶴光師匠は角淳一アナとともに’71年4月に登場。”スピード感”と”真面目”という、”ド鶴”、”ド角”のコンビは、関西ラジオ界の人気者に。
この番組がきっかけで、鶴光師匠はオールナイトニッポンのパーソナリティに抜擢され、全国区のDJになります。

ラジオでの鶴光師匠のトークは、1人よりも2人で会話しているときの方が、テンポ良く感じるようです。
元MBSプロデューサー渡邊一雄氏(故人)によれば、師匠と角アナとのコンビは、1+1=∞だとか。
その後のサンスペアシスタントお美和子様喜多アナなど、組むパートナーとの相性によって、師匠の話し方は変幻自在となり、それが番組をより盛り上げます。
そのルーツは、ヤンタン(とりわけ角アナ)にあったのではないでしょうか。

当時、東日本在住だったさんきちは、雑音の混じるなか聴いていたので、手元の音源は少ないのですが、次回より投稿コーナーを中心に、番組内容を紹介して行こうと思います。