たす暮らす株式会社 中野瑞穂 -7ページ目

新しいつながり

今日は、たすくにかかわる案件で
産後初仕事 の 一区切りとなることがあり、
出社してきました。

 産休前から不動産に関わることに関しては、絡ませていただいておりましたが、
そのたび、発達障がいというマイノリティに関する世間の冷たさを実感して
悔しい思いに。
 そして、こんなつらい思いを 一生懸命子どもを育ててきた親御さんたちに
味わわせる必要はない!
そう思ったので、たす暮らすで立ち上がろうと決意しました。

だから、私たちの事業に力を貸したいと 思ってくださる方に出会えただけでも
本当に嬉しい。
その出会いが新たな出会いを呼び、
色んなアイデアがくみ合わさって、
よりいいサービスが生まれるんだ!!

 そんなわくわくする気持ちになりました。

 
私たちに力を貸したことを 誇りに思える。
楽しみに思える。人間として当然だと思える。

 そのような社会をつくることが、たす暮らすの使命です。

久しぶりの横浜

 やっとこさ、必要資料が整ったので、
 宅建業の申請に行ってきました。
 横浜関内の宅建指導班へ。久しぶりの横浜

 息子を義母に初めて預けました。

 いろいろな手続きで 実は結構つれまわされている息子ですが
 まだ予防注射もしていないので(2ヶ月半だし)、
 東海道線&横浜デビューはまだ早いなあと思い、
 ばあばにお願いすることにしました。

 なので、少し焦っていた気持ちもあるのですが、
 駅からの場所がよくわからなくなってしまい、
 受付場所まで到着するのに多少時間が・・・・

 不足資料はなく、逆にこれはいりませんよというものも。
 (念には念を入れて、いろいろとつくったので)
 すべてのコピーができていなかったので、そこでも時間がかかりましたが、
 無事受理されました。
 ただし 正式な許可には、営業日(とは言わないか?)をのぞいて 30日間かかるそう。
 その間に 保証協会という宅建業運営の為に加入しなければならない団体への審査申し込み
 などを行います。

  重要な手続きの一歩を踏み出せて、ほっとしました。
 やることはまだ山積みですが・・・・

 息子は、うまく留守番できていたようです。ちょっといつもと違う出来事だったからか、
 その後 乳を飲みすぎて、勢いよく戻してましたが・・・・

 えらかったよっアップ
 
 

人と人の間に

 最近、久々に仲介のようなことに関わることになり、
(宅建業はまだ稼働していないのであくまで`ような`ですが)
以前の仕事のことを思い出していました。

 大学卒業して初めての仕事は、不動産の営業(売買中心)でした。
予備知識もなく、また社会に出たてでゼロからというより、
 マイナスのスタートだったかもしれません。
 それでも、年1000人以上と出会い、
 不動産のプロとして、人生に関わる仕事。
 
 若いから、女だから(業界としては男の人が大半なので)
 それを言い訳には出来ないので、
 毎日必死で下見したり、勉強したり、電話したりして、
 経験は少なくても、とにかく数多く 物件やお客様に触れるようにしていました。

 今となっては、あの時、お客様の願いをどれだけ聞けていただろうか?
 売りたい人と買いたい人の想いを本当に見つめていただろうか?
 走ることに必死になりすぎて、見れていなかったのではないか?
 と 反省することも
 
 その後、結婚を機に退職し、夫の赴任先の青森で、
 発達障害の支援の仕事に出会いました。
 
 支援の仕事を続けたいと、決意したときには、
 まさか、以前の仕事の経験を活かせるとは思いませんでしたが、
 誰かの生涯を見つめ、その子の将来を願ったとき、
 住まいの問題は避けては通れないことにも気付きました。

 住まいの問題の難しさ、恐ろしさ、そして楽しさを十分に知っている
 私だからこそ 立ち上がらなければ、伝えなければ。

 財産が関わることですから、数字への細かさも必要、
 そしてそれ以上に 当事者、家族、家主、支援者 
 それぞれの想いをそれぞれが理解出来るように 仲介 出来ることが必要。

  以前 仕事の時以上に、その「仲介」という言葉の重みを感じているこのごろです。