専門性を強みにする
先日、鎌倉で不動産業(=同業ということですが)を営む方のところへ
開業の挨拶も兼ねて、お話を伺いに行ってきました。
業者廻りは、不動産業者であるならたくさんして損はないことですが、
今はもれなく息子も一緒なので、なかなか市中の普通の同業者を訪ねるのは難しい。
(昔の経験から想像すると)
でも、こちらの方は、他の不動産業者とは違う切り口で不動産業界に参入し、
成功されている方。
たす暮らすとしても、学ぶべきアイディアをたくさん持っていらっしゃるということと
ご自宅で子育てを応援する事業もされており、子連れ訪問も歓迎していただいたので
たすく代表とわたしと息子と3人で訪問しました。
お話を聞いていて、この方が業界の中で、支持される方が絶えない理由がよく分かる。
徹底して既存の枠組みにとらわれない事業をされているからです。
鎌倉市内で不動産を扱うことの苦労や今後の展望も聞くことができました。
たす暮らすも、業界の中では避けられがちなユーザーを対象にすることで、
事業を差別化できると考えていました。
しかし、商品として強く、生き残るものにするためには
障がいにかんする専門性や理解や主張を見える形で、
不動産のサービスの中に入れこんでいかないと、と感じました。
国の政策の変化に伴い、事業を取り巻く制度も転換の時期。
しっかり学んで、自社の強みを活かせる道を作り上げて行くぞ!!
開業の挨拶も兼ねて、お話を伺いに行ってきました。
業者廻りは、不動産業者であるならたくさんして損はないことですが、
今はもれなく息子も一緒なので、なかなか市中の普通の同業者を訪ねるのは難しい。
(昔の経験から想像すると)
でも、こちらの方は、他の不動産業者とは違う切り口で不動産業界に参入し、
成功されている方。
たす暮らすとしても、学ぶべきアイディアをたくさん持っていらっしゃるということと
ご自宅で子育てを応援する事業もされており、子連れ訪問も歓迎していただいたので
たすく代表とわたしと息子と3人で訪問しました。
お話を聞いていて、この方が業界の中で、支持される方が絶えない理由がよく分かる。
徹底して既存の枠組みにとらわれない事業をされているからです。
鎌倉市内で不動産を扱うことの苦労や今後の展望も聞くことができました。
たす暮らすも、業界の中では避けられがちなユーザーを対象にすることで、
事業を差別化できると考えていました。
しかし、商品として強く、生き残るものにするためには
障がいにかんする専門性や理解や主張を見える形で、
不動産のサービスの中に入れこんでいかないと、と感じました。
国の政策の変化に伴い、事業を取り巻く制度も転換の時期。
しっかり学んで、自社の強みを活かせる道を作り上げて行くぞ!!
やっとで
本日、横浜の不動産協会と県庁宅建班に手続きをしに行って
やっとたす暮らす 宅建業開業OKとなりました。
先日のたすく祭りでも、これから住まいのサポート事業にとりくむことを高らかに宣言され、
いよいよ本格始動の体制に。
昨年、社内研修で伺ったイギリスのグループホームでは、
60歳くらいの高齢の自閉症のかたもいらして、
そのホームの温かい雰囲気をつくる重要なメンバーという印象。
たす暮らすが目指すグループホームの一つの形として、
いつもそのことを思い出します。
彼の誕生日を祝い、喜んできた両親はもういない。
だけど、そのかわり彼を祝い、彼の存在を支え、必要とする仲間がいる。
彼の挑戦を支える場所がある。
その未来図を実現するための、第一歩です。
やっとたす暮らす 宅建業開業OKとなりました。
先日のたすく祭りでも、これから住まいのサポート事業にとりくむことを高らかに宣言され、
いよいよ本格始動の体制に。
昨年、社内研修で伺ったイギリスのグループホームでは、
60歳くらいの高齢の自閉症のかたもいらして、
そのホームの温かい雰囲気をつくる重要なメンバーという印象。
たす暮らすが目指すグループホームの一つの形として、
いつもそのことを思い出します。
彼の誕生日を祝い、喜んできた両親はもういない。
だけど、そのかわり彼を祝い、彼の存在を支え、必要とする仲間がいる。
彼の挑戦を支える場所がある。
その未来図を実現するための、第一歩です。
ほっとする 居場所が欲しいという気持ち
リラックスできる場所が欲しいという想いは
人間皆共通のもの。
私が出会ってきた発達障がいの子たちなら
なおさら必要だと感じてきた。
はっきりと自分の精神の安定を保つ物理的に構造化された場所が
人として質の高い生活を支えるためにも重要だった。
だから、どんな人でも、
生涯にわたって 個人が住まう空間を保証することは、
当然のことなのだ。
居場所が欲しい気持ちに、順位はつけられない。
しかし、かつて私が不動産営業として働いていたとき、
顧客に対しての取引額の多さがランク付けの対象となり、
小さい仕事(賃貸やリフォーム、額の少ない取引など)は、後回しだった。
もちろん、金額が大きい仕事ということは、それだけリスクも大きいということ、
そして、それだけいただける仲介手数料も多いということ。
営業としては、お金と時間の物差しをもつことが重要なことだったのだと思う。
ただ、心の引っかかりがずっと取れなかった。当時はそれが何なのかは気付かなかったが。
賃貸にせよ、売買にせよ、
誰もが自分にふさわしい、心地よい居場所を探していて、
その気持ちに甲乙はないよね。
違和感を生んでいたのは、この想いではないかと今は思っている。
「この人がより安心して暮らせる場所を紹介してあげたいなあ」
そのシンプルな願いに立ち返って、
一人一人の生活と人となりに寄り添った提案を
たす暮らすは 実現したい。
人間皆共通のもの。
私が出会ってきた発達障がいの子たちなら
なおさら必要だと感じてきた。
はっきりと自分の精神の安定を保つ物理的に構造化された場所が
人として質の高い生活を支えるためにも重要だった。
だから、どんな人でも、
生涯にわたって 個人が住まう空間を保証することは、
当然のことなのだ。
居場所が欲しい気持ちに、順位はつけられない。
しかし、かつて私が不動産営業として働いていたとき、
顧客に対しての取引額の多さがランク付けの対象となり、
小さい仕事(賃貸やリフォーム、額の少ない取引など)は、後回しだった。
もちろん、金額が大きい仕事ということは、それだけリスクも大きいということ、
そして、それだけいただける仲介手数料も多いということ。
営業としては、お金と時間の物差しをもつことが重要なことだったのだと思う。
ただ、心の引っかかりがずっと取れなかった。当時はそれが何なのかは気付かなかったが。
賃貸にせよ、売買にせよ、
誰もが自分にふさわしい、心地よい居場所を探していて、
その気持ちに甲乙はないよね。
違和感を生んでいたのは、この想いではないかと今は思っている。
「この人がより安心して暮らせる場所を紹介してあげたいなあ」
そのシンプルな願いに立ち返って、
一人一人の生活と人となりに寄り添った提案を
たす暮らすは 実現したい。