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みんなの事は知らないが、俺はこう思う。

時事問題から身近些事迄、出来るだけ自分の視点や立場から熟考して書いています。時々空気を読まずに暴走したり、独善的に決め付ける事も度々あり。常識や良識からの逸脱必至。真面な方なら顰蹙間違い無し。それでも読みたい方は大歓迎です。尚、書評、音楽評も行って居ます。

あれからターメリック(ドラッグストアで鬱金と呼ぶ様に指導された。じゃあ、シナモンも経皮と呼んでやろうか?)を飲み続けて居る。希◯念慮は綺麗さっぱりと消えた。

だが、少しずつ服用量が増して居る点が気になる。

スパイスやハーブと鬱病の関係に詳しい方が居られたら、是非とも御教示を御願い致したく思う。




最低最悪の愚挙だな。500円は最低限必要だと思う。いや、今後の円安進行、上級国民と中下流国民の生活格差を加味するに、1500は必要最低限だろう。

さあ、次は各種年金の引き上げが必要となるのは理の当然と言える。老齢年金だけでは生活不可能となり、餓死者も続々と出現して居るそうだ。

当然、就労移行支援A型、B型も賃金大幅値上げ、高齢者の就職も視野に入れる必要が有る。B型で全日程勤務しても5000円位にしかならない。病状や能力の低い方でも遠慮せずに入所出来る体制、高齢者も体が動かなくなる迄受け入れるのは当然の事、B型で5万円程度、A型で8万円程度の月額給付は欲しい所だ。

 私がアニメを見出して最初に大人の視聴者を意識して制作されて居ると感じたのが「フランダースの犬」であった。

 最後にアントワープの街に襤褸襤褸の服装で現れ、何時もは閉ざされて居るルーベンスの絵を見たのだ。

 最後になったが、敬愛するルーベンスの絵を見られたのは本当に良かったと抱き合うネロとパトラッシュ。お互いに眠くなって抱き合って寝て仕舞うのです。

 と天使達が楽器を演奏し乍ら降りて来ます。そして、ネロとパトラッシュを牛乳配達の車に乗せて昇天して行きます。

 家族全員で泣きました。父を除いては。少なくとも私は父の事を血の通って居ない冷酷無情の人、人間らしい心のない人と感じました。

 本当に全編で登場人物に素直に感情移入出来る点を「大人の視聴者を意識した作品」だと思ったのです。

 此のアニメには後日譚が有り、ネロの初恋の人だったアロアはアントワープの王立美術館(ネロが昇天した場所)で修道女となって居ます。

最終回が印象に残ったアニメ

 

   私の場合はテレビ版の「銀河鉄道999」である。

 女王プロメシウムが膨大な時間をかけて作った「惑星メーテル」が破壊され、女王プロメシウムも星の中心に飲み込まれて星と共に消えたと、一安心したのも束の間のの事だった。

 女王プロメシウムが蘇り、主人公の少年星野鉄郎の首を絞める。もう此れ迄か、視聴者は全て思った事だろう。

 だが、事実は違った。「硝子のクレア」と言う母親の見栄ででクリスタルガラスの体にされた給仕係が鉄郎を助けて砕け散ったのだ。給仕をして貯めたお金で「生身の身体」を取り戻すと頑張って居たのに、其の夢を犠牲にして。

 私達も鉄郎の様な窮地にあれば助けたくなる人になりたいものだ。

 

 

 

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「やる気」とは、まさに、この「感奮興起」のこと。

 

 

ただし、「やる気」や「発奮」は熱いばかりではない。

 

冷静で、淡々とした大人の「やる気」や「発奮」もある。

 

それが継続だ。

 

継続は一時的な、燃えるような情熱だけでは長くはできない。

 

それが、「心のスイッチ」が入るということ。

 

 

スイッチをカチっと入れ…

 

黙々と継続する人でありたい。


それを、松下幸之助氏はこう言っている。

 

『松下幸之助は、物事がうまくいったときは「これは運がよかったのだ」と考え、失敗したときは「その原因は自分にある」と考えるようにしていたそうだ。


つまり成功は運のお陰だが、失敗は自分のせいだということである。』(きっと芽が出る人の法則/PHP文庫)より

 

 

 

若いうちは「おかげさま」という心がなかなかわからない。

 

勢いがあるからだ。

 

うまくいっているのは、すべて自分の実力であり、努力の結果だと。

 

 

タレントや芸能人、起業家などが、若いときに大きく成功したとしても、この「おかげさま」の心を忘れると、失脚することが多い。

 

知らず知らずに、傲慢になってしまうからだ。

 

 

すべては自分の実力ではない、と気づいたときに「おかげさま」の気持ちが生じる。 ーーーーーーーーーーーーー

私も還暦近い。「自分の努力で会得した」筈のものも実は「周囲の理解と助力の賜」だったのだ。

 


それは、若い世代と、年寄りの世代では価値観が違ってしまうからだ。

 

これは1000年前でも、現代でも、いつの時代でも同じ。

 

 

昨今は、社会の変化が激しい。

 

特に、生成AIの変化はめまぐるしい。

 

自動運転も、ロボットも、量子コンピュータも、宇宙開発も、まさに数百年に一度の最新の技術によって世界は大きく変わろうとしている。

 

まさに一日経つと世界がガラッと変わってしまうような変化の速さに、ますます年寄り世代は遅れてしまう。

 

 

だからこそ、年配者は、安易に若者を非難しないためにも、最新の情報収集と勉強がますます必要となってくる。

 

「安易に若者を非難してはいけない」という言葉を胸に刻みたい。

 泣き言になるかも知れないが、言いたい。生まれて直ぐ其処にPCが有った者と、白黒テレビと活字の本しか無かった者は最初から立つ土俵が違う。

 「秒進分歩」の世の中で後者を「老害」と非難する事は容易だ。前者を「PCを使って手を抜く怠け者」と非難する事も容易だ。

 大切なのは、両者が「歩み寄り」、「相互に知識を共有する事」だ。

 ギスギスした職場や家庭の雰囲気が少しでも和やかに暖かいものになる事を願って止まない。

人に何かを与えるというと、多くの人は「お金」だと思ってしまう。

 

もちろんお金も間違ってはいないが、もっと他に大事な与えるものはある。

 

それはたとえば、「無財の七施(しちせ)」。

 

 

仏教では、自分にお金や財産がなくても、「無財の七施(しちせ)」という「与えるもの」があるという。

 

それは…

 

一【眼施(がんせ)】「やさしいまなざしで人に接すること」

 

二【和顔施(わがんせ)】「にこやかな笑顔で人に接すること」

 

三【言辞施(ごんじせ)】「ありがとうございます、お世話になります、お疲れさまです等の、やさしい言葉で人に接すること」

 

四【身施(しんせ)】「お年寄りや子どもを連れた女性などがいたらドアを開けて待っている等の、自分の体を使ってできることで奉仕すること」

 

五【心施(しんせ)】「思いやりの心を持って、まわりに心をくばること」

 

六【床座施(しょうざせ)】「バスや電車でお年寄りや体の不自由な方に、席や場所を譲ること」

 

七【房舎施(ぼうじゃせ)】「お客を温かく迎え、癒(いや)しの場所を提供すること」

 

 

特に、七つ目の「房舎施(ぼうじゃせ)」は、現代でいうなら「サードプレイス」ということでもある。

 

ファーストプレイス(第一の場所)は自宅、セカンドプレイス(第二の場所)は会社、そしてサードプレイス(第三の場所)が心からほっとできる癒しの場所のことをいう。

 

それは、「趣味」「習い事」「スポーツ」「勉強会」「まちづくりイベント」等々を中心としたサロンやコミュニティで、「私設図書館」「シェアオフィス」「コワーキングスペース」「ゲストハウス」「ファンベースの飲食店やカフェやバー」などの「場(プレイス)」を通して開催され、人が集うとっておきの居場所となる。

 

 

「無財の七施(しちせ)」を胸に刻み…

 

自ら、与える人でありたい。

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   「無財の七施」、趣味や習い事、地域社会への無償の貢献なら私にも出来そうだ。

   処で、社内留保に齷齪し、アルバイトや契約社員を正社員に登用しない、若しくは値引きや添加物の排除等等の地域貢献を忘れた大企業、自らの最低限の義務である議会場で居眠りする議員、アイドルやスポーツ選手等として名を欲しい儘にし乍らも、議会で見当外れ、非常識な態度を取る議員は金銭を社会に還元する事を忘れて居る、若しくは公事を疎かにして社会を省みる事を忘却して居る。即刻金銭を社会に還元して社会から退場して戴きたい物だ。


 私こと大吉太郎次郎は明日よりブログでの情報発信を最小限に致したく存じます。携帯電話の使用料が多過ぎる、と妻にきつい叱責を受け、超過分を請求されたからです。

 「いいね」が大きく減少するのは寂しい事ですが、致し方のない事。

 若し、事態が変化して情報発信を沢山出来る様になれば、今迄以上の御購読、「いいね」を御願い申し上げます。

『まじめは寿命を縮める 不良長寿のすすめ (宝島社新書)』の中にはこんなことが書いてあった。 

 

 

《かつてフィンランドで行われた15年にわたる追跡調査では、「医者の健康管理と栄養指導に従ったまじめグループよりも、健康診断さえ受けない不良グループの方が病気にかかりにくく、長生きし、自殺も少なかった」という結果が出ています。 

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「健康の為」と意識してやって居る事が寿命には却って良くない、とある。

 世界最高齢1、2、番を記録した方々も普通は寿命を縮めると言われるチョコレートが大好きだったそうだ。

 「健康の為」とガチガチに成らず、柔軟に物事を捉え、考える事が大切なのだろう。