あかがねの太陽沈む青き影に充つ大阪平野灯火の三つ四つ
気根を円状に包みゐし蘭科植物の花咲く父の帯状疱疹
仏は常にみずからと知りたまひしか後白河院剃りたての頭
見あげれば朱の柘榴の実のぞきゐてわが魂のごと裂けにけり
岩垣のあひだに生ゆる歯朶の葉の触れて記憶をなぞらるるかな
石濤の岩肌たるみてやはらかき毛のごとき卉生れにけり
藻塩なすポンペイウスの首カエサル愕然としてうち眺めたり
煉丹術錬金術に変はりたり駱駝の糞を燃やしつつをり
秋なかば午前中しづかに翅音たて蜂たちが群がりくる木蓮の葉
水甕
暗緑の湖。その指紋のような謎めいた潮のな
がれに添う一艘の舟。浜辺に燃やす流木の煙。
降りくる雪に舞いあがる炎、また火の粉。赤
錆びたドラムカンから四方にめぐる煙。並 べ
られた苫屋の水甕。そこにおれは羽のような
ものを忘れてきてしまったらしい。
それを羽と呼ぶにはあえかに語弊がある。な
にしろ櫂のような羽が片方しかないのだから。
おれは仕方なくドラムカンの近くで暖をとり
ながら考える。まるで湖の上にいるような揺
れを感じながら。
舟が戻ってくるまで待って、何処か遠くの方
に行こうと思っているのだけれど、苫屋の水
甕の甘い水を湖にぶちまける男がやってきて、
この世に迷うおれは櫂のような片方の羽を手
に持ったまま、雪にぬれて、ドラムカンの脇
に佇っているというわけだ。
この世に迷うこと。それもまたよかろう。い
つまで待っても帰って来そうにない一艘の舟
を待ちつつ、もう片方の羽が手に入るまで、
おれはからになった水甕に残る水滴で咽喉を
うるおす。そうして星めぐりの悪いおのれの、
来ることのない未来について思いを馳せるの
だ。
暗緑の湖。その指紋のような謎めいた潮のな
がれに添う一艘の舟。浜辺に燃やす流木の煙。
降りくる雪に舞いあがる炎、また火の粉。赤
錆びたドラムカンから四方にめぐる煙。並 べ
られた苫屋の水甕。そこにおれは羽のような
ものを忘れてきてしまったらしい。
それを羽と呼ぶにはあえかに語弊がある。な
にしろ櫂のような羽が片方しかないのだから。
おれは仕方なくドラムカンの近くで暖をとり
ながら考える。まるで湖の上にいるような揺
れを感じながら。
舟が戻ってくるまで待って、何処か遠くの方
に行こうと思っているのだけれど、苫屋の水
甕の甘い水を湖にぶちまける男がやってきて、
この世に迷うおれは櫂のような片方の羽を手
に持ったまま、雪にぬれて、ドラムカンの脇
に佇っているというわけだ。
この世に迷うこと。それもまたよかろう。い
つまで待っても帰って来そうにない一艘の舟
を待ちつつ、もう片方の羽が手に入るまで、
おれはからになった水甕に残る水滴で咽喉を
うるおす。そうして星めぐりの悪いおのれの、
来ることのない未来について思いを馳せるの
だ。
眠れひとよ
またひとつ舟縁に刻す楔の印。大事なものを
そこ に落としたと思うからだ。そうやって、
舟縁にはいくつもの印が刻まれてゆく。それ
を来し方というのか、ひとはその舟縁を指で
なぞる。しょせん落としたものはもうそこに
はない。それでも、いつか岸に着いたら、そ
の底を一度捜してみたい気になるのだ。
捜すというのは落胆を避けるための優しい口
実に過ぎない。しかし、どの舟縁にも無数の
刻み痕がついている。そして歳月を経た大き
な溜息をつくのだ。もちろん、おれの舟縁に
も日数をかぞえたような大きな楔傷がいくつ
も付いている。そうしてうしろに過ぎてゆく、
向う岸を目で追いながら、どのひともそんな
風だったに違いないと感じるのだ。
舟板に坐り、先を見る。霧が降りてきてはっ
きり見えない未来に、どういうわけか過去が
映ってくるのだ。おれは姿勢を糺して過去を
ふり払う。未来をふり払う。酒も飲んでいな
いのに、どうやら時間にでも酔ったのだろう
か。
向こうの舟にもこくりとやっているひとがい
る。どんな夢を見ているのか訊きたくなるが、
──いいだろう、眠れひとよ。航跡が消えて
ゆくように、われわれの時間はすぐに消えて
ゆく。すべて思いゆくまで経験することはで
きない。どの舟も霧のなかに呑みこまれてい
って、その先を知るものはいない。
またひとつ舟縁に刻す楔の印。大事なものを
そこ に落としたと思うからだ。そうやって、
舟縁にはいくつもの印が刻まれてゆく。それ
を来し方というのか、ひとはその舟縁を指で
なぞる。しょせん落としたものはもうそこに
はない。それでも、いつか岸に着いたら、そ
の底を一度捜してみたい気になるのだ。
捜すというのは落胆を避けるための優しい口
実に過ぎない。しかし、どの舟縁にも無数の
刻み痕がついている。そして歳月を経た大き
な溜息をつくのだ。もちろん、おれの舟縁に
も日数をかぞえたような大きな楔傷がいくつ
も付いている。そうしてうしろに過ぎてゆく、
向う岸を目で追いながら、どのひともそんな
風だったに違いないと感じるのだ。
舟板に坐り、先を見る。霧が降りてきてはっ
きり見えない未来に、どういうわけか過去が
映ってくるのだ。おれは姿勢を糺して過去を
ふり払う。未来をふり払う。酒も飲んでいな
いのに、どうやら時間にでも酔ったのだろう
か。
向こうの舟にもこくりとやっているひとがい
る。どんな夢を見ているのか訊きたくなるが、
──いいだろう、眠れひとよ。航跡が消えて
ゆくように、われわれの時間はすぐに消えて
ゆく。すべて思いゆくまで経験することはで
きない。どの舟も霧のなかに呑みこまれてい
って、その先を知るものはいない。
雁の音のかそけき夢の半世紀虚構の焚火枝で搔きつつ
ワグナー忌黒き大理石そのうへの雷の気配と冬薔薇の赤
疵つきやすき果物の痕のこる記憶てふ亡霊に悩むこと勿れ
退歩は兵法の極意なりと朱熹記す墨燃へあがらむばかりに濃く
初秋の夜に砂野なるその波うつ凹に猫らひとつづつ眠れり
洗礼者ヨハネの首は盆にのせらしわが夕食には舌平目啖らふ
翅蟻の群れて窓より内に入るひともまた颱風の予感あり
ワグナー忌黒き大理石そのうへの雷の気配と冬薔薇の赤
疵つきやすき果物の痕のこる記憶てふ亡霊に悩むこと勿れ
退歩は兵法の極意なりと朱熹記す墨燃へあがらむばかりに濃く
初秋の夜に砂野なるその波うつ凹に猫らひとつづつ眠れり
洗礼者ヨハネの首は盆にのせらしわが夕食には舌平目啖らふ
翅蟻の群れて窓より内に入るひともまた颱風の予感あり
現代詩を書いています。
趣味はクラシック、クラシック系現代音楽を聴くこと。読書。映画鑑賞などです。詳しくはまた。
趣味はクラシック、クラシック系現代音楽を聴くこと。読書。映画鑑賞などです。詳しくはまた。