法橋太郎のブログ

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ポエム 第九回歴程新鋭賞受賞

2021年アラブ語圏にてゴールデンプラネット賞受賞

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詩篇 証道歌

 

参考 澤木興道 『証道歌を語る』  内山興正 『証道歌を味わう』

 

永嘉大師略伝

 

 

永嘉大師は唐の時代、温州、永嘉の人。子供の頃から坊主になり経、律、論の三蔵を全部習得し、天台止観円妙に精通し、行住坐臥には常に禅観にひたっていた。

 

達磨から受け継がれた仏教は六代目の慧能大和尚に至って世間に知れ渡っていた。永嘉大師は天台宗の坊主であったが左谿の朗禅師から策禅師とともに慧能に教えを受けに行ってこいと言われた。

 

永嘉大師は六祖慧能のまわりを三回まわって挨拶もしないで突っ立った。慧能は、出家者は礼儀をわきまえているはずだ。あなたは何処からやって来てそんな傲慢な態度をとるのか、とたしなめた。

 

永嘉大師が答えた。生命は無常迅速ですと。つまりわれわれ生命はそれ自体変化するし世界も変化して確かなものは何もありませんと。

 

六祖は切り返した。あなたは無常迅速と言うが、なぜ無生を体得し無速を体得しないのかと。つまり金の損得や社会的上下関係が作りごとであることを体得しているのに、無速、すなわち時間や変化と係りないところを、変わっていないという自分の意識を体得しないのかと。

 

これに対し永嘉大師は頭の分別を除いた、生きている実物の命には金も社会的上下も関係ありません。比較のない絶対の今の命には速い遅いという比較はありません。すなわちわれわれにはここに絶対の現在しかありませんと。記憶や記録による過去の思いも思い描く未来も妄想でしかなく現在の実物ではありせんと答えた。六祖はその通りその通りと感心した。六祖の弟子たちは愕然とした。                              

 

こうして永嘉大師は衣をととのえ礼を正してお別れの挨拶をした。六祖はなぜそんなに早く帰るのかと問うた。永嘉大師は私の身に速いとか遅いとかはありませんと答えた。六祖はその非動、つまり動不動を超えているところを誰が知るのかと問い返した。永嘉大師は、あなたの分別こそわたしを分別しているのではありませんかと答えた。

 

六祖が言った。あなたは無生の意、つまり作りごとのない命そのもの意味をよく心得たと。永嘉大師は言い返した。無生の命にどうして意味があるのでしょうと。六祖は返した。その意味と無意味を誰が判断するのかと。永嘉大師はじゃあ、あなたの頭の分別にも意味がありませんねと。六祖は嘆じて言った。大いによろしい。せめて一泊でも泊まっていきなさいと。

 

大師はその夜六祖のところで一宿した。策禅師はそこに留まった。大師は翌日山を降りて温江に帰った。いわゆる一宿覚である。その後大師のもとに仏教を学ぼうとする者があつまり真覚大師と尊称された。

 

本文 

 

きみは見ないのか、すべての勉強をし終わって自己の他に何にもなく他を拠り所としない人を。作り事のないゆったりした人を。この頭では考えられない命を生きている風流の人を。妄想を除かず真を求めない人を。妄想も真実も頭に思い浮かべただけのものにすぎないのだ。頭ののぼせ上がりが消えれば何処にもない。根拠理由を考えてもどうにもならないでしょう。

 

手と足を閉じて坐禅すれば思いが湧き上がって来るのが分かる。これが無明の実性即仏性ということです。生命力があるから妄想煩悩が起こるのは当然です。自然の天地は否定出来ません。人権も社会的約束事にすぎない。当てにはならないということです。本来われわれの頭の中で考えるのは幻です。幻を幻と分かることが自分のみを拠り所にしていればよく分かります。

 

われわれは呆ける。もっと上手いことしよう、もっといい目に遭いたいと思って呆ける。この思いを手放しにすること。それが覚めると言うことです。おれはこれだけ貰えるなんて権利はない。全くの無一物です。無一物の命は何ものにも汚されない天真爛漫です。呼吸は生きている証です。その呼吸の力はどこから来るのか。おれの思い以上の力がはたらいているのだ。困ったって頭の中で思っているだけ。すべてが大自然に生かされているのだ。宇宙一杯なのですよ。

 

身の動きはあらわれては消える浮雲。心の動きはと言えば、貪り、怒り、愚かさの泡にほかならない。頭を手放しするのだから思いは起こってもまた消えるのです。命のことが分かれば自分の思いのことなどどうでもいい。刹那に消えるこの世の地獄。どんな怖しい思いが頭に浮かんでもまた消えてしまう。わたしが嘘を言って誑かしているのなら、みずからこの舌を抜いてやろう。

 

 

 

すぐに坐れば、施し施され適度の欲をもち辱めを堪えることもない。命に随って、することはして、乱れることなく常にこれを生活とすればこのいのちは円だ。われわれはこのはっきりとした現実という夢を生きて、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上という六趣をさまよう。しかし覚めてみれば空くうとして大宇宙もない。罪福もなく損益もないのだ。人間は好きを握り同時に嫌いを握る頭のシステムがあるだけです。戯論、修身の話ではないのだから、自他・善悪・好悪など二つに分かれたところで探し求めて何になる。今生きているという間違いのない事実に気づきなさい。

 

実際坐って自分の頭という塵鏡を手放しにしてみなさい。どんな思いが頭に去来するのかよく分かるはずです。欲ばかりでしょう。無念無想になりますか。生まれたことがないのですか。生まれたことがないなら生きるにあたってあれこれ思うこともないでしょう。パソコンを持ってきて問うてごらん。仏を求め功徳を施せばいつ仏になれるかと。命を持っているのにまだ何か欲しいのですか。自分だという思いをすべて放って捉まえてはならない。分別の止んだところに随って生活してごらん。何もかも常なるものはなく本当はすべてないのだ。すなわちこの世界一杯命でないものは何もないのだ。

 

信じても信じなくても自分は自分だ。間違いのない事実のみだ。あるものはある。ないも

のはないのだ。自分は自分を誤魔化せない。命は自分にあるのに外を探すな。まず自分が

煩悩の容れ物であると知りなさい。眼耳鼻舌身意の作用はあるとかないとかいうものではなく信じても信じなくてもある。大宇宙はひとつの明珠で煩悩の比較相対の頭では様々に見える。しかし見えたとおり思ったとおりが本物ではない。みんな煩悩という煙幕の中での

ことなのだ。水面の月が本当の月でないと知れば、鏡に映したみずからの影は本当の自分

でない。きみが思うみずからは本当のきみではない。きみ自身は絶対なのだから。他人の評価も同じことだ。すべて測ることができないのだから何に依りかかっても仕方ない。常にひとり行き常にひとり歩く。幸不幸のない命に遊びなさい。

 

その調べは古く心は清く風格はおのずから高い。貌はかじけ骨は剛くして人は顧みることがない。口には貧乏を言うが道は貧でない。いつも襤褸を着ているが心には価値のつけようのない命という宝を蔵めているのだ。物をよく用い縁に応じて惜しむことがない。命のはたらきは身心に自在に通じている。あなたの性・智・行が整い我痴・我見・我慢・我愛から目を覚ませば命は円です。自分の物差しを捨てるということです。すべて比較、相対でしかないきみの頭の欲心に他ならないのだから生活してゆけるだけの小欲で足るのを知るしかありません。欲心にはキリがないのですよ。どこまで追っても満足することはなくそのうち寿命がきます。このことが思いのうちにきちんと分かればこころ落ち着いていられる。上士は分かればそれを生活にする。中下はよく分かってもそれを生活にすることはない。ただみずからの間違った欲心を解きなさい。誰だ、外に向かって精進を誇っているのは。誰のためのことではない。

 

他人の謗りも非難も他人に任せておけばいい。実力があれば誹謗中傷されるものだ。他人の

口は火をとって天を焼くようなものでやがて疲れる。わたしは誹謗中傷を聴いて甘露を飲む思いだ。すぐにとけて思いは手放せられる。悪言が当たっているなら改める。当たっていないならそのままでいい。謗られて相手を怨むようではいけない。謗る人を哀れに思って慈悲を与えなさい。一切の作りものに掛からないよう眼の鞘を外してみなさい。妄想を外してみれば言葉はなくても通じます。禅定と智慧を透明にして有にも空にも我にも法にも滞らない。何かの説や思いに滞ったらもはや仏教ではない。頭は所有に執着するが本来は何も持っていない。すべて他人のことでなく自分のことだ。その仏法の極意に到達して分かったのは私だけではない。ガンジス川の砂の数ほどの仏が到達したのだ。

 

人は生まれて生きて死ぬ。何も持たずに生まれ何も持たずに死ぬ。生きて何か得られるも

のがあるとか何か功徳があるとかと思っている世間の人にはとても信じられない。何かあ

るはずだと思う。しかし仏法は何にもならないことをただするだけだと獅子が吼えれば百

獣はとても信じられない。二乗、縁覚も威厳を失ってしまう。天竜である六祖慧能だけが

なんともならない無所得の仏法をしずかに聴いて無上の喜びを感じるのだ。江海に遊び山川を渉って師を探し求めて参禅した。曹谿の六祖大和尚の道を分かって、生死の関わらないことが分かった。確かに思いは我が身可愛いさで一杯だし敵は憎い。しかしこのいのちが果てるときには我が身可愛いさも敵憎さもない。もともとすべては頭の思いという夢にすぎないのだから。

 

行いも坐るのも禅です。話しても默しても動いても静かにしていても命自体は安然です。恐怖心があるけれど死ぬときは恐怖心も死んでゆくのだから刀で斬られても毒薬を飲まされてもなんともない命だ。お釈迦様はかつて燃燈仏にまみえて長い間に辱めを忍ぶ仙人になった。われわれの頭は辱めを忍ぶことが難しいが命にとっては何でもないことだ。生きて思いは刻刻と輪廻して生死を繰り返す。ものみな生死を繰り返して悠悠と止まることはない。この命に気づいたらもろもろの栄辱に一喜一憂することがありますか。

 

 

 

 

 

 

命を鏡に映して何か障りがありますか。よく見なさい。この世に命でないものがありますか。われわれの煩悩という影がかかってもすべては命の風景です。命は天地いっぱいに透きとおっている。だからといっても物事は無常するだけではない。因果はあります。したいことをすれば災難に遭うのは当然です。空がよく有が悪いということも災難になる。溺れるのが嫌で火の中に飛び込むようなものです。たとえ真理であっても妄心と対立する真理をとるような取捨の心がはたらくなら真実をわざと偽ることになる。それを分からずに修行すると煩悩を片付けようと修行をはじめる。われわれは煩悩のお守りしかできないのです。これはよくってこれはいけないという考えではいけません。比較をなくしそれぞれに絶対というところを狙って生きなければ法財も功徳もなくなる。

 

仏教とは自己の命の教えです。他者とは関係ありません。仏教では信解せよとはよく分かって信じなさいということです。無量無辺の自分の命はこの人間の小さな頭ではとても届かないということを。自分が一生に何回呼吸しているのか分からないし心臓をはじめすべての器官を思い通りにすることもできません。そのことをわかって信じる。考えても仕方のないことを考え過ぎないということが大切です。いま生きている自分の命として頭をはたらかせることが大切です。

 

われわれ個個の脳の思いというのは思い固められた自我です。われわれ個個の命はそれぞれが天地一杯なのです。自分の思惑通りにいかないのが当たり前ということをよく知っておかなければならない。寿命も分からない。死ぬということも西洋的な理解ではこの世界から取り残されて死んでゆくという感じがしますが仏教では世界ぐるみの私がその世界観とともに消えてゆく。宇宙一杯の命が脳の結ぼれを解いて宇宙一杯になるということですから安心です。その志をもって生きるものを大丈夫と言います。ただわたしとあなたとは言葉という約束事を持ちますが実物の命は貸し借り出来ないものでそれぞれ自己ぎりの自己です。この自我が悪いということでもありません。こういう分かるところまでの分別知見を摩訶般若の力とも言います。言葉で分かることまでは分かる。これが真正の智慧が邪をくだくということです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

破邪と慈悲はまず自分の思いに与えるものです。そして美味しいものを食べたら皆にお裾

分けしたくなるものです。これを自利利他と言います。雷も太鼓も慈雲も甘露もすべて慈

悲のことです。また修行僧の性格でもあります。竜象とは雲水、修行僧のことです。こう

いう修行僧がいれば皆が発心します。命の力をいつも養い活き活きとはたらいて行き詰まりがない。仏教というのはわたしだけが悟って偉くなってやろうというものではありません。このわたしの実際の生き方の話です。わたしという個的生命もこの宇宙一杯の超個的生命があるから成り立つのです。それをわれわれの頭は自我の思いに思い固めて自分が可愛いと思う。これは幼稚な小人の思いです。思いはありますが思い以上のこの世に思いで量ることのできない命を生きているのです。われわれの頭によって思いあがってはいけません。そういう思い上がりが人間不信から戦争までを起こしているのです。

 

仏教とは大人の生き方です。一即一切、一切即一とはわたしという命が天地一杯の命と同じものだということです。われわれの意識はわたしのみが可愛いと思っているだけです。こういう思い上がりを手放ししたところに真の命があるのです。仏教では世間相場で考えれば損しかしません。「損は得、得は損」という。労働というのは金と働きの取引です。これは取引根性というだけのことです。われわれの命は何もしないようでいても働いている。これを働きと言います。損をしなさいというのはただ損をする。見返りが欲しいのは頭という一器官の話です。見返りを求めないでただ損をしなさいということです。損をしても何とかなるのです。よく考えてください。死ぬときは一切合切の損しかありません。われわれは宇宙一杯から宇宙一杯に帰ってゆくのです。これを仏教では帰命と言います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

計ることのできない大宇宙という超個的生命がわたしを生かし、あなたを生かしている。呼吸も心臓もわれわれの思いどおりにいかない命です。命というのはわたしの存在している場所にあって、対象にあるのではありません。人間の脳は自分が観察者になり他を対象として見る癖がある。そこに自分というものを入れて考えるから難しくなる。ここに足を着けているということは大宇宙一杯に足を着けているということだ。自己が生きていて全宇宙が生きている。自分の命は相対ではなく絶対でしょう。自分の命が絶対ならまわりの全てはやはり絶対です。ただ純粋に今生きる態度一つを自分で行なってゆくのが仏道です。仏教は命の法則です。宗教かそうでないかは分かりません。仏道とは命の法則を実際に体得する修行です。ここに宇宙一杯の命がある。自己の絶対の命がはっきり分かったら出会う物も人もすべて命なのだ。想像できない長い時間も思いを手放せばここにあるのです。

 

 

 

上司からは部下、部下からは上司。父からは子供、子供からは父。師からは弟子、弟子からは師。これは兼ね合いです。仏教の生き方は兼ね合いなしです。世渡りではない。われわれの頭は物事を分け比較するように出来ている。しかし科学でも分かるように真実は追求しただけ逃げてゆく。すべての概念は概念ではないとは、大きい、小さい、長い、短い、すべて比較の概念でしかありません。広大無辺は人間の概念では捉えることができない。この宇宙の大きさ、微粒子の小ささにはキリがありません。命を比較出来ないのと同じことです。命は虚空のようで果てしがありません。

 

われわれはそれぞれ自己の命として完結しています。頭の中身が何なのかと求めてみてもそれは固定したものではありませんから無駄なことです。何かを取ることも捨てることも出来ません。好きと嫌いを握っているだけです。時が経てば思いは変わります。それでいて命は同じです。何もかも隠すもの、隠せるものはありません。門はひらかれています。もし人が、何が分かったのかと訊くなら、この命の営みとして頭がはたらいているということです。

 

いのちを基にして思うときこの世が本当に是か非かあるいは順行しているのか逆行しているのか分かりません。悟るとはある意味で煩悩が煩悩でしかないとはっきり分かることです。と言っても生まれつきの性格は変わりませんし悟っても何か変わることはありません。

何にもならない、どうにもならないということだけが正しい認識です。これは決していい加減なことを言っているのではありません。

 

説法する自信は六祖慧能の坐禅という命から来ている。迦葉にはじまり二十八代菩提達磨に至って、江海をへて中国に入る。六祖慧能にいたって中国全土に広まった。後人が道を得るのは数かぎりない。坐禅は妄想を片づけ悟りを求めるものではありません。頭のなかには真実も妄想もあります。その真実を求めたり、妄想から逃げないことです。世間の人は妄想のなかに生きていてそれを妄想だと気がつかない。それでもって自分の見方を疑わない。自分の考えは全部自分可愛いさの貪欲、怒り、愚かさでしょう。願いが叶っても叶わなくてもどうでもいいのです。それは自分が死んでしまうという無常から離れている話でしょう。どうでもいいだと思うところがないとおかしいでしょう。どうしたってわれわれの頭は曇るのです。それを曇ったなと思うことが坐禅です。これが仏教です。だいたいみんなが虫のいいことを考え、それをやり遂げることが良いことなのだという価値判断をもっていることが、まさしく悪時世なのです。そしてそんな考え方の人は自分が一生もがいて苦しむだけなのだ。真実の命を見失うこと甚だしく、自分勝手の考えばかりしている。根本的に命を疑い名利や金に価値を見出すということはまさに魔の所為です。

 

思いは幻影、行為は現実、結果は化けて出る。つまり自業自得ということです。この言葉を

忘れずに何かあれば自分によく言い聞かせた方がいい。直ちに思いによって行動してはな

らない。よく思い上がりを覚まして、よく見定めてからでなければならない。自分がすべての責任をもつということです。他者を怨んでも仕方ない。地獄に落ちたら地獄を勤め上げるだけだ。しかしここに落ちるような業をつくらないためには如来の正法輪を謗ってはならない。如来とは命のことです。つまりどんなことがあっても精一杯生きるということです。

 

仏教の叢林では金も名利も求められません。良いとか悪いとかという頭の物差しを取り外しなさい。自己ぎりの自己です。他者とは関係ありません。何も得ることのないことのために何も得るところのない修行をしなさい。それが仏教です。ただ坐禅するだけです。坐禅してみせるのとは全く違います。坐禅ができるうちは何にもならない坐禅をする。それが獅子です。偽の何か得るための野狐の仏教ではありません。自分の考えなどに迷わされてはなりません。仏教を装って金や名利に走る妖怪にはなってはいけません。

 

仏教の話は宗教的教団の話ではなく自己の純粋な命の話です。円とは自己として「円として完結している」「加えることなし」ということです。決して物欲しさや野心の話ではありません。頓とは自己の行として「やっただけはやった」ということです。ごまかしはききません。坐禅をするのと坐禅をしてみせるのとは全く違う話です。全く他者とは関係のないことですから人情なしです。それがよく分からないのであれば直接にやって来て文句を言え、「直にすべからく争うべし」です。我を張って人と争うということではありません。断常とは断見と常見のことです。断見とは自分も世界も刻々変化している諸行無常ということです。常見とは因果歴然、原因があれば結果があるということです。これは矛盾しているようですが同時にあるということです。

 

時と場所により是と非は変わってきます。だからこれは是これは非と決まったということはありません。確かにわれわれ人間は物事を分別しますが分別を超えた命を生きていることを忘れてはなりません。竜女も成仏する話は『法華経』提婆品にあります。仏教では女というものは罪が重いことになっている。竜女というのは印度の竜族の娘のことで彼女が修行して成仏した。善星が陥墜する話は『涅槃経』にある。悟ったつもりになり迷いに落ちました。お釈迦さまの邪魔ばかりしたといいます。修行の狙いをはっきりさせようということです。

 

 

 

 

 

 

永嘉大師は天台宗の僧侶で若い頃から仏教の勉強をした。あらかた仏教書を読んだ。仏教を理解しようとして休むことを知らなかった。これでは実物なしの観念だけのものになる。だから師匠から「他の珍宝を数えて何の益かある」と叱られた。今度はひたすらに修行をした。宗教とはただ自己にとって何が大切なのかを教えるもの。人生というものをはっきりさせるものです。自分の人生をはっきりさせるということがなければ世間の目によく映るように裏表のある生活をするようになります。もう煩悩の虜です。何を修行するのか分からないといくら修行しても全部間違う。「円」とは自分に完結している命、「頓」とは修行しただけやったという実際の修行です。自分という疑いようのない命が仏教の修行によってはっきりと、ああ自分という命だなあと分かる。おれこそ悟りをひらくぞという話ではありません。人はすぐに競争ボケしたがる。「外道」というのは「仏法、つまり自分の命のことから外れた人」のことです。学歴も地位も関係ありません。教養でも学問でもありません。自分が持っていて忘れているこの命のことです。

 

思いすぎてはいけません。胃が悪くない時に胃のことを気にしないでしょう。また曲芸のような修行をありがたがる人もいる。思いは頭の分泌物です。適度がいいのです。考えすぎたら疲れるだけです。思わなければ何でもないことを思い煩ってはいけません。いつか死ぬんだけど今ここに呼吸している自分の命が確かにあるでしょう。人間はどうしても凡夫なんです。人生は生まれて生きて死ぬだけだと決まっているのに他にも何かあるんじゃないかと思ってしまう煩悩のトリックにすぐひっかかる。でも何かいいものがあるんじゃないかと思う。本当に何もないのですよ。人生は苦しい。苦しくない人がこの世にいますか。われわれはただ苦しむだけです。生きているから運がいい時と運が悪い時があるのは当然でしょう。しかし思い通りにならないでしょう。運が良くても悪くても生きているんだ。それなら生きているから安心でしょう。死んだら死もありません。生きているからいつか死ぬんだと頭が思うのです。死ぬ時にはそんな恐怖感も死にます。生死一如ってこのことですよ。

 

思わなければ何でもないのです。坐禅は適度に思う練習です。考えすぎない練習です。無念無想になるわけはないでしょう。そこを間違えるといけません。頭を手放しする練習をしておれはまた考えているなということにハッキリ気づき考えてはいけないと頭を手放しする練習を繰り返すことです。そこで何か偉いものになるように思うのも煩悩です。いくら坐禅しても偉くならない。この何にもならないのが坐禅です。適度に考える練習というだけです。適度に考えれば心配することなんてないのです。命のことは頭では分からないと気づくことです。頭の思いに振り回されない自分の命の修行です。頭のトリックにかかったらこれは頭のトリックだなと分かる練習です。

 

 

 

他人と何を競うのですか。自分を相対化させて他者と競って何の益がありますか。自分の命の世話だけで十分なのに、向こうばかり気にするのは比較ボケです。それぞれに絶対の自分の命だけしかないのに、物事を相対化させる煩悩の頭にニンジンというエサを思い浮かべさせて、自分の命をこき使っているだけです。そしてちょっとできたら得意になる。すぐ正気でなくなる。思いあがる。できる奴をみれば足を引っ張る。競争呆けに嵌っているのです。他者に勝ったとしても、生まれて生きて死ぬだけです。過去の偉人も死んだら自分が偉人だということも認識できません。そういうふうに考えるのは、みんな生きている人間の妄想です。対象を自分に持ってきて、自分が適度に満足すればいいんです。

 

われわれは常に頭で真と妄を対立させている。その対立そのものをやめてしまうことが根本です。われわれは真を求め妄を捨てようとする。世間の人々は妄想の中に暮らしている。世間相場はすべて妄想です。中途半端な道徳心ならあるが心から真実を求めるということはまずしない。それで煩悩に苦しみ、その苦しみから逃れるために宗教を求める。坐禅というのは煩悩を押さえ込んで悟りを求めることではありません。坐禅して悟りを得ようなんて見当違いですということを永嘉大師は言おうとしているのです。あれが良いこれが悪いという「おれの見方」というものを止めてしまえと言われているんです。それで「頭手放し」の練習が全てなのです。

 

しかし「頭手放し」で何もなくなってしまうのではありません。何も分からなくなってしまうのではありません。ただ全てのものが命の風景として頭に展開しているだけです。これが「有無ともに遣れば不空も空なり」ということです。こちら側に眼耳鼻舌身意という六根があるから向こう側にあるいろいろな存在が煩悩のたねとして現れてくる。普通こちら側の心とは別に、悩みのたねは向こう側にあると思ってしまうが、実はそうではない。事実は向こう側の対象それぐるみがこちら側の心の動きによって起こっているのだ。目の前に美人が現れたというのも、まずこちら側に色気があるからでしょう。色気がなければ美人もないでしょう。悩みと言っても悩みのたねがそこに決まってあるのだというのではない。それを悩みのたねとして受け取るこちら側の私の主観が働けばこそ悩みを持つのです。頭を手放しにすれば何もないのだ。

 

自分は人の役に立とうともしないで、しかも人から尊敬され、経済的にも豊かで生活したいなんて虫のいいことを考えるから悩まなければならない。虚栄心を満足したいだけなのです。名利や金に価値を見出すなんて魔の所業です。「思いは幻影、行為は現実、結果は化けて出る」。わたしたちはどんな思いでも湧き起こりますが、直ちにその思いによって行動してはならない。行動に移すには充分思い上がりを下げ、よく見定めてからでないとならないうことです。

 

 

悪い結果になるのはみんなその人の心が行為に移したことなのだから他人を恨んではいけない。怨訴したって誰も身代わりに責任を取ってくれない。自分が生きるということは自分が全責任を持つしかありません。地獄に落ちたら地獄を勤め上げるしかありません。他者が突き落としたと言ってもどうにもならない。他者を恨む暇に、今この状況でいかに生きるのかが大切です。如来とはこの自分の絶対の命のことです。われわれは悪い状況に陥るとすぐに「なんとかして逃れよう」とする。これが一番いけない。そこで精一杯に自己の命を生き抜く姿勢が大切です。結局、自己にあるのは自己の命だけなのですから。

 

他と関わりなく自己にあるのは自己の命だけだということを了解した上で自分の頭の思いを直ちに信じないことが大切です。どんなに辛くても生きている限り辛いのが当たり前です。頭の幻影に悩まされているだけです。どうあっても生きている自己の命です。頭の思いという一器官の思いで右往左往することはありません。金や名利の話は全く関係ないし、仏教で病気は治りません。勝敗もありません。われわれが思って餌になるものは何もありません。それでも疑うことのできない自分の命です。当然、頭の思いは金や名利や健康状態を考えてしまうのが当然です。それでもそれは自己の思いに過ぎません。このことがはっきりと分かることが獅子ということです。

 

勝敗を決するなど世間相場で生きているのを獅子とは言いません。自己ぎりの自己で生きるしかありません。生まれて生きて死んでゆくのみです。他に何かあるだろうとわれわれの頭は思ってしまうのが当然ですが他には何もありません。悟りもありません。「自分の存在価値は自分において見出している」というところで生きるのみです。「これでいいのだろうか」と思うことは多々あります。しかしこれも思いです。思いを否定するのではありません。思いを思いとして見てゆくだけです。ただ自分の命の面倒を見てゆくだけです。これが本当に命として生きるということです。それが分かったら何か特別な境地がするんだろうと思うのも幻影です。じゃあ頭なんて必要ないのかと言えばこれも妄想です。頭は頭という一器官として作用していますから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の存在価値は他者の評価によって見出すのではなく自分によって見出すんです。「独り自ら遊ぶ」というのは兼ね合いの世間相場で生きるのではなく自己ぎりの自己で生きるということです。上には媚びへつらい下には横柄に振る舞うなんていうのではいけない。叢林では出世しようとか欲得で行動しようとか、そんな俗物どもは去ってしまいます。本当に自己の命だけに生きようという人間だけが後に従います。金や地位という餌に騙されないというのが獅子ということです。「親に仕える如く」というのは無条件、無報酬で仕えるということです。仏像はきちんと坐禅しているでしょう。宗派に関係なく坐禅という姿勢を忘れてはいけない。なぜなら手足口は比較的自分の頭の言うことを聞く。これを閉じた姿勢が坐禅だからです。それでもきちんと宇宙一杯の命ははたらいているということを体得するためだからです。立派な格好をしてその上もっともらしい仏法を説けば正真正銘の妖怪です。

 

自分の人生をはっきりさせる大事を見失っていればどんなに修行しても風塵の客です。つまり、自分の命がまさしく自分の命であるということをはっきりさせるのが修行です。「俺こそ悟りを開くぞ」と思っているのが二乗や縁覚ということです。これなら「俺だけ偉くなりたい」と頭がぼけているに過ぎません。そんな外れた狙いの修行ならやらないほうがいい。外道というのも「仏法という真実の命から外れた人」の意で「教養のある下劣な奴」のことです。「指を執して月と為す」とは月を見なければならないのに指を見ていると言うことです。これは「命の領域は頭では届かない」ということです。頭で幻想を捏造してばかりいるのが外道です。

 

「一法を見ざれば即ち如来」。一法を見ないとは頭を手放しにすることです。つまり「自己」という個体が大自然、大宇宙と続いているということです。自分が命なら周りの人も物もみんな命になるでしょう。頭の内容はどんなに親しくっても違うに決まっている。物事の概念も違う。また頭の概念は刻々変わってゆく。だからあの時は仲が良かったのに今は悪くなったりする。頭の内容で人を分けたってだめだ。自分と同じ命なのだからということがはっきり分からなければならない。でも「あの人は好き」「この人は嫌い」という思いがなくなるわけはない。この個体はこの個体だ。私は私だ。自己の思いを手放ししているときだけ思い以上の自己がここにあるんだ。この思いの相対にならない自己、命は宇宙一杯なんです。

 

 

 

 

 

 

この頭を手放した思い以上の自己こそ本当の自己なのだと、よく解れば、業障本来空だという。つまり一切を手放しにすれば悪業の障りは消えてなくなる。さもないと「須く宿債を償うべし」で「いままでの業障の借金をすべて返さなければならいぞ、ということです。欲得で生きても墓場が近づいて来るとみんな慌てる。仏法というのはそれを生きている間に思いを手放す。悪業を手放すということです。「飢えて王膳に逢えども」。食べることができなければ腹は膨れない。つまり頭手放ししなければ業障を持ったまま死ななければならない。頭手放しの行がなければ何ともならないということです。救いようがないということです。

 

勇施重を犯すという話は『浄業経』というお経の中に出てくる。勇施比丘という人は美男子で、人妻に恋され、恋に狂い、その後亭主が邪魔になって殺してしまった。彼は良心の呵責にたえかねて毗鞫多羅尊者に懺悔する。すると毗鞫多羅尊者は「一切諸法無自性、一切業障無生」と言った。つまりすべて本当は罪と決まったものはない。自分のやったことを頭手放しにすれば、すべて脱落するのだと言った。「生」とは作りごと。それを手放しするときは無生です。勇施比丘はこのときはじめて「無生」ということを悟った。彼は無生法忍を得てついに宝月如来になった。

 

「獅子吼無畏の説」というのはどっちにどう転んでも宇宙一杯、畏れるものは何もないということです。ただし同じ宇宙一杯のところへゆくのなら死んでからでは遅すぎる。生きているうちに行かねばならない。仏教という宗教は生きているうちに宇宙一杯のところに帰って活き活きと生きようというのが狙いです。生きているうちに宇宙一杯のところに帰らなければ人間の生き方として意味がない。生きている間に「おれが、おれが」という小さな俺の思いで行動せず、その思いを手放しにして宇宙一杯のところで行動しようというのが仏教徒として一番大事な根本精神です。

 

「獅子吼無畏」の説に対して「深く嘆いてばかりいてはっきりと分からないで何かを頑固に信じている」連中は「犯重の菩提を障うることを知って、如来の秘訣を開くことを見ず」です。普通われわれは煩悩は悪いものだと決め込んでいる。しかし必ずしも悪いことではありません。なぜなら煩悩もわれわれ人間のひとつの生命力だからです。この生命力を無視したり断絶したりするところに命の真実があるわけはありません。煩悩を生かすことが大切です。それが「如来の秘訣を開く」ということです。如来とは宇宙一杯の生命力のことです。この煩悩を元手にすべてを生き、生かそうという気持ちもはたらくべきです。

 

二人の坊主が淫殺を犯して優波離尊者に懺悔した。優波離尊者はその罪の重さを説いた。そこに維摩大士が現れて「優波離よ、お前の戒律は罪を深くするためにあるのか」とたしなめた。そして二人の坊主に懺悔して頭を手放しにしたらあらゆる罪は消えてなくなると言って聞かせた。『観普賢菩薩行法経』という経に「もし懺悔しようと思えば坐禅しろ。するとまるで太陽が昇ってくれば霜や露が消え去るように罪は消えてしまう」とあるとおりです。つまり坐禅して頭を手放しするということです。

 

この頭を手放したときには不思議解脱の力がはたらく。これは無量無辺の命の力がはたらくときなのだから、人間の思議を超えたものです。つまり頭を手放しにするというのが不思議ということです。そのとき命の力がはたらくからです。しかもそのはたらきたるや、ガンジス川の砂粒の数の如く無量無辺で極まりがない。これに対して四事の供養は匹敵しない。四事の供養とは、飲食、衣服、寝具、医薬を出家者に供養する事。次に黄金万両、次に粉骨砕身して自分の労力のありったけで供養する。それでも「未だ酬ゆるに足りず」。ただ一事、頭を手放しにするという一事だけで「百億を超ゆ」だけの値打ちがあるのだ。盤珪禅師のいう「不生の仏心ですべて整う」ということです。不生とは頭を手放しにすることです。

 

「法中の王もっとも高勝」。法とは、あらゆる存在、在りてあるもの、生きとし生けるもの、それがすべて「法」です。世間相場の偉い人になるなんて駄目なのだ。この命をいかに活き活きして生きるのか、を狙わなければならない。「出会うところわが命」としてすべてに対して自分の命を大切にする心で出会う。これが「法中の王」です。多くの仏たちと同じように、これこそが如来珠であることが自分によく解ったと永嘉大師は言っているのだ。われわれもこれを信受すれば、皆この命に相応して仏になれるのだと。

 

結局の話、世の中は複雑に見えるけれども生死という命なのだ。どっちにどう転んでも私が私の命を生きているだけしかない。死んだら生死もないのだから、心配は要らない。私の目の前には実は何もないのだ。きみというのも私の分身だ。物を取り扱ってもこれは他物ではない。私が私の命を取り扱うのだ。つまりどっちにどう転んでも自己が自己に生きる。だから「了了として見るに一物なし」「また人もなく仏もなし」。自己ぎりの自己であって、眼前には人も仏もないのです。宗教になんでも有り難がたがって、何か目の前に拝みたくなるもの、有難いものを置きたがっている善男善女では駄目だ。自己ぎりの自己を大切にする世界が真の宗教の世界です。『長阿含経』の『遊行経』にお釈迦さまが「自らに帰依せよ、法に帰依せよ、他に帰依するなかれ」と最後の言葉を言った。本当に生きるのにはこうでなければならない。自己の命はまったく無常です。これと言って摑むべきことは何もない。大千沙界の海中の泡です。一切の賢聖は電の払うが如し、とはこのことです。

 

たとえ世界の支配者が出て来ても、頭を手放しにするこの仏道の理がなくなることはない。太陽が冷たくなり月が熱くなっても、これらの説をどんな魔の衆も壊すことはできない。険しい山道を象はのしっと歩く。蟷螂がその鎌を振り立てても巨象の歩みを止めることはできない。つまり、人間の頭の思惑で、命の真実のあり方を遮ることなどできないのだ。巨象は兎の歩くような小道は歩かない。同じように真実の命を分かった小悟りなんて相手にしない。どうせ脳という馬鹿なもので管のなかから世間の蒼天を誹謗しても駄目だ。まだ分からなければきみのためにもう一度説いてやろう。

山上の舟

 

蔓に捲きこまれた山上の独木舟まるきぶね。絡めとられて虚空へ起ちあげられた舳先。そこから見渡せる記憶の町町。頭蓋を破る骨の牢獄。眼のなかに打たれた杭。教えこまれた手で種を選りわける選りわけられた手の暗さ。生ききれない、死にきれない、燃えさしの湿った紙が足もとをすくう。倒れふした手に拾われた石。その裏を這っていた多足の言葉が胸に逃げまどう。

 

つみ置かれた生きにくさを欺しているあいだに忘却されていた死の通路が足もとから崩れるのか。朽ちた実にひらいた硬い眼。陽気な口笛のうちに腫れている瘤や茸。あちこちの路上で鱗粉のようににぶく光っているもの。還れない、還れないとうづくまる声。それらの声を海にする。世界の低い路上から渦まく潮を起こす。

 

地上の決意をもって蔓を解く手を誘うとき、霧にとざされた山上を悲しみが水草のように漂う。その深みに溺れつつ摑みだしたひと束の火。差しだした掌の窪みをひらいて放たれた灯火から一艘の舟を送りだす。

 

水路なき水路。舟のゆかんとするところ。そのさきざきの闇が降りてきて水面からはららと燃えあがる。ごうと燃えあがる。燃えさしを焼きつくす火の音が踊りあがっては一艘を照らしみちびく。

             

詩集『山上の舟』より

 

追放

ここは追放の僻地
耕すことの不可能な時間
わたしのなすべきことは頽落した観念の
すでに使われることのない錆びついた鎧を身につけること
救うべき、救われるべき何ものも持たず
何を耕せというのか

鍬と鋤
しかし脳のなかの亡霊は
手のうちに滲む痛みを知らず
墓につづく坂道を這いながらも
黄金にかがやく幻想をもとめる

では問題の幻想は蛇、あるいは鉈
それも他者の──
ここは追放の僻地
耕すことの不可能な時間
砂になって掌からこぼれ落ちる時間
しかもあなたは手袋をつけたままの
観念の遊び
では何が必要なのか
影ではない肉体
ひとつの身に添う影では多すぎるというのか
あるいは少なすぎるとでも
すべて抽象ではないか
観念ではないのか

額から撫であげる頭髪とは書けないか
ここは追放の僻地
戻せる時間は何処にもない

2022/05/01

魔王

その王はまず歴史から名前を消された。その王がひときわ聡明だったせいで策謀にかかり島に遣られた。王はその怒りを鎮めようとして仏教に帰依した。いくつもの経を誦んではそれを写し都に送ったが受け入れられなかった。

王は愕然として泣きぬれた。爪と髪が伸び放題に伸び彼の容姿は魔王のごとくなった。供のものも容易に彼に寄りつけなくなった。ただいくにんかの善意ある供が彼に食事を運んだ。

都では彼に悪しく機縁したものがつぎつぎに死んでいったので彼の祟りだという噂が流れた。王は舌先を噛み切りその燃えるような赤い血で経を書いた。

嵐の日には荒波の海辺を走った。いくつもの雷が彼のあとを追うようにして落ちた。彼はその後その経を銜えて海を渡ろうとしたという。

いまひとりの僧がその島を訪れた。その王とも縁の深い僧であった。彼は悲運の王の怒りを鎮めるために、また彼との機縁を思い読経したあと歌を三首詠んだ。

そのうちの一首は彼の口より詠まれたさきから炎のようにうつくしく燃えあがっては、雪の降る冥い夜空に嚥みこまれていった。王として生まれ王となれなかった彼の死を悼みながらその僧は何処へともなく去っていった。
                   

愛について

 

愛という言葉は現代において世界中で使われています。しかし私にはもうひとつはっきりしない言葉であると感じています。辞書によると愛とは大切にすることとあります。私の類推する結論から言わせて貰えば愛という言葉は神と人との関係において発生したものだと思われます。その言葉がやがて人と人との間にも用いられたのだというのが私見です。

 

しかし神が人を裏切ることはないにしても人は人を裏切ることがあります。人と人が愛に治っていればいいのですが世界の現状を見ているとどうもうまくいってないように思えます。

 

仏教には愛憎という言葉があります。花は好きで雑草は嫌いという感情は、例えばサッカーのAチームが好きになったらその敵のBチームが嫌いというものです。つまり愛が起これば嫌いが発生する。だから好きと嫌いという感情をできるだけ両者共に持たないようにするのが仏教の教えです。

 

では仏教において具体的にその愛情や嫌悪という感情をどのようにクリアするのかと言えば、坐禅をして何も考えないようにする修行があります。もちろんいくら修行しても無念無想にはなりません。どうなるのかと言えば妄想が次から次へと起こってきます。しかしよく考えてください。普段の生活で私の頭はよく妄想すると思うことがありますか。この私の頭がよく妄想すると分かることをするのが坐禅の本質です。

 

それとともにどのように頭が妄想しても事実ここに生きている生命の実物の自分の命が確かにあるということに気づきます。頭の思いはその命の一部にしか過ぎないということが分かるようになります。

 

西洋哲学は二人以上の人間がいる世界を前提にします。仏教は一人の人間が生まれて生きて死ぬのを前提にします。だから仏教はゴータマ・シッダールタが言うように「自己に依拠せよ。法に依拠せよ。他に依拠するな」と説きます。法というのは行き着くところに行き着いた自己の生き方のことです。人間は生まれてきて初めて世界を認識します。死ぬときにはその世界ぐるみが死にます。

 

私たちはそれぞれ何も持たずに生まれてきて何も持たずに死んでゆきます。仏教はあくまで個です。だから自己ぎりの自己を生きるだけで他は関係ないことになります。私が食事を摂ってもあなたの腹が膨れないようにです。またどうして他に依拠するなというのかと言えば他は動くからです。愛する人が死ねば動揺するでしょう。仏教は自分の思いでは量ることのできない自己の命を信仰します。信じても信じなくても確かにある自己の命を信仰するのです。自己の命は相対ではなく絶対です。絶対の自己の命があるから絶対の自己の世界がある。この自己の世界に登場するありとあらゆるものは自己の分身ですから大切にしようとするのが当然でしょう。よって私が出会うところはすべて命となるということです。こういう理路なら私はあなたを愛しているということが言えるのでないですか。

禅の世界観 

 

普通の世界観は1/世界人口になります。すなわち1/世界人口が私という認識になります。しかしながら禅の世界観は1=1/1=♾/♾になります。どうして普通の世界観と違うのか。普通の世界観は生まれてからの経験で成り立っています。だって私の他にも多くの人がいるでしょうということになります。しかし禅では私が生まれて初めて私の認識作用が始まると考えます。私の脳の認識がこの世のすべてと考えます。だから私が生まれて世界が誕生したんです。そして死ぬ時には私の世界認識ぐるみ死んでゆくと考えます。ここで注意してください。人間の脳は相対に対象を向うに置いて自分ごとではないように対象として物を見るように作用しがちです。大事なことはその対象を自分に当てはめることです。対象がどこかにあるんじゃないんです。自分の脳の認識が世界のすべてです。だから脳の概念、観念、世界観はすべて他者とは違うんです。西洋哲学ではフッサールなどのように認識の確からしさを言いますが、それでは夢の中や酒に酔っている時、また視力の問題等はどうするんですか。言葉は約束事でしかありません。我々はそれぞれ全く違う世界観を持って生きているということです。西洋哲学は対象を向うに置きます。それなら自分の生きているこの肉のある身とは関係ない話です。他者が寝ていると会話はできません。禅は疑いきれない自分の命の信仰ですから特に会話が必要なわけではありません。禅は私の命全体のことで脳だけの占有特許ではないんです。私の命が絶対です。私の命が絶対なら人や物を相対化して見る必要はありません。しかし脳は相対化して物事を見ます。では、どちらを採ればいいのでしょうか。どちらも正しいということになります。お勉強の◯と×ではないんです。両者ともに◯ならいけませんか。つまり1=♾/♾であり1/世界人口であるということです。つまり私が出会うところ命です。 

 

『フェルナンデス』をめぐり、石原吉郎をめぐるとき 

                               法橋太郎 

フェルナンデス 

 

フェルナンデスと 

呼ぶのはただしい 

寺院の壁の しずかな 

くぼみをそう名づけた 

ひとりの男が壁にもたれ 

あたたかなくぼみを 

のこして去った 

   〈フェルナンデス〉 

しかられたこどもが 

目を伏せて立つほどの 

しずかなくぼみは 

いまもそう呼ばれる 

ある日やさしく壁にもたれ 

男は口を 閉じて去った 

   〈フェルナンデス〉 

しかられたこどもよ 

空をめぐり 

墓標をめぐり終えたとき 

私をそう呼べ 

私はそこに立ったのだ 

 

「フェルナンデスと/呼ぶのはただしい」 

と石原吉郎は書いた。石原の第三詩集『斧の思想』所収『フェルナンデス』の冒頭である。『石原吉郎全集』(鮎川信夫 粕谷栄市 編集委員 花神社 1980年7月20日 初版第一刷)の『年譜』によるとこの作品は、1970年、「ペリカン14」に掲載された。 

「〈フェルナンデス〉」のリフレインが二度ある。この「フェルナンデス」とは誰か。もし私の推論が正しいとすれば『贋作ドン・キホーテ ラ・マンチャの男の偽者騒動』(岩根圀和著 中公新書 1997年12月20日発行)に載る偽者アロンソ・フェルナンデス・デ・アベリャネーダのことだと思われる。 

石原はこの「贋作」についても知っていただろうと推測されるが、『石原吉郎全集』のなかにも、フェルナンデスについての言及はない。「男は口を 閉じて去った」のである。この「男」というのは、石原が洗礼を受けた師のエゴン・ヘッセル氏であり、石原自身でもある。 

 

石原はインタヴューにおいても対談においても、用心深いと言っていいほど正確に言葉を選んでいるのがよく判る。石原の「声となる均衡」への留意はこの詩集の表題作『斧の思想』に表れている。「およそこの森の/深みにあって/起こってはならぬ/なにものもないと」。 

このことは「人間不信」に陥った石原の第一詩集『サンチョ・パンサの帰郷』、その巻頭の詩『位置』に「しずかな肩には/声だけがならぶのではない/声よりも近く/敵がならぶのだ」と明確に「敵」と書かれている。「勇敢な男たちが目指す位置は/その右でも おそらく/そのひだりでもない」と。ところで石原は何を「敵」と見做したのか。それは石原の外界の「敵」であり、同時に石原自身という「敵」である。石原にとって外界と内面は常に同じものであったのだ。再認しておきたい。石原の外側(そと)と内側(うち)とは常に一(いつ)なるものであったのだ。言われればなるほどと思われるかも知れない。しかし石原はこのことをみずからによく承知していたのである。カール・バルトの『ローマ書講解』(小川圭治・岩波哲男訳 平凡社ライブラリー)には「神の意志は、与えられた外的状況と内的状況との真実に実現した調和において、キリスト者に可能となった正しいことへの洞察によって知られる(一二・二)。瞬間のこの認識は、人間の願いの成就が考えられる唯一の道である」とある。石原が戦後の日本においても、「声となる均衡」にどれだけ注意を払っていたことか。 

旧陸軍中野学校から諜報部員として旧ソ連シベリア抑留後、この国に帰還した石原の意識はみずからの境涯を『ドン・キホーテ』に擬(なぞら)えて二重に写したのと同様、この『フェルナンデス』でもまた、『贋作ドン・キホーテ』にみずからを擬えて二重に写しているのだ。 

 

 『贋作ドン・キホーテ』(アベリャネーダ著 岩根圀和訳 ちくま文庫 1999年12月2日第一刷発行)についてはこの下巻「あとがき」によく纏まっていて詳しい。岩根氏の「あとがき」から一部引用する。 

 

 これはアロンソ・フェルナンデス・デ・アベリャネーダの『才智あふるる郷士ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ』(スペイン語 中略)の全訳である。世界文学の遺産ともなっている『ドン・キホーテ』の作者はスペインのセルバンテスではなかったかと思われるかも知れない。たしかに『ドン・キホーテ』前篇は一六〇五年にミゲル・デ・セルバンテスの名で出版されている。これがたちまち大評判となり、その年度末にはすでに六版を重ねてとどまることを知らぬ売れ行きであった。 

騎士道小説のパロディとして書いた『ドン・キホーテ』が空前の当たりを飛ばすまでは一介のしがない作家に過ぎなかったセルバンテスは、大いに気を良くして後篇に筆を染めることにした。前篇の着想を踏襲し、さらに構想を練って『ドン・キホーテ』の後篇を書き始めたのがいつの頃であったのかはっきりしない。しかし一六一三年出版の『模範小説集』の序言で「近いうちにドン・キホーテの後篇をお目にかける」と述べているからこの時点ですでにかなりの量まで書き進んでいたと見ていいだろう。実際にセルバンテスの『ドン・キホーテ』後篇が出版されるのはそれから二年後の一六一五年である。ところがその目と鼻の先の一六一四年にアビリャネーダの『ドン・キホーテ』後篇が世に出てしまった。 

当時は剽窃の意識の薄い時代のことだから先に世に出たアベリャネーダの『ドン・キホーテ』は、作者の異なる別の『ドン・キホーテ』後篇であるに過ぎないのかも知れない。アベリャネーダ自身も「ある物語が複数の著者を有することは別段真新しいことではないのですから、この後篇が別の作者の筆から生まれることにどうか驚かないで戴きたい」と序文に述べているとおりである。それを承知であえてこの作品を贋作と呼ぶなら、真作の執筆途中に贋作の出版を目の当たりにしたセルバンテスの驚きと怒りは想像するに余りある。 

 

詳細は前記の本にゆずるとして、以上のことを石原がどこまで知っていたかは不明であるが、何ヶ国語にも堪能だった石原は『贋作ドン・キホーテ』の事実を知っていたのは確かだと思ってよいだろう。 

 

石原の『フェルナンデス』にもどる。 

 「寺院の壁の しずかな/くぼみをそう名づけた」。 

 この詩の疑問に思われる点を検閲(けみ)してみたい。「寺院の壁の しずかな/くぼみをそう名づけた」この「寺院の壁」とは『嘆きの壁』のことだろうか。石原がそこへ行った記録はないが、とうぜん『嘆きの壁』の「イメエジ」が石原の脳裏にあったはずである。その「しずかな/くぼみを」「フェルナンデス」と親しみをこめて「そう名づけた」のである。 

「ひとりの男が壁にもたれ/あたたかなくぼみを/のこして去った」。石原にとっては『贋作』である歴史の経験も親しいものになっていたのではあるまいか。繰り返しになるが、この「男」は石原が洗礼を受けたというカール・バルトに直接師事したエゴン・ヘッセル氏、また石原自身のことでもある。推量はしょせん推量にしかすぎない。しかし一体どの歴史が正しいのか、石原には石原の経験した歴史があるのである。それを個人史と言うならば、われわれ個々にとって生(き)の個人史のみが確かなものである。 

 

 「〈フェルナンデス〉/しかられたこどもが/目を伏せて立つほどの/しずかなくぼみは/いまもそう呼ばれる」 

「〈フェルナンデス〉」は「しかられたこども」でもある。「しかられたこどもが/目を伏せて立つほどの」。「しかられたこども」が本当に反省を促されたとき、われわれは「目を伏せて立つ」のではないか。「目を伏せて立つほどの/しずかなくぼみは/いまもそう呼ばれる」そうしてうな垂れて、「壁」に「もたれ」る。そこに「しずかなくぼみ」ができる。まず石原自身が自省して「壁にもたれ」、『ドン・キホーテ』、『贋作ドン・キホーテ』にならざるを得なかった、過去であり未来であり得る人びとに「そう呼」びかけているのだ。当然「しずかなくぼみは/いまもそう呼ばれる」「〈フェルナンデス〉」と。 

 

「ある日やさしく壁にもたれ/男は口を 閉ざして去った」。 

「ある日」(「男は」)「やさしく壁にもたれ」(その)「男は口を 閉ざして去った」のである。「ある日」とは石原が、この詩を書いた現在であり、過去であり、未来である。それは同時にこの詩を読むものの、つまりわれわれの現在であり、過去であり、未来なのだ。「男」については詳述したとおりである。「やさしく壁にもたれ」「口を 閉ざして去った」。これは石原の旧懐の念である。ある年齢に達し過去を思えば、すべての過去に「やさしく」なってくるものである。そうして「壁にもたれ」すべての過去に「口を 閉ざして去」らなければならなかったのである。「口」にできない過去、たとえそれを「口」にしてもどうしようも理解してもらうことのできない過去があるものである。ゆえに「口を 閉ざして去った」のである。 

若い人には、まだわからないかも知れない。しかしわれわれ人間はそのようになってゆくものなのである。これは生理的な現象である。 

  

 「〈フェルナンデス〉/しかられたこどもよ/空をめぐり/墓標をめぐり終えたとき/私をそう呼べ/私はそこに立ったのだ」 

 「しかられたこどもよ」と石原はしずかに呼びかける。「空をめぐり/墓標をめぐり終えたとき」。ここには石原のシベリア体験による「空」ばかりの土地で、いつ死ぬかも知れない生(せい)の不確かさ、「空をめぐり/墓標をめぐり終えたとき」が見えるようだ。「私をそう呼べ/私はそこに立ったのだ」。私を「フェルナンデス」と「呼べ」。「そこに」とは石原における「贋作」の境遇、あるいは「贋作」の時代じだいのことだろうか。戦中に諜報部員になり、戦後のシベリア抑留、祖国にいながらの遠い祖国、それらの「贋作」の時代に「私はそこに立ったのだ」と石原は証言する。つまり、石原自身が「ひとりの男」であり、「くぼみ」であり、「しかられたこども」であり、「フェルナンデス」であり、エゴン・ヘッセル氏であり、遡ってはカール・バルトであったのだ。さらに言えば、表題のとおりこの詩の内容そのものが「フェルナンデス」であったのだ。これらは幾重層ものコノテーションになっている。かてて加えて、この詩の終りは始めに戻るのだ。つまり最終行「私はそこに立ったのだ」は「フェルナンデスと/呼ぶのはただしい」に戻るという円環構造になっている。 

 

最後に石原が詩を書く動機について確認しておきたい。 

一九五五年石原四十歳の八月 詩「葬式列車」(〔文章倶楽部〕)発表と共に読者代表として鼎談「作品と作者とのつながりをどうみるか」に参加。出席者 鮎川信夫、谷川俊太郎。この鼎談の発言には詩人の全詩業にかかわる興味深いものが含まれている。抜粋記載(全集未収録)。 

 

   「一つの詩を終る時になると、何か最初の出発点に返って行かなければならない気がして来ます。そうでないと、何か円がまとまらないような感じがして、最初に出て来たイメエジをおしまいに又持出す形になるんですが、これでいいと思うんです。どういう駅を出発して来たか、ということが、終りになって大事になってくるんです。」 

 「(略)」僕、自分は少し特殊なところがあるんじゃないかと思うんです。一昨年の暮引揚げたばかりなんですし、……(略)どうも人の中にまぎれこめないような、何か押しだされたような気がしています、今だに。一寸人に説明してもわからないでしょうが、それから僕みたいな境遇にあったものは過去というものに対するノスタルジアがとても強いんです。過去をいろんな形でたてなおしてみたい気持で一杯ですね。来年をうたう事は出来ないんです。いつも過去をうたっていなければならないんです。」 

 「過去にこだわっているんです。しかしその事が、いま生きて行く力になっているんじゃないかとも思っています。過去というものについて、変なことを考えています、実に(笑)。過去を全部歩きなおす事ができるんじゃないかなどと。これをこの間から書こうと思っています。……(略)過去というものの意味はきまっている、しかしその意味を変える事ができるんじゃないか、観念で変えるんじゃない、実際に過去のある地点までもどって、過去をもう一回歩きなおすというようなことですが……」(『石原吉郎全集』『年譜』適宜改稿=筆者)。   

 

よく自省すれば判ることだが、われわれもその時代じだいに翻弄され、われこそはと名乗り出て、みずからの狂気を狂気と知らぬままに演じなければならない『ドン・キホーテ』であり、『贋作ドン・キホーテ』ではないだろうか。「〈フェルナンデス〉」「しずかなくぼみは/いまもそう呼ばれる」。 

                       

生きる価値

 

ポールは首都であらゆる仕事に失敗し家庭もなくした。彼は両親の住む豪邸の近くに小さな部屋を借りた。冬が去り外には桜が満開だったが彼の部屋は暗くて寒かった。彼は重ね着したままで茶碗に冷飯と残りの炒め物を混ぜあわせて食べた。彼は正坐して床に置いた茶碗と箸を手に取った。

 

彼の父は裸一貫から財を成した。さまざまな名誉もあったがポールが子供の頃から彼はポールに冷たくあたった。彼はまだ箸が持てないのかとポールを殴る毎日だった。母は父を尊敬していてポールに言った。あなたには生きる価値がないのよと。ポールにはその言葉の意味がよく分からなかった。食事の時間が近づくたびにひどい気分になった。

 

ポールは仕事に失敗するたびに母の一言を呪いのように自分に言った。その最後の食事をしてから何とも知れない気持で一夜を過ごした。数かずの嫌な思いで眠れないままだった。翌日には花の雨が降っていた。彼はビニール傘を持ち両親の家に向かった。彼は自分が何をしたのかもはや覚えていなかった。二つのベッドに数えきれない楔を打ち込んだ。血溜まりの中で正坐したまま彼はあの一言を唱えていた。

ナナ  

 

レタス、トマト、ワラビ、フキ、タケノコ、シイタケ、春キャベツ、春タマネギ、ミカン、イチゴ、リンゴ。ナナの青果店にはこれらの商品が並べられていた。もっともナナの店といってもその市場のなかでは見栄えのしない露店と言ったほうが良いのかもしれない。時にナナはそのひんやりしたトマトを手にとって布で磨いた。

 

ナナの母は早く他界してナナはほとんど父の手で育てられた。県立高校を一番の成績で卒業したが大学へゆくお金はなくその青果店で働いた。ナナの身体はしなやかで笑みの絶えたことはなかった。そのうえ何かしら艶美な魅力が漂っていた。ナナの美しさは市場では言わずともしれたものであった。

 

ある大手企業の子息がナナを見て一目惚れした。ヨシオはネクタイを締め直してイチゴを二パック買った。小銭を受けとる時にナナの暖かい手がヨシオに触れた。ヨシオはナナと会うためにことしげくナナの店に通った。そんな時ヨシオの眼は輝いていた。

 

ヨシオがその恋について気の合う伯父に相談すると伯父はさっそく手筈を整えてくれた。市場からそう遠くないところに空き寺があるから少し修理してそこで会えばといいだろうと伯父は彼に言った。

 

静かな夕方の境内でヨシオとナナの目があった。二人は導かれるように近づきナナは手に持っていたハンドバッグを足もとに落とした。二人の鼓動が激しく脈打った。彼らは恋に落ちてひそかに会った。

 

ある日厳格なヨシオの父が彼にそろそろ結婚するようにある令嬢を紹介した。ヨシオはそのことでナナと会えない日が続いた。ナナは一途な女性でヨシオを思って毎日寺の境内に足を運んだ。ヨシオからなんとなく彼の結婚話を聞いていた。ナナはどうしてよいのか分からなかった。寺の古ぼけた仏像に手を合わせた。

 

二月二十八日、その寺に火がつけられてその火事は寒気の風の強い日だったこともあって飛び火して大火災になった。多くの死傷者が出た。消火が終わってから警官がナナを容疑者として逮捕した。

 

法廷で検察側はナナの死刑を言い立てた。弁護側はナナの誕生日が閏年の三月一日でまだ成人になっていなかったことをもって擁護した。裁判長は徳の高い人だったから慈悲の心をナナにかけて、誕生日は三月一日ではないかと彼女に問い直した。しかしナナはもうヨシオと会えないことを思って眼を見開いて、私は成人になっていました、と言って彼女は譲らなかった。陪審員は死刑が大多数で、裁判長はしかたなく彼女に死刑の判決を下した。ヨシオはその後、頭を剃って出家した。

禅譲

 

大臣であった彼の父は不可能な責務が果たされなかったという理由で王に首を刎ねられた。王はつぎつぎに気に入らない臣下に不可能な責務を負わせては殺していった。聖帝と呼ばれた昔とはもはや別人かと思われた。王は年老い彼は息子に王位を譲ろうと考えていたが禅譲が好いという臣下たちに反駁され以前は友でさえあった大臣たちを殺していった。

 

予想していた通り彼に難題が及んだ。彼は目的の捷径のために窃かに幾人かの仲間と部隊を作っておいた。その部隊は静かにこの王朝に加担する人物を掃討していった。謀反の嫌疑がかけられるまえに彼は王をとりかこんだ。王は平伏して王位も財宝も渡すからと懇願した。

 

彼の恐怖と憎悪が王の眼を刳り貫き耳と鼻を削ぎ陰茎を落とし手足を寸切にして糞壺に沈めて放伐し、みずからが禅譲された王であると国民に称した。その後も旧王朝に加担する輩を殺さねばならなかった。度重なる殺戮が終わったあと彼は自分も誰かに殺されるのではないかと疑心暗鬼に陥った。

 

その思いはかき消しにくいものに変わっていった。国民に対しては善政を敷いたが彼はかつての仲間がいつ裏切るかと気が気ではなかった。彼は玉座の肘掛を指で小刻みに打った。仲間のほとんどを彼は殺した。彼は年老いた。彼もみずからの子に王位を譲ろうとした。その願いは果たされた。みずからの息子が王になったその日、彼は息子が指揮する部隊によって静かに弑されたのだった。