禅の世界観
普通の世界観は1/世界人口になります。すなわち1/世界人口が私という認識になります。しかしながら禅の世界観は1=1/1=♾/♾になります。どうして普通の世界観と違うのか。普通の世界観は生まれてからの経験で成り立っています。だって私の他にも多くの人がいるでしょうということになります。しかし禅では私が生まれて初めて私の認識作用が始まると考えます。私の脳の認識がこの世のすべてと考えます。だから私が生まれて世界が誕生したんです。そして死ぬ時には私の世界認識ぐるみ死んでゆくと考えます。ここで注意してください。人間の脳は相対に対象を向うに置いて自分ごとではないように対象として物を見るように作用しがちです。大事なことはその対象を自分に当てはめることです。対象がどこかにあるんじゃないんです。自分の脳の認識が世界のすべてです。だから脳の概念、観念、世界観はすべて他者とは違うんです。西洋哲学ではフッサールなどのように認識の確からしさを言いますが、それでは夢の中や酒に酔っている時、また視力の問題等はどうするんですか。言葉は約束事でしかありません。我々はそれぞれ全く違う世界観を持って生きているということです。西洋哲学は対象を向うに置きます。それなら自分の生きているこの肉のある身とは関係ない話です。他者が寝ていると会話はできません。禅は疑いきれない自分の命の信仰ですから特に会話が必要なわけではありません。禅は私の命全体のことで脳だけの占有特許ではないんです。私の命が絶対です。私の命が絶対なら人や物を相対化して見る必要はありません。しかし脳は相対化して物事を見ます。では、どちらを採ればいいのでしょうか。どちらも正しいということになります。お勉強の◯と×ではないんです。両者ともに◯ならいけませんか。つまり1=♾/♾であり1/世界人口であるということです。つまり私が出会うところ命です。