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法橋太郎のブログ

ポエム 第九回歴程新鋭賞受賞

2021年アラブ語圏にてゴールデンプラネット賞受賞

無常

 

のちに陳と名乗るこの男は父の命令により三度西域の前線に送られて帰還した。この部族の王である父もこの息子を受け入れざるをえなくなり陳に一部隊と妻を与えた。

 

陳はその部隊を率いてかつての仲間たちに弓を引かせた。そのあとみずから妻を射殺しその一族を殺させた。そして父である王を殺させてこの部族の王となった。陳は南の王朝と手を結びその王朝の内乱鎮圧にちからを貸したが金品のみしか与えられなかったのを不服として王朝の混乱に乗じてその王朝の首都を制圧した。

 

この広大な王朝を手に入れるために陳は手段を選ばなかった。陳は王の代理として君臨し各地の内乱を平定していった。傀儡の王を利用して内乱の指導者たちに勲位を濫発して内乱軍を親子、兄弟、師弟等、仲違いさせて混乱させたのだ。

 

内乱を鎮圧したあと陳は前王朝の王を殺してはじめてみずからを王とした。わざと民衆の見える王城の高台で前王の首を刎ねさせ、その髪を陳自身が握って蒼ざめた首を掲げてみせたのだ。前王朝よりさらに大きな国土を治めるにあたっても手を抜かなかった。善政を敷いておいてみずからに都合が悪くなった者を殺していった。

 

そんなとき陳は病に倒れた。医師は青ざめて部屋から出て行った。みずからが年老いたことに陳は気づいた。やがては自分も死ななければならないことを悟ったのだった。大国の王になったみずからをふりかえり人生たったこれだけかと思った。陳はあらゆる識者に問いを発し、ついに仏教を手厚く保護した。息子に王位を継承したあと髪を剃り仏教に帰依して一生を終えた。

 

聡明な王子がいた。門からいたずらに外に出て世間というものを知ってから彼は苦行を重ねた。肉体の痛みで心の痛みをやわらげる日日がつづいた。

 

心の痛み。彼はそれが何なのかいつも考えていた。そこで彼は確かに自分が思考していることに気づいた。彼は思考を止められれば心の痛みはなくなるのではないのかと思った。通りがけの女の手にのせられていた乳白色の皿。その皿から彼は腐った乳粥を飲みほした。

 

大きな樹のもとに静かに彼は坐って自分の心の動きを観察した。考えや思いが次つぎと湧いて出ては変わっていった。過去のこと、現在のこと、未来のこと。思考は駆けめぐってまた変わってゆく。彼はその思考を完全には止めることができないことを知った。

 

彼が何か思いに捉まると姿勢が崩れた。彼は何度も姿勢を正した。呼吸が彼の胸をふくらませた。汗が彼の顎から滴ってその胸を湿らせた。彼は自分の脳の思いで呼吸しているわけではないし私の思いで心臓を動かしているわけではないのだと気がついた。私はこの脳の思いだけをすべてだと思っていたのだ。私の思いはこの自分の命のすべてではないのだ。

 

私は脳で好き嫌い、信じる、信じないなどの判断を行う。愛も憎も脳の分泌物というだけにすぎない。それならこの両者はともに脳だけの思いにすぎない。私は愛や憎という思いであるまえに命なのだ。私の脳は私の一器官であって私の全体ではないのだ。私が思う以前、判断をする以前の私の命だけが確かなことで脳の思いはすべて正しいというものでないからこれはできるかぎり思わない方がいい。

 

私にとって私の命は絶対だ。私の命が絶対ならば自分が生きているかぎり確知するすべてのものが命なのだ。どんな苦しみがあったとしてもそれは自分が、命が、あるからなのだ。私は自分の思いだけがすべてだと思ってしまっていた。思いは脳という一つの器官の分泌物にすぎなかったのだと知った。この自分が命なら私が出会うところすべて命なのだ。

 

平等であって優劣のつけられないそれぞれの命、すべての命。他の人びとはそれに気づかないだけなのだと彼は知ったのだ。大地に腰を落ち着けてじっと坐る彼の頭上で五月の風が大きな菩提樹の葉をことごとく揺らしては去った。

                    2016/05/10

                    2022/03/07

 

 

ひとときの夢

 

道路から雪が取り除かれてその日は快晴だった。私は先生の家を訪ねて受賞のお祝いを言った。受賞が良いのか悪いのか私には分からないねとため息をつくように彼は答えた。人間は生まれたら死ぬ。ただそれだけなんだと最近つくづく思うんだ。成功や失敗、幸不幸なんてどうでもいいものだとね。

 

私にはその意味がよく分からなかった。先生はコーヒーを二つのコップに注いだ。ゴータマ・シッダールタが死ぬ前にアーナンダにこう言ったんだ。自己に帰依し、仏法に帰依し、他に帰依するなとね。でね、仏法というのは何かというと、いろいろと思わないことなんだ。禅ならただ坐るだけ、真宗ならただ何も願わないで南無阿弥陀仏を唱えるということだけなんだ。

 

でも誰しも成功や幸福を願いますよねと私がコーヒーを一口飲んで言った。青いパステルカラーのセーターを揺らして先生は笑った。それはそうだ、我々は成功や幸福を願う。我々はただそう願って、器用な者が成功する。しかし死ぬ時には幸福なんてないんだよ。では幸福っていうのは真理じゃないよね。脳っていうのはこの幸福感ってのに弱いだけなんだ。

 

つい最近妻が死んでねと先生は薬を手に置いてコーヒーでそれを口に流し込んだ。他に依らずただ何も考えることなく自己に依るということを実践しだしたばかりだけどねと先生はからからと笑った。この世は我々それぞれの頭の中のひとときの夢なんだ。

 

私はいろいろ思いますよと反論するように私が言うと、先生は私もいろいろと思うんだけれど思いは全部夢なんだ。実際君とこんなふうに話しているこの実際だけが真実なんだよと言った。私は何かごまかされたような気がした。悟りですかと私が詰問するように先生に言うと彼は何も考えない時だけが悟りで今は悟りでも何でもないよと答えた。

 

先生は続けた。良寛が言っているだろう、災難に遭う時は災難に遭うのがいい。死ぬときは死ぬのがいいって。その意味が最近ちょっと分かったよ。思い煩わない生き方、それが一番いい生き方なんだと。先生のセーターの首元が少しほつれていた。

 

先生が亡くなってから二十年が過ぎた。私は人生についていつも考えてきた。幸福がよく不幸が悪いという年齢を超えていた。生きている、ただそれだけでいいんだと私は自分自身の余命を思った。私はティーカップの底の丸い輪の跡がいくつも付いているテーブルを見詰めた。顔を上げると溟い空から雪がはげしく降ってきた。溟い空のどこからか降って来た窓の外の雪を私は眺めていた。

               2021/11/26

愛について

 

愛という言葉は現代において世界中で使われています。しかし私にはもうひとつはっきりしない言葉であると感じています。辞書によると愛とは大切にすることとあります。私の類推する結論から言わせて貰えば愛という言葉は神と人との関係において発生したものだと思われます。その言葉がやがて人と人との間にも用いられたのだというのが私見です。

 

しかし神が人を裏切ることはないにしても人は人を裏切ることがあります。人と人が愛に治っていればいいのですが世界の現状を見ているとどうもうまくいってないように思えます。

 

仏教には愛憎という言葉があります。花は好きで雑草は嫌いという感情は、例えばサッカーのAチームが好きになったらその敵のBチームが嫌いというものです。つまり愛が起これば嫌いが発生する。だから好きと嫌いという感情をできるだけ両者共に持たないようにするのが仏教の教えです。

 

では仏教において具体的にその愛情や嫌悪という感情をどのようにクリアするのかと言えば、坐禅をして何も考えないようにする修行があります。もちろんいくら修行しても無念無想にはなりません。どうなるのかと言えば妄想が次から次へと起こってきます。しかしよく考えてください。普段の生活で私の頭はよく妄想すると思うことがありますか。この私の頭がよく妄想すると分かることをするのが坐禅の本質です。

 

それとともにどのように頭が妄想しても事実ここに生きている生命の実物の自分の命が確かにあるということに気づきます。頭の思いはその命の一部にしか過ぎないということが分かるようになります。

 

西洋哲学は二人以上の人間がいる世界を前提にします。仏教は一人の人間が生まれて生きて死ぬのを前提にします。だから仏教はゴータマ・シッダールタが言うように「自己に依拠せよ。法に依拠せよ。他に依拠するな」と説きます。法というのは行き着くところに行き着いた自己の生き方のことです。人間は生まれてきて初めて世界を認識します。死ぬときにはその世界ぐるみが死にます。

 

私たちはそれぞれ何も持たずに生まれてきて何も持たずに死んでゆきます。仏教はあくまで個です。だから自己ぎりの自己を生きるだけで他は関係ないことになります。私が食事を摂ってもあなたの腹が膨れないようにです。またどうして他に依拠するなというのかと言えば他は動くからです。愛する人が死ねば動揺するでしょう。仏教は自分の思いでは量ることのできない自己の命を信仰します。信じても信じなくても確かにある自己の命を信仰するのです。自己の命は相対ではなく絶対です。絶対の自己の命があるから絶対の自己の世界がある。この自己の世界に登場するありとあらゆるものは自己の分身ですから大切にしようとするのが当然でしょう。よって私が出会うところはすべて命となるということです。こういう理路なら私はあなたを愛しているということが言えるのでないですか。

ひまわり

 

カナコは煎ったひまわりの種子を奥歯に噛みながら、この国には詩人がいないと口づさんだ。彼女はバルコニーの塀に肘を着いてまた溜息をついた。この高層ビルの上階から見える景色はまるで墓場だと彼女はその種子を齧った。

 

カナコは花瓶に活けた首垂れたひまわりから一粒の種子をとってまるで御守りのように首にかけたロケットのなかにしまいこんだ。彼女が好んだ白いシルクのシャツに銀のロケットが輝いた。彼女の近くにゆくと気流が渦を巻いたようになるのはおそらくそのせいだろう。

 

カナコはロケットに触れながら世界の何処に行けば詩が生まれるんだろうと呟いた。この疫病はいまに始まったことではないのよと彼女は胸のロケットに掌を当て地上を見下ろして思った。

 

狂った人の心を正気へと導く一粒の種子。狂ったこの世に信じられるものがあるとすればそれは一粒のひまわりの種子だけだとカナコは日記に書き残した。彼女は走り高跳びの選手さながらバルコニーの高めの塀をクリアした。

 

地上に叩きつけられるまでしばらくのあいだカナコは宙を漂った。彼女の首にかけられたロケットが彼女より浮きあがってその一点で空を支えた。この墓場だらけのこの世が一斉にひまわり畑になってすべてのひまわりが真実の太陽の位置を示していた。

団栗の落る季節

 

ある秋の朝一通の手紙がリサの家のポストに届いた。リュウからの恋文だった。リサには家族がいた。夫と二人の子供だ。子供たちはもう大人だし夫との生活は単調を極めていた。このまま生きて何があるというのでもないリサにとってリュウから恋文が届いたことは彼女の胸が高鳴る思いとその文脈にある情熱に負かされそうで怖いと彼女は感じた。

 

リサはそれでも時々その手紙を胸に抱きかかえて新しい恋がしたいと思った。リサの年齢からするとこれが最後の恋になるという予感めいたものがあった。彼女は料理を作っている時などに恋をしている自分が魔法にかかったように妙に陽気になっていることに気づいた。

 

リサは半ば現実を大切にし半ば恋心に酔っていた。彼女は魚料理に赤ワインを入れたり皿を割ってしまったりする頻度が増していることに気づいた。彼女は彼の顔を思い浮かべたり、考えに耽ったりした。今ある現実をから新しい恋に逃げたくなる衝動が脳裏に渦巻くこともあった。

 

家のポストの下に団栗が落ちていた。この生活からは逃げられないと彼女は自分に言い聞かせた。しかしその気持と同様に恋心が募っているのも確かだった。リュウと一度だけでも会いたいという気持があった。誰のものでもない自分の人生なのだからと彼女は思った。

 

彼女の友人に最近綺麗になったと言われた。リサは恋のせいだとすぐに気づいた。朝のうちは忙しさに誤魔化せても夜になると彼女はリュウのことを考えてしまった。彼女はすっかり恋に落ちていたのだ。彼女は彼に返信しようと思った。偽りのない愛の言葉に一番美しい団栗を添えて。

   

Swallow

 

He headed for the university, wearing his Brioni suit as usual. It was finally a warm spring day and Kyouji walked briskly through the campus and into his laboratory. He had been promoted to professor at a national university three years ago. He had also won an award for his literary criticism.

 

Kyouji was like a fish out of water, publishing one paper after another. He was also a frequent lecturer. He also talked about his poor poetry, which he had been obsessed with for the past few years. His greed knew no bounds. It was in networking, above all, that his abilities were most apparent. But he had miscalculated.

 

Unbeknownst to him, Kyouji was behaving in his usual pompous way about his new poem. He had lived his life thinking only of his career. He smiled inwardly, knowing that everything was going his way. He could have said that he had lived his life with dexterity, but he was so blinded by the food in front of his eyes that he saw the important thing of birth and death as something else.

 

One day, a car drove up to the university and a shout that shook the school building exposed his past life. Immediately, he was so upset and scared that he cowered in his professor's office. The rage lasted about thirty minutes, but his legs trembled.

 

Kyouji had to cancel his university classes for a week. Hardly able to sleep, he thought about it and summoned up the courage to go to the university. As he entered the usual loophole, a car blocked the road in front of him. The same thing happened later. He was in a cold sweat. But he got out of the car, looking at his watch like it was nothing. His legs were stuck. The doors of the cars behind and in front of him opened. Several small swords fluttered like swallows in the morning light, stabbing him to death.

 

彼はいつものようにブリオーニのスーツを着て大学に向かった。ようやく暖かくなってきた春の日にキョウジは校内を颯爽と歩いて彼の研究室に入った。彼は三年前に国立大学の教授に昇進した。文芸の評論でも受賞していた。

 

キョウジは水を得た魚のように次から次へと論文を発表した。講演にもよく出た。ここ何年か夢中になっている下手な詩についてもさも得意げに話した。彼の欲心は足ることを知らなかった。彼の能力が一番発揮されたのは何より人脈づくりだった。しかし彼には誤算があった。

 

それとは知らずキョウジは彼の詩の新作についていつもと同じように偉そうに振る舞った。彼は自分の出世だけを考えて生きてきた。彼は全ての物事が思い通りに運んで内心ほくそ笑んでいた。彼はこれまでの人生を器用に生きてきたと言えたが彼は目の前の餌に目が眩んで生まれれば死ぬという肝心なことを他人事のように捉えていた。

 

ある日大学に一台の車が乗り込んできて校舎が揺れんばかりの怒声が彼の過去の生活を洗いざらい暴露した。その途端、彼はあまりの動揺と恐怖のために自分の教授室の中で縮み込んだ。その怒声は三十分くらいのものだったが彼の足は震えた。

 

キョウジは一週間ほど大学の授業を休講にした。ほとんど眠ることもできずに彼は考えたあげく勇気を振り絞って大学に向かった。いつものように抜け道に入り込んだとき前に車が道を塞いだ。後にも同様だった。彼は冷汗をかいていた。しかし彼は何でもないように時計を見ながら車を降りた。彼の足は動けなくなっていた。後と前の車のドアが開いた。いく本もの小刀が朝の光に燕のように翻って彼を刺し殺した。

命 

 

聡明な王子がいた。門からいたずらに外に出て世間というものを知ってから彼は苦行を重ねた。肉体の痛みで心の痛みをやわらげる日日がつづいた。 

 

心の痛み。彼はそれが何なのかいつも考えていた。そこで彼は確かに自分が思考していることに気づいた。彼は思考を止められれば心の痛みはなくなるのではないのかと思った。通りがけの女の手にのせられていた乳白色の皿。その皿から彼は腐った乳粥を飲みほした。 

 

大きな樹のもとに静かに彼は坐って自分の心の動きを観察した。考えや思いが次つぎと湧いて出ては変わっていった。過去のこと、現在のこと、未来のこと。思考は駆けめぐってまた変わってゆく。彼はその思考を止めることができないことを知った。 

 

彼は妄想にまかせてそれに捉われないでいた。呼吸が彼の胸をふくらませた。汗が彼の顎から滴ってその胸を湿らせた。生きとし生きるものは愛を摑めば同時に憎を摑んでしまう。 

 

しかし、と彼は気づいた。私は頭の思いで呼吸しているわけではないし私の思いで心臓を動かしているわけではないんだと。私はこの自分の命だけはどうしても否定できない。私は命があるから愛や憎を思うんだ。愛も憎も頭の分泌物というだけにすぎない。それならこの両者はともに頭手放しにする方がいい。私は愛や憎という思いであるまえに命なんだ。 

 

私の命が絶対ならば自分が生きているかぎりすべてのものが命なんだ。どんな苦しみがあったとしてもそれは自分が、命が、あるからなんだ。私は自分の思いだけがすべてだと思ってしまっていた。思いは頭という一つの器官の分泌物にすぎなかったんだと知った。この自分が命なら私が出会うところすべて命なんだ。 

 

平等であって優劣の付けられないそれぞれの命、すべての命。他の人びとはそれに気づかないだけなのだと彼は知ったのだ。大地に腰を落ち着けてじっと坐る彼の頭上で五月の風が大きな菩提樹の葉をことごとく揺らしては去った。 

                    2016/05/10 

                    2021/07/13 

 

水仙の湖五十選

 

オリオンの吾子の眠りを目守りぬ

夢の世の端まで刻む葱一本

白菜の芯盛りあがる床の上

初夢の星はまたたき霜白し

黒髪の留金外す雪の夜

ぼたん雪天使のごとく降り消える

星月夜となりの戸口の注連飾

奈良漬を噛めば古仏と夏至の沼

芋の葉の露ひとつまで朝焼ける

六月は六月のゆめ朝なみだ

黄の蕊を巻きて熊蜂花離るる

一雨にならぬ朝の夏薊

風を剝くナイフきらめく夏燕

桜鯛古典読むのに明けくれぬ

十薬の蕊うるはしき風に揺る

こんもりと公園満たす木下闇

東西風を選ばず笹鳴りぬ

初蝶の触るるものみな色づけり

梅雨のなか有馬にいたる峠数

薫風の銀杏並木のひと葉まで

貨車つづくカーブの一点西日映ゆ

さみだれに素麺の束みだれをり

ただじつと生姜ひとかけ見つめをり

秋桜も少女覚へず紅を点す

朝の秋ほおき金具に吊られけり

滴りの一粒づつの胡桃の実

蝉屍ひとつふたつにとどまらず

初蜻蛉ながくは宙に止まらず

ひまわりの花いつぱいに種となる

新涼の二日三日を後に知る

牛の尾も群がる蠅も秋の暮

陽の入りて廊下びつしり秋の塵

十月は荊棘の上に寝起きせし

両側に稲の花垂るる道あゆむ

露霜の悲しき光を土に踏む

菊の花一輪咲きて皆そろふ

珈琲に油のにじむ初時雨

瓦斯の火の青く透けては時雨降る

薬師寺の吉祥天女と冬苺

増上寺山門高し冬の空

一月は動けぬ母に満天星

父の聲なづなの茎の細さかな

春遠し荒田いくつの東京行

水鳥のときに嘴洗ひけり

瑠璃鶲寒の星みち染まりたり

冬着して今日せしことの二つ三つ

寒鴉すずめの息の根爪に止む

掌に名を書くごとし山眠る

国国の氷湖ひかりはじめけり

水仙や湖の向うの国しづか