ポエム2 | 法橋太郎のブログ

法橋太郎のブログ

ポエム 第九回歴程新鋭賞受賞

2021年アラブ語圏にてゴールデンプラネット賞受賞

水甕

暗緑の湖。その指紋のような謎めいた潮のな
がれに添う一艘の舟。浜辺に燃やす流木の煙。
降りくる雪に舞いあがる炎、また火の粉。赤
錆びたドラムカンから四方にめぐる煙。並べ
られた苫屋の水甕。そこにおれは羽のような
ものを忘れてきてしまったらしい。

それを羽と呼ぶにはあえかに語弊がある。な
にしろ櫂のような羽が片方しかないのだから。
おれは仕方なくドラムカンの近くで暖をとり
ながら考える。まるで湖の上にいるような揺
れを感じながら。

舟が戻ってくるまで待って、何処か遠くの方
に行こうと思っているのだけれど、苫屋の水
甕の甘い水を湖にぶちまける男がやってきて、
この世に迷うおれは櫂のような片方の羽を手
に持ったまま、雪にぬれて、ドラムカンの脇
に佇っているというわけだ。

この世に迷うこと。それもまたよかろう。い
つまで待っても帰って来そうにない一艘の舟
を待ちつつ、もう片方の羽が手に入るまで、
おれはからになった水甕に残る水滴で咽喉を
うるおす。そうして星めぐりの悪いおのれの、
来ることのない未来について思いを馳せるの
だ。