法橋太郎のブログ -4ページ目

法橋太郎のブログ

ポエム 第九回歴程新鋭賞受賞

2021年アラブ語圏にてゴールデンプラネット賞受賞

烏原幻想

 

水平にかかった物干し竿に雨粒がならび、余

分に雨水を受けたところから、水滴になって

地上へと垂れ落ちていった。

 

雨が降りだすすこしまえに、古い印象の鵯越

駅がおれの眼には、何故か赤く残っていた。

鄙びたその山中の駅付近におれは、まるで隠

者がこれから向かう、さらなる通過点のよう

な鉄錆びた明るさを感じとっていた。外から

見えるプラットホームには山を散策してきた

数人のひと。踏切を渡ったまわりに点在する

店のようなもの。

 

そこからさらに下って、烏原貯水池を通った。

藪椿の花がいくつか地に落ちているので、見

あげればまだ樹に残っている花。貯水池の碧

がわずかな風になびいて、水面の一部が黒く

撥ねているように見られた。

 

おれはこころの安寧を得た。鶯が啼いていた。

まえを歩いていたおまえがその声を口笛でま

ねると、また貯水池の向こう側から、応える

ように鶯が啼いた。空はわずかに曇り、そこ

を歩くおれたちにも少しばかりの翳りが感じ

られた。

 

おれは昨晩、西の空に月が出ていたのを思い

出しながら、盲目な猿の集団が、群れている

からこそ呆けて、様ざまな情報をいたずらに

展開しているのは何故かと考えていた。そこ

に悪意があろうとなかろうと、やはり集団に

なったことでの迷妄に支えられる猿の性を思

わずにはいられなかった。

 

いくつもの砕けた石の坂道を下りながら、足

もとへの注意を怠らず、それらすべてのこと

について、いくらか断片的な考えが浮かんで

は消えた。

 

おまえの早い脚に着いていくことに気を配り、

それらを考えること自体のおれの思いが断た

れて空虚になっているのが、はっきりと分か

った。

 

線香を生業にして暮らしたという、その線香

を練ったという臼が貯水池の堤防に埋められ

ている。それらの思いも貯水池の底になった

烏原の村のように、水没したと言い残される

だけの実体の摑めないわが妄想へと繋がって

いた。

空白のニルヴァーナ

 

ひとつの状況は鳩の来る公園で始まった。郵

便夫が、鞄からとりだした封筒の封を切って

いた。届くことのない郵便物が、個人的な指

先で開封されてよいものかどうか。地鳴りの

ような音をたてて、車が行き過ぎた。

 

空白の三年、そのまえの空白の五年。おれは

言葉を求めてさまようことなく、こどもたち

と別れを告げることもなかった。太陽がふた

つないのと同様に、一通の手紙は戻ってくる

ことがなかった。

 

ひとつの家郷から、もうひとつの家郷へ。さ

らにもうひとつの家郷へ。つまり何処にもな

い家郷。何処にでもある家郷。得るものは何

もなく、失うものはおれの身心のみだった。

見たものがすべて整わないままに、何も摑ま

ない手のなかに、祈りを包んでいた。

 

祈りは育つ途中のしるべであり、太虚に他な

らなかった。平等でなく、劣ってもいず、勝

ってもいないひとつの生命力のかたちとして、

わが身心はあった。指を折って数えられるも

のは何ひとつない。

 

食事と眠りと安らかな活動。思っていること

を勘定に入れることはなかった。過去のこと

はもう何処にもない。探しあぐねることもな

い。他人とは一切のかかわりのない天地に生

きているのだ。好むひともなく、憎むひとも

ない。おれはひとつのフィルターに過ぎない。

 

ここでは手に触れるものが、草木のかたちを

していないので、春の雨に虚空を迷う塵埃が

そそぎとられて、路からコンクリートの溝に

流されて、下にくだってゆく。虚空はひとと

きのきよらかさをとりもどし、われわれの気

管をとおって呼吸させるのだ。

無明の水甕

 

埋立地の倉庫に並び積まれている水甕。もは

やこの世に存在したかどうかも忘れ去られて

いる腐った水の溜まった水甕がある。

 

流行歌を唄うくらいの罪悪感の伴わない集団

的暴力のために、悪徳の貨幣を受けとるもの。

悪徳にかんして抑制をもたないのは、妄執に

かんする悪弊が脳髄の、つまりはそれが世間

の見本となってしまっているからだ。

 

水滴が一粒ひとつぶ落ちる。やがては大きな

水甕いっぱいになる。清水でも腐った水でも

それは同じこと。清水の水甕になるか、腐っ

た水の水甕になるか、どちらにせよ、そのも

のの人生がかかわっているのだ。

 

いま在るということは、いずれ遠からず無く

なることだ。みずからの人生を選ぶのはおの

れ自身なのだ。死ぬときになって、罅割れた

悔恨をする羽目になるのだ。

 

短い、とても短い人生で腐った水の溜まった

水甕になって破棄されるその数は非常に多い。

そんな水甕が埋立地の倉庫に山となって並べ

積まれているのだ。真実ははるかな過去から

不滅であり、不滅の電球がその倉庫にそれら

の水甕を照らし出している。

合掌のてのひら

              ──K・Mへ

 

生を捨てる。死を捨てる。いかさまのこの世

に別れを告げる。妄想の死に、あるいは妄想

の死後に別れを告げる。ひとびとのフェティ

シュな欲望。かませもののための玩具の勲章

と暴力の札束。この世の飾りから立ち去って、

おれは徒歩で歩む。

 

さあ、おまえの欲しいものは揃っている。好

きなだけとって行け。おまえの黄金の玩具箱

を限りない欲望で満たせ。ギャングストーカ

ーよ、ノイジーな音を高らかに掲げよ。欠け

た甍のような無知と虚偽で成り立つおまえた

ちの生き方が問われることはないのだから。

 

うんざりする虚栄の咲きほこる地上の光。失

われた闇夜のなかでの享楽。舌先に飾る屈辱

の言葉。見えなければ許されるレーザー光線

という拷問を楽しめ。偽善者たちのみずから

を正当化して騙る正しい悪。それでも、おま

えは満足することがない。貪欲はさらに貪欲

をむさぼるからだ。

 

青嵐のなかで、さらにまたおれのなかの青嵐

のなかで掌を合わせるものがいる。生死を捨

てて生きる。それが最上の安楽だ。生理的な

ことを除いて、みずからの頭に浮かぶことが

ほとんど妄想だと分かるからだ。生死を捨て

て生きるいのち。この生きているいのちだけ

が本物だ。あとは妄想として、永くこころに

残すことはない。

愚者の問われ方

 

生を離れ、死を離れて、生きているいのち。

おれたちは苔の生えている石でできた手洗

い場所で、手を洗い、その水を飲んだ。草

原に寝そべって遊んだ。おれたちはそれぞ

れどんな未来が拓けているのか、話したは

ずだ。

 

それが今になって、いったい自分の人生で

何が起こったのか整理するのはすこぶる難

しい。分からない暴力ばかりのこの世で、

われわれは夢を見つづけているようだ。

 

お金について語る人の多いなか、おれは真

実を求めてさまよった。われわれはただ生

きて死ぬだけの存在なのだが、その生き方

が問われているのだ。

 

どのように生きるべきか、おれは興法寺に

行くまでの最後の石段を息せき切って登っ

たものだ。自分にされて嫌なことを他人に

しないことが法で決まっている。それは怒

りと貪りと愚かな行為だからだ。

 

行為がすべてを物語る。苦しみといっても、

楽しみといっても、結局のところ、生きて

いるあいだのことなのだ。死んだつもりで

考えてみろ。

 

苦楽をともに捨て、また善悪、生死をとも

に捨てて生きてゆくことが最上の生き方な

のだと知る。興法寺の水に到るまではほん

の少しだが苦しく厳しい坂道を、足もとに

気を付けて、また仰ぎ見て歩くのが楽しみ

だったのだ。

消えることのない火

 

右手にあった、失った池を思いながら、そ

の白壁の塀のぬかるんだ細道をいつも歩い

ていた。白壁の塀はすっかり剥がれ落ちて、

黄土色に剥がれ、さらに深く灰色に剥がれ

ていた。失った友、失った家郷。

 

その白壁から柘榴の樹が一本あって、おれ

の眼を楽しませていた。柘榴の花を遠めに

見て、また近寄って、柘榴の実を見ていた。

去年は無くなった柘榴の実を見た。変貌す

る景色のなかで、おれは不変異のこころの

ままでいる。

 

この町の住人もすっかり変わり、時代を経

てまた変わってゆくのだろう。おれが見た

ものも、見なかったものも変化をやめない。

この世の倣いの変化だけが引き継いでゆく。

 

キーボードを打ちながら、おれの記録がす

べて虚辞とみなされても、それが変化する

ことはない。この世に生まれるかぎり、ひ

とびとの人生の行く末はすでに決まってい

る。

 

ひとびとの身心、また山川艸木、白壁にさ

え変わる変化そのものは不変なのだ。白壁

の塀の黄土色に剥がれ落ちたところには組

み入れられた藁と細い竹ひごを十字に編ん

でいるのが見えた。

年輪

 

夢の収穫のなかで、おれたちは鎌を持って、

その一本いっぽんの砂糖黍を刈り採っていっ

た。ただただ砂糖黍を採りいれるために、ど

れだけの日数が過ぎていっただろうか。おれ

たちの頭のなかで、伐採された砂糖黍の甘い

蜜が回転していた。

 

おれたちののなかに残るのは、その皮だけ

だった。未来に甘い蜜を残すためには、いま

その皮だけで満足しなければならなかった。

そんな風に年月が過ぎてゆくのを疑わなかっ

た。

 

夢の収穫から覚めて、おれは食事を摂り、そ

の夢のなかでは取り残された困難な現実を思

ってみる。どんな労苦が夢から抜け落ちたの

か、永く人間でいると、その細かい苦労が眼

に見えるようだ。

 

今日おれは新しい詩を書き綴りながら、どれ

だけの労苦を搾りだしているのか、よく判っ

ているつもりだ。困難な道から困難な道へと

おれの生活は続いている。読み手は何処にい

るのか。

 

この世という憂き世の夢のなかで、また睡り、

生きていることの証として、現実の脳髄のは

たらきに加えて、それに何らかな作用を起こ

して、おれたちは機械のなかで搾りだされる

砂糖黍の甘い蜜に魅せられたのだ。

 

行程のゆくえ

 

いつも通る舗道は、線路との境を明確にする

ために、洞窟をつららする白い水晶のかたち

をした石杭で区別される。鉄路が赤錆びて繋

がっていて、路石は鈍いあかがね色に染まっ

ているのが、おれの眼の高さに見える。ここ

にじっとしていると、列車がやって来て鉄路

を打ち鳴らし、おおきくカーヴして過ぎさっ

てゆく。

 

あの頃は雨のなかで運動靴を踏むたびに、そ

のなかより水と空気が音を鳴らしておれたち

は歩いた。高原にある湖を中心にして、トタ

ン板やダンボールで草滑りするだけでよかっ

た。そこへ行くまでにはいくつもの無人駅に

止まる列車に乗っていった。列車が来ると鉄

路の真中を歩いているひとびとが脇にゆっく

りとかたまって避けていった。

 

草を滑って雨に打たれても、おれたちはいっ

そうの生命力を輝かせていたものだ。そして

年寄り、病んで、死んでゆくすべての行程が、

揺るぎもなく素晴らしいものであることが自

覚できるのだ。

 

鉄路を通った何台もの列車。そのなかに乗り

合わせたひとびと。また乗り合わせなかった

ひとびとを含めて、その世代世代を生かされ

て生きているということが如実に身に応えて

分かるようになっている。列車が来て鉄路を

打ち、またおおきくカーヴして過ぎてゆく。

地獄の記録

 

磁気嵐のなかを歩いた。磁気嵐のなかでおれ

は方向をとれなかった。どちらに進んでよい

のか分からなくなっていた。磁気嵐のなかで

しばらくの間、立ち止まらなければならなか

った。放電する磁気嵐のなかで、耐えねばな

らなかった。服のなかに頭を隠したまま、う

つ伏せに横たわっていた。

 

仲間との通信も取れなかった。おれはまった

く孤立した。死がそこまでやって来ているよ

うに思われたが、おれはそれを楽しんだ。生

きるか死ぬかは誰にも分からないのだ。おれ

は生に賭けるしかなかった。死んでも悔いは

なかった。過ぎ去った時間はここにはない。

どうして後悔することがあるだろうか。

 

おれが試したのは磁気嵐と闘うことではなか

った。その現象を克明に身心に記憶させるこ

とだった。自身の身心を一冊のノートにした。

ひとつの地獄を極楽に変えるために、おれは

まず地獄の法則を記録した。身体のあちこち

が痛んだが、心は次第に動じなくなっていっ

た。むしろ痛みとともに生きたと言ったほう

がよいかもしれない。恐怖ではなく恐怖心に

耐えることを覚えたのだ。

 

どんな地獄もひとつの法則性があるのだ。そ

の法則性を知れば、痛みに耐える耐え方も分

かって来る。おれは今でもその法則性のなか

で生きていると、おまえに伝えることができ

る。それを文字化するのもここでの法則性の

ひとつである。遠くで女の子の歌声が聞こえ

る。地獄をも楽しむ、これがおれというノー

トに記録した言葉だ。

信じる力

 

──善を思わず悪を思わず  『六祖壇教』

 

ひとりが苦しんでいるとき、そのひとりを信

じて手を差し伸べる。ただひとりとただひと

りになって、ただひとりを救う。いのちの力。

内なる静けさをとりもどさせるために。

 

本来、神仏の力でないものは何ひとつない。

さかしら心のみがそこから外れる。生死のみ

がきちんとあって、そのほかに何もないこと

を知れば、苦悩することなど何もないのだ。

私という心を離脱すれば、神仏でないものは

何ひとつない。

 

今があるというのはそういう時だ。いつ死ん

でもおかしくない生という艱難のなかを歩み

つづける。逆巻く向かい風のなかを進む。本

来はひとつの水が、われわれという革袋のな

かでひとりひとりを分け隔てているだけなの

だ。

 

そこには信じる力のほかに何も要らない。脳

髄のなかにある対立、それをふたつながらに

消してしまう。それを消せないのはみずから

に執着しているからだ。みずからのこころに

隷属しているからだ。ひとりとひとりを分け

隔てる水を撥無するとき、ただひとりがただ

ひとりを救うのだ。