以下のブログが、8月17日付
公式ジャンル[音楽レビュー]で83位になりました。
小室哲哉から離れてからの話を続けるまえに、
1度小室哲哉時代のことを含めて、
小室哲哉の総括をしておきましょう。
1990年前半に対して、後半は[小室哲哉]
1993,1994あたりがちょうど交代期。
エイベックス・トラックスを語る上では外せません。
そして、自らのプロデュースを始めるに当たり
[新進気鋭のレーベル]を選ぶことで
自分がやりたい音楽を自由にできる環境を
整えたと言ってもいいでしょう。
[大きいレーベル・レコード会社では
TM NETWORK程度のヒットしか出せていない
小室哲哉を相手にするかどうか、わかりませんし]
ミリオンセラーを出している上記の他にも
アルバムではミリオンを出している[鈴木亜美]
プロデュースから外れた後でもヒットを出しづづけた[hitomi]
[挙げていったらキリがないので、このくらいにしておきます]
1998年以降はシングルミリオンは出せてはいないものの、
アルバムでの激しい売上は1990年代通して起きていました。
小室哲哉の特徴はビーイング系に比べると
[より多くの歌手をプロュース]して
[相応の代表曲]に仕上げていることです。
スポットで一時期だけプロデュースして
ヒットにつなげているケースも少なくありません。
あらゆる歌手が入れ代わり立ち代わりランクインして
[チャートには常に小室哲哉がいる]状態を作りました。
小室哲哉についても、ビーイングと同様
[工業製品]といわれ、芸術としては全否定されています。
聞いた話では、小室哲哉は
部分的に思いついたフレーズをストックしておき、
それらを組み合わせて曲に仕上ていたようです。
もとより、1曲が細かい曲の集合体なので
そもそもコンセプトが存在しないのです。
この手法は、ヒットを飛ばす[=売る音楽を作る]には
かなり適した方法ではありますが、
曲の仕上げ方には[工業製品]と揶揄されるのも
とてもわかる気がします。
これについては、ビーイングの件で述べたことと同じなので
僕の意見を挟むのはここでは止めておきます。
ただ、やはり言えることは
[大衆に大きな娯楽を提供した]功績は大きいと思います。
それでは、小室哲哉の送り出したミリオンセラーを見ながら
締めたいと思います。ありがとうございました。
[survival dance][BOY MEETS GIRL]
[CRAZY GONNA CRAZY][Overnight Sesation]と
5タイトルのミリオンセラーを持っています。
篠原涼子唯一のミリオンセラーにて
小室哲哉が初めて送り出したダブルミリオンセラー。
安室奈美初のミリオンセラー。
ダブルミリオン[CAN YOU CELEBRATE?]
[Don't wanna cry][You Are My Sunshine]
[a walk in the park]の5タイトルのミリオンを保持
[I'm proud]よりもこっちかな。
他には[Hate tell a lie]がミリオンセラー。
ダブルミリオン[DEPARTURES]と同じコンセプトの作品。
その他に[FACE]があります。
アルバムで400万枚を売った[小室哲哉最強]の割に
ミリオンセラーが少ないのはとひつするべき点。
こういう企画ものでもミリオンを出しているのがすごい。