Avi Buffalo が戻ってきます!

2010年にデビューアルバムをリリースした、USインディー(ただし西海岸)のグループ、Avi Buffalo 。
そこで聴こえる煌めくギターロックは、メンバーの若さが瑞々しさが凝縮された、ピュアネスのかたまり。

Avi Buffalo/Sub Pop

¥1,556
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このデビューアルバムを自分の2010年年間ベストの5位に選出しました。
なにしろ、その年は Arcade Fire や Vampire Weekend などがありましたからね。
5位ってのは、他の年であれば1~2位に匹敵するデキです。





いまだに年に何度かは聴くくらい、自分にとってのスタンダードアルバム。

ここ数年、突然の新譜のリリース予定はないかと、時々 Amazon や Google で検索したりしてました。
そんな都合のよい話しなどないと思いながら。

それがいきなりの正式リリースニュース。

驚愕と、喜びと、かすかな不安。

彼ら(というかリーダーのアヴィ)の最大の持ち味である、煌めく瑞々しいギターや歌やメロディラインは、若さという人生の瞬間に煌めくものであろうと思っているから。
早くセカンドをリリースしてほしいと願ってきたのは、その煌めきが消えないうちにと思ったから。

そこから4年。

彼らは、どう変貌しているのだろうか。
4年前のままは望むべくもないのはかわっているつもりだけれど、あそこをスタートとした進化の方向をとてもイメージしにくい。

先行トラックが出ているのはわかっているけれど、怖くてなかなか聴けませんでした。
ようやく意を決して聴いてみましたが、、
やっぱり、時とともに確実に失われているものがあるようです。

あとはアルバムを聴いて、代わりに生まれているポジティブな変化に期待をかけようと、自分を叱咤しているところです。。



やはり事前予想どおりにベクトルを変えてきましたね。

Coldplay の最新作、 "Ghost Stories"

Ghost Stories/Parlophone (Wea)

¥2,113
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多幸感に溢れた大きく過剰なロックを脱ぎ捨ててくれました。
こけおどしの大音量や派手な展開は、ほとんどありません。
スタジアムロックとして彼らを見ていた人にとっては、相当地味でダルいアルバムに感じるでしょうね。

しかし、この変化には彼らの明確な意思が感じ取れます。

今一度、自分たちの立ち位置を確認するために、澱むスモッグを取り払って。
ドーピングで肥大化した何かを一旦あきらめて、素の自分ができることを確かめて。
性急に何かを求めるのではなく、着実な歩みで得られるものを見つける。

ゆっくりと、冷静に、繊細に。
自分とは何か、自分の音楽はどう鳴るべきなのか。
探っている彼らが聴こえてきます。

一見単調とも思える音の繰り返しから、にじみ出てくる何かを感じ取ろうとしている。
小さな音の余韻から溢れてくる何かを形にしようとしている。

唯一気になるのは、ややエレクトリックに響く楽器たちだけど、そこは気にしないでおこう。

静謐な Coldplay 。
静かな湖面に揺らぐ波紋のような Coldplay 。

自分が求める彼らは、この先にいます。

ようやく、帰ってきました。
いや、飛び越えたと言うべきなのでしょうか。

彼らの良さが一番出ていた1st とも明らかに違うベクトルを目指している気がします。








ミュージシャンにはコラボレーションを多く手掛ける人がいます。
プロデュースに留まったり、コラボしても名前を表に出さなかったり、共同名義としてはっきり記録したり、人によってその名乗り出方(?)は多彩。

その人のネームバリューの有無が一因であることが多いですが、やはり自分の好きなミュージシャンがコラボに名前を連ねていると強く興味を惹かれてしまうのが、人情というもの。

やはりプロデューサー的資質を持っているミュージシャンほどコラボは多くなりますが、この人ほど多くのコラボをこなしている人もいないんじゃないでしょうか。

Brian Eno 。

最初のコラボは、ロバート・フリップとのコラボで、次が一連の環境音楽、そしてデビッド・バーンだったと記憶していますが、最近では U2 や Coldplay のプロデュースなど、ビッグセールスを期待されるミュージシャンとの仕事も増えてきました。

個人的には、トーキングヘッズやデビッド・バーンとのコラボが気に入ってますね(デビッド・バーンとのコラボがいいのは1980年台限定ですが)。

そして今回は、Underworld の Karl Hyde とのコラボ、 Eno・Hyde です。

Eno は自分のフェイバリットミュージシャンだし、Underworld も決して嫌いではありません。
そしてライナーによると二人は師匠と弟子との関係だとか。

コラボを聞いたとき、それぞれがそれぞれに音楽活動は若干停滞気味な印象だったので、ブレイクスルーを相手に期待しているのかなあ、と感じました。

そしてリリースされた "Someday World"
デラックス版は、おまけのCDに4曲が追加されてます。
こりゃ、デラックス版を買わなければなりません、なにしろ Eno ですからね。

Someday World [特装パッケージ(ハードカバー)+スリップケース / 4曲入りボー.../BEAT RECORDS / WARP RECORDS

¥3,240
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先日のショートレビューに書いたように、このアルバムは Damon Albarn のソロと、曽我部恵一のソロと一緒に聴いていました。

前者2枚には最初から心をつかまれ、聴けば聴くほどどんどん良くなっていくのに、なぜかこのコラボ作にはなかなか入り込むことができません。
それは、このふたりが組んでこのアルバムを創っている意味合いが今一歩わからないから。

やっているのは、方法論の決して新しくない、エレクトロポップ。

Underworld のナンバーの中から多幸感あふれるものを選んで、イーノと順番にボーカルを取りました、アレンジとプロデュースはお互いを立てながら不満の出ないようにやりました、ちゃんちゃん。

コラボでは 1+1=3 を期待したいところですが、これはよくて、1+1=2 でしかないでしょう。
いや、1+1<2 かな。

このふたりの組み合わせにケミストリーが起きていないのが、大いに不満。

そして、明らかに eno が一人で創ってると見える楽曲が楽しめます。
自分が Eno の世界観が好きなのも大きいけれど、ひとりでサウンドデザインができる方が楽曲の個性が際立っています。
でもそれだとソロアルバムと変わらず、コラボの意味はありません。

そしてボーナスディスクに入っている曲たちは、Eno の一人作業に近いけれど、これらはアンダークオリティ。
録音されたアイデアスケッチを整えたくらいの印象で、本編のブラシアップ度にはほど遠いです。

ポップで聴きやすいからそれなりの評価は得られると思うけど、自分にはどうにも期待外れで、中途半端なコラボレーションでした。

イーノがボーカル取って、


ハイドがボーカル取って。


年齢とともに恐れることは数限りなくありますが、このブログのテーマとしては、「難聴」でしょうね。


最近、大きな音量で長時間音楽を聴くと、しばらく耳からシャーという音が抜けなくなってきました。

ある程度の時間が経つとなくなりますが、これが一生抜けなくなるのが難聴なのではないかと、ビビります。


加齢とともに難聴になるのと、大音量に耳をさらし過ぎた結果としての難聴は、症状は違うのかもしれないけれど、好きな音楽が聴こえにくくなり、いずれ音そのものがノーマルに聴こえなくなる結果は同じこと。


ならば、その進行を止めることはできないまでも、スピードを少しでも緩めたいと思う。


日ごろ音楽を聴く時には、満足のいく最低ボリュームにするように努めています。

するとだんだんと小音量に慣れていくもので、先日某映画を見に行ったとき、オープニングでバーン、ズズーンと大音量が脳天に響きました。

うわ、映画館て、なんて音量がデカいんだろう、と。


ちょっと前であれば、さすが映画館、これくらいの音量で聴くと臨場感違うなあと、素直に思えたのでしょうけどね。

この先、一生ライブなぞ行かれないかもしれない。


好きな音楽を好きな音量で堪能して、ある日耳が聴こえなくなっていることに気づきガクゼンとするか。

一生好きな音楽を聴き続けられるように、日々節制に努めるのか。


悩ましいけれど、後者を選ぶに決まっているじゃないですか。


音楽が聴こえるか聴こえないかももちろんだけど、自然に溢れる静けさにつつまれた場所に行った時に、静けさや鳥のさえずりが、耳の中で鳴っているシャーという音にかき消されてまったく感じられない、なんて状況は考えたくもないので。

なまなましく、感じた音楽をそのまま。
思いついたままのアイデアをそのまま。
リアルで飾りっ気なし。
湧き出てきて仕方がない音楽たちを形にした。

曽我部恵一の最新ソロ、"まぶしい"
まぶしい(限定盤)/ROSE RECORDS

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音楽衝動として、、原初的というか、プリミティブなものを強く感じます。
前作から4か月というスパンで23曲も入ったアルバムを創った。

それぞれは小品で、決して高い完成度を目指したものではないけれど、基本は彼の歌を中心に、それぞれが違った「印象」を残していく。
きらめくばかりの、過剰なまでの「印象」たち。
言葉に特別のメッセージがある曲ばかりではないけれど、音は曲ごとに明確なアイデアがあって、それらがトータルで「印象」となって、アルバムを聴き進むたびに「印象」たちが重なっていく。

そして中心にある「歌」とその印象が、エネルギーとして凝縮。

たっぷり時間をかけて自分の満足のいくまで磨き上げる音楽もいいけど、短期間でやりたいコアが噴き出したような凝縮感のある音楽もいい。







しかしここまでのバリエーションがあるとは、どうだ。
YouTubeに載ってる曲は少なかったけれど、他にも楽器なしで歌う「ママの住む町」やYMOのUTでのドラムを彷彿とさせる「純情」、ボサノヴァではない「ボサノバ」、へヴィメタ「悲しい歌」、まだまだたくさん。

ベースにする音楽がまったく違う、過剰なまでのバリエーション。
彼の歌と合わせ、素晴らしく音楽の自由を感じますね。
まだ曲を全部覚えられていないくらい、多様の自由。

タイトルチューンに、「歌おうと思ったことが歌なのだから」とのフレーズがありますが、このアルバムには「インスピレーションが湧いた瞬間が音楽なのだから」という言葉がはまる気がします。