ドル高是正を宣言しているトランプ
7月13日の暗殺未遂で「確実にトランプ」とのムードが高まった(同16日公開「暗殺未遂で『確トラ』、しかしトランプ第2期政権になっても重くのしかかる『バイデンの失われた4年』」参照)。
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その後、状況をようやく悟ったジョー・バイデン氏が、7月21日に大統領選挙戦からの撤退を表明した。しかし、「後継」とされるカマラ・ハリス氏も問題を抱えており(7月23日公開「『政界の重鎮』との交際疑惑も…ハリス副大統領では『絶対にトランプに勝てない』深刻な理由」参照)、我々は「トランプ政権2.0」に備えなければならない。
それでは「トランプ政権2.0」とはどのようなものであろうか? キーワードは二つあると考える。
1.「自国民第一主義」
2.(製造業を基軸とする)米国の復活
である。その他の政策も、結局はこの二つに収れんされるといえるだろう。
1と2は互いに影響し合うが、まず1の「自国民第一主義」は至極当たり前のことである。米国の国民に選ばれた大統領がまず、米国民のために働くのは当然であり、日本を含む他の国々でも同様だ。
この1の主たる影響は外交政策に現れる。過去の「トランプ政権1.0」では新たな戦争が始まらなかったことからもわかるように「自国民に負担を強いる戦争」はトランプ氏の望むところではない。トランプ氏の外交方針を考えても、トランプ政権が継続していれば起こらなかったはずの戦争をいつまでも続ける理由は無い。
2は1の「米国(の一般市)民が暮らしやすい国」にするために必要不可欠といえよう。米国が抱える主要な社会問題の一つである二極化(貧富の差の拡大)を引き起こしたのは、極端な(新型)金融発展とIT・インターネット産業への大幅なシフトだとトランプ氏は考えているはずだ。
したがって、2月7日公開「惨状のボーイングとエアバスとの2社寡占は問題だ~そして三菱重工の残念な撤退」の副題につけた「墜落する飛行機には乗りたくない」というような悪評を得ているボーイングを始めとする製造業の復活は急務である。
そのためには、2021年5月9日公開「日本の『お家芸』製造業、じつはここへきて『圧倒的な世界1位』になっていた…!」である日本に学ぶべきなのだが、トランプ氏にそのような動きは無い。
手っ取り早く、「ドル安」と「(高)関税」で、米国の製造業を復活させようとしていると言える。
しかし、かつてビッグスリーが急速に日本車に追い上げられた時代に、ジャパンバッシングを行い、1985年のプラザ合意後の「爆速の円高=ドル安」(昨年12月26日公開「これから円高か?円安か?プラザ合意以来の円高局面は半世紀単位で転換したのだろうか」参照)となっても米国製造業の衰退は止まらなかった。
したがって、(製造業そのものの基盤を整備せずに)、「ドル安」と「(高)関税」だけによって製造業復活を目指すことには無理がある。しかし、それでもトランプ氏は1と2の目的を大義名分として、「ドル安」「(高)関税」政策を推し進めるはずだ。
日本を含む世界にとっては「理不尽」ともいえる仕打ちだが(特にトランプ氏の盟友であった安倍晋三氏を失った現在)、日本は米国の「ドル安=円高」(自国民第一主義)政策を受け入れざるを得ない。
次ページ:「米国債の安定的消化」のための日本の低金利
世界の低金利のアンカー、日本が解き放たれる
米国債の最大の保有国は今や中国を抜いて日本である(昨年9月9日公開「再び猛威を振るうインフレの『第2波、世界のアンカー=錨、日銀が利上げに踏み切るとき」5ページ目「米国債を支えているのは日本だ」参照)。
その日本が米国債を買っているのは、いまだに「超低金利」状態から抜け出せずに、米国債の利回りが、それに対して高い状態を維持しているからだ(もちろん米国からの政治的圧力もあるが)。
だから、過去に米国政府が貿易赤字拡大につながる円安に対して敏感であったにもかかわらず、バイデン政権は「米国債の安定的消化」のための日本の低金利政策を「強要」し、その代わりに円安を不問としていたのである。
しかし、バイデン政権の「バラマキ政策とそれに伴う不自然な低金利政策」はまもなく終わるはずだ(7月12日公開の「ブレーキを踏んでアクセルをふかす!?FRBとバイデン・バラマキ政権のせめぎあいの結果はどうなる」参照)。
トランプ氏は、「多くの国の歴史をみても、インフレは最終的に国を滅ぼすとしたうえで、大統領選挙前の利下げについて『そうすべきではないと分かっていながら、FRBは実行するかもしれない』」と述べ、「(大統領選挙の前に)利下げをするべきではない」とのスタンスを明確にしている(NHK 7月17日「トランプ前大統領 “FRBは大統領選前に利下げすべきでない”」)。
このように、トランプ政権になれば、国を滅ぼすかもしれないインフレへの対策のために、バイデン政権と違って金利上昇をかなりの範囲で容認すると思われる。現在のバイデン政権に対する不満の大きな部分が一般市民の「インフレによる生活苦」にあるから、インフレ対策のための「利上げ」はかなり大胆なものになる可能性があるのだ。
その上、「ドル高是正」=「ドル安大歓迎」であるから、日本の金利が上昇して円高=ドル安になることに対しては、バイデン政権のように神経質になることはない。
これだけ材料がそろえば、これまで不自然に押さえつけられてきた日本の金利が急上昇し、速いスピードで進んできた円安が(一時的にせよ逆転し)大幅に円高方向に向かう可能性はかなり高いと言える。
次ページ:急速「ドル高=円安」の揺り戻し
プラザ合意級の円高はあり得るのか?
プラザ合意によって、直前の1ドル240円台から2年後の1987年末には1ドル120円台まで円高・ドル安が進展した。
プラザ合意の詳細については、前記の「これから円高か?円安か?プラザ合意以来の円高局面は半世紀単位で転換したのだろうか」2ページ目「プラザ合意の衝撃・利下げ・バブル」を参照いただきたい。また、同1ページ目「固定相場制とニクソン・ショック」で解説したように、1971年のニクソン・ショックによる固定相場制から変動相場制への移行も激烈な影響を世界に与えた。
「トランプ政権2.0」の影響がプラザ合意級になるかどうかは、はっきりわからない。しかし、これまでの「ドル高=円安」の速さを考えれば、その揺り戻しが相当な規模になることは十分考えられる。また、トランプ氏の個性を考えれば、日本を含む世界中に痛みを与える激烈な政策を「米国民第一主義」の方針によって採用する可能性は高いと言える。
もちろん、すでに述べたように、米国債の安定的消化よりもインフレ対策優先の高金利政策を採用する可能性も高い。米国債を大量発行して安定的に消化するのではなく、「健全財政を実現して、国債の発行そのものを減らすべし」というのがトランプ氏の考えだ。現実論はともかく、「国債の発行を減らせば、金利上昇は(政府にとって)問題が無い」との考えなのである。
したがって、「トランプ政権2.0」における、米国内の金利上昇、ドル安の可能性はかなり高い。
そして、それは日本における金利上昇と円高を意味する。
次ページ:「超ド級」の金融引き締め
日本の金利上昇が「爆速」になる可能性
まず、日本における金利上昇だが、「爆速」になる可能性が高いと見ている。
今から6年前の2018年8月13日に公開した「異次元緩和でも日本にインフレが起こらない極めてシンプルな事情」冒頭「金融緩和は終わらない」を参照頂きたいが、そこにおいて、デフレ経済では、いくら「プール」(市場)に資金を供給してもプールから「他の市場(金融商品など)」に資金が流れ出すので、インフレにならないことを解説した。デフレにもかかわらず、不動産や株式などの「資産バブル」が起こったのは、そのようなメカニズムによるものだ。
そして、当時でさえ必要以上に資金が供給されていた「市場」にはさらにお金があふれ、不動産を始めとする「融資」やベンチャーなどの「投資」に資金が流れた。
だが、「トランプ政権2.0」になれば、その流れが全く逆転するであろう。
しかも、プールの水を一杯にするにはかなりの時間が必要だが、水道の蛇口を締めるのは一瞬だ。例えば、自分の預金口座に余分な資金が入ってきても、ただそこにおいておけばよい。しかし、明日の個人のクレジット―カード決済や企業の手形決済に必要な残高が足りなければ、慌てて資金到達に走らなければならない。金融緩和に比べて金融引き締めが非常に簡単で、しかもスピードが速いのはここに理由がある。
しかも6年前にはすでに過剰であった資金が、その後6年以上にわたって、じゃぶじゃぶに供給された後に行われる金融引き締めが「超ド級」のものになる可能性は高い。
読者の最大の関心は住宅ローンにあるだろう。「変動金利」での借り入れは、「金利急騰」の打撃をまともに受けるから充分な警戒が必要だ(「大原浩の逆説チャンネル<第14回>不動産価格はどうなる。『高層マンション』の絶望的な末路、変動金利は恐ろしい」、昨年12月15日公開「いよいよ金利上昇が本格化! 変動金利の日本で住宅ローン、不動産はこうなる」参照)。
もちろん、商業用不動産市場も「(基本的に変動金利の)借り入れ」で成り立っているから、打撃は大きい。
次ページ:少々の円高で同じ過ちを犯すな
円高でも慌てるな、工場国内回帰は続けるべし
円安によって、国内への工場回帰が行われてきたが、円高=ドル安になればその動きはストップするのであろうか? そうすべきではないし、そうならないと考える。
まず、海外工場の国内回帰は為替相場の問題だけではなく、共産主義中国を始めとする国々の「カントリーリスク」が顕在化した側面も大きい。しかも、「トランプ政権2.0」による沈静化が期待できるものの、世界の「地政学リスク」を無視できない時代に入っている。
さらに言えば、「トランプ政権2.0」が「米国製造業復権」を目指しているのと同じように、日本も「国内生産」を重視すべきなのだ。「失われた30年」の大きな原因が、日本から工場が海外へ移転し、雇用が失われただけでなく、それらに関連するビジネスまでもが失われた点にあるのは明らかだ。
したがって、少々の円高で同じ過ちを犯すべきではない。もし、万が一急速な円高がやってきても、数十年単位の長い目で見れば再び必ず円安の時代がやってくると考える。
貼り付け終わり