アサザ基金の飯島博さんと都内で語らう
今日はあのアサザ基金 の飯島さんが都内に来るというので、のこのことお目にかかりに行ってきました。一年半ぶりの再会です。
アサザ基金については下記参照(ご存じでない方はぜひぜひご覧ください)なのですが、とにかく環境保全ビジネスとして軌道に乗っている稀有な事例です。
飯島さん1人から始まった霞ヶ浦の浄化運動はいまや数万人の人々を巻き込んでいます。
地域の小学校をネットワーク化し、総合学習の時間などを作って霞ヶ浦を理解し、きれいにする。彼はそれを「地域にカッパを呼ぶ」、と言っています。カッパとは、霞ヶ浦にまつわる生き物たちの彼なりの総称です。
とつとつと語る、不敵な笑みを浮かべたおじさん、という面持ちなのですが、子供たちを前にすると子供たちを魅了するエンターテイナーに変身するのです。
いろいろと話をうかがいながら、和光でも地域に河童を呼びたい、という思いを強くしました。
http://ameblo.jp/takeyan/entry-10006360567.html
http://ameblo.jp/takeyan/entry-10002591183.html
そうそう、たまたま入った喫茶店が半端ではない、恐ろしい店でした。大好物のミルクセーキを頼んだのですが、シェイクしていないし、卵のからざが入っているし、バニラは入っていないし。あれで500円は詐欺でしょう。
入って気付いたのですが、そこは特定の大学の特定のクラブのたまり場でした。そういう店は危ないのです。努力をしないでも商売になりますから。やばいな、と思いつつ、ついつい頼んだミルクセーキ。最悪の結末でした。人生で最低のミルセでしたね。
健康保険証に写真を! 以前からの私の素朴な思いです。
素朴な疑問です。
なぜ、健康保険証には写真がついていないのか、私にはよく分かりません。
どう考えても、写真を付けるメリットはあってもデメリットが思い浮かばないのです。
先日、医療関係のとある先生といろいろと語っているなかでもこの話になりました。
少なくとも、写真つきの場合、勝手になり代わって受診されたりはしなくなります。また、身分証として悪用されるリスクもなくなります。
いろいろ調べたのですが、結局、理由はよく分かりません。
一度市議会で提案してみようと思います。
国民健康保険の保険証について希望者だけでも写真を入れられないかと。
もし、手間と金がかかるなら当面は希望者のみにして手数料をとってもよいでしょう。それでも悪用されるリスクをとりたくない、という人は多いと思います。
ちなみに、ある役所関係者はコストと手間の問題ではないか、と言っておられました。
映画★バトン
いつもお世話になっている整体師のりでおさんからいただいた「映画バトン」を受け取ってみました。
Q1)持っている映画のDVD、あるいはビデオの数
10本ほど。
炎のランナー、マーズアタック、アライバル、ホット・ショット・・・・・。
Q2)あなたのお気に入りの監督、俳優、脚本家などの映画人(5人まで)
ティム・バートン
ジェームズ・キャメロン
バリー・ソネンフェルド
ローランド・エメリッヒ
伊丹十三
映画には詳しくなく、SFが中心ということですね。
伊丹氏は暗殺説が今も消えません。
Q3)一番最近観た映画(DVD含む)
最近みていません。
Q4)人生で初めて観た映画
覚えている最初の作品は 植村直巳物語(笑
植村直巳が「ドングリ」と罵倒されてしごかれているシーンが今も目に浮かびます。
最近病気になるまでは、私も一度マッキンリーに登ってみたかった。
Q5)今見たい映画
ALWAYS 三丁目の夕日(でも見ないと思います)
Q6)何度も見返してしまう映画、あるいは特別な思い入れがある映画5本
①ホット・ショット
②燃えよドラゴン~カモーンのシーンが好き。
③インディペンダンス・ディ
④風の谷のナウシカ~先日のテレビは見逃しました。巨神兵は溶けている場合ではない。
⑤酔拳(&蛇拳、燃えよデブゴン)
Q8)バトンを回す5人
よろしければどなたかお持ち帰りください。
いつもお世話になっている整体師のりでおさんからいただいた「映画バトン」を受け取ってみました。
Q1)持っている映画のDVD、あるいはビデオの数
10本ほど。
炎のランナー、マーズアタック、アライバル、ホット・ショット・・・・・。
Q2)あなたのお気に入りの監督、俳優、脚本家などの映画人(5人まで)
ティム・バートン
ジェームズ・キャメロン
バリー・ソネンフェルド
ローランド・エメリッヒ
伊丹十三
映画には詳しくなく、SFが中心ということですね。
伊丹氏は暗殺説が今も消えません。
Q3)一番最近観た映画(DVD含む)
最近みていません。
Q4)人生で初めて観た映画
覚えている最初の作品は 植村直巳物語(笑
植村直巳が「ドングリ」と罵倒されてしごかれているシーンが今も目に浮かびます。
最近病気になるまでは、私も一度マッキンリーに登ってみたかった。
Q5)今見たい映画
ALWAYS 三丁目の夕日(でも見ないと思います)
Q6)何度も見返してしまう映画、あるいは特別な思い入れがある映画5本
①ホット・ショット
②燃えよドラゴン~カモーンのシーンが好き。
③インディペンダンス・ディ
④風の谷のナウシカ~先日のテレビは見逃しました。巨神兵は溶けている場合ではない。
⑤酔拳(&蛇拳、燃えよデブゴン)
Q8)バトンを回す5人
よろしければどなたかお持ち帰りください。
東横インに提案~バリアフリー対応施設のあるスイートルームを作ったら?
完全に妄想の世界ですが、東横インに提案したいと思います。
それは、せっかくバリアフリー対応の部屋を確保するなら、その部屋はスイートとかデラックスとかファミリーにし、普段は普通の人に少しお高く泊っていただいたらどうかということ。もちろん、障害者には普通の部屋の料金になるよう割引するんです。
どうしても広くならざるを得ない部屋、ユニットバスなど、少し付加価値をつければそういう活用法はないだろうかと妄想するのです。
実は家族連れで旅すると、困るのがビジネスホテル。安いから活用したいのですが、4~5人家族でツイン2部屋というのは味気ないんです。
バリアフリーの部屋に補助ベッドが入るようにすればそういう貸し方もできます。
また、最近多いリッチな年金暮らしのお年寄りにも好評間違いなし。
どんなもんでしょうか。
特に、今後最初から設計するホテルには専用設計ができますから、いい物が作れませんか?
いや、もうそんなことはやっているのかもしれませんが。
私がよく使うとあるビジネスホテルにはスイートが一部屋あり家族連れとしていつも狙っているのですが、人気があり、一回も取れません。値段も手ごろで15000円。
まあ、最上階にあり、本当に良い部屋らしいのですが。場所は秘密。絶対に今度こそそこに泊まりたいから。ちなみに、半年前に電話してもダメでした。
ヒューザーのせいで今年の記念日はさっぱりだった「神戸の震災」のことをとりとめなく書く
今日は突然神戸の震災のことを書きます。本当は1月17日に書くべきだったのですが・・・・。
大きな震災の後、街がどうなるか、テレビでごらんになった人は多いと思います。私は震災後一週間を経た神戸を訳あって東から西へと歩きました。ありゃ、戦後の焼け野原ですね。神戸は震災で空襲直後に戻ったのでした。その焼け野原をてくてく歩いた時のことを1月になると時折思い出すんです。
私の頭のなかの映像をそのまま書きますね。だから文章もぐちゃぐちゃです。もう、何の脚色もなく、つらつらと書きます。以下の映像が、テレビである人が「温泉みたい」と腹立たしい発言をした神戸炎上のテレビ中継シーンの画像とセットで、頭に何回も何回も出てくるんですよ。
まず、御影とか青木の駅の辺りから崩れた家が出てきます。そのあたりはただ、火災のあとはさほど多くなく、べちゃっとつぶれた古い木造家屋が目立ちました。
特に気になったのは隣のボロ家に寄りかかられて破損した比較的新しい家。(皆さんの周りにはありませんか。あるいは、あなたの家が寄りかかるのかもしれませんが。とにかく、将棋倒しの家とかいろいろとものすごいものを見ました。次はあなたの家の番かもしれませんよ。冗談抜きに。)
三宮の手前の灘の町の一部から長田までの街は火事の焼け跡がひどかった。阪神電車の線路がぐにゃっと曲がっていたのもよく覚えています。私鉄はなぜか線路がガタガタでした。
とにかく焼け野原を災害派遣の自衛官(間抜けのせいで多分死者をたくさん増やした村山首相が遅ればせながら派遣した自衛官)がメットに迷彩服でうろうろしていたから、本当に戦後の焼け野原みたいでした。街中の信号がものすごい火災で溶けて、日よけがとろっと垂れ下がっていたり、電信柱が倒れたままだったり。そこを少しずつ重機で片付ける作業も始まっていました。
あと、停まったままのポートライナーも忘れられないです。
そして、三宮周辺に多かったのですが、鉄筋コンクリートの中層の建物が3階とか4階部分をぺちゃっと潰されてワンフロア低くなっている(川筋と関係があるみたいです。川筋を埋めた場所が神戸の中心街は全体的に多いんですよ。)。そごうもぐちゃっといっていましたね。そんな廃墟の森を、マスクをして埃まみれになりながら、延々歩くのです。一部開通した国道は渋滞し、路肩にはマスコミの黒塗りがたくさん停車しています。マスコミはアイドリングで暖房にあたり、被災者は校庭や公園のテント村で怪しい木材で焚き火。有名な「元気村」の脇も通りました。
たまたま見かけた給水車には行列。
壊れた木造の家は、不謹慎な表現をすると「ドリフ」や「吉本」のセットのように壁が一面ペロッと倒れていたりして、ちょうど一月だったので、とある家の壊れた壁の残骸のある道路には、年賀状が散乱していました。その光景は特に忘れられません。
(須磨では女の子が大切にしていたであろう「リカチャン人形」がゴミ置き場で蹲っていました。寒々しさにぞっとしました。)
そういう長田の町を歩いていくと、神戸高速鉄道の上の路面はやっぱり凹んでいました。道路が逆への字に曲がるというのは実物を見ると強烈でしたよ。その後西市民病院が見えてきて、やっぱりテレビで見たとおりにガタガタに壊れていましたね。
とにかく、感覚が麻痺するほどぐちゃぐちゃの街を歩きながら須磨まで来ると、完成間近の明石海峡大橋が何事もなかったかのようにそびえていました。須磨駅で電車に乗りました。
実家近辺では、電気と水道は開通したもののガスがダメで不自由な暮らしの中、助け合う人々のシーン。実家ではたんすの下敷きになった両親が無傷で迎えてくれました。今でもリアルな映像が浮かぶときがあります。
震災一週間後を見た私でこれですから、震災の体験をした人の心の傷は凄いでしょうね。
本当は震災のことを思い出すべき日に証人喚問なんかをぶつけた人々に「いいかげんにしろ」と言いつつ、皆さんには注意喚起しておきたいです。
まずはたんすの転倒対策と、非常食、そして、火の用心、家族の集合場所。