「感動の喪失」 第六回
もし当時に、今の情報環境があって、それを使う事が当たり前の環境で育ってきていたら、果たして、同じ事が出来たかと言うと、やはり自信が無い。検索を掛ければ、その場で、即座に出て来ると言う誘惑に勝つ自信は無い。しかし、その環境下では、果たして、苦労を超えてでもやろうと言う感情が起きたか。検索を掛けて、それが結果として出てきたら、結果的に望んだ物が出て来ただけに過ぎないわけである。その検索結果に、実際に卒論を書くに当たってのモチベーションを維持させていた、その結果が出て来ただろうか。そのような情報を望んではいるけれども、求めてはいなかった物に出会う事が出来たのは、やはり実際に本に当たったからに他ならない。延々と詩を眺め、これは違う、これも関係無い、この繰り返しの中にあって、ある意味で偶然に遭遇する事の出来た。その段階では、内容の検討をしていなかったため、その後に使えるかどうかは分からなかったが、それによって、やっぱりある、よし探そう、と言うモチベーションを生み出した。その数が少しずつながら増えてくるたびに、これをやりたいからこのテーマを変えたくない、と言う思いが強まっていった。
「感動の喪失」 第五回
僕自身、卒論を書くに当たっては、ネットを使った。これは前回の冒頭の一文だが、使ったサイトで検索を掛ける語は、どこから得たのか。勿論、本からである。扱ったのは『全唐詩』である。テーマに沿って一首一首を読んで、とまではいかず、とりあえず、自分がその扱う対象に対して、事前に有していた知識の語に目が反応するようにして、図書館に行った折りに調べていった。始めたのが二年の秋で、一通り終わったのが、三年の終わりくらいだった記憶がある。そのサイトを使ったのは、この後である。実際に書くに当たって、手書きでやるのか、それともコピーを取って、それを貼りつけるのか。どちらも大変である。前者は指が疲れる。漢字だけで、本字であるため画数も多い。後者は、金銭的な問題である。コピー自体は10円だが、扱うかもしれないとピックアップした詩は、かなりの数に上っていたし、各ページに散らばっているため、その整理も面倒になる。そのため、検索を掛けて、何とかそのサイトを探し出す事が出来た。これによって、その検索結果をコピー&ペーストし、この二つの労苦から解放されたわけであるが、しかし、そこに載っているのは原文である。唐代と言えば、杜甫、李白、白居易と名の知れた詩人が挙げられよう。そして、この三人に関しては、訓読、訳、解釈が載っている全集が、図書館の書架に常置されていた。これで楽になった部分があったかもしれない。ただ、この三人の詩は、足しても片手が余る数だったはずである。と言う事は、訓読から訳から解釈から、全て自分でやらなければならなかった。学も才も無い人間のため、とにかく苦労した。解釈なんてのは、ほぼ出来なかった。それでも、参考にする物が無いため、自力でやるしかなかった。辛かったかと言えば、それは無かった。この詩を扱って、自分の考えている物を形に出来るかもしれない、その思いがあったからである。
「感動の喪失」 第四回
僕自身、卒論を書くに当たっては、ネットを使った。それは、台湾のである。当時は今ほどにネットに情報が無く、ここが拠り所であった。また、扱った対象を検索するのにも、やはり台湾の別のサイトを使った。一文字から検索でき、大変に重宝した。しかし、そこで調べられるのは原文、専攻のため漢文である。漢文を生来に読む事が出来るのは、現代においては存在しない。その素養を身に付けて初めて、それを読めるようになる。読めるようになるくらいであれば、高校レベルの漢文の授業で身に付く。それを解釈するとなれば、それなりに書籍を読まなければならない。これは、昔、漢文が常用文であった時代の人であっても、同じであった。時代が経てば、表現が変わったり、意味が変わってしまったりと、そのままでは意味が取り難い部分が発生していった。だから、註釈が加えられていった。その註釈ですら、時代の経過と共に意味が取り難くなり、註釈に註釈が加えられていっている。つまり、解釈の助けとなる書籍は、昔から編まれてきているのである。それが日本に渡ってきて、更に日本で解釈が続けられてきている。それは、現代においても尚お続いている。つまり、本屋や図書館に行けば、それらの一端かもしれないが、読む事が出来るはずなのである。現在にネットにあるものには、そこからの引用、転写された物もあるだろう。しかし、果たして無数に解釈された物が、ネット上に上がるのはいつになるであろうか。また、ネットは、その性質上、検索した語、ないし、それに近い語が結果として反映されるものであり、その検索する語を知らなければ、検索する事すら不能となる。