西東雑論 -5ページ目

「どこを隠すべきか」 第四回

  だがである。時代が下って現在に近づくにつれ、眼鏡の在り方に、劇的な変化が生じた。眼鏡を掛けている事で、可愛さが増すのではないか、と言う発見が為されたのである。これが発展していき、眼鏡っ娘と言う語が生まれ、眼鏡萌えと言う概念が生まれた。これに前後して、眼鏡のフレームもデザインやカラーバリエーションが増加した事もあり、この現象とは別に、眼鏡を掛ける事への抵抗感は薄らいでいた。さて、眼鏡を掛ける事によって、どのような変化が生じているのであろうか。ぱっと見で、目に焦点が行くのは間違いないであろう。レンズ部分のフレームのサイズにも拠るであろうが、上下幅が狭めものだと、それによる錯覚現象によって、実際の目の大きさより大きく見える。他に何があるであろうか。繰り返しになるが、外した状態よりも、目に焦点が行く。一昔前の、眼鏡を外したら実は美少女な展開を成立させていたのは、近視の度が強い場合であった。いわゆる牛乳瓶の底と呼ばれた程に、レンズの厚さが厚かったためである。僕の場合は遠視であるが、やはり昔に較べれば、レンズが薄くなっているのが分かる。また、今はフレームが細い物や、レンズの上下にワイヤを張って固定し、フレームの存在しない物もある。




「どこを隠すべきか」 第三回

  目と口のどちらが隠されていても目が行くとなると、そのどちらかが美醜を分けると言うのではないと言う事になるのか。単にどこかが隠されていると言う事が、男性にとって興味を引かれる要因があると言う事なのだろうか。その隠す存在として、一昔であれば眼鏡が挙げられたであろう。眼鏡を掛けている、クラスの中では目立たない冴えない女の子が、ふとしたきっかけで眼鏡が外れると、実は美少女だったと言う展開は、出会いのきっかけとして使い古された手法であろう。一昔であれば、女の子であれば、近視が進行してしまい、眼鏡による矯正がなければ生活に支障が出る状況に陥らない限り、あまり眼鏡を掛けたがらなかったろう。それは、眼鏡のフレームのデザインに可愛い物が無く、近視の度が強いためにレンズが厚くなってしまい、不恰好になってしまうからである。一昔は、眼鏡を掛けている人は、大人しい性格、がり勉と言うキャラクター設定に仕立て上げられていたため、このような展開が成立した。しかし、この時、眼鏡が外れるのと同時に、三つ編みのお下げが解けると言うのも、お決まりのパターンであった。大人しい子は三つ編みお下げ、これも定番のキャラクター設定である。こうなると、よく好みの部位として挙げられる、特に後ろ姿であるが、うなじが見えなくなってしまう。これは背後からしか見えない部分だから、この場合においては関係無いが、これによって、耳が髪によって隠れてしまう。どちらが見えて、どちらが隠れている事が、重要なのだろうか。




「どこを隠すべきか」 第二回

  冬から春に掛けて、マスクをする人が増加する。冬は風邪やインフルエンザが理由であり、春は花粉対策であろう。それによって、目が行ってしまう女性が増えたような気がする。前姿の顔にスポットを当てると、このような事が個人的な感覚から言える。マスクと言う事から、口が隠れた状態になり、つまり、見えている顔のパーツは目と言う事になる。と言う事は、人の美醜を分けるのは、目と言う事になるのだろうか。しかし、季節が進み、マスクの季節が終わりを告げ、夏が近づいてくるにつれて、逆転現象が発生する事に気付いた。お洒落アイテムと言うだけでなく、目の紫外線対策として、サングラスを掛ける人が出て来たからである。すると、それに目が行く事に気付いたのである。サングラスと言えば、基本的に黒系統のレンズであり、そのため、こちらからは目が見えない。ここが眼鏡と決定的に違うところである。つまり、見えている顔のパーツは、口と言う事になる。と言う事は、人の美醜を分けるのは、口と言う事になるのだろうか。