「女は見られても綺麗にならない」 第一回
「女性は見られると綺麗になる」と言う、真しやかな言葉がある。これは真なのかと言えば、偽と言わざるを得ない。この時によく挙げられるのが、女優やモデルなどである。その現在とデビュー前後の写真が比較される。外見だけでも、オーディションにしろスカウトにしろ、それで飯を食っている人の目をパスしている。つまり、磨けば光る、と判断されたと言う事である。こんなの、言ってしまえば、特殊である。その例を以って、それ以外の一般を論じる事など出来ないのは当然である。また、女優にしろ、モデルにしろ、自分の外見も商品としている存在、職業である。その商品の維持、管理、向上させるのは当然の義務であり、この点からも特殊であり、例とする事は不適当である。
「どこを隠すべきか」 後記
起草から時間が経ち過ぎて、何を書くつもりだったのか忘れてしまった。何回このパターンを繰り返しているのか。時間が無い。体調が悪くて頭が回らない。理由を付ければ、そんなところ。お?と思った人でも、マスクをしたり眼鏡を掛けると、あれ?と思ったりする。その逆もある。そんな経験を掘り起こそうとしたんだと思う。とりあえず、ある程度の形に出来たから、それでいいか。こんなのばっかりしか書けない現状。次はしっかり書こう。と毎回思っている。そして、その次回はこんな体たらく。もう少し煮詰めよう。煮詰まらないように。
「どこを隠すべきか」 第五回
では、どこを隠す事で、自分を効果的に見せる事が出来るのであろうか。周りの人と違う格好をしているから目が行くのではない。全くの逆である。季節によってする人が増えている格好をしている事を例に挙げたのは、それを示すためでもある。マスクであれば、ファッション性は無に等しい。だから、ファッションアイテムである事が、その理由である事も否定されよう。目と口に焦点を当てたのは、そこがメイクの為所であるからと言うのがある。そのどちらかを隠す事によって、逆に目が行くとなると、メイクをする事の半分近くが否定されるような事態である。これが顔ではなく、身体となると、露出している部分や強調されている部分に目が行き、当人の意図に沿った視線の集中を得る事が出来ている。顔だけがそうはいかないようだ。マスクとサングラスは、その用途こそ違うが、顔の半分を隠す作用があると言う点では同じである。この視点を以ってすると、身体の方も同じ事が言える事に気付く。それは、上半身と下半身と言う大まかな分けから、上半身でも上部と下部、下半身も同様である。大きいからいいわけじゃない、細いからいいわけじゃない。そのバランスに目が行っているのだろう。しかし、それが顔に限っては、隠される事により、バランスを確認する事が出来ない状態になる事によって、目が行っている。と言う事は、顔に限って言えば、バランスが重要ではないと言う事だろうか。だから、人によって好みが分かれるのであろうか。