モチベーターコーチ金子剛「自由なら無敵」ブログ -644ページ目

大掃除だーっ


今日はこれから


会社の大掃除です。





一年間。



そうした節目があるということ。



これって、


ありがたいですよね。





会社や家の大掃除と同じように


この一年にやってきたことも


振り返る機会になります。






一年、



一ヶ月、



一週間、



一日、



そして、今この瞬間




そうした節目があるからこそ




見えてくるもの


感じるもの


やりたいこと


今、できること


すべきこと


大切にしたい何か


かけがえのないもの・時間 ・・・




節目があるだけで、心の大掃除のきっかけになります。






節目があるだけで


新しい気持ちになったり


仕切り直しが


出来るなら




僕らは


どんな時にも


どの瞬間にも



新しくなれる。


生まれ変われる。


再スタートが切れる。





いつも


僕達は


真新しい時間の中に


いる。



自分からヤレ!


あるところで 目の当たりにした話。





ここに来て

ガソリン代も安くなってきて


来春には

もっと安くなると言われている。





それを受けて



ある社長が部下に

取引先に伝えるように指示していた。


   「こないだ値上げしたのを


    元に戻すように、先方に伝えといてくれ。



    値上げの時ばかりで、 安くするときは


    こっちから催促でもしないと動かないんだから」





それを言い残して

社長は出かけた・・・が、




部下がポツリと


   「だったら、


    『経費が高いから』 って下げた給料、


    こっちが催促する前に


    戻してくれよ。 」





 そりゃ、笑えないよね。



片棒を担ぐ

一本の電車に

ひとり。



むっむかっ爆弾メラメラ



二本、乗り継いだら

ふたり。


むっむかっ爆弾メラメラ      むっむかっ爆弾メラメラ



携帯で

取引先と話をしている輩がいた。





空気も文字も読めないのか。。。









さて、


もしも、



あなたが知らない間に

何かの

犯罪の片棒を担がせられたら



どんな気分?





これと似たものを感じるんだ。


車内で携帯トークしてるのを見るとね。






仕事で

不意にこんな状況に

あうこともある。




相手の携帯に電話をしたら


  「すみません、今、電車の中なので、

              後で掛け直します」


ってパターン。




   「だったら、出なくていいから!!」


というのが、正直な気持ちだ。





違うかな?




取り敢えずでも

電話に出たほうが良い


なんて、短絡的に考えているのだろうか。






今日、

乗り合わせた二人は


切り上げることも無く

話し続けていた。






車中で話してる本人だけじゃない。




相手が

電車に乗ってるのを承知で

かけてる奴は


問題外だけど、




もしも、相手が

電車に乗ってるのを知らないまま


話してたとしたら ・・・




それって、


知らない間に


犯罪の片棒を担がされてるのと


同じじゃない?






小町


世田谷の職場近所は

閑静な住宅街ってところで


立派な家並みと

ちょっと古めかしい小さな商店街、


そして

いわゆる「お嬢様」が通う私立の学校

があるだけ。





隣りの駅に出ると

かなりの賑やかさなのだが、


職場のある駅は

お昼時に立ち寄れるお店も

数が少ない。





そんな訳で、

ご近所のお弁当屋さんを

頻繁に利用する。



働いているのは

パートとバイトの方が

殆どだと思う。




この中にひとり、


明るくて

頑張り屋さんで

仕事がテキパキと速い


素敵な女性がいる。





彼女が

店にいるときと、いないときでは


レジに並んでいるお客さんの数が

まるで違うのだ。



ちゃきちゃきと

袋に弁当や惣菜を入れ、

会計を済ませ


とおる声と笑顔で

送り出していく。





彼女が

どんな人なのか、


そこで見る以外は

知らないのだが、


きっと、

どんな仕事をしても

どんな空間に放り込まれても



彼女は彼女らしく

笑顔で

テキパキと

こなしていくんだろうと思う。





彼女からお弁当を買うと

それだけで

ちょっと得した気分になる。



彼女のような人は


その姿と

あり方で


お弁当やお惣菜いがいにも

大切なものを

手渡してくれるのだ。



つまらない大人にはなりたくない

年はとってもこうはなりたくない ブログネタ:年はとってもこうはなりたくない 参加中


「つまらない大人にはなりたくない」

と、

佐野元春が歌ったのは

1981年。

Heart Beat/佐野元春
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あの頃、

そのひと言に共感してた。



「つまらない大人」  じゃないってことは、

ただ、「面白い大人」 ってことじゃない、と思う。






ちょっと言葉遊びみたいだけど、



何かを

持ってたり、備わってる

という、

プラスの意味だけじゃなく、



逆に、何かが

「詰まってない」大人。






詰まってない ・・・ スカスカってことじゃなくにひひ





心が


目詰まりしてない

とか、


詰まってなくて、風通しが良い

というような感じ。





自分が「大人」と呼ばれる以前、


彼らを 「大人」 ・・・ と、ひと括りにしたとき、


個々のキャラも持ち味も

どっかに追いやられて


顔の見えない、顔の無い

「大人」という

自分にとって異端の

概念だけが


そこにイメージされていた。


そして、

イメージされるような「大人」に

僕はNOビックリマーク

を、突きつけていたと思う。




「つまらない大人になりたくない」


その言葉を

僕の中の疑問符に変えて




「お前はつまらない大人じゃないのか?」


「ちょっとはイカした奴になれたのか?」




どんな風に生きることが

自分の答えになるのか?を


探すように

確かめるように

調べるように


今日まで来たのかも知れない。