初めて?・・・かな??
もしかして、
年越しを一人でするのって
初めてかも。
両親か、
友人か、
彼女
必ず誰かと一緒だった。
せっかく一人で 送り・迎えられる のだから
改めてゆっくり
ゆく一年を振り返って
新しい一年の行き方を決めよう
と、思う。
ねぇ、ねぇ、ところでさ、
ちょっと世間がショボくれてる ・・・ てゆーか、
テレビや新聞報道から
ブログやネットに見られる発言まで
否が応にも
みんなの気持ちを盛り下げ
て
深刻な
雰囲気を増幅させるような論調が
多すぎる。 と、思わない?
楽観的なことを言うと、
他人から、バカっぽく見られるのかも知れないけど
そんなに「ダメだ~、ダメだ~」って
ダメにしたいのかね。。。現実に。
カッコ良く行こう!
ブログネタ:2009年を大胆予想!
参加中明日からの新しい一年
多分、
カッコをつけること
が、注目されると思うんだ。
この一年、
「カッコ良く決め」てくれた人もいた。
オリンピックとかスポーツの世界では
特に目に付いたように思う。
だけど、「変」という文字に一年が代表されるように
ただただ不様だったり
プライドのかけらもなく
あたふたと右往左往して
世間を言い訳にしたり
責任逃れしたり
かっちょワリー!!!
ことが、多すぎた。
そう思わない?
少年少女、青年男女が見て、
「あんな風に自分も成りたい!」
って思えるような
カッコ良い大人 、どのくらい思いつく?
大人から見ても
「自分が恥ずかしい」
とか、
「まだまだ自分も頑張るよ!」
って思わせるような
カッコ良い大人 、どのくらい思いつく?
その逆のパターンが多くなかった?
あまりに情けなくて、
子供達には見せられない大人の姿、発言。
もう、みんな、見飽きてると思うんだ。
経済が好調だとか、
子供達がたくさんいて、元気だったりとか、
自然が豊かで、実りも多いとか、
そんな上向きで、将来が明るく見通せるときは
カッコ良さ なんて、どうでも良いのかも知れない。
環境とか、見通しが悪い時だからこそ、
本物のカッコ良さ が必要なんだって思う。
愚痴らず
責任転嫁せず
自分から始めて
自分が負って
上手く行かなくても
「武士は食わねど 高楊枝」
笑って次に向かっていく。
上手く言葉に換えきれないし、
人それぞれに「カッコ良い」姿があると思う。
とにかく、そんな
心の底からのカッコ良さ
腹の底からのカッコ良さ
だと思うんだ。
みんなにとっての
カッコ良い男、カッコ良い女
って、どんなですか?
相変わらずの腰痛で・・・カッコワリィです。![]()
父の痛み
こりゃ、
ギックリ腰 ってヤツかな。
ほんと
痛いんだな。
元々、小学生の頃
ちょっと高いところから落ちたとき
腰を打ったことがあって
それ以来、
絶好調とはいえない「腰」なんだけどさ。
とにかく、
まともに立てないし、歩けない。
寝転がったり
そこから姿勢を変えたり
立ち上がったりするのが
いちいち大作業だ。
我が親父が
2年半ほど前に
脳梗塞で倒れた。
左半身に麻痺が残って
以来、
ほぼ寝たきりの生活をしている。
母が気丈な人なので
病院から引き取って
自宅介護するようになって
ちょうど2年が過ぎた。
そんな親父とお袋を見ていて
感じること、
考えることは
幾つもあるんだけど、
それは、今回は置いておく。
僕は実家が近所なので
日曜の夜くらいは
一緒に食事をしたり、
ほんの少し、
親父の面倒を看る真似事をする。
車椅子に乗せて
散歩や外食に連れ出すのにも
トイレに連れて行くのも
何をするにも
時間と手間がかかる。
時にそれを
煩わしく感じるし
扱いが荒くなることも
否定できない。
そんな僕に
少しでも
父の持つ痛みを感じるよう
年末の振り返り、
反省の 締め〆 として
与えられたような
気がする。