福島県在住ライターが綴る あんなこと こんなこと -23ページ目

TOMORROW|明日へ ~10/9放送 語り継ぐ旅 ~ を見て 1

NHKBS放送で放映されている 

東北地方の復興番組

『TOMORROW|明日へ』

に知人が登場すると聞き、番組を見ました。


30分の放送の中で出てきたのは、
宮城県気仙沼市と福島県南相馬市。

気仙沼市では、
津波に打ち上げられて陸に上がった漁船をめぐり

「震災のシンボルとして、残すか否か」を
住民たちが話し合う場面を取り上げていました。


漁船があることで、気仙沼市を訪れる人たちは
津波の恐ろしさと、津波が起きた時への備えを学べる。

一方、地元の人たちは、漁船を見る度に
つらかった震災を思い出す。

投票の結果、漁船の撤去が決まったそうです。

そのシーンを見たときに、思い出したのが
同じく宮城県南三陸町にある建物。
津波による影響で、鉄骨だけになった建物を
震災のシンボルとして残すか否かを議論した結果
今年の11月に取り壊すことが決まったという話。

先日いわき市で開かれた
スタディツアーの研修会で、南三陸町からいらした
講師の方から教えていただきました。

気仙沼市、南三陸町
どの都市でも共通していたのが
「被災者の気持ちを第一に考える」ということでした。


変わって、南相馬市で取り上げられたのは
被災地ツアーのガイドをつとめる女性の話。
震災による原発事故で、避難を余儀なくされ
今も家族がばらばらに暮らしているという女性は
心労のために、一時期入院生活を送っていたそうです。

その彼女がなぜ、ツアーガイドをやるのか。

「自分の体験を、人に話すことで
自分の気持ちを整理することができる」と。

ああ、私も似た思いがあるな。

そう感じたのです。

それは・・・

(つづく)



福島県の今と未来を綴る
福興ライター

復興、次のステージへ

震災から3年経った福島県

復興に、仕事に、この土地で暮らしている人たちが

次のステージに向かっているのを感じます。


例えば・・・

震災後に結成された組織のメンバーの入れ替わりとか。

仲違いとか、分裂ではなくて

組織が固まっていき、次の目標が生まれたときに

基盤つくりのために動いていた人が

いったんその組織を離れるのです。


神田昌典さんの著書に書かれていたと思いますが

会社などの組織も、組織が変化するときに

創立メンバーから抜けたり、違うメンバーが入ったりする

タイミングがあるそうです。

「それと、まったく同じだなぁ」と思いながら見ています。



組織のお話をしました。

次は「人」のお話です。


震災直後は、自分の仕事の確保や家族の安全のために

動けなかった人たちが、静かに動き出しています。


自分の得意なことを活かしながら

別のことが得意なことと連携して

100年後の福島県を、

もっと素敵なパラダイスにしようと動いています。


しかも!NPO法人と、会社組織の両方を立ち上げて

それぞれの特色を上手に利用しながらです。




100年続くエンターテイメントを福島から

スゲー男たちのミュージカル集団

ロメオ・パラディソ



福島県の今と未来を記録する

福興ライター


あの時、何もできなかった罪悪感

東北以外にお住まいの方から

時々伺います。


あの時、今にいたっても

自分が何もできなかった、

震災の被害にあった人たちの

手助けができなかった罪悪感があると。


私が福島県に住んでいることを知ると

「福島県に行きたかったけど、行くきっかけがなかった」

と後ろめたそうに言われる方がいらっしゃいます。


でも、おそらくみんな

同じ思いを抱えているのだと思います。


私だって、あの当時、

郡山市に避難されている方々のところに行って

お手伝いができなかった、

そのことに罪悪感を抱いている一人です。




なぜできなかったのか?



学校が休校になり、職場が一時お休みになり

我が家に家族がいたからです。



余震を恐れ、万が一家族がばらばらになったら!

と思うと、身動きがとれなかった。

自由に動けるだけのガソリンがなかった。


でも、それも言い訳なのかもしれません。

動いている人はいた。たくさんいましたから。



一歩動く、勇気がなかった。

それだけなのかもしれません。


何もできなかった罪悪感をどこに向けるのか。

あの時、動けなかったことは悔いても仕方がない。

動けるようになった今、何をすべきかにかかっているのでしょう。


福島の今と未来を綴る 福興ライター

ノブ横地さんの FBセミナーを受講しました

もう何回目になるでしょうか。

昨年から福島県内各地ではじまった

ノブ横地さんのFBセミナー。


いわき市、白河市、須賀川市、郡山市、柳津町

そして私が受講した 福島市と。


各地で発起人の方中心にノブさんを囲み

セミナーのあとは懇親会。

その間、ノブさんは2冊の本を出版。

セミナー受講を通して

私も素敵な出会いをいただきました。


30日のセミナーは、出版された本の内容に合わせ

「あなたはFBを使って、何を伝えたいのですか」

ということを、何度も、何度も お話されました。



ライターである私は、何を伝えたいのか。

コミュニケーションの手段(でも、これも大切)
のみになっていやしないか。

福興ライターとしての役割は、果たしているか。


一つだけ、変わらないこと。

過去も、今も、これからも
福島県のことが好きなこと。







2年半前の大地震の余震

深夜 2時30分頃

大きな長い揺れで目が覚めました。

部活とリポートでクタクタな長男は
目も覚まさず熟睡

次男坊と夫が起き上がり、
揺れの中、しばらく顔を見合わせていました。


NHKのネットニュースによると
2年半前に起きた巨大地震の余震だそうです。



ああ、大地の広さよ、その深さよ。
とうてい私の想像力の及ぶところではない。

疲れていることもあり、随分動揺しましたが
こういうときに、家族のあるありがたさを感じます。

次男坊の身体のぬくもりを感じながら、
少しの間手を握り添い寝。
落ち着いた頃に階下に降りて、仕事の続き。



自然の脅威に心おびえつつ、
でも今日も、私たちは生き続けます。



福島県の復興を、コトバの力で綴る
復興ライター

東京オリンピック開催について思うこと

「東京は安全」
「福島第一原子力発電所から200キロ以上離れている」

報道を通した竹田会長の話を聞いて以来
「東京オリンピック開催、断固反対!」でした。

オリンピックうんぬんよりもまず、
この日本にオリンピックを開催する資格があるのか!

と思っていました。

しかし、ゆうべ
ブエノスアイレスでのスピーチや映像を見て
少し考えが変わりました。



選手の皆さんのスピーチは素晴らしかった。
映像も良かった。

何かを成し遂げるためには、
映像の力、スピーチの力は大きいのだと
改めて感じました。



また中継していたNHKのスタジオ。

若い三宅選手の素直な感動を口にする姿。

その横で言葉を選ぶ有森裕子さん。
有森さんは、我が郡山市で開催された
シティーマラソンにもいらっしゃったことがあります。

オリンピックの委員の方の解説も公平でした。



みなさんのお話しを聞いて、
改めて思ったことは


「オリンピックは選手たちのものだ」

ということ。


そこには本来政治が関与してはいけないし
福島で起きていることも、主ではなく
付随するものにすぎないということです。


東京での開催が決まった今、
私が思うことは

「7年後まで生きよう。
7年後の日本を、この目でしっかり見届けよう」
ということです。

7年後、息子たちは22歳と17歳。
どんな若者になっていて、東京を、この日本を、
オリンピックをどう受け止めるのか。

親の私も見ていきます。



福島の過去と未来を綴る
福興ライター のページ

東京電力 吉田所長が亡くなりました

もちろんお会いしたことはありませんが
震災後、系列会社社長から 吉田所長の熱さを伺っていました。



震災直後、埼玉に住む親戚は
福島の私たちのことを非常に心配してくれました。

忘れもしない、埼玉に住む気持ちの優しい義姉が
震災直後 手紙をくれました。

「私たちは、みんな心配している。
原発のことは、東京電力の人たちにまかせて
どうか、無事でいてほしい」と。

遠くに住む人は知らない。
現場でがんばっている人たちも 同じ福島県民であることを。



話がそれました。


吉田所長の勇士。
いまさら 言うことではないかもしれません。

でも彼の死を、ひとしきり悲しんでいる人の多くが
我が福島県民だと思っています。



この世に生まれた使命を全うし
短いながらも 生ききられたと思います。

感謝を込めて 合掌。


http://www.nhk.or.jp/shutoken-news/20130709/e6f2999bb5424...

電気について考える

今、東京電力を使用している地域の方
もしくは今、原発が停止している地域の方がたは
電力消費について、どのくらい関心があるでしょうか?


  原発再稼働を! という話をしているのではありません
  脱原発! という話でもありません


今現在、運転中の原子炉が5基
停止中が49基

つまり 限られた電気を
大切に使おうという気持ちが、あるのかどうか

福島県内のある大手スーパーは
今も節電のために、入り口の自動ドアの一部を閉鎖しています。

震災後、郡山市内の公共施設に設置された
自動販売機の数は減りました。



医療に使われる電気は必要
生活に欠かせない電気もある

でも、それ以外の電気
使うことを意識されているだろうか





ありがたいことに、
県外にも福島県に思いをよせる
多くの方がいらっしゃいます。

我が県に、いらっしゃることができないことを
残念がる声も聞きます。

「消費電力の節約」

これも 福島県を支援する
一つの手立てと考えること、できないでしょうか。



我が町に日本最大の風力発電があります。

ドイツ製の36機の風車が作り出す電力は
奥会津にある水力発電所の電力とともに
地下に埋められた太い送電線を通して
首都圏に供給されるそうです。



鴻巣-東北友情とれとれ市に参加しました!

主催者である 野本恵司さんの奥様が
中学時代の同級生である というご縁で
お声がけいただいた「鴻巣-東北友情とれとれ市」


そのきっかけは、企画者である野本さんの友人
阪神大震災を経験した方が、
「震災後2年までは、皆さんが支援してくれた。
むしろ苦しかったのは、その後だった」と言われた一言だったそうです。


青森県、宮城県、福島県と、出展数は少ないけど
何かしら 野本さんとのご縁があった方がたのもの。

そういう出展物には、何かしらの「真心」が感じられると
おそらく、そう思うのは、私だけではないはず。

震災直後から、被災地をまわった写真家の方の展示もありました。

 ▼詳しくは、下記FBからご覧下さいね♪

6/19(水)「お父さん支援のための研修会」が開催されます

次男坊妊娠中、医師から「安静」を言い渡され
埼玉の実家で、半年以上私がお世話になっている間

福島の我が家で、一人暮らししていた
夫のコレステロール値が上がっていました。

男性の一人暮らし、
ことに自炊ができない人は大変だろうなと
あの経験から思います。

ましてや今、福島の地で
一人奮闘しているお父さんたちの心労はと想像するとき。

「ふくしまのお父さん」たちの支援&研修は、すごく大切。
「支援をしていきましょう!」という心意気にも頭が下がります。

そのための研修会が、
6/19(水)男女共生センターで開催されるそうです。
関心ある方は、サイトをご覧下さい。