福島県在住ライターが綴る あんなこと こんなこと



ご縁あり、福島県民になって20年。

人も、環境も、食べものも素晴らしい
福島県のことを綴り続けるうちに
いろいろな方とご縁をいただきました。

「どんな状況においても、
前を向いている方が大好き」


震災後は、福興ライター(R)として
福島県に関わる人たちのことを綴りながら
自分史活用アドバイザーとして「ふくしまの人たちの自分史」綴りのお手伝いも始めています。


またこれからは少しずつ、
福島県民のみなさんが
「自らのことを綴っていく」ことのお手伝いを

していきたいと考えています。


  ▼福興ライターとは?

仕事のご依頼、お問合せは下記よりお願いします。

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10/7オンライン無料開催!「語り場プロジェクト」のご案内です

 

NHK朝の連続テレビ小説で

好評放送中の「エール」

福島市名誉市民第一号である

古関裕而さんと妻、金子さんがモデルです。

 

そしてお二人の出身地である

福島市、豊橋市は

今、エールで大変盛り上がっています。

 

その様子などを放送秘話も交えて

オンラインで語っていただきます。

しかも!参加費無料です。

 

********************

地元にNHK連続テレビ小説を誘致するために

若手経営者たちが「何を行い」「何が起きたのか」

そして誘致したあとに「何を学んだか」を

あますところなくお話ししていただきます。

 

 □地域活動に興味がある方

 □自分の街の課題を解決したい方

 □NHK連続テレビ小説「エール」を見ないと

1日がはじまらないという方

 

この機会に「エール」放映にいたるまでの道のりと

その裏に込められたアツイ思いを一緒に伺いましょう!

 

語り場プロジェクトご案内とお申込ページ

語り場プロジェクト「タクシー屋が、なぜFoodCampⓇに取り組むのか?」開催リポートアップ

 

前のブログでご紹介した

語り場プロジェクト「私たちのターニングポイント」は

無事に終了しました。

 

オンライン開催には、都内在住の方や

海外で会社を経営されている方など

オンラインならではのご参加者を迎えて

会場にいらした方と同様に熱い

感想タイムとなりました。

 

 

山口さんのお話しは、本当におもしろく

かつたくみで参加者を

飽きさせることがありません。

第二部の質問・感想コーナーでも

一つ一つ丁寧に、かつ熱心に回答していただきました。

 

 

 

 

詳しいレポートは、以下をご覧ください。次は語り場に参加したくなりますよ♪

 

 

 

私たちのターニングポイント「語り場プロジェクト」はリアル・オンラインで8月12日に開催予定!

 

 

 

私たちの地域に住む人の人生と

そのターニングポイントを聞きながら

自分の人生を振り返りつつ、

未来を考える場を作りたい!

と開催をはじめてから2年たちます。

 

コロナ禍の中ですが、今年度も開催しています。

来月12日のゲストは、Foodカートを利用した

地元食材を味わっていただく

Food Camp事業で注目をあびている

山口グループ代表取締役 山口松之進さんをお招きし、

山口さんの人生と、そのターニングポイントを伺います。

 

オンラインでも受け付けていますから

「行きたいけど、遠くて…」という方でも大丈夫!

 

詳しいご案内は以下のページをご覧くださいね!

語り場プロジェクト・お申込のご案内

一見、潔い考え方…。でも実はもったいない考え方なのかも?!

all-or-nothingとは

すべてかか。妥協を許さない立場や決意をいう。

デジタル大辞泉、コトバンクによれば

このような意味だと書かれています。

 

誰もが平等に与えられた24時間を、

どのように使うのかと考えたときに

この言葉を用いて選択を迫られる場面が

人生には多くあります。

 

一見かっこいいし、

潔い考え方、生き方だと思いませんか!

  ・

  ・

社会人になってすぐの頃から

私はこの考え方で生きてきたように思います。

 

けれどこの考え方には弱点もあって

「中庸を許さない」という側面もあると

最近気づきました。

 

またこの考え方に縛られると、

物事の見方が狭まる危険もあるのですよね。

少なくとも私はそうでした。

 

例えば…。

 

Aという道を選んだ。

ある程度進んだ。

 

険しい道だったけれど

歯を食いしばってやり抜いた。

それなりに道を作れた気がする。

ということがあったとしましょう。

 

Aの道を歩く途中で、

私はBという道にも魅力を感じます。

けれどここでBに行くわけにはいかない。

 

なぜならばここでBに寄り道したら

Aが中途半端になってしまうからと

思いとどまります。

 

やがてAでそれなりに

道を作れたように思えた私は

ようやくBに足を踏み入れます。

 

そのときに

「自分はBに行くと決めたのだから、

もうAのことは他の人に任せる」

とAのことにはふれなくなります。

 

それは、それでいいのかもしれない。

でも、違う道、考え方もあるよねって。

 

「今の活動の中心はBだけれども、

かつて活動の中心にしていた

Aだってできますよ。

Aについての要望があれば

どうぞ言ってください。ウエルカム★」

と言ってもいいのではないかと。

 

たとえは「道」で表しましたけど

人間関係も、所属団体も、同じかもしれない。

 

カチカチした考えをゆるめて、

もっと柔軟に、縦横に生きられたら

いや、生きていこうと思います。

 

画像はそんな生き方を教えてくださった団体さんの集合写真です。

私もすみっこにうつっています。

 

インタビュー・福興ライターのサイト のほか

インタビューに特化した自分史サイト

さらに、聞く場のサイト も作りました。

 

 

ご縁を大切に。もっと柔軟に、

でも欲張って生きましょうと思います。

 

 

 

 

 

 

おかげさまで、充実した休暇を過ごすことが出来ました 3

宿題をいただいたあと、

最初に話したのは

起業したばかりの頃からの友人で

私の名刺デザインを手がけてくれた人でした。

 

これから何を中心にやっていくかを課題とした場合

現状手つかずになっている福興ライターのサイトをどうするか。

すでに取りかかっている「自分史」をどう際立たせるのか。

 

そんな話を中心に、友人の仕事状況も交えながら

1時間半、お話しできました。

 

友人との会話後に、

すぐさまサイト作成にとりかかったのは

言うまでもありません。

 

それと平行して、自分史をどう広げていったらいいのかを

震災直後から復興支援のフェーズでお世話になっていた

都内在住の中小企業診断士の方から

ご指導をいただきました。

 

私が進みたいと思っていても

その世界に詳しい方に出会えず、

出会ったとしても深く教えていただけるわけではないことを

その分野においての「課題」も含めて、

かみくだいて教えていただき

めちゃくちゃありがたかったです。

 

その方の後押しもあり、

ちょうど1年前にその存在を知りながら

勝手に敷居を高くして、訪問できなかった

福島県のとある施設を訪問し、

そこの責任者の方とお話ししました。

 

結果的には、思うような展開にはならず

逆に、教えを請う形になりましたけど

「ダメ」をはっきり知るって大事だなと。

 

挫折感はありつつも、

同時進行の作業の手は止めずにいこうと決意した訪問でした。

 

    ・

    ・

 

それでですね。

普通は、そこで終わってしまうのだと思うのです。

 

ラッキーなことに私は、そのタイミングで

「武田のことはよく知っているけれど、

武田が目指す場所をあまり知らない」

あるグルーブの無料相談に応募しました。

 

そこで話したことは、わずか40分でしたが

いただいたアドバイスが「どんぴしゃ☆」と腑に落ちたのでした。

 

なんだろうなぁ。

業界のことは私の方が知っている。

いただいたアドバイスもすでに検討済みのものが多々ある。

 

けれど一方で、私が進みたい道のことを

私よりも知っている(私自身の実力も含めて)人から受けるもの。

 

どう吟味するかは、私の判断ですが

むちゃくちゃ気持ちが救われました。

 

   ・

   ・

3回にわたり、お付き合いいただきありがとうございました。

休暇中にリニューアル、そして新規に立ち上げたサイトを

ご紹介します。

 

 ●福島に福を興す人たちを言葉のチカラで応援する!福興ライター

 ●インタビューのチカラで自分史を作ります!福興自分史

 

よかったら、遊びにいらしてくださいね。

 

おかげさまで充実した休暇をすごすことができました。その2

ひと息おいてから「これからどうする?」となった

タイミングで、かつてお世話になった人材育成塾から

「いま、どうしてる?」と声がかかりました。

 

「コロナで大変ではないですか」

「ちゃんと事業を進めていますか」

「相談ごとがあれば聞きますよ」

というお声がけに甘えて、

Zoom相談にのっていただいたのは

忘れもしない5月1日のことでした。

 

面談に備えて、昨年の自分の行動を

月ごとにまとめてみました。

すると…。

意外にも、ちゃんと地に足をつけて

進めていた自分に気がつきました。

 

面談では、「これからどうするの」

「ビジネスとして成り立たせるためにどう進んでいくの」

という視点から大きな「問い」だけ投げてくださり

あとは1カ月かけて、私自身が見つけていく。。

という宿題をいただきました。

 

続く…。

おかげさまで充実した休暇を過ごすことができました!その1

私の場合「withコロナ」は4月半ばから始まりました。

それまではすでに決まっていた

人に会う仕事があったので

正直なところ

「誰から感染されるか」「誰に感染させるか」が心配で、

日々、緊張感に包まれていましたね。

 

ですから、その仕事が一段落して、

日々の行動も自分次第になったとき

とっても心が軽くなりました。

 

…と同時に、当たり前ですが

「これからどうするの?私」って。

 

仕事が一段落してからも

人に会う仕事のストレスから

2-3日はやたらと眠る日が続きました。

(同時進行で2月から

子どもの大学受験の付き添い、

進学先が決まってからの引越と

こちらもかなり大変でした)

 

そのあとです。

 

「これから、どうするの?」が胸に迫ってきたのは。

 

…つづく

テニスレッスンをやめるかも?!

一息ついたら、自分史のことを思い出してください。

 

5月もあと2日を残すこととなりましたね。
私はといえば、ひたすらPCに向かっていました。

 

GW中は「語り場プロジェクト」での開催リポートを、
その次は来月10日にWEB開催予定の自分史を。

 

私は文章を書くことに時間がかかるほうなので
(脳内に文章をため、そこから指先にうつすイメージw)

書き終えた今は、脳内がスカスカになったような
感じです。(あくまでもイメージですw )

 

その後は、しばらく放置状態だった
福興ライターのサイトに手を入れていました。

 

自分の実績を整理して、今までやってきたことを
3つのメニューにまとめました。

   1.自分史ブックの聞き書き
   2.インタビュー・文章作成講座
   3.自分史教室

です。

 

コロナ禍において、考える時間ができたといっても
その時間を「考える」「思い出す」ことに費やすためには
人って別のエネルギーが必要です。
少なくとも私はそういうタイプです。

 

この1カ月の作業も、実は「どうしてる?」
という励ましが、あったから向き合えました。

 

だから、今のちょっとつらいところから抜けたときに
思い出して欲しいのです。
自分史という存在を。

 

  「話す」
  「ことばにしてみる」
  「文章にしてみる」
  「小冊子にまとめてみる」

この4つをお一人でできないときには
武田を思い出してください。

 

一緒によりそわせてくださいね。

https://www.revivalwriter.jp/

悔しかった。 怒号をあげたいくらいだった。3.11

夫の勤務する会社の部署の移動により
私たちは、誰も知らないふくしまに来ました。

 

最初のうちは
夫婦揃って「都落ち」感が強く
早く埼玉に戻りたかったものです。

 

それが変化したのは
長男の通う幼稚園に寄付してくれた
野菜の土と苗が、
郡山市の若手農家さんたちから
届いたものだということを知ったとき。

 

 

なぜならば農家育ちの両親から
農家のネガティブな話を聞きながら育った私が、
ふくしまにきたことで初めて
農業に誇りを抱く人たちの存在を
知ることができたからです。

 

だから帰省のたびに郡山産、福島産の野菜や米を持参して
「ふくしまの産物」自慢をしていたというのに
あの日を境にして変わってしまいました。

 

そのあと、何も出来ない自分に落ち込み。

友人知人は県内最大の避難所に行き
炊き出しや、なにやら手伝っているというのに

私は会社が休暇になった夫と
学校が休校になった子どもたちの
食事づくりと買い出しで家を出ることができなかった私。

 

それしかできない小さな自分が情けなかった。

 

原発事故と津波災害のニュースばかり流すテレビ
地元県内の情報が
なかなか入ってこなかった。

 

だから当時お世話になっていた出版社を訪ねると
「本を出してくれ」と熱意の塊の社長がいて。

紆余曲折あって翌年本を出したとき。
私はようやく自分が「役に立てた」と実感したのです。

 

そのあとも走った。
休みなく走った。
私一人だけじゃない。
当時、私の周りの人たちはみな走っていた。

  ・
  ・

あの頃の私は、どこか
気持ちがおかしくなっていました。
(実際にメンタルの専門家の方から指摘されました)

 

今、9年前を振り返るとき
別の感情が流れてくる。

辛い経験、自分の限界、無力さ。
あと…。誤解を恐れずに言えば傲慢さも。

  ・
  ・

今春、息子たちはふくしまを離れます。

ふくしまを離れた彼らは
どんなふくしまを語るのだろう。

あと10年経ったら聞いてみたいと思います。

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