先日の里山歩きにて、迂回をしつつ洞底へ到達した際に、ふと思い出したのが「この先に城跡がある」ということ。

 

今や植えられたヒノキばかりの斜面を登っていくと…

あった!あの凹みが主郭を隔てる掘(切)とされている部分だ。

 

主郭の南側斜面には

人為的に設けられたと思われる

 

小段がある。ただ、斜めになっているので通路ともいえるが、その先に郭がある訳ではない。何のための小段なのかはっきりしない。そもそも城の構造物ではなく後世に付けられたものかもしれない。

 

主郭とその謎の小段との間には僅かに石が積まれている。

これも城の構造物といえるのか…。

 

 

主郭である部分は尾根の頂部にあたり、明らかに人為的に削られ、平坦地が設けられた事は明らかだし、北側には土塁らしきものも確認できる。

また小字に「御殿田」など城を示す地名が残っている事からも、何らかの城のような施設があった事は間違いなさそうなのだが…

 

とにかく明らかに城跡と言えるような痕跡に乏しい。

そこで、敵が来そうな西側の尾根伝いに防御施設が設けられていないかを確かめに降りてみる

 

あるとすれば、こうした尾根に敵を遮るための

堀切や郭、土塁を設けるのだが…

 

下れども下れども、モウソウチクの密度が濃くなっていくのみで、人為的に改変された地形は全く見当たらず。

 

巨大なアベマキが必死にモウソウチクの侵入を食い止めているのを確認できただけ。

 

生長が早く樹冠を覆ってしまうモウソウチク。

ジワジワを上ってくる奴が今や敵兵。

何とか食い止めないと、竹薮だけの場所になってしまう。

 

 

春が来て5年目を迎える自然農を目指す畑。

不耕起で生える草をひたすら手刈りして敷き詰め続けた土壌は、なんだかようやくそれらしい冬草に覆われた畝となっている。

 

そんな畝に唯一今青々と生長しているのが麦3種

これが一昨年から育て始めた「農林61号」

 

こちらが最古参の「ライ麦」

 

 

そして昨年が始めての栽培と収穫であった「大麦」

 

昨年は一昨年の反省から少し早めの幡種をした。

そのためかこれまでよりも生育がいい。

早めがよかったのか、それともこの土壌がよかったのか。

まだ考察しきれていないが、ともあれここまではヨシ。

ただ、ここまで生長した麦を分けつを促すために踏む「麦踏み」は必要なのか迷うところ。

 

 

自然農を目指す畑の西の6畝

腐お手製腐葉土に混入していた種から芽生えさせちゃった榎(エノキ)を主にした落葉広葉樹のミニ林になっているのですが、そこに何と可愛いお客様。

 

「ツッピー ツツピー」と鳴くシジュウカラが2羽来てました。

 

白い頬に胸の黒ネクタイが特徴ですが、胸の黒ネクタイの太さで別できるとか。

 

日本野鳥の会に所属されている友人が薦めてくれたハンディ図鑑にて確認。

 

なお、この林の一角には…

コナラの葉の影というか

 

葉を巻き込むように作られた

 

蜂の巣。落ち葉が落ちるまでその存在に気付かず。

蜂って怖がるばかりのイメージですが、畑の作物を食べる幼虫などを狩ってくれる優秀なハンターでもあります。

多様な生きものが棲める場所を目指しているので、今後とも大歓迎ですが、気づかぬうちにプスリとだけは勘弁