学ぶべきもの。
今回、坂出に行ってきて凄く勉強になった事がいくつかある。
・担ぐ時の並び方
これは正直驚いた。あまりにも当たり前すぎて、何で今まで気が付かなかったんやろ?状態である。
背の高い人が前後の先端に並び、そこから背の順で掛け布団のほうに背の低い人が並んでいく。
たつ棒のしなりなどを考えたら、全く当たり前の事である。
あと、上に乗る人が各かき棒の人数を数えて、均等に割り振る。
「左の前に2人行ってー」みたいな感じだ。
人がいないと担ぎ出さない。徹底している。
ちょっと琴平は、適当に集まって、適当に担いでた感がある。
・他のところのちょうさの応援
これも結構多くの人が、応援に駆けつける。
かき棒の真ん中(内側)は、違うはっぴがかなり多い。
必ず、「中お願いします」とかって声をかけて手伝ってもらっている。
気持ちよく手伝う事が出来る。
琴平にはあまり無い光景だ。
・“魅せる”と言う意識
“魅せる”という意識が格段に高い。
琴平は、勝手に集まって、適当に担いで、差し上げて満足している。
しかし、最もちょうさが美しく見える為には何をすべきか?が足りてない気がする。
とりあえず、他のちょうさが担ぎ出したら太鼓を止めるべきだ。
見るべきだし、聞くべきだし、感じるべきだ。
あと、持ち上がらないのだったら、誰かに手伝ってもらうべきだ。(内側でね)
上がらないちょうさを見るほど悲しいものは無い。(大げさやな)
とりあえず、この三点はすぐにでも実行したいと思い、書いた。
他にも色々とあったが、身近でちょっと考え方を変えるだけで出来るカンタンな“改革”を提案してみた。
参考になってくれたらな~と思う。
高藪は、来年からこれらを導入しようと思う。
とりあえず、他のちょうさが担ぎ出したら太鼓を止めるべきだ。
↑これは是非みんなに協力してもらいたい。
交流戦4。
さて、ここまでアホみたいに書いてきたが、交流戦を行うには様々な問題点がある。
・たつ棒の長さの統一
たつ棒の長さが違っていたら結構キツイのではないか。
完璧にそろえなくても、ある程度の長さ制限なり何なりが必要だと思う。
・祭りが違う
春日さんとこんぴらさん。確かに祭りは違うのであるが、同じ町内の同じちょうさの祭りである。一緒に担いだりぶつけ合ったりする事自体、問題は無いと思う。
榎井に花を集めにいっているのに、今更それはおかしい。
・ドコが運営するのか
今まで、琴平は琴平、榎井は榎井で運営をしてきた。それらを統一する機関が無いので動きにくい。有志で合同実行委員会みたいなものを作ってもいいが、正式なものを作るのは至難の業だし、全太鼓台が参加するとなったら大変な事である。(個人的な希望としては、町が動いてくれるのが、一番きれいで納得がいく)
とりあえず、今回はこの三点を書いておく。
まだまだ問題はある。
他にこれが問題だ!という事があったら、掲示板、コメント、メールなどで教えていただきたい。
交流戦3。
私の本当にしたい改革は、まずは旧町内から。
高藪、阿波町、金若、西山の総当りである。
前にも言ったが、昔は仲間意識なんかがあったりした為、無理だったと思うが今なら可能である。
それにケンカと言っても、ちょうさのケンカなんだから仲間とか関係ないと思う。
あくまでも、壊しあいではなく力比べなのだから。
これは旧町内における交流につながる。
ケンカをするとなったら相手のところと話をする。
話をしたら知り合いになる。
そういうコミュニケーションが大事だと思う。
今のところ、同じ旧町内であってもあまりつながりは無い。
榎井の前にまずは町内だ。
そして総当りをして1位のところが、来年の10月1日の夜に榎井の1位と西駐車場でケンカをする。
もの凄くスリリングだ。
勿論、この話でいくと榎井も何かで順位をつけなくてはならない。(総当りか?)
前座として2位同士もケンカをする。
こうなれば、1日にケンカが出来ることが誇らしくなってくる(私だけか?)。
そうしたら1番強いところ決定戦みたいになって、面白いと思う。
そして4年に1回、琴平対榎井、4台対4台の対抗戦をする。
これもスリリングだ。
阿波町を高藪が、金若が西山を応援するという、前代未聞の光景が見ることが出来る。
ざ~っと書いてみたがどうだろう?
かなり賛否両論なカンジはする。
しかし、これはあくまでも私の理想である。
次回は上記案の弊害、問題点を書こうと思う。
交流戦2。
では、具体的にどう交流すれば良いかというと・・・。
とりあえず身近なもので言えば、10月1日の夜の西駐車場でのかき比べであろう。
これはちょっとした事で可能である。
大した努力は要らない、ちょっと考え方を変えればOKだ。
あとは交流ではないが、榎井、琴平のケンカをお互い見たいだろうから、時間の調節なんかはどうだろうか。
せっかくお互い隣同士でお祭りをしているのに、見ることが出来ないのは殺生だ。
私が中学校の頃は、榎井のケンカももっと早い時間にやっていた。
平気で榎井、琴平のダブルヘッダーをやっていた。
これは単に榎井の時間を早めろと言っているのでは無く、昔はこうだったと言う話である。
(でも現実的に考えたら、榎井の時間を早めろと言っている様なもんか・・・夜のちょうさが好きな六さんには酷な話だな。)
ちなみに、祭りが違うから交流は駄目とか言う人がいるが榎井に花を集めに行っていて、今更それは無いだろうと思う。
・・・ここまでは、あり得る話なのだが、ここから先は私の理想論。
頭のかたい人にとっては、全くありえない話だろう。
もったいぶって次回にしよう。
交流戦。
このコーナーでは琴平のちょうさの「こうなったらいいな」を改革案という、えらそうなタイトルでやろうと思う。
まずは、みんな大好き。はらはらドキドキ“ちょうさのケンカ”だ。
琴平のみんなは(特に若いし)絶対こう思っていると思う。
“他のちょうさとケンカしたい”
いい加減、いいだろう?
特別な決まりはないし、そんな問題も無いと思う。
ただ昔からの慣習でやってきているだけだと思う。
昔には昔なりの理由があったと思う。
西山と高藪、阿波町と金若は仲間で、助け合ってたらしい。
しかし今となっては、“ウチの人間以外は触らないで”みたいな雰囲気だ。(それはそれでいいと思う)
個人的な繋がりによる助太刀はあるみたいだが、太鼓台同士の繋がりは全く無い。
もう、そろそろ時代の変化と共に変えて行こうではないか!
プロ野球も、セパ交流戦が行われているし、プロレスも新日と全日が交流している。
琴平も榎井と交流してはどうか?
いや、すべきだと思う。今までしてない方がおかしかった。
同じ町内の、同じちょうさの祭りなのに。
祭りが違うとか何とか色々あるが、それは個人個人の気持ちの問題であってちょうさ本体をぶつけ合う事に問題は無い(はずだ)。
長くなってきたので、次回本丸の改革案を。
よその“ちょうさ”の手伝い。
このコラムでは色々な事を書こうと思っている。
今回は(というかこのシリーズは)ちょうさにおける自分なりのルール、
「トラジ的ルール」を述べたいと思う。
まずは、「よその“ちょうさ”の手伝い。」である。
私も毎年、榎井に手伝いに行っている。(暴れにではない!)
そこでの自分なりのルールなのだが、
・必ずはっぴは脱ぐ。
よそのはっぴが混ざっていたら見苦しい為、必ず脱ぐ事にしている。
そして私服も厳禁で、胸当てなどの“ちょうさ”の正装を心がけている。
・なるべく真ん中でかく
上記の流れになるが、その太鼓台のはっぴがよく見えていたほうがキレイな為
かき棒の真ん中に入り、目立たないようにしている。
・人数の多いところには行かない。
手伝う必要が無いところには、なるべく行かないようにしている。
だいたい東中は少ない為(同級生が何人かいるのもあるが)、毎年手伝っている。
六条もナリという目の細い友人がいる為、手伝っている。(何年かちょうさで姿は見てないけど)
あと、上に乗らないとか、暴れないといった当たり前のことはトラジ的ルールでは無く
みんなのルールなので書かない。(えっ、書いてるって?)
太鼓の叩き方 2
前回のを軽くまとめると、ケンカの時の“太鼓叩き”は非常に重要な役目であり、
サッカーにおける司令塔。
中村俊輔や中田英寿、ベッカムやロナウジーニョのようなものであると言える。
(余計ややこしくなった気がする。)
すなわち、どういう人間が適しているのかと言うと・・・
・リズム感がある人。(きちんと太鼓が叩ける人)
・適切な状況判断が出来る人。
・日中から参加していて、ちょうさの流れが分かっている人。
・総代の言う事を聞ける人。
・信頼のおける人。
必ずではないが、こういう人が適していると言える。
あくまでも個人的な意見であるが。
今年、ケンカを見る際には“太鼓叩き”にも注目してもらいたい。
あらゆる場面で適切な太鼓が叩けているか否か・・・。
そして、下から言われている文句にどう対応しているのか・・・。
あと、どういうタイミングで太鼓を叩きに行けば自然に担ぐ時に叩けるのか。
・・・毎年競争なのである。
太鼓の叩き方 1
“ちょうさ”と言えば、やはり太鼓が基本である。
だから太鼓についてちょっと考えてみようと思う。
まずは、“ちょうさ”バカ共のメインである“けんか”の時から考えてみたいと思う。
私が考えるに、太鼓は“ちょうさ”の心臓である。
ケンカの時とかに「下がった方がいいな~」ってときも、太鼓がイケイケだったら行ってしまう。
頭よりも体が反応してしまう。
これはしょうがない。
特に、ケンカの時はみんな興奮している上に、騒々しいので声が通らない。
そういう時はやはり、太鼓の音を頼らざるを得ない。
その為“太鼓叩き”が適切な判断をしないとえらい目にあってしまう。
だから、“太鼓叩き”というのはそれだけ大切なポジションである。
サッカーに例えると、総代が監督で“太鼓叩き”は司令塔、キャプテンのような役目、
要するに“ピッチ上の監督”のようなものである。
大げさな例えかも知れないが、あながち間違ってないと思う。
<・・・続きは次回>


