たからしげるブログ

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つれづれ思うことどもを不定期で発信しています。

 まだ若くて、小説の書き方も何も分からなかったころ、といっても、いまなお、小説の上手な書き方を身につけているわけではないのだが、何も書いていない原稿用紙に向かって、何かおもしろい話を書いてみようと、手にした鉛筆を何度もくるくると回しては、何を書こうかと呻吟することがよくあった。


 そんなときは、一度原稿用紙から目をそらして、机の前を離れ、紅茶かコーヒーでも淹れてみるとか、掃除機を持ち出して家の中の気になる場所を清掃するとかしてみると、夢を孕んだ卵の殻が自然に割れるみたいに、何か斬新なアイデアが霧の彼方から湧き出してくるかもしれない、という期待が持てた。


 おまえは別に、だれかに依頼されて原稿を書こうとしているわけでもなければ、どうしても書きたいことがあって原稿用紙を前にしているわけでもないのだから、書くなんていう非生産的な行為はもうやめにして、ほかのもっと楽しいことに時間を費やせばいいんじゃないのか、というだれとも分からない者の声が聞こえるときもあった。


 そういわれても、もっと楽しいことなんてあったのかどうか、あったとしたら、自分がいま書きたいと思っていながらなかなか書けない小説を見事に書き上げた後、それを上回るほどおもしろい作品を見つけて読みふけるといった行為だったかもしれない。


 そんな作品は、広い読書世界にはごろごろ転がっているだろうことはよく分かっていても、そんな現実の壁を打ち砕いてやるんだ、みたいな心意気で原稿用紙に向かっているわけだから、そう簡単に理想への旗を降ろすわけにはいかなかった。


 台所で淹れた紅茶の湯気の立つカップを手に部屋に戻ってきて、ふと気がついたのは、机の前にあるだれも座っていないはずの椅子に、どこからどこまで瓜二つのもうひとりの自分が座っていて、原稿用紙に向かって懸命に鉛筆を動かしている姿だった。

 

※このほど重版が決まりました。おかげさまで売れています。

 

 

 

 

 

 

 

 大抵の職場には、部下から忌み嫌われる上司がいる。


 なぜ、忌み嫌われるのだろう。


 その多くの原因は、部下の行動を自分流の方針に基づいて従わせようとするからだ。


 自分流の方針とは、一見すると、その人が属する組織の方針のように思われそうだが、実際のところはまったく違う。


 その人は、自分の裁量に任された組織の中で、小さな権力を手にしている。


 その権力を惜しみなくふるって、組織を向上させるというよりも、自分自身をさらなる高みに押し上げたいと願望する。


 そのためには、部下が一丸となって自分の立てた方針に無条件で従うことが必要不可欠になってくる。


 ところが、部下にはさまざまな個性の持ち主がいて、だれも上司であるその人の型にはまったクローンにはなれない。


 そこに、綻びができる。


 その綻びのできる理由に気がつかないその人は、自分の方針に従えない部下はダメな部下だと判断して、相手を自分流に従わせるための「教育」を図ろうとする。


 しかし、その人から権力を剥ぎ取れば、だれも受け入れようとはしない「教育」は、無理強いすればするほど、相手から忌み嫌われる要素を膨らませていく。


 そこにその人は気がつかない。


 自分を過信しているからだ。


 では、部下から忌み嫌われない上司とは、どんな上司だろう。


 組織の中で、部下ではなく、常に上層部を変えたり動かしたりするために視線を向けている上司ではないだろうか。


 そうした上司は、部下に細かい規制をかけず、自由な働きぶりを尊重する。


 一方、部下のより働き安い環境を整えるために、上層部に様々な要求を突きつける。


 百人に一人、いるかいないかの上司だ。

 

 

 

 

 

 帯状疱疹の罹患について振り返る。


 5月2日(月)、右側腰痛と右足全体にかけてあやしくじんじんとする違和感があり、点検すると、右太ももの上部に軽く引っかいたように見えるうっすらとした赤い点線が3本と、へその下に小さな赤い斑点がぽつぽつとできていた。


 このとき、腰痛がどこからきているのか分からなかったので、少し不安になって、かかりつけの内科医院にいってしまった。


「どうしました?」


「いきなり腰痛になりました」


「うーん、坐骨神経痛ですかな」


「右足だけ、全体にしびれているみたいで」


 この一言を、医師は聞き逃した。


 ズボンを下ろして太ももとへその下の斑点を見せたらよかったのかもしれない。


 それをしなかったのは、すっかり坐骨神経痛と決めてしまったためだろうか。


「痛み止めを出しておきましょう」


 帯状疱疹がどんな病気かも、そのときは詳しく知らなかった。


 2日後、太ももの赤い斑点が大きく広がってきて、その日、わが家に遊びにきていた理学療法士の義理の息子に見せると、


「これ、右半身だけでしょ。帯状疱疹です。すぐ皮膚科の病院にいってください」


 この日は連休のただ中で、休日担当医は、かかりつけの内科医院しかなかった。


 先日の医師はお休みで、代わりの医師がバルトレックスを処方してくれた。


 この薬、朝夕1錠ずつ7日間飲めば、帯状疱疹のウイルス(かつて患った水疱瘡のウイルスが神経節に残っていて、老化やストレスなどで抵抗力が弱まると暴れ出す)が、同じ領域の神経中枢を侵す前に全滅させてくれるが、飲み始めるのが遅れると、帯状疱疹後神経痛という厄介な病状に転化していく。


 1週間後、皮膚科医院にいったときは、後遺症がすっかり幅を利かせてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 同じ商品なら、少しでも価格の安い店で購入したいと思うのは人情だろう。


 去年の暮れが近いころ、十数年使ってきたCDプレーヤーが故障してしまった。


 稼働中に音が飛ぶ、という症状である。


 せっかくご機嫌な演奏を楽しんでいても、レコード盤から針がとぶような形で、CD盤からも音がずれると、一気に興が醒める。


 プレーヤー内部で、CD盤を読みこむレンズが汚れているのかもしれない。


 機械の中身を点検してみようかとも思ったが、もう一台、娘が家に置きっぱにしているややランクの劣るプレーヤーがあったので、それを使って凌いでいた。


 今年2月17日、英国ケンブリッジ社製のCDプレーヤーAXC25が2万9700円という安値で売っているのをウェブで見つけて、即購入手続きをとった。


 最初、販売先のJ店からは「商品は現在、在庫がなくお取り寄せに少し時間がかかります」とメールで案内されていた。


 2週間ほどがたって、J店からまたメールで「お取り寄せに時間がかかっており、納期は5月以降になります」と知らされた。


 世界中で半導体の入手困難が続いているせいだろうと考え、しょうがないなあ、とは思いつつも諦める気はない。


 やっと5月になったころ、使用中のCDプレーヤーに差し込んだCD盤が、イジェクトボタンをいくら押しても出てこなくなった。


 プレーヤーをCD盤ごと戦力外にした。


 先日、改めてJ店に納期の見込みをメールで問い合わせたところ、すぐに返事がきた。


「納期は8月以降になります」


 6月7日現在、当該商品のウェブ各商店での税込み価格は、下は3万6630円から上は11万4000円にまで及んでいる。


 仕方がないから、音飛びプレーヤーの中身を開けて、レンズを綿棒で拭いてみた。


 あっという間に音飛びがなくなった。

 

 

 夜遅くなって家に帰ろうと思うのだが、電車がもうなくなっている。


 社に戻って、乗り合いタクシーを利用してもいいのだが、何だか面倒くさい。


 仕方がないから、中野の実家にいこう。


 いつ電車に乗ったのか分からないけれど、気がつくと中野の駅前まできている。


 南口にある交番を右手に過ぎて、線路に沿って一方通行の緩やかな上り坂になった夜道を歩いていく。


 目の前に、鉄筋コンクリート造り4階建ての、古色蒼然とした集合棟が見えてくる。


 実家がある2号棟は、この1号棟の奥、つまり南側に並んでいる。


 真夜中の、月も星も見えない駅前団地の敷地内を静かに歩き、2号棟を眺める。


 どの家の窓も、真っ暗だ。


 と、気がつく。


 実家に、人はもう住んでいなかった。


 ひとり住まいをしていた母は、とっくの昔に、この世を去っている。


 どうしてここにきてしまったのだろう。


 母がいなければ、家には入れない。


 でも、ポケットを探ると、鍵がある。


 まちがいなく、2号棟の226号室の鍵だと分かる。


 足を前に進めて、2号棟の狭い階段を上がり、いまはもうだれも住んでいない226号室のドアの前までたどり着く。


 鍵を差し込んで右に回すと、快い音をたててドアが開く。


 家の中は、底なしの真っ暗だ。


 手探りして歩いても、どこに何があるか、まったく分からない。


 と、遠くのほうに、小さな光が見えてくる。


 光に向かって歩きながら、忘れていたことにまた気がつく。


 団地はすでに丸ごと壊されて、いまは新しい高層ビルが建てられているところだった。


 光がまぶしくて目がさめる。

撮影・村山彰

 

 

 ものを成すことは喜びであり、苦しみであり、一息の幸せをつかむための試練である。


 目標を立てて、どのようなルートをたどって達成するかは、登山にも譬えられる。


 世の中には様々な山がそびえている。


 受験しかり。


 入社試験しかり。


 資格試験しかり。


 作家の場合は、作品の完成を目指して完全に仕上げるまでが、山への挑戦になる。


 登頂後はまた、だれもが別の山を目指す。


 だが、どの山もそうやすやすと登頂を許してはくれない。


 登ろうとする人は、自分の実力に鑑みて、楽して登れる山を選ばないからだ。


 え、楽して登れたら、それでいいんじゃない? という人がいるだろう。


 楽して目的が達成できれば……。


 楽して金が稼げれば……。


 楽して人生が歩めれば……。


 ここでいう「楽して」は、「努力せず、悩まず、ただ普通に生きているだけで」とでもいい換えられるだろう。


 傍目からは、ずいぶん恵まれているといえそうだ。


 それだけの運や実力を備えているわけだから、幸せ者だと羨む人もいるだろう。


 しかし、本人はどうなのか?


 人生でそれ以上望むものがなくなったら、それを幸せといえるだろうか。


 幸せとは、窮地から脱することだ。


 窮地がなければ、脱する必要もないから、幸せも感じられない。


 幸せのない人生は、幸せじゃないよね。


 生きている喜びは、どこに宿るのだろう?


 というわけで、人は自ら幸せを求めて様々な冒険に挑戦する。


 あの山に登ってやろう、と考える。


 できるだけ登り甲斐のある険しい山に。


 より濃厚な、一息の幸せをつかむために。

先ほど、拝読しました。

 '93年式さん、この度はどうもありがとうございました。

 たいへん心強い応援と受け取りました。

 作家という仕事は、山あり谷ありで、1冊出した本がそこそこ売れたとしても、次の作品が必ず出せるという保証はありません。

 まして、せっかく世に出た1冊に重版がかからないとなると、次の1冊はなかなかお呼びがかからないのが、現在の厳しい出版界の実情です。

 いつか本になるという保証などなくても、書きたいものを書きたいように書き続けていくのが、作家の真髄ではあるのですが。

 知力と体力と、かけがえのない時間を総動員して書き上げた作品は、読者という存在を獲得して初めて、この世に生まれ落ちた価値を見出すものです。

 読者は10万人いなくてもいいのです。

 1万人いなくても、1000人いなくても、いえ、500人いなくても、100人いなくても、10人いなくてもいいでしょう。

 たったひとりでも、その本を読んで何かを感じてくれる人がいれば、作家は「書いた」という実感を噛みしめることができます。

 感想が「つまらなかった」「読まなきゃよかった」「もういいよ」でない限り(笑)、作家は「次の作品も書こう」という希望と勇気に背中を押されます。

 この度は、ぼくの作品を思いっきりほめていただき、本当にありがとうございました。

 現在、行政書士資格試験の受験に挑み、猛勉強の日々を過ごされている'93年式さんが、来るべき日に合格という花びらを目いっぱい咲き誇らせますように。

 心より祈念いたします。

 

 

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 GWの後半に横浜から娘夫婦が孫のS(5歳)とR(9か月)を連れてやってきた。


 普段、横浜の家から市原のわが家まで車を走らせると、アクアラインを通って1時間20分から2時間もあれば到着する。


 ところが、5月3日の午前7時に出発した娘たちの車は、9時、10時、11時、正午になってもアクアラインにさえ入れない渋滞に巻き込まれてしまった。


 娘は昼にこちらに住んでいる幼なじみと会食の約束を交わしていたが、午後1時になっても2時になっても、アクアラインに入れないまま、当然、会食はお流れになった。


 その日、房総半島を目指して恐ろしい数の車が殺到してきている現実に、日本とはいったいどんな国なのかと、瞠目する。


 一家はけっきょく、午後3時半ごろアクアラインを渡り終えて、ファストフード店ですきっ腹を整えて一息つき、わが家に着いたときはすでに5時近くになっていた。


 その日、しばらく前から自覚していた腰痛が激しくなってきていて、前日に訪ねたクリニックで坐骨神経痛ではないかと疑われ、ロキソニンなどの処方薬を飲み始めていた。


 ところが、この日になって、右半身の腰と背中に湿疹のようなものがで始めた。


 よく見ると、湿疹は少しずつ膨らんで浮き出してきており、理学療法士の義理の息子に見せたら「帯状疱疹です」と宣告された。


 帯状疱疹は幼いときにかかった水疱瘡のウイルスが神経節に眠っていて、過労や老化、ストレスなどによって覚醒する。


 翌4日、休日当番医から薬をもらったが、新たなストレスは避けられない。


 5日に元気いっぱい帰っていった孫Rは、水疱瘡の抵抗力ゼロだから、祖父の持つウイルスに感染したかもしれない。


 在宅中は接触を控え、マスク対策をとったものの、今後、潜伏期間が終わるまでの約2週間、祖父のストレスが続く。

 先日、家の近くをぶらぶらと散策していると、路傍に植えられた花が咲いていたので、横目で見ながら通り過ぎた。


 人は花の美しさに心を癒される。


 花はそこに咲いていて、歩行者に呼びかけたり、話しかけたりしてこない。


 話しかけるのは、歩行者のほうだ。


 きれいだな、とか、春だな、とか、ツツジとサツキのどっちだろう? みたいな、一人で歩いているのだから当然、独りごとだ。


 もちろん、そこにきれいな花が咲いていても、まるで気がつかないまま、あるいは気がついても何の興味も関心も示さないまま通り過ぎていく人は少なくない。


 心にあるのは花どころではないのだろう。


 約束の場所に向かっていて、時間と勝負している人。


 複雑な問題を抱えていて、解決の仕方をああだこうだと考えている人。


 花を花とも思わずに、流れる景色の一部として、ただ見過ごしているだけの人もいる。


 ほかにも、いろいろな理由が考えられる。


 もし花が、そばを通り過ぎる人の心を読むことができたら、どうだろう?


 この人はいま――。


 晩ごはんの献立は、トンテキにするか唐揚げにするか考えているんだな。


 家のドアにしっかりカギをかけてきたか、ガス栓はしめたか、思い返しているぞ。


 月末締め切りの営業の仕事をうまく進めるための作戦を練っているみたい。


 この頃うまくいかなくなって、争ってばかりいる相手と別れる方法を検討しているね。


 宇宙の果てっつーか、事象の地平線の向こうには何があるんだろう、と思考中。


 人は悩みの多い動物だ。


 なぜ、悩むのだろう?


 少しでも明るく、納得ができて、生き甲斐のあるあしたを手に入れたいからだろう。


 悩めば悩むほど、強く大きくなれる(んだろうな)。

 

 

 

 

 ロシアがウクライナに侵攻(2月24日)してから一か月半が経過した。


 多くの兵士が多くの兵士を殺してきた。


 ロシアの兵士もウクライナの兵士も、敵と味方に分かれて、お互いに殺し合ってきた。


 兵士ばかりではなく、武器をもたない一般市民も多数、巻き添えになってきた。


 大人も子どもも、男も女も、乳児もお年寄りも、見境なく殺されていった。


 ウクライナの多くの都市が焦土と化して、身の危険を感じて避難した多数の市民は国外に脱出して難民となった。


 人はなぜ、人を殺すのだろう?


 その最大の動機は憎しみなのか。


 だが、憎しみで人を殺せば、新たな憎しみがやがて芽生える。


 殺された人には父がいて母がいる。


 殺された人には祖父や祖母がいる。


 殺された人には夫や妻がいる。


 殺された人には子や孫がいる。


 殺された人には知人、友人がいる。


 殺された人には同僚、仲間がいる。


 殺された人には、その人を殺さないでと願うだれかがいたはずだ。


 殺したほうはどうだろう。


 殺した人にも、人を殺してはいけないと警告する良心があったはずだ。


 生まれながらに備わっていた良心が。


 良心は、どこへいってしまったのだろう。


 戦争という環境が、人の良心に呪いをかけて、心を鬼に変えさせたのだろうか。


 いや、もともと鬼の心を持っていた人が、環境の変化で良心を失い、自らの鬼を露呈したといったほうが正しいかもしれない。


 戦争では、国や仲間や家族の命を守るという大義名分で、人が人を殺していく。


 理性と良心は忘れ去られる。


 人類はいまも、戦争という究極の環境下では理性と良心を失って、同胞を殺す下等動物としての本能を露わにしている。