takacciの「見た・観た・聴いた・読んだ」

takacciの「見た・観た・聴いた・読んだ」

音楽に関すること、観たこと、読んだことへの感想などを書いていきます。(文中敬称略) 2019年4月より別サイトで掲載していた写真の記事も同居させましたが、20年7月に元に戻しました。

本ブログの無断転載はお断り致します。

日時: 2023年11月5日(日)14:00

場所: ミューザ川崎

曲目: 芥川「交響管弦楽のための音楽」、久石譲「交響組曲魔女の宅急便」、Jシュトラウス「こうもり」序曲、Rシュトラウス「ティルオイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」

指揮: 酒井敦

 

前日午後二つあった私の好きなド古典派プログラムの演奏会を振り切り、日曜のこの演奏会に決めた。その二つの演奏会の曲目は今の心境には重すぎたし、以前聴いて軽い印象だった芥川の別の作品が聴けるのと、YouTubeなどでよく見掛けるようになった作曲者指揮による海外でのジブリコンサートの曲を生で聴ける点に惹かれたのが決め手だった。二人のシュトラウスの曲は聴いて楽しめればそれでいいや、というくらいの期待。

 

芥川作品は確かに軽く、映画音楽が流れているのをゆったり聴いている、という感覚だった。「宅急便」は意外に硬くて、楽しめないうちに曲が終わった。せっかく参加してるアコーディオンやマンドリンがあまり聞こえなかったのも残念。電気的調整が必要だったかも。「こうもり」序曲は大いに楽しめたが、さてどんな演奏だったか、と自問してもはっきり分からないまま聴いていたようだ。

 

そして普段からあまり聴くことのない「ティル」。これは良さが分からないままの曲であるから、どんな演奏でどのような響きを出すのか、現場で立ち合い、体験して帰ろう、くらいに思って演奏に臨む。するとこのステージはこの日一番の充実度であり、Rシュトラウスをさほど好まない私が強く引き込まれてしまうほどの演奏。こういう驚きがあるからアマオケ通いは止められません。

 

和響(わをん)、レベルが高かった。上手だ、という印象のオケ。プログラムからはどんな方々が集まって活動してるのか分かりにくかったけど、また聴いてみたい楽団です。

日時: 2023年10月22日(日)14:00

場所: 第一生命ホール

曲目: 武満徹:弦楽のためのレクイエム、別宮貞雄:木管五重奏のための日本組曲第1番、伊福部昭:交響譚詩、シューマン1「春」

指揮: 小出英樹

 

この日は芸術の秋の休日ということで数多のコンサートが催され、いつもならどれに行こうかと散々迷うところを、武満の弦楽のためのレクイエムを聴けるという点ですんなり「これだー!」と決まった。何度かFMで聴いたことがあるはずだが良さは分からず仕舞いだったこの曲、傑作だと言う人も多いのだから是非とも理解したいと思っていた。放送で聴くのと生演奏は違うだろうから行くべき、とも思った。舞台ばえのする伊福部作品も聴けることだし、アマオケとしては少しだけ高い入場料金は気にすべきじゃなかった。

 

武満はなかなかの曲だと初めて分かった。途中で響きの密度が下がるところが散見され、これは楽団が付いて行けていないところと私は感じた。正誤は不明。

別宮の木管五重奏はプレコンサートを聴いているような雰囲気で、曲はNHKがドキュメンタリーで使う明るめのBGM風だった。

伊福部の日本譚詩は期待通り聴き易く乗りの良い曲だったが、楽団が隅々まで気の通った演奏ではなく、バランスも良くなかったので、大感激とまでは行かなかった。

シューマン、健闘するもやはり細部の仕上げが粗い気がした。

日時: 2023年10月29日(日)13:30

場所: ミューザ川崎

曲目: エルガー・南国にて、エニグマ変奏曲、交響曲1

指揮: 寺岡清高

 

パートのバランス、音程、音楽性、技量、いずれも高く、あまり知らない曲である「南国にて」を聴いていても、曲は分からないながらも「いい響きだなあ」と思えた。

エニグマでは「もしかするとこのまま最後まで楽しめてしまうかも」と思うくらいに曲が素晴らしく感じる部分もあって、何回も聴いては理解できずにいた自分の壁を乗り越えられるか、と期待したのだが、惜しくも途中から聴く集中力が切れてしまい、一部うとうと。

交響曲第1番は三曲の中で一番楽しんで聴くことができた。2楽章の途中から3楽章の前半くらいに掛け演奏に付いて行けなくなりうとうとしてしまったが、やはりよく響く美しい演奏を楽しんだ。聞こえるべき旋律(動機?)がたくさん同時に鳴ることの多い曲、と認識している曲であるが、そういう場面でどの旋律がメインなのか、分かるように調整されていたらより深く楽しめたのではないか。

日時: 2023年10月15日(日)14:00

会場: 船橋市民文化ホール

曲目: ベルリオーズ「ローマの謝肉祭」序曲、デュカス「魔法使いの弟子」、コルサコフ・交響組曲「シェエラザード」

指揮: 梅都(うめづ)優子

ゲストコンサートマスター: 佐藤直樹

 

初めての楽団を初めての会場で聴いた。多少残響が少なめの会場のように聞こえた。

未就学児の入場可としており、その方々のための席(親子席)が一階最後方に設けられていた。泣いたり叫んだりするようだったらロビーに連れ出しそちらのテレビで見てください、とも案内あり。実際には演奏が始まっても小声のおしゃべりが聞こえる程度で、大騒ぎは無かった。演奏会場こそ音楽に一番集中し、真剣に向き合える場所、と思っている私には小声のおしゃべりであっても迷惑だが、我慢できる程度のものだった。入場無料の上、自分たちはこうやる、と明言しているのだから、嫌なら次から行かなければそれで済む問題だ。

休憩時間になると親子席にいた小児が付き添われながら、「ママー、ママー」と言いつつ舞台に向かい、どうなるのかな、と見ていると(たぶん)ママが楽器を片手に客席際まで出てきて握手していた。いつでもよそよそしい雰囲気のするのがクラシック演奏会の休憩時間ではあるが、アマチュアであれば親子に限らず客との交流の場にするとか、考えようがありそうに感じる一幕だった。

 

20~50代の社会人、主婦、学生が月に2~3度練習している楽団、との説明がパンフレットに書いてあり、これはアマチュアの音を出す楽団かなと思いつつ聴く。実際は想像していた通りの部分もあれば想像を越していた部分もあった。まだこなれていない感じで、節と節の繋ぎがもたついたり、なんか揃ってない感じが付きまとったり、弦の響きが足りないように聞こえたり。しかし管楽器のレベルが高く、その音色と響きの豊かさが気持ちよかった。楽団としてのバランスは悪いようでもあり、しかし結構良いようにも思われた。そして大事なことであるが、全体として聞こえるべきパートは聞こえたし、従って曲の流れも分かり易かった。

日時: 2023年9月30日(土)13:30

場所: ミューザ川崎シンフォニーホール

演目: エルガー編曲幻想曲とフーガハ短調

    R.シュトラウス 四つの最後の歌

    エルガー・交響曲1

独唱: 坂井田真実子

指揮: 海老原光

 

この日一番行きたくなった演奏会はこれだった。確か一度聴いたことのある楽団。調べてみると第三回アンサンブルコンサートに行っていた。その時の感想を読むと好印象を受けていたし、エルガーの第一番を久しぶりに聴けるのが楽しみだった。

 

海老原指揮者の振り付けは良くて、特に一曲目のエルガー編曲バッハ・幻想曲とフーガは引き込まれる演奏だった。バッハの姿を借りながらエルガーらしさが光っていた。

R.Straussの4つの最後の歌は歌手の低音部が全く聞こえず楽しみようが無かった。

眼目のエルガー1は良い演奏とは思ったもののメリハリが利いておらず、そうなると長大なこの曲では厳しくて、前日までの旅行疲れが噴出して何回も居眠りしてしまった。起きる度に舞台のオーケストラに気付いては「おっと今は演奏会場に居るのだー!」と気づく体たらく。今後はこういうことにならないよう、無理なコンサート通いは慎みます。

日時: 2023年9月27日(水)19:00

場所: 杉並公会堂

曲目: モルダウ、幻想序曲ロメオとジュリエット、ドボルザーク8

指揮: 清水醍輝

 

50年ほど前に「共演」した縁がある私にとって活動が気になる楽団。「teket」で座席指定の埋まり方を見ると、大半が売れてないようだった。それなら一席埋めに行こうと思って杉並公会堂に聴きに行く。しかし当日駆け付けた聴衆も多かったようで、6割くらい埋まっていたように見えた。

往年の低レベルを知る私としては、数年前におっかなびっくりで聴きに行った定期演奏会で見事な演奏を聴いて仰天し、その後は出来るだけ聴きに行くようにしていたのだが、前回聴いたときは優秀な上級生が卒業したためか精彩を欠く演奏だった。今回はどのくらい変わったのか、「そんな短期間に上達しないだろう」と予想しつつも興味津々で行く。

すると、モルダウ、幻想序曲ロミオとジュリエットは清水大輝とのコンビが絶妙で、マジックのように入り組んで巧妙な音色を次々に繰り出し、驚くほど見事だった。そしてバランスが良く聴き易かった。いやはや、聴いてみなければ分からないですねー。

しかしメインのドボルザーク8では多人数のバイオリンと旺盛な金管が大音響で木管を塞いでしまいバランスが悪かった。それで少し単調になったかも。

次回は4月とのこと。メインがカリンニコフ交響曲1。うーん、迷いますー。

日時: 2023年10月7日(土)13:30

場所: 大田区民ホール・アプリコ大ホール

曲目: ニールセン・序曲ヘリオス、シベリウス・交響曲7、2

指揮: 山上紘生

 

例によって最終的に聴きに行くことにしたのは当日の朝。入場券は行きの電車の中でTeketを通じて自由席を購入。当日窓口を通しての販売はないとのことだし、万が一満員になっていたら困るから、最近は出来るだけ「事前」に買うようにしている。

 

序曲「ヘリオス」は確か聴くのが2度目。オーケストラが上手で、そのうえどのパートが主役なのか分かりやすい演奏で、初めて聴いたときには印象の薄かったこの曲を最後まで集中して聴けたことに感謝したい。

 

シベリウスの第7番もたくさん鳴っている楽器の中からどのパートが聞こえるべきなのかがはっきりしていて、いつもであればこの曲の途中で聴く集中力が切れてしまう私でも驚くほど付いて行けた。連続して演奏される四つの楽章の境目が初めて分かったのは収穫だった。しかしそれでも終盤は集中が切れていたようで、目を閉じ別のことを考えていたときに演奏が終わってしまった。最後まで付いて行けず残念無念。もう少しだったのになあと思う。

 

メインステージの第2番の方は感激することを予想していて、実際その通りになった。映画で言えば寅さんシリーズで「ここで来るぞ、来るぞ」と構えていても可笑しくて笑ってしまうのと同じように、盛り上がる前に「来るぞ」と察せられても乗せられてしまう。こういうところが嫌で頻繁には聴かないようにしている曲だ。それでも感激した。特に終楽章。また、この曲の前に第7番の演奏を聴いていたせいか、いつもなら何をやっているのか良く理解できない第1~3楽章でも「これはシベリウスの『らしさ』なのだ」と納得出来たりもしてしまった。

 

かくして、上手なオーケストラがまたひとつ増えた現場に居合わせることが出来た。結構結構。

 

指揮の山上さんはオーケストラ・ノットで聴かせていただいて以来だったけれど、今回は一回り大きくなられたように感じられ、喜ばしかった。

日時: 2023年9月10日(日)13:30

場所: めぐろパーシモンホール大ホール

曲目: ラフマニノフ・ピアノ協奏曲2、マーラー「巨人」

独奏: 佐藤彦大

指揮: 須藤裕也

 

ラフマニノフはじっくりと大枠を外さない独奏で、ゆっくり楽しむことができた。実は繋ぎの部分などをはじめ、細かいところのストーリーがどうなっているのか分からないまま聴いているのが私の現状であり、超有名でロマンチックなテーマの人気曲であることは疑いないけれど、今回の演奏を聴いてもその点における私の理解は進まないままだった。

 

マーラーはいつの間にか私のお気に入りになってしまったようで、この演奏が始まると徐々に演奏の細かいミスはどうでもよくなり、特に終楽章では「このまま終わらないでくれー」と心の中で願うほど浸りきってしまった。マーラーなら幾ら長時間でも聴いていられるような気になっていた。

何とも幸せな時間を過ごせたことに感謝する。

日時: 2023年9月2日(土)14:00

会場: ティアラこうとう大ホール

曲目: 魔弾の射手序曲、コッペリアから抜粋、運命

指揮: 石毛保彦

 

医師として10数年働いた後指揮の道に飛び込んだという指揮者の、急がない、じっくりと守るテンポに支えられた終始楽しめるコンサートだった。管楽器の「入り」の音が決まらない感じはあったが、全体としてはゆったりと楽しませていただいた。

一番楽しめたのはコッペリアからの抜粋。運命は第一楽章の運命の動機によるドライブ感が迫ってきて新鮮に聴けたのだが、さすがに聴く機会がとても多い曲であり、次第に新味を感じなくなった。

日時: 2023年9月18日(月・祝)13:30

場所: すみだトリフォニーホール

曲目: ワルキューレの騎行、R.シュトラウス・組曲「薔薇の騎士」、ブラームス2

指揮: 阿部未来

 

ワルキューレの騎行を聴くにあたってはプログラムに書かれた「ごあいさつ」中のマニアックな「推し」が大いに役立った。金管によるワルキューレの動機はもちろんのこととして、木管のトリル、バイオリン、ヴィオラによる32分音符の下降と上昇の音符群にも注目してほしい、とのご指摘は、それを意識して聴いたら面白さ3倍くらいの感覚だったから、何とも有難かった。

 

薔薇の騎士では初めてこの曲のストーリーと言うか全体像が浮かんできて、このくらい上手な演奏でなければ良さの分からない曲だったのだ、と大いに納得。もっと分かりやすく音響をコントロールすることも出来るのではないか、と思わないでもないが、指揮者の巧みなリズム処理と音作りに驚嘆。今後この曲を聴くときに指標或いは参考になる演奏だった。ワルツが執拗に姿を変えて繰り返されるところは「ラ・ヴァルス」によーく似てるなとも感じた。時代的にも近そうだ。

 

ブラームス2は出だしのコントラバスの響きを耳にしただけでもう、「この演奏は良くなるに決まってる」と思えた。この感じは第一楽章を通じて続き、この曲の良さを初めて理解させてくれる演奏だと思った。第二楽章でもそういう感じは弱まりながらも続いた。どれとどれが主題であり、どのように姿を変えて曲が進行しているか、という点さえ明瞭な演奏だった。この調子で行くと、この交響曲全体の良さをついに理解できるかも、との期待も高まった。しかし私の集中力が続く限界が来たのだろう、終盤に近付くにつれ、単に音楽に浸って居るだけとなり、感激が引き潮のように減って行った。いつものことながらこの曲のコーダにはまんまと乗せられてしまいにぎにぎしく聴き終えたのは確か。

 

いやー、都民交響楽団、素晴らしいです。東京文化会館を離れたり(?)、指揮者に異動があったり(私の気のせいかも)する中でこのレベルを保っているのは凄い凄い。