酒とバラの日々 -63ページ目

ゴーヤのピカタ

今日は研修中、座っているのに若干貧血のようにクラクラしてきたので、

これはいかん、と早速夕食でレバニラ作って鉄分補給を行いました。

それから、久々に切り干し大根と厚揚げの煮物。

優しい味に仕上がり自分としては大満足。


最近あまりに暑いので、夏的なレシピが多い。

この前我が家でお酒の肴として出し、だんなサマが大層気に入ってくれた品はゴーヤのピカタ。

ピカタって何だっけと思いながら、ふっと思いついて適当に作った割には確かに美味しかった。


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ゴーヤの苦味は夏の味。

外は雷雨で大荒れの模様。

本格的な夏なのですね、もうすぐ8月。



ポルトガルのおじいさん*10/2

道に迷って途方にくれていたわたしたち。

路地裏坂道で、地元のおじいさんに出会った。

これはもう道を聞くしかない!と早速地図で目指す駅を指し迷っていることを伝える。

なんとなくニュアンスで、メトロの駅を目指しているということはわかってくれたみたい。

そしてジェスチャーで「ついてこい!」とのこと。


「ああポルトガル人はやはりどこに行っても優しいのだ!」

と感激し、夫婦2人で安心してついていく。

おじいさんの話は止まることを知らずその口からは流暢なポルトガル語が次から次へと出てくるのだが

正直さっぱりわからない。


ポルトガル語わからないよー、と伝えるが

所詮ポルトガル語しか話せないポルトガル人と日本語しか話せない日本人との会話

伝わるわけもなく・・・


おじいさん、全く英語が話せないらしく、わたしたちのカタコト英語ももはや役にたたず。

役にたつのはもはやジェスチャーのみ。

おじいさんが銃をうつ真似をしている。

どうやら戦争の話をしているようだ。

20%ぐらいしか理解できないのだが、日本の話をしているようだ。

よくわからないから日本語で話す。

向こうもポルトガル語でひたすら話している。

なのに何か心はつながっている。

おじいさんは一生懸命何かを伝えようとしている。

その何かを知りたくて、見ず知らずの異国のものたちに、ここまで話をしてくれるおじいさんの気持ちがとても嬉しくて、理解しようとするのだが…やはりわからない。

でもこの時間がとても楽しい。

見知らぬ街の坂道をポルトガルのおじいさんに連れられ行く日本人2人。

きつい坂道、つらいよーとおじいさんに言うと、おじいさんは自分の自慢の足をたたいてウィンク。

20代後半の私よりも、おじいさんのほうが足腰が強いとはどういうことだ。

毎日坂道を当たり前のように登りくだりしているおじいさんには、こんな坂道へっちゃらなようで

油断していると置いていかれる。

でもおじいさんはとても優しくて、わたしが遅れると「ベラベーラ」とポルトガル語で何か語りかけてくれる。

ニュアンス的には「女性にはやさしくしなきゃね」と言っているようにとれる。


しかし途中で大変なことに気付いた!おじいさんが目指しているのは駅ではない!!!!

わたしたちは必死におじいさんに「目指しているのが駅であり、駅につれていってほしい」と伝える。

が、おじいさんは「わかってる!わかってる!でもね・・・」と何かを必死につたえようとしている。

このやりとりをもう何十回と繰り返して、やっとわかったこと。

それはおじいさんが私たちに何かを見せてくれようとしていること。


そしてここでとうとう、これまで耐えてくれていた雨雲が、とうとう我慢できずに雨を降らせはじめた。

雨も降りはじめたのでわたしたちは早くメトロに乗りたくなり、おじいさんとはここでお別れしようか、と話し始めた。

2人とももう疲れ果てていたので、本当に迷ったのだが、メトロの駅が見えたところで

おじいさんがどうしてもどうしてもと言って腕を掴むのだ。

この腕まで振り払って駅に行けるわけがなかろう(案内してもらったのに)

というわけで、我らは腹をくくって、おじいさんについていってみることにした。

もうこの雨の中、びしょぬれだし、ここまできたらもうどうなってもいいだろうという決意。

(一瞬、旅先で風邪をひくのは嫌だな、なんて思ったけれど。)


おじいさんに着いていく我がだんなサマ。

わたしはもうトロトロと、数歩後ろをついていく。

すっかり意気投合した男2人を眺めつつ、まってくれーと歩くわたし。

(おじいさんは時々後ろを振り向いては私を心配してくれていた。わたしは「大丈夫だから先にいってて」とジェスチャーで伝える。)


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そして元気なおじいさんの歩みがそこで止まった。

「さあ見るんだ!」とばかりにわたしたちを誘う。

そこにはまるで低空飛行の飛行機から見たかのようなポルトの風景が広がっていた。


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驚くほどの高台。

なんと美しい風景。

鳥にでもなったかのような気分だ。

綺麗だ綺麗だとは思っていたけれど、こんな高い場所から、ドン・ルイス1世橋よりも高い場所から

この街を見ることが出来るとは。

そしてこのドウロ川を見れるとは。


おじいさんは景色に感動する私たちを見て、とても得意気に何かを話していた。

きっと「すごいだろう?この街は」とでも言っていたに違いない。


おじいさんは、見ず知らずのどこの誰かもわからない東洋人と、ただ坂道で出会っただけだというのに

この景色を見せるためにこんなところに連れてきてくれたのだ。

おじいさんが見せてくれたポルトの風景。

最高のプレゼント。

わたしはこの出来事を絶対忘れない。

このおじいさんを絶対に忘れない。

こんな地球の裏側ぐらいに離れた国から来たわたしたちに、こんなに親切にしてくれたおじいさん。

わたしはこのおじいさんの気持ちを絶対忘れない。

そして、このおじいさんの異国の人に対する温かい優しさを、引き継がなければいけない、と思った。


おじいさん、今も元気にあの坂道を歩いていますか。

おじいさんが見せてくれた風景、おじいさんの気持ち

それらは私の中で、ポルトガルのすべてを表しています。

あの場所でおじいさんに会えて本当によかった。

最後にハグして別れたけれど、おじいさんの温かい体温や、ちょっと汚れていたオシャレなシャツの柄でさえ、

わたしはまだ忘れていないように思う。

夫婦2人のポルトガル旅行での1番のお気に入り写真は、風景でもなんでもなく

おじいさんとだんなサマとのツーショットの写真。

一部の人に、年賀状として送ったのだけれど、送られた人たちはなんだこりゃ?としか思わなかったかもしれないけれど、2007年で1番のベストショットだったから。

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もしもポルトのドウロ川南岸に行くことがあったら、ノッサ・セニョール・ド・ピラール修道院の公園には

ぜひ行って貰いたい。

そこでおじいさんの景色をぜひ、見てもらいたい。

そこにはポルト1番の景色が、絶景が広がっているから。


メトロに乗る頃には、雨はあがっていた。





高校球児の夏が終わり、夏がはじまる

神宮にて高校球児たちの熱戦をビール片手に観戦。

だんなサマの母校、なんと甲子園予選の決勝まで残ったとのことで

急に母校熱が高まったらしく「行きたい行きたい!」と言い出すので一緒に見に来てみました。


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内野席は満席、両校の熱い応援、それを見ているだけで何か胸が熱くなります。

わたしも吹奏楽部で応援に行ってたような…そんな高校時代を思い出したり。

とにかく高校野球、甲子園、は青春の代名詞のようなものに感じます。

この歳になって「ファイヤー!!」とか言って大声で応援することはもうないので、

両校の応援団と生徒たちの応援、そして吹奏楽部の演奏、そんなものが球場に轟いている、

地響きのようにごおーっとくる感じは、それだけで「ああ、いいものだなあ」と感動してしまいます。


見ているうちに、だんだん高校時代を思い出してきたりで、自分の母校でも応援しているかのような気分になり

必死で応援。(だんなサマよりも熱い応援)

結果、応援していた学校は負けたのですが、終わった後はなにかものすごく爽やかな気分になり

帰り道は妙にすがすがしかったのでした。


彼らの夏は終わったけれど、この悔しさは来年に引き継がれるだろうし、

対戦した高校は、それこそこれから本当の夏がはじまる。

去年散々な負け方をした高校というのは、その次の年に悔しさをばねに這い上がってくる。

これはもう、野球だけの話だけではなくて、どのスポーツにでも共通で、

もっというなら人間社会にもあてはまる。

1度地獄を見た人や、1度挫折を思い知った人、1度勝負に負けた人

そんな人たちは、そのときの辛さや悔しさやらいろんな気持ちがあって、

だからこそ次のステージで頑張れるのだと思う。

わたしだってその昔、どうしても都の大会に行きたくて、だけどどうしてもダメで

でも悔しさを忘れずに絶対来年こそは行くんだ!という思いで毎年がんばっていたことを思い出した。

そして都の大会に行けたときの喜びは、何年も経った今でもやっぱりどこかで覚えているもんな、

と自分の青春時代もどきを思い出し、つーんときたりもした。


対戦した高校は、去年とても苦い思いをして負けた経験があるみたい。

それを聞いて、妙に納得してしまった。


これから甲子園児の夏がはじまる。

全国の高校生たちの若くて熱い力、楽しみです。


そして、完全燃焼した!という優勝高からのオーラを感じ

学生時代って、何をするにも完全燃焼なんていう目標が掲げられていたなあ、なんて

これまたふっと昔の時代へトリップしたのでした。

完全燃焼した経験があるのはとても幸せなことだと思う。

わたしもその昔、数回そんな経験をしたように思うから、それは幸せなことだったなと今更思うのです。


がんばれー、甲子園球児。