酒とバラの日々 -30ページ目

やっとおしゃれができます(アメピグ)



アメピグかわいいです。

半信半疑ではじめてみて、やり方もわからなかったけれど

今日イエローブーツとかわいいカチューシャを手に入れたので

少しおしゃれが出来るようになりましたハート

わーい。


でも部屋は相変わらず殺風景。



御苑とサバとイギリスと

実家から帰ってきた日、何か無性に御苑に行きたくなって、

2人でピクニックがてら寄り道したみどりの日。

紫外線とか直射日光を、これでもかと浴びながら

夢中で頬張ったサバ寿司は、伊勢丹地下で買っただけあって、ほっぺた落ちるほどに美味しくて、

大人になってから知ったなあ、晴れた日に外で食べる美味しさって。


だんなサマは昼寝をはじめたので、わたしはイギリス広場の人間観察。

至るところでさまざまな人間模様、家族模様、恋人模様。

何もしないことの贅沢とはこういうことかと。


寝転がると、空がとても広くて、広場も負けてなくて、

東京の空だって、意外と広いものだと、しばし見惚れていました。


酒とバラの日々-20090505_9


酒とバラの日々-20090505_8





























わたしはときどき、これはもう変えられないものだと思うけれど

どうしてかというぐらいに不安になることがある。

社会人になったときから頻度は少なくなったとはいえ、変わらないところだ。

短いスパンの仕事でも、長いスパンの仕事でも、不安なことがあると、それがときどきとんでもない大きさになって

襲ってくることがある。

そして、それを詳しく説明することが難しいので、あまりうまく友達に説明もできない。

最近、その不安が突然襲ってきて、いてもたってもいられなくて

でも考えてもしょうがないこともわかっているので、必死に忘れようとしているのだけれど

やっぱりどこか、心の隅に、その心配が残っていて、よくない。

ただ、仕事で不安になったときに、ひとつ無意識にやっていることがある。

それは、もう今ではとんでもなく昔になってしまったけれど、新人のときの同期の友達たちの働いていた姿を思い浮かべることだ。

同期はたくさんいたけれど、友達になった人たちはみんな、どこか尊敬できるところを持っていた。

仕事に対しても。

彼ら彼女たちなら、私と同じ立場だったらどうしているか?

となぜかときどき、考える。

逃げない姿だけが思い浮かんでしまう。

つまり周りにいた子たちはみんな、そういう人たちだった。

きっとこの状況で、一人でやることになっても

あの人は、この人は、やるんだろうな、となんだか簡単に想像がついてしまう。

それはびっくりするぐらいにあっさりと。


新宿御苑とは全く無関係のことを書いてしまったけれど、

さまざまな人を見ていたら、なぜかそんなことを思って、

そして、横で寝ているこのだんなサマも思い浮かべる一人だったりする。

ずんっと強い芯を持っている人は、何にもブレず、私はこうだから、と強く進むだろう。

だけど私ははっきり言って強くない。

だけど引き出しが沢山ある。

困ったときには、誰かの顔を思い浮かべる。

彼女ならどうするか?と考える。

そして彼女がとりそうな最良の方法の真似をしてみることとする。

私の生き方なんてそんなもんだ。

だけど、自分が強くないかわりに、そういうやり方もある、と考えれば

まあそれもいいのではないかと、開き直ったりもする。


ええとなんだっけ。

何を書きたかったんだっけ。

この御苑の綺麗な緑と空が大好きだった。

けど、それよりイギリス広場の人間模様のほうがおもしろかったのかもしれない。


つまり私は自然を撮ることが好きなのだけれど、

そこにいる人を撮ることが、さらに好きなのかもしれない。


いろいろ考えていても、だんなサマは寝ている。

鼻をつまんでも、嫌がるけど寝ている。

照りつける日光をよけるものは何もなくて、

ただ私は、新宿にいて、なのに名前はイギリス広場で、そしてフランス庭園を眺めてみたりする。


ここは本当にいい場所だ。特に晴れた日は。






雨上がりと虹

社内の引越しでバタバタと慌ただしかった夕方18時近く。

友達が見つけたのは、こんなに大きな虹だった。


酒とバラの日々-20090508_1


↑ニュースの記事よりハート

(私が携帯で撮った写真は消えかけた虹でイマイチなので、ニュースの記事から写真をお借りしました)


たまたま今日は社内の引越しの日で、みんながバタバタと動き回っていて

たまたま1つ上のフロアに引っ越して、

そしてたまたま友達たちが見つけて、

15分しか現れなかったこの偶然の瞬間に、

たまたまこの空を見ることができたこと、

今日この日に虹が現れたこと、

必然なのか偶然なのか、偶然でも必然に思えてしまう。

ドナさんもブログで書いていたように、そう、この偶然の重なりが奇跡的。


反対側の空は綺麗な夕暮れ、東京タワーが美しい、

壮大なマジックアワーの魔法でした。

思わずうっとりと、暮れていく東京を眺めてしまいました。


こんなタイミングで現れたことも、

わざわざ私の席まで来て教えにきてくれたことも、

その虹に行きつくまででも偶然の重なりだから、考えたら嬉しくなっちゃた、

ありがとう。

そして虹はなんだかトクベツ。

とんでもなくトクベツな存在。

いくつになっても変わらない、この特別な感じは。

雷鳴の朝からはじまって、虹の夕方で夜を迎え、しっとりしとしと小雨が降る夜。

席替えもあって、そわそわ落ち着かない不思議な日だった。


使い切った頭も、疲れたからだも、金曜だと思うとそのけだるさも少しは心地よく感じたりして、

寒くも暑くもないこの気候のせいか、虹のせいなのか

どうにもそわそわ落ち着かない。


不安なことだって沢山あるし、自信のないことだらけなのに、

偶然帰りが一緒になった後輩ちゃんと歩く帰り道、そんなに足取りは重くなかったと思う。


虹のせいなのか、虹のせいだろう。

素敵なサプライズだった。

数年前、コンコルド広場に居合わせたアメリカ人が私の横で叫んだ感嘆詞「ファンタスティック」。


あれこそが、まさにあの虹にふさわしい言葉だったと、心の中で密かに決めこんだ、21時の帰り道。