全てのネタが終わり
審査員たちが審査をするために別室に移る。
緊張に包まれている控え室。
結果が出るのを静かに待つ芸人たち。
その間、約三十分。
こんなにも長く感じた三十分はなかった。
時計を見る。
まだ三分も経っていない。
誰一人として会話をしていなかった。
何度も時計を確認する。
進まない時間。
…
…。
そして…
僕たちはスタッフに誘導され舞台上に上がった。
一段と静まり返る舞台上と客席。
「お待たせしました。結果が出た模様です」
司会のアナウンサーがこう告げると会場が異様な空気に包まれた。
審査委員長が舞台上に呼び込まれる。
その手には結果の書いた二つ折りのボードが握られている。
「それでは…」
「結果の方発表したいと思います」
緊張でキーンと張り詰める空気。
舞台上は暗くなり
ドラムロールが流れる。
『ドロロロロロロ…』
ムービングライトが回る。
「まず一組目はエントリーナンバー…」
「うおおおお」
「二組目エントリーナンバー…」
「うおおおお」
「三組目…」
「うおおおお」
名前が呼ばれる度に沸き起こる大歓声。
そして
呼ばれた。
僕らの名前が。
「うおおおおおおおおおっー」
夢にまで見た大舞台に
憧れでしかなかった大舞台に
ついに
ついに…
僕らは立つことになった。
生まれてきてこれ程までに嬉しいかったことはなかった。
鳴り止まない歓声。
僕はその喜びの余韻に浸りながら客席を見渡し、ふと隣にいる相方を見た。
その眼にはうっすらと涙が浮かんでいた。
僕はそれを見て胸が熱くなった。
二十一世紀を目前に控えた十二月の事だった。
僕らのネタは出足が肝心だった。
状況説明という野暮な事はしないで会話で設定と今から起こる展開の前フリを伝えなければならない。
その出足でつまずくとそのまま終わりまでなんの引っかかりもなく最後まで行ってしまう危険性がある。
逆に出足に食いつきがあれば、後は芋づる式に笑いが起こる爆発力がある。
案の定、ほとんどのお客さんが僕らの事を始めて観る人たちだった。
歓声など起こらない。
静まり返る会場。
怖い。
お客さんの突き刺さるような目線が怖かった。
足がすくむ。
舞台上にセッティングをしながら
「食いつけ、食いつけ…」
と何度も口の中でつぶやいた。
そして
ネタが始まる。
それは短くて長い五分間の戦いだった。
緊張で頭の中が真っ白になりそうだった。
ははははっ
笑い声。
笑い声が聞こえる。
「食いついた!」
「よし、いける!」
僕らの想いを乗せたネタ
来る日も来る日もネタ合わせを繰り返した
同期にバカにされながらも止めなかった
ネタ作りに追われ
罵倒され
それでも考え続けたネタ
出る場を失い
俺たちに残された道はこれしかない
絶対に勝ち上がる
その全ての想いを乗せたネタ。
無我夢中で演じ続ける僕たち。
笑い声で答えてくれるお客さんたち
あっという間だった。
ネタ中緊張でずっと足が震えていた。
声も何度か震えた。
しかしやれる事は全てやった。
後は結果を待つのみ。
予選会前夜。
明日は大事な予選会という事で早々に稽古を切り上げ明日に備える。
つもりだった…。
僕は落ち着かなかった。
いろんなものが妙に気になる。
それは、まるでテスト勉強をしようとすると急に普段しない部屋の掃除がしたくなる。学生のそれと似ていた。
僕は普段乗っているバイクの整備が無性にしたくなった。
なぜ今?
明日は大事な予選会。
だけど気になる…
時計を見て、少しだけ、少しだけしよう。
結局
一度いじりだしたら収集がつかなくなり
僕は朝までバイクをいじっていた。
そのまま会場入りした僕は
寝ていないのにも関わらず緊張のせいか全く眠たくなかった。
緊張感のある控え室。
七十組近いコンビが集まっていた。
結成五年未満のコンビたち。
この予選会は誰でも受けれるわけじゃない、
受けれるのは事務所に認められた強者たちだけ。
他事務所の芸人たちと一緒になるのも初めてだった。
控え室に会場の様子が映し出されたモニターがあり、それを食い入るように見つめるコンビ。
モニターから笑い声が聞こえる度に控え室には緊張が走る。
全てがライバル。
みんなが敵同士。
みんな真剣な眼差しで、笑っている者など誰もいない。
控え室のあちこちでネタ合わせが行われている。
口には出さないが、みな一様に心の中では
『スベれ、スベれ』と唱えていた。
心臓が爆発して飛び出しそうな緊張の中
僕らの出番がやってきた。
そして、会議室に呼ばれそこでネタ見せが行われた。
ネタを見ていたのは、この若手の劇場の支配人と養成所の構成作家だった。
この構成作家は養成所時代僕らの名前すら覚えてくれなかった人だった。
二人の威圧感に一瞬ためらったが僕らは用意したそのネタを力いっぱい披露した。
反応は…
まずまずといったところだったが、最後に支配人に意外な言葉をかけられた
「あのネタは?小学生のプールのネタ。あれ面白くって私好きだけどなぁ」
僕らと支配人とは殆ど面識はなかった。
にもかかわらず、その支配人が僕らの事を知っていて、しかも面白いと思ってくれていた。
面白くないんじゃないか?と自信を無くしていた僕らに一筋の光が見えたような気がした。
しかし問題が起こった。
演出家と意見が違う。
その事を演出家に報告した。すると
「周りは勢いのあるネタばかりで攻めてくるから逆にお前らみたいな一歩引いたみたいなネタが目立つかなと思ったんやけどな」
確かに僕らのネタはいわゆる「はい、どうも!」で始まるような元気さはない。
どちらかと言うと受け身。
その為にお客さんを純粋にネタに引き込む必要があった。
これは非常に難しい事だった。
まして僕らの事を全く知らないお客さんの前では聞いてもらうのでさえ困難になる。会場に入っているお客さんは一般公募で集まった人たち。
当然僕らの事などほとんどの人が知らない。
これは賭けだった。
しかし、失う物など何もない僕らにとって
初めから安パイなど何もない。
みんなと同じ空気では駄目だ。
やってみる価値はある。
僕らは勝負に出る事にした。
僕らをずっと観てくれていた演出家を信じ
そしてなにより、今まで努力してきた自分たちを信じて。
出番が無い分僕らは毎日稽古に明け暮れた。
何度も何度も繰り返し稽古を重ねた。
そして、余分な部分をそぎ落とし、テンポを上げ、勢いがない分、それをリアクションや動きでカバーする事にした。
一回通すごとに話し合い、修正を繰り返した。
そして…
