42年間も間違った習慣を続ける
生活習慣として長く身についたことは、生きる上で無意識に忘れることなく呼吸しているのと変わらないくらい、当たり前におこなっている。顔を洗う、歯を磨く、お風呂に入るetc... ― 何も考えずに日常繰り返し行動していることが全部そうだ。
小学生の頃はよく虫歯に悩まされた。そもそも我が家では朝歯磨きするのが日課で、夜にもう一度歯を磨く習慣などなかったからだ。今の私からすると、ちょっと信じられないことだがそうだった。当人たちがおかしいと思わなければ、おかしくなくそれは常識となる。だが、歯磨きせずに寝ると、虫歯菌がこれ天国とばかりに大活躍する。虫歯が簡単にできるのは当たり前だった。だが、その悪習慣も高校生くらいの時に、世間の常識を知るようになったため矯正された。
ところが、歯磨きの時間帯だけでなく、私の場合もう一つ間違った習慣があったのだ。それが判明したのはわずかに2年前。42年にもわたっておこなってきた歯の磨きかたが間違いだったことを知り、愕然とするとともに大きなショックを受けた。
私が小学生の頃、歯磨きの常識は、歯に当てたブラシを上下にキュ、キュと歯並びにしたがって磨いていくというものだった。すなわち、歯と歯の間の食べかすを掻き出していくのを目的とする磨きかただ。デンターライオンのコマーシャルでもそのような磨き方をしてみせて、歯がピカピカになると宣伝をしていたのを覚えている。
「太田さん、どうやって歯を磨いていますか?」。昔処置した歯のかぶせ物が取れたので近所の歯医者で治療を受けていた時のことだ。突然若い先生が歯ブラシを私に握らせて実演してみろ、と促した。もはや虫歯にほとんど悩まされることもない状況だったので、堂々といつものやり方をやってみた。
「あー、それは違います。間違ってますね」と一蹴された。「歯茎の状態も上の奥歯のところが少し腫れていて、あまりよくないですね」と言う。全く意に反した返答だった。
「歯と歯茎の間に約45度の角度で軽くブラシを当てて、小刻みに左右に磨くんですよ」。「とにかく、歯垢をつくらないことが重要で、これができていれば歯には十分なんです」。これを聞いた瞬間、わが42年の習慣の歴史がガラガラと崩壊していった。私にとっては、歯ブラシを横に左右に動かして磨くなんて非常識なことだった。「そんなことしても歯と歯の間の隙間は磨けていないじゃないか?」と切り返した。「歯と歯の間は歯間ブラシとか糸ようじのようなものを使ってください」とのことである。
一体、いつから磨きかたが変わったのだろう。とすれば、少なくとも私よりも上の世代の歯磨きの常識は、今や非常識ということではないか?
この日を境に私は横磨きを毎日実践している。そして、4ヶ月に一度PMTCとよばれるメンテナンスに通い、歯のクリーニングとチェックを受けている。実は昨日PMTCに行ってきたのだが、「いやー、歯も歯茎の状態も非常にいいですね。一生、歯の病気とは無縁ですよ」と太鼓判を押された。
これから42年分を取り戻すつもりだ。84歳でようやくトントンになるのは少々厳しいが。
新築オフィス 空室率急上昇
昨日の日経新聞夕刊のトップ記事の見出しである。思わず目を奪われてしまい、「いやーきてるねぇ」と呟いた。
開業1年未満の新築オフィスビルのテナントが埋まらず、空室率が一気に上昇。東京都心部のビルではオープン前にはほぼ満室というのが当たり前だったのが様変わりしている。日頃、都内のあちこちを歩いていてもそれは否応なく実感することができる。
東京都心5区の3月末の空室率34.3%(08年1月末4.6%)、大阪では32.5%(9.5%)、福岡では何と60.4%(26.6%)という有様である。福岡はそもそも需要が少ない中、いかに供給者側の楽観的論理で動いていたのかがこの数字からうかがえる。
昨秋に話題になったのが、今月末にオープンする丸の内パークビルに8万円/坪(!)という史上最高値の賃料でテナントがついたという話である。さる外資系金融機関がこの価格で契約したらしいのだが、半年前のこととはいえ信じられない変異である。
3月末現在でこの状況だと、半年後の今年の9月には空室率50%、来年3月末には70%程度にはなるのではないか。なぜならば、まだまだあちらこちらで新築ビルの建設ラッシュだからだ。この数ヶ月間ですら開業してもテナントが全くつかないビルが表参道、南青山、渋谷、品川、新宿と私の知る範囲でもいくつも数えることができる。
空室率が上下するのは株式相場が上下するのと同じなので今更驚いたりはしないが、このニュースをみてすぐに思い浮かんだのが六本木ヒルズである。
六本木ヒルズは「ヒルズ族」「ヒルズ経営者」というような華やかなイメージが常に先行しているのでもう誰も知らないような昔物語かもしれないが、実は2003年4月の開業当時は、全くテナントが埋まらない空室ビルの代表格だった。あまりにもテナントがつかないので、ビルの所有会社は慌てふためいて、テナントになってくれる企業の引越し代を肩代わりし、おまけに最初の6ヶ月間は「フリーレント」、すなわちタダでテナントを誘致したのだ。その恩恵にあずかった会社のIR担当者が自慢気に話していたのをよく覚えている。その会社は六本木の小さな雑居ビルから一気に破格の条件で「ヒルズ」のブランドを手に入れたのだった。華麗なる転身だった(本業につまづき、ただ今没落中)。
半年前までの空前の不動産市場の活況の中でプロジェクトされた新築ビルが続々とこれから完工し、供給されていく。あの六本木ヒルズの時代の比ではないだろう。六本木ヒルズの着工は2000年のITバブルのピークだったが(総事業費2700億円!)、不動産の世界は常に高値づかみでビジネスを仕掛けて、販売する頃には「叩き売る」という構図からは逃れられないようだ。
「引越し代は全額持ちます、賃料も1年間タダにします、ぜひ入って下さい、という時代が近々来るかもね。当社でも不動産リサーチを半年後からやろう」と今日、うちの取締役と話をした。借り手圧倒的優位のいびつな状況が起こることは間違いない。チャンスである。
ハンコ屋のオヤジの嘆き
会社を設立するときに真っ先に決めなければならないのが、会社の名前である。
いざ自分が代表者となって会社を起業する時、社名に関してはひとつのこだわりがあった。それは、カタカナや英文字は決して使うまい、という他人からみれば妙に思われるかもしれないこだわりだった。また、社名を見て何をやっている会社かわからないのは絶対に避けようと考えた。
私は中小型株のエキスパートだが、新興企業における業種すら想像できないカタカナの社名の会社にはロクなものがなく、名は体を表すことを十二分に知っているからだ。もちろんダメ会社がすべてカタカナや英文字の会社とは言わないが、ダメ会社になってしまう「必要条件」の要素にはなりうると本気で考えている。そこで、漢字の社名を志向し、これに強くこだわった。しかも一目見てすべてが理解できる社名でなければならない。
こうして「太田忠投資評価研究所株式会社」が誕生した。
社名が決まれば、会社の印鑑を作らなければならない。実印、銀行印、角印を俗に法人三点セットと呼ぶのだが、担当の司法書士が紹介してくれたハンコ屋にツゲの木の印鑑を発注した。注文した翌日の夕方にはできているという。なかなかのスピード商売だ。 翌日さっそく受け取りに出かけた。そこは渋谷のガード下にある小さなハンコ屋だった。
「おたくの会社は珍しいね」と唐突にハンコ屋のオヤジが私に向かって言った。別にこちらから会社の内容を話したわけではないので「なんでこの人はそんなことを聞くのだろう」と思った。突然突飛でサプライズなことを言い出しはしないだろうか、と思って少しだけ緊張した。ふと横に目をやると旋盤のような機械を回しながら、二人の職人が手作業で彫っていた。作業台の上には木の屑が大量に散らばっている。「家内制手工業」という昔小学生の頃に習った言葉が、突然ひょっこりと頭の中に浮かんできた。
「いやー、今時、会社の名前が全部漢字なんて珍しいよ。しかも、10文字。株式会社を入れると全部で14文字。印鑑に入るスペースとしてはぎりぎりだったよ」とちょっとにらみをきかせていた(ように見えた)。
確かにそうだ。今の時代、カタカナ3文字とか5文字の会社が大はやりだ。これなら彫る手間はほとんどかからない。ところが、漢字14文字は、おそらく通常の印鑑に比べて3倍くらいの手間がかかっているはずなのだ。しかも料金は同じ。そうか、これを言いたかったのか、と合点がいった。
漢字14文字の印鑑はちょっとカッコイイ。実際に押してみると、ずらっと象形文字のごとく難しい書体で彫られた美しい文字が並び、芸術品のように見える。オヤジの苦労と引き換えにすばらしいものを格安で手に入れた。
ところで、もしあなたが自分で起業するとして、会社名をつけるとすれば、どんな社名にするだろうか。ワクワクする反面、非常に難しい作業であることがおわかりになるかと思う。
勝間和代の『お金の学校』-まもなく発売
勝間和代の『お金の学校-サブプライムに負けない金融リテラシー』の見本が今日私の手元に届いた。本書は勝間さんがインタビューアーとなり、金融のプロフェッショナル4名との対談形式で進められる個人投資家向けの啓蒙書で、日本経済新聞出版社が昨年の秋から企画していたものがようやく出来上がった。私も4名のうちの先生の1人として借り出されることになったのだが、内容は次のようになっている。
1時間目 竹中平蔵(金融とリスク)
世の中の大きな動きの中で金融をとらえる
2時間目 竹川美奈子(投資信託)
投資信託を使って資産運用の「仕組み」をつくる
3時間目 太田忠(株式投資)
金融危機に打ち勝つ株式投資術
4時間目 河口真理子(社会的責任投資)
金融から未来を変える
ホームルーム
読者からの三つの質問と、勝間からのメッセージ
「バブルの時は悪者扱いにされ、相場暴落の時は信用を失ってしまう金融とは、果たしてずるくて、わかりにくくて、我々の生活に縁遠いものなのか」と一般人に根ざした感覚に問いかけを発し、金融の役割をさまざまな角度から問い直し、金融を通じて社会参加し、ひいては金融で自分の未来も変えてしまおう、というのが本書のメッセージである。興味のある方はぜひ、手にとってもらいたい(アマゾンによる本書のリンクはこちら )。来週あたりから書店でも並ぶはずである。
「太田さんて、勝間さんの面接官だったんですってね」
最近何人かの人から同じ言葉を掛けられたので、不思議に思って訊ねてみると、彼女が私を紹介する時にそういうセリフを使っていることが判明。今となっては、恐れ多くも「やめてくれー」という感じなのだが、実は勝間さんとはJPモルガン証券時代、同じ部署の同僚で先輩、後輩の仲であった。
今や飛ぶ鳥を全部落とす活躍ぶりで、メディアにも連日登場しており、「カツマー」とよばれる現象さえ起こっている。その稀有な存在に、同性からの支持が多いのもうなずける。最初に会った時にももちろん鮮烈なる印象を受けたが、「自分の意思や考えを自分の責任において正々堂々と主張し貫き通す」という、なかなか大の男でも実践できないことをすんなりとやってのけるところは全く変わっていない。社会で活躍する女性のひとつのあり方として、頑張ってもらいたいものだ。
最後のブルームバーグTV出演
本日、ブルームバーグTVに出演した。4月末をもってTV放送が終了するため、私にとっても今回が最後の出演となった。インタビューアーは吉川淳子さんで、会社設立の目的や事業内容が前半の5分、経済、株式市場、投資全般についてが後半の15分の合計20分で、1対1形式の出演としては盛りだくさんな内容だった。
ブルームバーグのTV放送が終わることは、2月の初めに「日本語放送を廃止する」というニュースが報じられていたので知っていた。日本語で制作されるコンテンツのみがなくなると私は思っていたのだが、スカパーやケーブルテレビなどで放映されている番組そのものがなくなると知り非常に驚いた。
ブルームバーグには妙な思い出がある。まだ私が新入社員の頃だ。証券会社の国際部というところに所属をしていたため、ビジネス上さまざまな業者との付き合いがあった。下っ端の私にも仕事が割り振られていたが、それは売り込みセールスを断るという役目だった。誰もがイヤがる仕事が新人に押し付けられるのだ。
その断り先の一つがブルームバーグだった。「まだ日本ではほとんど知られていませんが、グローバルの金融情報を提供している外資系の会社です。ぜひ、弊社のサービスを導入させてください」。個人的にはなかなか好感度のもてる営業マンが何度も足しげく通ってくれるのだが、私の役割は「断る」ことだけだ。「申し訳ございませんが…」と毎度毎度立派に自分の任務を遂行した。気の毒だった。
あれから20年以上経つ。もはや金融機関でブルームバーグを導入していない会社はないだろう。隔世の感がある。個人投資家でブルームバーグTVの存在を知らない人は少数派だろう。それくらい世の中は変わってしまった。
だが、今回の決定措置。メディア業界もご多分にもれず、非常に厳しい状況に置かれている。必要に迫られての決断であることは理解できるが、非常に残念である。またいずれの日にかTV番組を復活させてほしい。日本における良質な経済専門番組はブルームバーグと日経CNBC以外にないのが現状であり、その一つがなくなるのは寂しい限りである。
TV放送ははなくなるが、ブルームバーグによる情報サービス提供はもちろん続く。念のため。
「1/無限」の確率をつくりだした日
中学生まで数学は得意だった。一時は因数分解の不思議さに取りつかれて相当な難問までこなし、クラスの仲間からは「因数分解の帝王」と呼ばれていた時期もあったほどだ。
ところが高校になると急激に難しくなり、苦手教科に変貌して「数が苦」へと堕落してしまった。私の友人に「微分、積分、いい気分」というのが口癖の数学の天才がいて、かつての因数分解の帝王も影なしだった。そういう私であったが、確率の概念だけは大好きで、高校生から大学生までを対象にした矢野健太郎監修の『モノグラフ 』(懐かしいねぇ)を読破し、現代数学社の『確率論史』という恐ろしく専門的な大著を面白がって読んでいた。
人生に悩む人たちを商売にする占い師や占星術師のセリフにもしばしば確率の話が登場する。「生まれてきたことに感謝しなさい」といってもありきたりすぎて命の大切さを実感することにはならないので、「あなたのお父さん、お母さんが結婚しないとあなたは生まれてこなかった。そのさらにお父さん、お母さんがいて、またさらにお父さん、お母さんがいなければ……」のような話が延々と続く。場合によっては、最も早く卵子にたどり着いた精子の話まで引き合いに出される。確かにそうだ。一番早くたどり着く精子の確率は「1/数千万~数億」なので、とんでもなく奇跡的なことなのだ。だが、普通に暮らしているとまさか自分がそんなにすごい存在であることを実感するのは正直言って難しい。
そういえば、夫婦だって日本人同士のカップルを単純計算してみても、結婚した相手はおよそ1/6000万の存在だ。あ、違ったか。これでは老人や赤ん坊とも結婚しなければならないので、もっと適齢期を狭めて1/2000万くらいにしよう(まだ大雑把すぎるが)。これを特定の結ばれたカップルで計算すると1/2000万の2乗となり「1/4億」の確率となる。でも、そんなすごいことが起きているとは実感できない。いや、ちょっと考えてみれば、相手の1/2000万の確率だって、別の人でも同じ確率となるのだ。それに気づいたら大いに興ざめした。これではパートナーに対して最大級の賛辞である「かけがえのない」という枕詞もおちおち使えなくなってしまう。
生きていることはすごいことなはずなのに、それを自分で確かな手ごたえとして実感できないだろうか、と昔からよく考えることがあった。
だが、これまでの人生で一度、自らの意思で「1/無限」というありえない確率を生み出したことがある。それは04年9月に初めて宮古島にダイビングに出かけた時だった。沖縄の海は世界のダイビングポイントの中でも10本の指に入るほどすばらしい場所である。
「マリンレイク」という宮古島の北部にあるポイントに潜った時だった。宮古島は島を取り巻く浅瀬の海底が複雑怪奇な形をなしており、実にダイナミックなのが特徴である。ケーブ(洞窟)の中に入り、振り返りつつ海面のほうを見上げると、差し込んでくる太陽の光が巨大な複重層のカーテンを作り出し、それが生き物のようにゆらぎながらキラキラと輝く。海底の深い紺碧の色彩との対照的な情景に見とれた。そしてケーブの中をどんどん進んでいくと、やがて水面へ浮上した。驚いたことにそこは陸地にある小さな湖だった。すなわち、海と湖とがつながっているという特殊な場所であったのだ。感動が高まった。少し休憩した後、再度ケーブの中を進みつつ、エントリーしたポイントを目指した。その途中で、広大な真っ白な海底が現れた。よく見ると白化した枝サンゴの死骸のおびただしい堆積だった。静かな死者たちから放たれるオーラは実に艶めかしかった。その時である。「ここで奇跡を起こせる!」と私の頭に突然パッとひらめいた。「1本だけもって帰れば、それは私と枝サンゴとの間にありえない確率を生み出すことができる」。思わず興奮した。そして、私は長さ10センチ足らずの扇状に4本枝分かれしているサンゴを手にとったである。
このサンゴが我が家に来る確率は「1/無限」といってよい。そもそも人間に拾い上げられることなどまずありえないのだ。そして海の中で崩壊していく運命だったものを、私が捻じ曲げ、しかも他の誰でもない我が家へ招き入れたのだ。しかも相手は世界中の無限に存在するサンゴのうちの1本である。今日も書棚の一角にこのサンゴは存在し、「1/無限」の確率を主張してくれる。
「そのへんに落ちている石ころでも同じことではないのか?」とヤボなことは聞かないでほしい。それは断じて違う。感動には舞台装置が必要なのである。
デブ猫の奇妙な行動
ノラ猫というわけではないが、近所で猫たちを時々見かける。たいていはこちらに関心を示さず、ばったり出くわしてもすごすごと逃げていくのが普通だ。
ところが、奇妙な猫との関係が続いている。それは今年の1月の終わり頃より始まった。
我が家の玄関ドアの外側には靴の汚れを落とすためのマットが敷いている。ある日、外出先から帰ると、玄関先から一匹の猫が逃げ出す姿が見えた。動作は俊敏ではなく、まるまる太ったグレーのデブ猫だった。全く可愛げというものがない。私は少々気分を害したものの「しかないヤツだな。たぶん迷い込んできたのだろう」と2、3日もすればすっかり忘れてしまっていた。
そして、2月の急激に冷え込みが厳しかった早朝、玄関を開けてみるとびっくりした。マットが毛だらけになっているではないか。すぐにピンときた。ヤツだ。あのデブ猫だ。マットが暖かいからそこで休憩して毛づくろいをしていたのだ。今度は妻が不機嫌になった。その日から毎夜、マットは家の中にしまわれることになった。
そして数日後、またあのデブ猫を散歩の途中、近くの空き地で見かけたのである。
「あ、あそこにいる」と妻に向かって私が叫んだとたん、猫もこちらを見て不敵な表情で「にゃあ」と鳴いた。「絶対、あいつは私に嫌がらせのつもりで鳴いたに違いない」。心の中で敵意が生じた。
それからまた何日かして妻が「今日、とても変なことがあったの」と夕食時に話をし始めた。「例のデブ猫が、家に帰る途上で突然道端から飛び出してきて、私にピッタリ寄り添いにゃあにゃあ鳴きながら、ずっと犬の散歩のようについてきた」とのことである。
猫は基本的には自分勝手な行動しかとらない。いくら飼い猫といっても、外に連れ出してリードなしで歩けば、飼い主にだってぴったり寄り添うように散歩してくれるはずがない。飼い猫でもない人間に「にゃあにゃあ」と鳴きながらくっついて歩く。しかも家の前までお供をするなんてことはありえないことである。その続きはどうなったのか。聞かずにはいられなくなった。
「本当にうちの玄関のところまで一緒に来たので、私がこの家の住人だと気づかれないように家の裏手に回って猫を連れ出して何とか追い出そうとしたけど、どうしても離れずにまた玄関までくっついてきたのよ」。そして最後は仕方がないから玄関先で「しっ、しっ」と追い払ったそうだ。私に頼んでも仕方がないため、もう一人の住人である妻に「何とかマットを使わせてくれ」とゴマすりをしつつ懇願に来たとしか思えない。それにしても何時、彼女のことを偵察していたのだろう。
あれからおよそ2週間が経つ。全く見かけなくなったが、一定の時間をおいてほとぼりが冷めるのを見計らっているような気がしてならない。最近はマットは夜もそのまま外に出したままで、こちらも様子を窺っている。
太田忠投資評価研究所のHPがスタート
太田忠投資評価研究所のHPが3月31日に立ち上がりました。予定よりも1日前倒しのスタートです。HPのリンク先はこちらからです。http://www.ohta-research.co.jp/
1月よりHP業者の選定作業を開始し、2月初旬に業者を決定。そこから約1ヶ月半かかってようやく完成に漕ぎ着けました。すばらしい業者と楽しく良い仕事ができたことを誇りに思っております。
許認可の関係で法人企業向けコンサルティング業務を除いて、準備中のサービスが多いですが、これで全体像を確認していただくことができます。6月~7月にかけて許認可が下り次第、個人投資家向け『投資講座』や年金・金融機関・ヘッジファンド向け投資助言業務をスタートいたします。HPもそれに合わせどんどんバージョンアップしていきます。なお、『料理と音楽』という当社だからこそできる課外活動的な独自路線(?)のコーナーも設けてあります。
よろしくお願いいたします。
太田忠の縦横無尽 2009.3.31
「太田忠投資評価研究所のHPがスタート」
ウソのように治った口唇炎
乾燥には弱い。冬場から春にかけて湿度が急速に下がると、背中までパリパリしてくる。
日常生活で気になるのが唇の乾燥だ。秋口から毎日リップクリームを塗る。これで最初のうちは問題解決なのだが、本格的な冬場到来になるとだんだん効果が薄れ、春先には副作用というのか唇がかゆくなり、赤みを帯びてくるのが毎度のパターンだ。こうなると単に乾燥している状態よりもやっかいであり、常に唇の違和感に悩まされることになる。
そこで自分なりに考えて行動する。リップクリームの種類を手を変え品を変え、もはや試す種類がなくなるくらいいろいろと使ってみたのだが、最後に出てくる不快な症状を解決することができない。そこで、先日、近所の薬局の薬剤師に相談してみた。
いかにも品のありそうな薬剤師の女性がニッコリ笑って「これを飲むといいですよ」とすすめてくれたのが「チョコラBBプラス」という商品である。「唇の症状になぜ飲み薬なのか?」ととっさに私は思った。そもそもチョコラBBというのは、たしか昔のTVCMで女性の肌荒れ改善の錠剤というイメージしか持っていなかったので、まさかリップクリームの役目を果たすとは思わなかったのだ。塗り薬はつければ直接効くが、飲み薬が症状改善になるのだろうかと。
せっかく勧めてくれたので、とりあえず買ってみることにした。1日2回、朝と夕に1錠ずつ服用すると書いてある。そのとおりにした。すると、2日目から急速に改善し、3日目にはあのイヤな症状がウソのようになくなったのである。驚きだった。お小水がまっ黄色になるのを見たときも驚いたが。
長年悩まされていたのは果たして何だったのだろうかと思った。困った時は、その道の専門家に気軽に聞いてみるもんだ。どんなささいなことでも、すっきり改善されるとこんなに気分の晴れることはない。
「もったいない」も行き過ぎれば「みっともない」?
性分として、けっこう物は大事に使いたいほうである。「もったいない」を美意識として至上主義にしているわけではないのだが、お金を出して何かを「買った」以上、少なくともそれは自分の意思で選んだものであり、よっぽど失敗した買い物ではない限りは、そうそう粗末にしたくはない。
そういう習慣の中で一番特徴的なのは、私の場合洋服である。もっと正確に言うと普段着である。現在はいているジーパンが今年の初めにひざのところの青い生地が完全に消滅して、中の白糸だけが露出する状態になった。これが3月に入ると左のひざで2ヶ所、右のひざで1ヶ所それぞれ10センチほどの長さに急速に成長し、しかも左の1ヶ所は白糸が切れて完全にひざがむき出しになってしまった。
街を歩いていると、破れたジーンズをはいている多くの若者に出くわす。「自分のジーパンもとうとう今風になったぞ」と妻に得意げに言うと、「あれはファッション。あなたのはボロ」という予期せぬ言葉が返ってきた。私はてっきり、穴が開くまでジーンズをはいたものだと思って感心していたのだが、そもそも最初から穴の開いたジーンズが売られているという。それを買ってはいているのが今の若者だそうだ。何だか狐につままれたような感じだ(穴の開いたものをわざわざなぜ買うのか、という疑問しか私には出てこない)。
「みっともないから捨てればどう」と言われるが、冗談ではない。最近これをはいたまま堂々と外出している。誰も擦り切れるまではいたボロジーンズだと思わない。何だかボロがファッションに勝手に格上げされたような心地良さである。
これを果たしていつ買ったのだろうか。思い出した。30歳の頃である。なぜ買ったのかも思い出した。前にはいていたジーパンが同じような状態になり、それを処分せざるを得ないようになったのだ。それを買ったのが実は高校生の頃である。ということは13年くらいはいたことになる。そして、今度は14年の時を経て同じく寿命を迎えつつある(ウエストが変わっていないことを証明)。しかし、当時は穴の開いたジーパンをはくのはみすぼらしい以外の何ものでもなかったが、今やファッションに昇格したのだ。
もう少しはいてやろうと思っている。そういえば、2月頃に私のパジャマが同じように擦り切れて穴が開いたのだが、それに気がついたとみえて勝手に処分されていた。もう少し着ようと思っていたのだが、妻に聞いてみると「みっともないから」というつれない返事だった。8年間ともにした相手に挨拶もせず姿が見えなくなったのは実に寂しい。そういえば、昨夏もお気に入りの緑の半そでシャツが突然いなくなった。10年くらい生活をともにした。
漫画の登場人物はいつも同じ服を着ている(話のたびに変わっていたら、人物像としてアイデンティティーがなくなってしまうからだろう)。あそこまで徹底しようと思わないが、居心地の良い服やズボンならばいつも身につけているのが私の性分である。だから、夏用・冬用ともに持っている点数が異様に少ない。この習性は学生の頃からちっとも変わらない。