3月31日鉄旅日記:113系阪和色往復乗車の旅①
3月11日、土曜日。日本旅行の「ありがとう113系阪和色」ツアーが行われた日。
僕は、友達と2人で参加です。
●神戸→天王寺
この列車は、日本旅行ツアーの貸し切り列車で、天王寺駅発8時51分。受付を8時30分までに済ます必要があるので、余裕を持って神戸を出発。
高速神戸駅を6時57分に出発する阪神特急に乗り込んで、尼崎駅で乗り換え。
阪神なんば線に乗り換えようとしたとき、友達から「まさか、日本旅行のクーポン持ってくるの忘れたいうオチはないやろなぁ(笑)」と冗談を言われ、「大丈夫やて。前にキハ52系で失敗してから(2011年2月20日のブログ記事のとおり)、こういうチケットはカバンに入れっぱなしにしとるから。(笑)」と答えてカバンからクーポンを見せようとしたら、
・・・・・。
クーポンがない!!!∑(゚Д゚)
カバンの隅から隅まで探してもない!出した覚えがないのに入ってない!
もぅもぅ、顔が真っ青、頭真っ白・・・( ̄□ ̄)
と、とりあえず家に置き忘れているか確認しようと、自宅に電話したものの電話に出ない。(>_<)
そこで、最悪のケースでクーポンを家に取りに帰ることを考え、友達にはそのまま天王寺駅に向かってもらうこととし、僕は一旦神戸に向かいながら家に電話を続けることにしたのです。
尼崎駅から西宮付近まで引き返したところで、天王寺駅に着いた友達から電話が!
「日本旅行の受付で話したら、身分証明するものがあったらクーポン無くてもええって。何かあるか?」とのこと。
幸い、僕はカバンに健康保険証も入れっぱなしにしてるので、それでOK。
阪神西宮駅から、再び特急に乗車。しかし、阪神なんば線乗り換えでは間に合わないので、梅田まで乗車。JR大阪環状線で天王寺駅に向かいました。
天王寺駅には、出発時刻約10分前に到着!
改札口外にある日本旅行の受付がある場所にダッシュ!
しかし、すでに受付は撤去されていて係員すらいない!((゚m゚;)
そこに、再び友達から電話連絡!
「1番線に来て!受付は済ませとるから!」
券売機で入場券を買い、再び入場。
1番線に急いだ僕は、出発3分前にようやく友達と合流!
あいさつもそこそこに、とりあえず列車に乗り込みました。ε=(。・д・。)
出発前に右往左往してた僕は、この時点でぐったり(_ _。)
それでも、列車がほぼ定刻どおりに出発してからは・・・
友達「さぁ、今日は何をしてもらおうかなぁ(笑)」
僕「ご主人様、何なりとお申し付けください(笑)」
なんて冗談も交わしながら、参加証(ワッペン)やグッズを友達から受け取り、雨が降る車窓を眺めながら駄弁っておりました。
もう、友達には感謝感謝です(。-人-。)
●天王寺→周参見
列車は周参見までの往復運転。
ツアーは、片道乗車プランや白浜温泉での宿泊プランも用意されていましたが、僕と友達は往復乗車を選択しました。
天王寺駅を出発して、一息ついてから日本旅行の添乗員さんに健康保険証を持ってあいさつ。
そのあとは、いつものことながら列車探訪。
といっても、周りはみんな同類ですから、皆さん同じように記録したり車内を撮影されてましたね。(^-^)/
和歌山駅では4分停車。この間に、僕は温かい飲み物をホームの自販機で買い、神戸で買っておいたサンドイッチで朝食。
3月はこんなんばっかりですなぁ(笑)
加茂郷駅では11分の停車。相変わらずの本降りでしたが、皆さん写真撮影のため外に出るのですよ。
皆さん気合い入ってます!
もちろん、僕も撮影です!
もぅ、もぅ、もぅ、雨には慣れっこだぁ!降るなら降れぇ!てなもんです(半分やけです)
この日は風もかなり強かったため、海沿いを走る区間では、荒れた海を観ることができました。
荒々しいねぇ~!
また、車内ではグッズ販売も行われました。一度に売り場へ殺到すると混乱するため、今回は順番に添乗員さんが売り場へ案内してくれました。
グッズの購入上限数が個別に定められていたため、一巡する間は売り切れることがないように準備されてたんでしょう。僕も目的のグッズは全て購入できました(^∇^)
ただ、ツアー特製「号車札」は少量のため「帰りの車内で販売する」との説明書きが置かれていました。
これについては、あとでおかしなことになるのですけどね・・・。
紀伊田辺駅を出発したところでお昼になったので、あらかじめ配付されていた特製弁当で昼食。ウマウマです(⌒¬⌒*)
白浜駅には9分間停車。友達は外で撮影しておりましたが、僕はまだ弁当を食べていたので、ここでは撮影を見送りました。僕は食べるの遅いんだって。
白浜駅を12時20分に出発すると、あとは周参見駅までノンストップ・・・のはずだったんですが、なぜか手前の紀伊日置駅で列車行き違いの運転停
車。
それも、12時36分~12時50分の14分間です。
どうも、この日の悪天候で、紀勢本線のダイヤが乱れているとのこと。周参見駅には12時43分到着予定でしたが、15分遅れの12時58分に到着しました。
周参見駅を出発するのは13時38
分の予定。かなり時間があるのでゆっくり撮影できると考えておりましたら、日本旅行の添乗員さんからお知らせが。
紀勢本線のダイヤが乱れており、列車の出発時間を1時間遅らせるとのこと!
ま、マジッすか!( ̄□ ̄;)!!
まぁ、まぁまぁ、撮影自体はゆっくりできるから良いかと気持ちを切り替えて、いろいろ撮影させていただきました。
そしたら、周参見駅で停車している間に天気が良くなりましてね、出発する前にはすっかり晴れてしまいました。
いやぁ、僕にしてみれば貴重な晴れ間となりました(笑)
さて、周参見駅での撮影と帰りの様子は次回に回すとして、最後にこの日の列車編成と周参見行きの時刻表を掲載します。
●2012年3月31日(土)のありがとう113系阪和色号の列車編成表
↑周参見
1号車 クハ111-5559
2号車 モハ112-7057
3号車 モハ113-7057
4号車 クハ111-5262
↓天王寺
●2012年3月31日(土)のありがとう113系阪和色号の時刻表(9321M)
天 王 寺 (8:32入線) 8:51発
和 歌 山 9:53着 9:57発
加 茂 郷 10:14着 10:25発
箕 島 10:33着 10:34発
湯 浅 10:44着 10:45発
紀伊由良 10:55着 10:56発
御 坊 11:06着 11:06発
南 部 11:40着 11:49発
紀伊田辺 11:57着 11:59発
白 浜 12:11着 12:20発
【紀伊日置 12:36着 12:50発】
周 参 見 12:43着【12:58着】
※青色の駅名・時刻が当初の運転予定時刻(白浜までは実際の時刻)。
黒色【】の駅名・時刻が実際の時刻。
太字の駅だけ扉が開く。
3月23日~25日鉄旅日記:トワイライトエクスプレス~函館市電運転体験③
3月25日、日曜日。函館市電の運転体験は、朝9時からです。
僕は、市電を使って駒場車庫前まで移動。
そして、函館市電の駒場車庫へ行くと、入口でお世話をいただく職員さんが迎えてくださいました^^
中に入って、まずはご挨拶。
少し緊張してたんですが、皆さん気さくに接してくださったので、安心しました。
はじめに、全体のスケジュールを聞いて、早速講習。
資料を基に説明を聞き、まずは訓練用の模擬操作盤を使って実習。
職員さんの丁寧な指導で、マスコン(制御器)とマンスバルブ(制動弁)の操作方法などを教わりました。
次に、運転士さんがどのように運転台を操作しているのか、500形(50
1号:AMUSEMENT TRAM)に乗り込んで路上走行(回送運転)を張り付きで見学。信号の見方、自動車と併走する中での注意している点などの話をじっくり聞かせていただきました(^-^)/
そして、駒場車庫に戻ったあとは、いよいよ運転体験!使用される市電は、8000形(8008号)。
運転手さん2人が張り付き指導の
下、車庫内の数十mを運転体験させていただいたんですが、とてもドキドキしました!(*゚ー゚*)
マスコン右側のレバーを前進方向に動かし、マンスバルブを操作してブレーキに込められたエアーを開放。
マンスバルブを重なり位置に戻してから出発。マスコンを1ノッチ、2ノッチ、3ノッチと順番に切り替えて加速。一定の速度になったら停止位置に戻す。
外の柱に付けられた印を合図に常用ブレーキ。ただし、空気を入れ続けるのではなく、一度入れたら重なり位置に戻してがまん。
止まる直前に、マンスバルブを一瞬ゆるめて空気を少し抜くのがコツ。
この操作の繰り返しなんですが、これがなかなか難しいのです。
急発進、急停車しないよう、スムーズに動かす・・・というより、スムーズに止める。電車の場合は発車より停車させる方がとても難しいということがこの運転体験でよく分かりました。
これは、ゲームやシミュレーションでは体験できないこと。マスコンとブレーキ操作で、自分の体にどの程度の力というか、衝撃が加わっているかを体感しないと、操作のコツはつかめないです。
もちろん、僕は乗客のいない列車で、車庫内の数十mの軌道を動かしているだけですから、操作のタイミングは同じで済むのですが、実際に営業運転されているときは、それぞれ場所が違うし乗客の混み具合も違う。それによって加速・減速のタイミングが変わってくるのですから、改めて運転手さんの技術はすごいと感じさせられました。
僕は、中学生の時から電車の運転手志望で、そのために工業高校に入り、電鉄会社の入社試験を受けたものの、「適性検査」で落とされ、夢破れた過去がありますので、このようなところで電車の運転体験ができたのがとても感動でした。
そして、函館市交通部では、年に2回このような運転体験の場を開いているそうですが、いつも数十人の参加になるため、実際に運転できる回数は一人あたり2~3回になるとか。
今回は、特別に企画された運転体験で、僕一人の参加でしたから、いつもより多く運転させていただけました。
あぁ、緊張しながらも、何という至高の時間!(≧▽≦)ウキャ~
そして、運転を体験させていただいたあとには、車庫内をあちこち案内していただき、見学させていただきました。
それでは、電車の数々をご覧ください!
30形(39号)
「函館ハイカラ號」の愛称で走っている電車です。見学させていただいたときは、台車の整備中でした。
500形(503号)
内装は木張りで、なんとつり革が金属製!車内も拝見させていただきました。昭和25年製の車両だそうです。
良いねぇ~!!(°∀°)b
800形(810号)廃車
残念ながら、廃車解体中の車両です。
こういう姿を見ると、少し寂しいですね。
800形(812号)
この車両のカラーリングが、函館市電本来の姿だそうです。
本来のカラーリングは、この車両だけだそうで、それを聞くと、とても貴重ですねぇ。
1000形(1006号)廃車抑留
元東京都電の車両で、車庫内の隅に抑留されていました。
東京から買い戻したいとの話もあったそうですが、輸送費だけでもかなりかかるから難しいだろうという話を伺いました。
3000形(3002号)
クーラー搭載車です。
8000形(8009号)
車体をリニューアルしており、まだ未塗装のため真っ白です。
広告の内容が決まり次第塗装するとのことでした。
9600形(9601号)
平成18年度に導入された北海道初の超低床車両で、愛称は「らっくる号」だそうです。
さすが、新しいだけに車体がきれいです。
9600形(9602号)
平成21年度に導入された超低床車両、2編成目です。愛称は同じく「らっくる号」!
装飾車その1
港祭り期間(8月1日~5日)とその周知のために運転されているそうです。
屋根がないので雨には弱く、天候不順のときは運行中止になるそうです。
装飾車その2
上に同じです。もう1両あったんですが、写真のピントがぼけてた><
除雪車
いわゆる「ささら電車」。ブラシは竹でできています。
竹の弾力性が、雪をはじき飛ばすのにちょうど良いそうです。
※ここに掲載した写真は、「函館市電運転体験の旅」参加中に許可を得て撮影したものです。許可無く車庫内に進入して撮影することはできませんのでご注意ください。
車両の他、事務所の中まで見学させていただいて、ポスター・サブレ・模型・ペーパークラフト・運転用白手袋・案内チラシなどの記念品までいただいて、もう最高のひとときでした!
ヽ(゜▽、゜)ノ
お世話をいただいた函館市企業局交通部の皆さん、本当にありがとうございました!
さて、運転体験を終了した僕は、再び市電で函館駅前に戻り、ホテルでゆっくりしていた母親と合流。
函館朝市を覗いて(と言ってもお昼前ですがw)、お昼ご飯。
昨日の夜はお寿司にしたので、この日は海鮮丼。いやぁ、美味しかった(´∀`)
で、食事が終わった頃には、またもや大雪!
と言っても、飛行機の時間が結構早いので、すぐに函館空港へ移動。
函館空港でお土産物を買い込んで、函館空港14時45分発、関西国際空港行きANA1790便で帰りました。
3日にわたって堪能したトワイライトエクスプレス+函館市電運転体験の旅。
天候はあまり良くありませんでしたが、どれも初めての経験で、すごく楽しく過ごすことができました。
「鉄道わくわくフリーマーケット」の主催者さんとテレビ大阪さん、旅のお世話をいただいたJTBさん、函館市企業局交通部の皆さん、失礼ながらこの場でお礼申し上げます。ありがとうございました!
最後に、3月23日大阪発、寝台特急トワイライトエクスプレスの編成表を掲載します。
ただ、青森~五稜郭の牽引機については見ることができませんでしたので不明です。
それでは、3月23日~25日の鉄旅日記。これにて終了~。
ちなみに、1週間後、3月31日には、113系阪和色往復乗車の旅が待ち構えているのでございます。
●3月23日(金)、大阪発の寝台特急トワイライトエクスプレスの列車編成表
↑大阪
1号車 スロネフ25 502 A寝台個室(スイート、ロイヤル)
2号車 スロネ25 502 A寝台個室(スイート、ロイヤル)
3号車 スシ24 2 食堂車(ダイナープレヤデス)
4号車 オハ25 552 サロンカー(サロンデュノール)
5号車 オハネ25 524 B寝台個室(ツイン、シングルツイン)
6号車 オハネ25 521 B寝台個室(ツイン、シングルツイン)
7号車 オハネ25 512 B寝台個室(ツイン)
8号車 オハネ25 562 Bコンパートメント
9号車 オハネフ25 502 Bコンパートメント
電源車 カニ24 13
↓札幌
牽引機 大阪→青森 EF81 43
青森→五稜郭 不明
五稜郭→札幌 DD51 1142 + DD51 1083(二重連)
※青森→五稜郭は、1号車方向が先頭に変わります。
「原子力」と「核」の使い分け
原子力発電所を英訳で書くと、「nuclear power plants」。
核兵器を英訳すると、「nuclear weapons」。
どちらも「nuclear」を使っている。
ところが、日本語では、発電所に「原子力」を使い、兵器には「核」を使う。
これは、日本の歴代政府や財界が意図的に使い分けてきたものと考えられる。
日本は戦争で唯一核兵器を落とされた国。
それだけ、「核」という言葉には他国の人々に比べて敏感に反応すると言われており、「核アレルギー」とはその現れだ。
そして、歴代政府や財界などの支配者階級は、国民感情を逆撫ですることのないよう、自らのご都合で言葉を選択している。
例えば、「原子力」を使う言葉を挙げてみると・・・
・原子力発電
・原子力船
・原子力安全委員会
・原子力電池
・原子力規制庁 など
どれも、それほど嫌悪感を持つ言葉はなく、むしろ有益と思わせぶりである。
一方、「核」を使う言葉を挙げてみると・・・
・核兵器
・核査察
・核分裂反応
・核実験
・核密約 など
どれも、嫌悪感たっぷりのイメージを持つのではないだろうか?
もし、「それほどでもない」という方がいらっしゃったら、一度前の言葉と後ろの言葉を入れ替えればいい。
「核発電」、「核船」、「核安全委員会」、「核電池」、「核規制庁」。
「原子力兵器」、「原子力査察」、「原子力分裂反応」、「原子力実験」、「原子力密約」
というぐあい。イメージがガラッと変わったのではないだろうか?
もしかしたら、「兵器」に限って「核」という言葉を使っているのではないか?と思われる方もいるかも知れない。
その方には、ぜひ考えてもらいたい。
なぜ、兵器である「原子力空母」や「原子力潜水艦」は、「核空母」「核潜水艦」と言わずに「原子力」を使うのかを。
実は、前回の記事で、僕は「原子力兵器」という言葉を意図的に使ってみた。
前回記事を読まれた方は、ひょっとしたら違和感を覚えたかもしれない。「それを言うなら『核兵器』だろう?」と。
そう思ってくださったなら、大成功。
それこそ、日本の支配者階級が長年にわたって国民にすり込み続けてきた証拠。
「核」=悪、「原子力」=善というイデオロギー戦略の成果と言える。
国策によって原子力発電が推進されてきたが、その背景には原子力政策で利益をむさぼる財界の働きかけがあることも忘れてはならない。
その証拠に、日本経団連の米倉会長は、福島原発事故が起こったあとも東京電力を擁護する発言を続けている。
今年3月16日、野田首相へ原発の早期再稼働を求める提言書を手渡したのは「エネルギー・原子力政策懇談会」。
この懇談会の座長は、電力会社や原子炉メーカーなどが結集した「日本原子力産業協会」の今井会長で、誰あろう元経団連会長だ。
愚かな支配者階級によって滅ぼされようとしている日本。
そして、息巻いて「反対だ」と主張しながら、結局しっぽを巻いて権力者側に下ったどこぞのアンダーブリッジ市長。(まぁ、もともとあの人は独裁主義者だから、はじめから期待なんかしてないけどね)
今こそ良心的な国民が、大きな「絆」で愚策を跳ね返すとき!支配者階級によるイデオロギー攻撃を跳ね返すときだと、僕は断言したい!
いっそのこと、原子力発電所から出てきた放射性廃棄物の永久貯蔵施設を、経団連事務所をはじめとする財界施設の地下に造ってやればいい(笑)
「核」発電など、もう古い!
TPP反対の記事を書いたときに記載したが、これからは日本が持つあらゆる技術を駆使して再生可能エネルギーの供給網を確立することで、エネルギー開発の先進国になるべきだと僕は思う!
