少し前に、友達が撮ったショートフィルム用のサントラを
作ってました。

20分弱のショートフィルムだったのですが、サントラを
作ったのは初めてだったので結構大変でした。

映像に勝ってはいけないし、自分の為の音楽じゃないので
作品のコンセプトを壊しちゃいけない等々、気軽に
受けてみたものの、色々制約があって作業は予想以上に
困難を窮めました。

いくら友達とはいえ、お互いにプライドを持っているので
『これは何?どういう意味があるの?』とか、口論になる事
もありました。

まあ、結果的にはうまくいったのですが(少なくとも私にとって)
サントラあるいは誰かの為に音楽を作る難しさというのを
痛感しました。

何気なく観ている映画の影で、色んな作業が行われているのです。
それ以来、映画を観る時は勿論、ドラマやCM等、BGMをよく
聴くようになりました。

唯、一つ思うのは残る音楽って何だろう?っていう事です。
と言うのも、作品を壊さず、且つ残る音楽ってありますよね?
例えば『世にも奇妙な物語』のテレレルレ♪でも何でも良いです。
つまり作品とリンクし相乗効果を生む音楽。

これってすごいなと思います。
音楽だけでもなく映像だけでもなく、組み合わさる事によって
更なる姿を魅せる作品。

何か胡散臭い言葉ですけど、これこそ総合芸術だと思います。

今、映像も音楽もその他諸々、ある種飽和状態にあると思います。
全てやり尽くされ、フォロワーでもなく新しい発見でもない作品。
もはや新しい土地、開拓できる余地が無い状態で、もがき苦しむ
表現者は多いと思います。

しかし、だからこそ差別化できる余地が残されているのではないかと
私は思います。

何も新しい事を目指して作品を作り出さなきゃいけないと
言ってる訳ではありません。
自分が良いと思う作品を作り続ければ、時代やジャンルを超えて
オンリーワンの作品になれると思うのです。

何だかいつもの悪い癖が出てしまいましたが、良い作品とは背丈を
合わす足し算ではなく、何倍もの効果を生む掛け算の発想だと思います。
突然ですが車を買いました。
結構友達からは意外がられました。

確かに別段車が好きな訳ではないんですけど、
それまで乗ってた車がどうも調子が悪くて、修理に出しては
戻ってきて、また調子が悪くて修理に出す、というのを
繰り返している内に、ああもう面倒臭いと思い買ったのです。

調子が悪かったと言っても、新車で買って、まだ一回も車検に
出していないんですよ。つまり購入後3年未満。
そんなおもちゃみたいな車作ってる会社ってどうなん?
って思って縁を切りました。

それで初売り中の近所の某ディーラーに行ってみました。
営業の方が頑張って自社の商品の売込みをするのですが、
全くの素人の私には何を言っているのか殆ど分からず。

まあ、特別こだわりがある訳でもないし、いずれにしても
買うのだから、営業の方に勧められるがままに買いました。

前回↑の車を買った時もそうだったのですが、2回目の訪問で
決めました。

自分でも驚いたのですが、私は興味の無い事には、本当に労力を
費やさないんです。
若輩者の私にとってはかなりの額の買い物だったのですが、
ほとんど迷う事無く決めました。

何なんですかね?

全ての事にこういう風にアプローチできたら、どんなに私の人生は
楽なんではないか?と思います。

『ああでもない、こうでもない』と、いつもこねくり回されている
頭にとっても、とても都合の良い生き方です。

妥協とか、そんなんじゃなくて、特に考えずに前へ進む。
一切の感情、計算を介さずにただ『はい』と言う事。

繰り返すようだけど、従属とかとは違うんです。
上手く言えないんだけど、『調和』?

これが自分のモチベーションを上げるような感情を伴ったものに
なれば、本当にポジティブに前だけを見て進める様な気がします。

えっと、一体何の話をしてたんだっけ?
それと買った車の名前は?

まだ時間が掛かりそうです。
あけましておめでとうございます。
言うタイミングを完全に逃してしまったけど、
一応言っとこうかなと思いまして。

ええと、最近クラシックを聴いてます。
ドラマチックな展開とか、繊細な音の重なり、壮大なスケール感、
上手く言えないんだけど、『結局これこそが音楽なのか?』
という程、今ハマってます。

相変わらず、本を読みながら音楽を聴いているのだけれど、
最近本に集中できないです。
音が勝ってしまうんです。
気付いたら、本を畳んで、目をつぶり音の世界に身を浸してます。

少し重いな、と思う時期もあったのだけれど、今はたまらない。

あと、音楽理論といった観点からみても非常に面白い。
一応ピアノをやっていた者としてある程度楽典は学んだのだけれど、
今改めてクラシックを聴くと、昔の聴こえ方、あるいは理論的な堅い
イメージとはおよそかけ離れた自由な世界がそこにはあって、
理論があって作品があるのではなく、作品があるから理論体系が
生まれたんだというのがよく分かる。

リアルなんです。
生き物みたいです。
音がうねってるんです。
ゴッホのタッチに似ています。

繰り返すようだけど、音が自らの意思で動いてる感じです。
プログラムされた無機質な世界も魅力的だけど、有機的で無限の
可能性を秘めたものは、フタを開ける度にワクワクします。

すんません、何かどうでもいい事をダラダラと。

でも、試しに聴いてみて下さい。
合うか合わないかは、個人差と言うより、タイミングだと思います。

30年生きてきたけど、久し振りに音楽の核に近付いた気がします。
お久し振りです。
2ヶ月振り位ですかね。

突然ですが、皆さんは勿論、You Tubeはご覧になりますよね?
私も結構見ます。
一度見始めると止まらなくなりますよね?

今回はそんな中で、面白かった映像を紹介したいと思います。

まず、一つ目。
『ドラマー目立ち過ぎ』

↑これはやばいですね。
完全に主役を奪ってます。
後半の急に16ビートになる所とか、楽曲無視してます(笑)
実はこのドラマー他にも色々面白いビデオアップされてますが
今回は割愛します。

続いて
『バーレーンの実況が日本語にしか聞こえない』

これは有名な映像ですが、最初見た時は笑い転げました(笑)
特に『もっと勝手に自分を愛したい』はやられました。

最後に
『istaris vegetable to midi setup』

要は、midiを野菜に繋いで演奏するものなのですが、
卵のあたりとか最高ですね(笑)

他にもまだまだ紹介したい映像ありますが、
あまり詰め込むのも如何なものかな?と思い
この3作品にしました。

もし他に面白い映像があったら教えて下さいね!

ではでは。
お久し振りです。
相変わらずのマイペースブログです。

ええと、今回は音楽を別の角度からアプローチしたいと思います。

突然ですが皆さんは音楽をどうやって聴いてますか?
恐らく大半の方がiPod等、デジタルオーディオプレーヤーで
聴かれてると思います。
勿論、私もiPodを愛用してます。

外出先ではiPodを欠かさぬ、そんな私ですが、
自宅では選び抜いたオーディオセットで聴いてます。

はい、今回触れたいのはオーディオ機器についてです。

私は以前、あるオーディオ専門店で3年位働いていました。
たまに来るお得意さんの接客を除けば、無茶苦茶高い店のオーディオで
好きな音楽を聴きながら、ひたすら好きな本を読み続けるという
何ともおいしい仕事でした。

そこで働くまで、オーディオ機器について考えた事は
ほとんどありませんでした。
あるいは働いてからも、しばらくはあくまで仕事の延長線、
つまりは自身とはおよそ関係の無いものでした。

しかし、ある日自宅のオーディオで好きな音楽を聴いてる時、
物足りなさを感じました。
音が目の前でポロポロと落ちてしまうような感じ。

でも考えたら当たり前の事です。
店のオーディオ機器はセットで二千万を軽く超えるものでしたから。
それに比べたら、自宅のオーディオなんておもちゃ以下です。
ケーブル一本にも遠く及びません。

さあ、ここらでひいてしまっているんではないかと思うので
少し切り口を変えていきましょう。

音楽好きとオーディオ好きの目的や目指す所は必ずしも一致しない事が
多いのは事実です。
実際、お客さんの多くは作品よりも、録音状態の良し悪しや、
聴こえてくる音の質に固執している方が多く見られたからです。

つまり音楽を純粋に楽しんでいるのではなく、まずオーディオという
ハードがあって、それのソフトとしての作品を楽しんでいるきらいが
少なからずあったのは確かです。

でも私が今回言いたいのは、素晴らしい作品を、素晴らしい環境で聴くと、それまで見えてこなかった音の世界、そして感動があるという事です。

ハードを取るのかソフトを取るのかといった、短絡的で択一的な思考は止めて、そこにある紛れも無い事実を認める事が色んな意味で、自然なのではないかと思います。

勿論、素晴らしい作品はどんな環境で聴いても素晴らしいし、逆に取るに足らない作品はどんなに良い環境で聴いても下らないというのは分かっています。
ややこしい言い方だけど、それを分離させる事自体が不毛なものなのではないかと思うのです。

上手く説明できたか自信はありませんが、時間や空間を越えて、ジミヘンやマイルスが脂の乗り切った至極の『音』を奏でる姿を目の前にした時、言い知れぬ感動が込み上げてきます。

これも音楽を楽しむ一つのアプローチの仕方だと私は思います。