お久し振りです。
相変わらずのマイペースブログです。
ええと、今回は音楽を別の角度からアプローチしたいと思います。
突然ですが皆さんは音楽をどうやって聴いてますか?
恐らく大半の方がiPod等、デジタルオーディオプレーヤーで
聴かれてると思います。
勿論、私もiPodを愛用してます。
外出先ではiPodを欠かさぬ、そんな私ですが、
自宅では選び抜いたオーディオセットで聴いてます。
はい、今回触れたいのはオーディオ機器についてです。
私は以前、あるオーディオ専門店で3年位働いていました。
たまに来るお得意さんの接客を除けば、無茶苦茶高い店のオーディオで
好きな音楽を聴きながら、ひたすら好きな本を読み続けるという
何ともおいしい仕事でした。
そこで働くまで、オーディオ機器について考えた事は
ほとんどありませんでした。
あるいは働いてからも、しばらくはあくまで仕事の延長線、
つまりは自身とはおよそ関係の無いものでした。
しかし、ある日自宅のオーディオで好きな音楽を聴いてる時、
物足りなさを感じました。
音が目の前でポロポロと落ちてしまうような感じ。
でも考えたら当たり前の事です。
店のオーディオ機器はセットで二千万を軽く超えるものでしたから。
それに比べたら、自宅のオーディオなんておもちゃ以下です。
ケーブル一本にも遠く及びません。
さあ、ここらでひいてしまっているんではないかと思うので
少し切り口を変えていきましょう。
音楽好きとオーディオ好きの目的や目指す所は必ずしも一致しない事が
多いのは事実です。
実際、お客さんの多くは作品よりも、録音状態の良し悪しや、
聴こえてくる音の質に固執している方が多く見られたからです。
つまり音楽を純粋に楽しんでいるのではなく、まずオーディオという
ハードがあって、それのソフトとしての作品を楽しんでいるきらいが
少なからずあったのは確かです。
でも私が今回言いたいのは、素晴らしい作品を、素晴らしい環境で聴くと、それまで見えてこなかった音の世界、そして感動があるという事です。
ハードを取るのかソフトを取るのかといった、短絡的で択一的な思考は止めて、そこにある紛れも無い事実を認める事が色んな意味で、自然なのではないかと思います。
勿論、素晴らしい作品はどんな環境で聴いても素晴らしいし、逆に取るに足らない作品はどんなに良い環境で聴いても下らないというのは分かっています。
ややこしい言い方だけど、それを分離させる事自体が不毛なものなのではないかと思うのです。
上手く説明できたか自信はありませんが、時間や空間を越えて、ジミヘンやマイルスが脂の乗り切った至極の『音』を奏でる姿を目の前にした時、言い知れぬ感動が込み上げてきます。
これも音楽を楽しむ一つのアプローチの仕方だと私は思います。
相変わらずのマイペースブログです。
ええと、今回は音楽を別の角度からアプローチしたいと思います。
突然ですが皆さんは音楽をどうやって聴いてますか?
恐らく大半の方がiPod等、デジタルオーディオプレーヤーで
聴かれてると思います。
勿論、私もiPodを愛用してます。
外出先ではiPodを欠かさぬ、そんな私ですが、
自宅では選び抜いたオーディオセットで聴いてます。
はい、今回触れたいのはオーディオ機器についてです。
私は以前、あるオーディオ専門店で3年位働いていました。
たまに来るお得意さんの接客を除けば、無茶苦茶高い店のオーディオで
好きな音楽を聴きながら、ひたすら好きな本を読み続けるという
何ともおいしい仕事でした。
そこで働くまで、オーディオ機器について考えた事は
ほとんどありませんでした。
あるいは働いてからも、しばらくはあくまで仕事の延長線、
つまりは自身とはおよそ関係の無いものでした。
しかし、ある日自宅のオーディオで好きな音楽を聴いてる時、
物足りなさを感じました。
音が目の前でポロポロと落ちてしまうような感じ。
でも考えたら当たり前の事です。
店のオーディオ機器はセットで二千万を軽く超えるものでしたから。
それに比べたら、自宅のオーディオなんておもちゃ以下です。
ケーブル一本にも遠く及びません。
さあ、ここらでひいてしまっているんではないかと思うので
少し切り口を変えていきましょう。
音楽好きとオーディオ好きの目的や目指す所は必ずしも一致しない事が
多いのは事実です。
実際、お客さんの多くは作品よりも、録音状態の良し悪しや、
聴こえてくる音の質に固執している方が多く見られたからです。
つまり音楽を純粋に楽しんでいるのではなく、まずオーディオという
ハードがあって、それのソフトとしての作品を楽しんでいるきらいが
少なからずあったのは確かです。
でも私が今回言いたいのは、素晴らしい作品を、素晴らしい環境で聴くと、それまで見えてこなかった音の世界、そして感動があるという事です。
ハードを取るのかソフトを取るのかといった、短絡的で択一的な思考は止めて、そこにある紛れも無い事実を認める事が色んな意味で、自然なのではないかと思います。
勿論、素晴らしい作品はどんな環境で聴いても素晴らしいし、逆に取るに足らない作品はどんなに良い環境で聴いても下らないというのは分かっています。
ややこしい言い方だけど、それを分離させる事自体が不毛なものなのではないかと思うのです。
上手く説明できたか自信はありませんが、時間や空間を越えて、ジミヘンやマイルスが脂の乗り切った至極の『音』を奏でる姿を目の前にした時、言い知れぬ感動が込み上げてきます。
これも音楽を楽しむ一つのアプローチの仕方だと私は思います。