慣れる事、慣らされる事。

最近そんな事を考えています。

つまり、何に於いてもいつの間にかに
スタンダードが存在しているという事です。
誰も気付かない内に。

基準となるライン、一体誰が決めてるんでしょう?

あるいはそれは自ら決めているのかもしれません。
これはこう、あれはそう、などと。

あれだけ斬新に思えた瞬間、その時の衝撃や感動は
どこに消えてしまったんでしょう?

それは自分の中で標準化していっているのかもしれません。

いずれにしてもそういった標準化はあまり好ましいものではありません。
少なくとも私に於いては。

何かに染められるという事は、従順する事なのです。
それが何に対してか、誰に対してかはあまり重要ではなく、
そういう事が既にどこかの場所に我が物顔で存在している事が問題なのです。

そして何より危険なのは、それに気付かない事、更に言えば
そんな事すら考える暇も無く、横行してしまう事。

私は別にファシストではありません。
むしろその逆の立場に立っているつもりです。
しかしそれでもってしても、価値観が統一される事については
憤りと共に、危機感すら覚えるのです。

逆に価値観の統一こそがファシストだと思います。
右向け右、そう、その言葉こそが正しいとされるのですから。
久し振りの音楽紹介です。

最初にタネ明かしです。
実は今回ご紹介するのは以前に紹介済みです。
それでも取り上げるのは、これ以上今の私を包み込む
音楽は無いからです。

前回のブログで書いたように、今色んな事を考えてます。
そして、パソコンを起ち上げて、作品を作り上げています。
次第に最初の初期衝動は失われ、混沌に染まっていきます。
どんな音がここに入るべきなのか?を考え始めます。
そうなるともうお手上げです。

そんな時、この作品を聴いて自分をリセットするんです。

音楽はパズルじゃないんだと、思うのです。

そうして、音の持つ力を改めて知るのです。


この作品は音楽の本質を教えてくれます。
足し算でもなく引き算でもない、ただそこにこれは存在するのだ、
という事を教えてくれるんです。
ある種、生物の根源的な部分をここに見出す事が出来ます。


Jim O'rourkeが昔組んでた伝説のバンド、Gastr Del Solの
『Each Dream Is An Example』



これが音楽なんです。
埋もれていく事。
社会に食われていく事。
風景の一部になりつつある事。
横を通り過ぎる何万という人の匿名性を獲得する事。

まあ、書いていけば幾らでも書けるけど、
つまりは私という人間のアイデンティティーは、
もはや失われている事に気付いた。

元々自分が特別な存在だとは思っていないけど、
それでも何か主張したり、それなりに自分の声を持って
今まで生きてきたと思う。

それが今失われている事をさっき友達と話してて、ふと思った。
その友達はずっとひたすらに自分の音楽を作り続けてる。
私が言うのもなんだが、その作品はかっこいいと思う。
しかし何より感じるのは、確実に前を向いて前進している事である。

『確実なる前進』

これがとても意味を持っている。
とてもとても意味を思っている。


私はどこに向かっているんだろう?
あるいはあなたは?

今の私は糸が切れた凧のように、
風の吹くまま流されながら生きている。
留意すべくは意思を持っていないという事だ。

私は自分で選んで今の仕事に就き、音楽との適度な距離を
保ってきたつもりであった。
しかし、↑での友達との話や作品を聴いている内に、それは
単なる逃げ道だったのではないか?という気持ちに駆られた。

私の道とは?
私の音楽とは?
そもそものところ私とは?

様々な想いが頭を駆け巡るけれど、
依然として私の頭は何かに怯えてる。

今の生活。
今の仕事。
今の友達…。

これらを一切捨てて、もう一度丸裸で何かに向かう勇気は、
力はあるだろうか?
一切のアイデンティティーを捨てて、全くの匿名でもって
一から進めるだろうか?

もう30歳目の前。

いずれにしても何らかの変化を、進化を、そしてその先にある
答えを見つける為に私は何らかの選択をしなくてはいけない。

それがもしかしたら私の唯一のアイデンティティーなのかもしれない。
ふと自分のアイデンティティーを考えたりします。

私とは何なのか?
何の為に存在するのか?
何故生きているのか?云々。

私という人間がどんなものなのか?というのを、本当にふとした瞬間、
例えば小説をパタンと閉じた後に訪れる束の間の静寂の一部であったり
かさぶたを剥がして、どことなく手持ち無沙汰になった瞬間であったり
そういった、思考の回路がニュートラルに入る瞬間にそんな事を考える。

考えたところで答えの出ない、円周率よりも複雑で、カオスと呼ぶには
あまりにも短絡的な、生命永遠の謎。

あるいは考えるだけ、無駄な事なのだろうと思うのだけれど、
一旦そこにギアが入ると、その車はガソリンが尽きるまで走り続ける。

そう、答えなんて出はしない。
出る訳が無い。
それを承知の上で下らない思考の旅は始まるのである。

ただ、そんな謎は昔に比べて変化している。
それはある程度自己を形成する要素が力を持ち始めてる事、
また、自身を取り巻く環境が変わりつつある事。

謎に対する環境は変わっても、その謎が答えを持つ事は無い。
それでも私はその謎に挑み続ける。
それはある種、宿命的なものであるのだ。

生きる事、それはその意味を問う事である。

人生は決して楽しい事だけではない。
むしろ目を覆いたくなるような悲惨な現実がそこにはある。
だけれどもそれを楽しいものに変えられる方法は幾らか残されている。
それがアイデンティティーの存在する理由なのかもしれないし、
それでもって私達は回り続ける球体の遠心力に負けずに、
何とか自身と、その球体を結び付けているのかもしれない。

私は四捨五入すれば30歳を迎えるところまで来た。来てしまった。
幼い頃に描いた大人像とはおよそかけ離れた危うい存在ではあるけれど
こんなに大人とは楽しい(良い意味で)ものだとは思わなかった。

未だもってして、謎は謎のままであるけれど、その謎を、その謎の答えを
知ろうと思う事は無くなった。
それはいつまでも謎のままで良いという事である。
だからこそ私達は幾らかその謎の答えに近付く為に色んなアプローチを
試みたり、あるいは時間という縦の軸を昇ろうと思うのだ。

そう、それはいつまでも謎のままで良いと思う。
謎は謎であるからこそ、私達は哲学なり、道徳心、
時には芸術というものを通してその謎に近付こうとするのだ。

生命の謎を追い求める事、それが即ち生きるという事なのだ。
今回はいつにも増して気合を入れて音楽を紹介します。

ものすごい好きなのに何故か今まで紹介しなかったアーティスト、
Jim O'rourkeを今回はご紹介します。

US編の中で彼の周辺のアーティストは結構紹介したんですけど、
彼のソロワークスは取り上げてませんでした。
何ででしょう?

恐らく好き過ぎて書くのに慣れていない状態で紹介して
すべったり消化不良になるのが怖かったんだと思います。
今でも決して書き慣れてはいませんが…。
まあ以前より少しはマシになったかなあという位ですかね。

あとはこのつたないブログを読んで頂いている方に、
Jim O'rourkeの作品をきちんと受け入れて頂く為の
準備期間という意味合いも少なからずあったと思います。

Jim O'rourkeという人間はそのまま『音楽』と呼んでも
良いと思う位懐が深いです。
年代とかジャンルだとか性別、国…、あらゆるものを超えて
あなたの前に姿を現します。
bjork、Jimi Hendrixと並んで私の好きなアーティスト
ベスト3に入る方なんです。


さてオススメの作品を紹介します。
『Eureka』
誰でも分かる洋楽入門

オススメの曲は
『Ghost Ship In A Storm』

大人の色気たっぷりの名曲。

『Through The Night Slowly』

Gastr Del Sol時代を彷彿させるピアノのイントロから始まり
Jim得意の展開へと流れていきます。

『Eureka』

アルバムを締めくくる表題曲。
これがこのアルバムの世界観を具現化しています。



正直言うと彼のソロ作品を初めて聴いた時、がっかりしたんです。
何故かと言うと、ソロ作品の前にGastr Del Solを聴いていて
それからソロ作品を聴いたので、何だか落ち着いたポップソングで
退屈だったんです。

でも何回か聴いていく内に、この作品の意図するところ、懐の深さ、
ストレートなアプローチだけが持つ純粋さや力強さに次第に
のめり込んでいきました。

彼は実に多くの作品を手掛けてきました。
アバンギャルドな現代音楽、ラップトップミュージック、
フォーク、ノイズ、Post Rock…等々、逆に手掛けていない
ジャンルを探す方が困難な位です。
しかもどんなジャンルにおいてもその世界のトップミュージシャンと
肩を並べるクオリティーの高い作品を作り続けてきました。

そして遂に辿り着いたのがこの作品なんです。
正しく彼の集大成と呼ぶにふさわしい作品です。
あえて、ソロ名義で出したのも自信の表れなんでしょう。
あるいは『私はこうなんだ!』という強い決意なのかもしれません。

この作品は彼の長いキャリアの中でも一番ストレートな形態を取っています。恐らく昔の彼の作風を求めたファンは少なからず面食らうでしょう。あるいは私のようにがっかりするかもしれません。
しかしそれでもこの作品は紛れも無く彼そのものです。
あらゆる実験や旅の末に辿り着いたのがこの世界です。

あるいはこのブログを読んで頂いている方も、肩透かしを食らった
感じがするかもしれませんが、何回も聴いてみて下さい。
そこには音楽の可能性を追い求め続けた男の、一つの答えがあります。


また機会があれば彼のソロ作品を紹介したいと思います。

ではでは。