慣れる事、慣らされる事。

最近そんな事を考えています。

つまり、何に於いてもいつの間にかに
スタンダードが存在しているという事です。
誰も気付かない内に。

基準となるライン、一体誰が決めてるんでしょう?

あるいはそれは自ら決めているのかもしれません。
これはこう、あれはそう、などと。

あれだけ斬新に思えた瞬間、その時の衝撃や感動は
どこに消えてしまったんでしょう?

それは自分の中で標準化していっているのかもしれません。

いずれにしてもそういった標準化はあまり好ましいものではありません。
少なくとも私に於いては。

何かに染められるという事は、従順する事なのです。
それが何に対してか、誰に対してかはあまり重要ではなく、
そういう事が既にどこかの場所に我が物顔で存在している事が問題なのです。

そして何より危険なのは、それに気付かない事、更に言えば
そんな事すら考える暇も無く、横行してしまう事。

私は別にファシストではありません。
むしろその逆の立場に立っているつもりです。
しかしそれでもってしても、価値観が統一される事については
憤りと共に、危機感すら覚えるのです。

逆に価値観の統一こそがファシストだと思います。
右向け右、そう、その言葉こそが正しいとされるのですから。