長距離バスに乗って約6時間。

長きに渡ってその城を、町を守り続けてきた
大きな門が目の前に現れた。

古城大理。

今では大きな長距離バスすら楽々と通してくれるが、
当時は難攻不落を誇ったのだという。

京都に似たと言うより、京都が真似た美しい町並みで
碁盤の目の様に真っ直ぐと道が何本も走っている。
今では観光地になってお土産屋さんやカフェなんかもあるけれど、
まだ町の至る所に、歴史を感じさせる立派な建造物や
ちょっとした細工があって、当時の息吹を感じる事が出来る。


着いてからまずした事は、他でもない宿探しである。
ツアーや短期滞在ではないので、宿選びはとても大事な問題である。

快適さと宿泊代のバランス。
前述したように、私は20万円で日本を離れ、スペインを目指している。
勿論の事、お金は死活問題である。
殆どの場合、豊かさよりも費用が優先された。

私が最初の宿として選んだ所は一日100円の
8人部屋のドミトリー(相部屋の宿)。

私は意外と神経質で枕が変わると、寝れなかったりしたのだけれど
もはやこの頃には、ベッドに身を沈めると同時に眠りに落ちた。

汚い話だけれど、中国のトイレには本当に戸が無い。
だから空室を探すのは鍵の赤青ではなくて、
そのまま前を通って確かめるのだ。
最初こそ戸惑ったものの、慣れると当たり前にズボンをおろす。

さて、大理だが前回書いたように大理石が採れる町なのだ。
だから当然町の至る所に大理石が当たり前のように使われている。
私が泊まっていた宿の庭にあった卓球台は、何と大理石で出来ていた。

大理は標高3,000mの町である。
空が近いから青空の色が全然違う。
本当に青いのだ。
絵の具のチューブからそのまま出て来たような鮮やかな青。
そして抜けるような空の果てにあるのは宇宙である。
初めての夜を迎えた時、あまりの星の大きさと多さに驚いた。
ビー玉の様な大きな星が、ゴロゴロとあって、その周りには
これでもかという程の幾千もの星が輝いていた。
空気の綺麗さ、標高の高さ、暗闇の深さ、そんなものが
全て揃って、万華鏡のような夜空が私達を包んでくれたのだ。

話を変えよう。
前回の終わりに少し書いたのだけれど、昆明で出会った
タイのプロのギターリストの滞在先がここ、大理だったので
後を追うように、私は来たのだ。
彼は世界中のあらゆる所に行って、色んなミュージシャンと共演し、
色んな音楽を貪欲に吸収していった。

私が初めにセッションをして驚いたのは、その懐の深さであった。
楽器をやっている人なら分かって頂けると思うが、誰しも手癖という
ものがある。つい出てしまうメロディー。
その数が彼は無限に近い程あった。
驚いたのはその数だけではない。
それを引き出すタイミング、それが絶妙なのだ。
無国籍、正にそういった感じだった。
こんな人がこんな近くにいたのも驚きであった。
だから私は彼を追う事に決めた。
少しでもそれを吸収したいと思った。

彼は、大理のあるバーで演奏をしていた。
小さなバーだったけれど、観光客で溢れ、
立ち見が出る程の人気だった。
演奏後、私は彼に話し掛けて再会の喜びも程々に、
どちらからともなくセッションは始まった。

続く。
目を覚ますと、やはり見慣れない天井に
幾分かの違和感を感じる。
反射的に、視線は、天井の模様を追ってしまう。

大きな窓からは既に落ち着いた光が注ぎ込まれている。
携帯していた目覚まし時計の針は昼の5時を回ったところ。
およそ10時間近く寝ていた事になる。

天井に幾つかのペアを見つけ、ベッドから体を起こそうとすると
背中やお尻に鈍い痛みが走る。
列車の最悪な席での長距離移動が響いたのだ。
ベッドの上で足の爪先から頭のてっぺんまで、丁寧に体を調べていく。

旅に於いて、最優先されるべき事は体調であり、
パスポートでもお金でもないのだ。
それは、今までの旅で経験してきた一つの答えである。
後者は時間が解決してくれる事であり、前者は時間がむしろ
その後の如何を決めるからである。
殊更慣れない海外に於いては重視すべきである。

10分程度ベッドの上で自分の体を調べて異変が無い事を確認すると、
裸足のままで窓際に歩き、外に広がる風景を見渡してみる。
それはおよそチェックインする為に朝来た情景とかけはなれたものである。
片側3車線の道路は車で埋まり、歩道は自転車や歩行者でいっぱいである。

濃い霧に埋もれたゴーストタウンは、渋谷のスクランブル交差点のように
人で溢れかえっていた。
上海から離れるにしたがって、徐々に田舎の風景に変わっていく様を
眺めた私には全くの予想外の光景であった。
勝手な事を言わせてもらえば、『ここ』は田舎であるべきなのだ。

疑ったり怒っても始まらない。
私は食事をする為に、宿を後にした。
ここ昆明も上海と同様、都会と雑多さが混在する街だった。
大通りを一本路地に入ると、すぐに細い路地裏となっている。
鶏の首をひねってそのままさばいていたり、
見た事も無いような種類と大きさの野菜や果物を売る店がある。。
更に奥に行くと、一体何に使うのかまるで分からない物を売る店があったり、いかにも胡散臭い怪しい店があったりする。
しかし都会とその雑多さが混在するその風景には、何故か違和感が無く、ある種一つのアイデンティティを持ち得ていた。

そんな事を考えながらそのまま狭い路地を歩いていると、
目ぼしい店を発見する。
私がこれまでの経験で身に着けたもの。
それは観光客が入る店より地元の人がいる店の方が信頼できるという事。
私はその店に入ると、メニューを見ながらも、周りの人達が頼んでいる
料理を眺めていた。
重複するようだが、地元の人が入る店、更に言えば食べているものに
ハズレなんていう事はほとんどないのだ。

私は多くの人のテーブルに並んでいる、空芯菜の炒め物と
トマトと卵のスープを注文した。
大袈裟ではなく、メニューをしまおうかとした時に、
料理が運ばれてきた。
その間、一分弱。
恐ろしい程のスピードである。
更にこれが予想を遥に超える絶品。
調理のスピードは、出来立ての温かさを追求するだけではなく、
その素材の良さを最大限に引き出す瞬間、
その瞬間を見事に捉えたものだった。
ここ、昆明にいた間は、この店のこの料理を食べ続けた。
それ程にこの料理は美味しかった。

結局昆明には、次に目指す国ラオスのビザを取る為に一週間いた。

ビザ取得後、ラオスへ向かう為に国境近くの中国最南端の町、
西双版納にすぐ向かう予定だったが、たまたま宿の近くの
多目的施設でライブをしてたタイのプロのギターリストとの
即興演奏を機に、彼が次に向かう大理(大理石の大理)に向かう事になった。
(実に面白い音の選び方に感化され勝手に飛び入り参加したのだ)

今思えば、このあたりから私は何かに導かれるように歩を進み始めたのだ。
相変わらず遊んでます。

今も京都から帰ってきたところです。

本当に申し訳無いけれど、追い越し追い越しでした。
別にスピード狂では無いんですよ。
車も特別好きな訳ではないし。
単純に早く家に帰りたかっただけです。
明日は仕事ですし。

ただ、一言言いたいのは、何で追い越し車線に、
制限速度以下の車が走っているのか?という事です。

追い越し車線は文字通り追い越す為の車線です。
1×0キロで走る訳ではないけれど、何か意地とか嫌がらせみたいに
ゆっくりと走られると非常に迷惑です。

そんな人に限って隣の車線から追い越すと急にスピードを上げて
スッポンみたいにずーっと追い回したりするのです。
もうそんな事しても、誰も幸せにはなれないのに、
不毛なデッドヒートの挑戦状を一方的に叩きつけられても
『むむむ…』ってなります。

追い越した私も勿論悪いけど、感情的になってあからさまな
嫌がらせをするのはどうなのかな?って思うし、思いませんか?

ダメだ…。
完全に眠気が襲ってきて、まともな文章が書けないし、
丸裸な感情をただただ書いている。

そんなしょうもない感じなのでもう寝ます。

ちなみにこの2日間で移動した距離616km。
ちょっと無理させたのにへそを曲げずに頑張ってくれた
キキのほうき、ホントにありがとう。

おやすみ。
時刻は午前6時。

大きなブレーキ音と、走り疲れて思わず出た、
あくびのような、長い汽笛が長い旅の終わりを告げる。
その距離2066km、時間にして56時間。

トイレ等を除けば、ずっと硬くて狭い席に同じ姿勢でいたので
立ち上がると体中の筋肉や細胞が悲鳴をあげる。
熱い温泉や水風呂に浸かるように徐々に体を慣らしながら
その列車に別れを告げる。

改札口を出ると、昆明(その駅の名前)は濃い霧に包まれ
蜃気楼のように怪しく乗客をその世界に、街に誘う。
大通りには人影も無く、街はまだ起きていない。

体をほぐしながらたっぷりと朝の新鮮な空気を吸い込むと、
取り敢えず56時間の旅の疲れを癒してくれる宿を探す。
と言ってもただ闇雲に探す訳ではない。
実は既に列車の中で、昆明で一番安い宿を聞いていたのだ。
もらったメモを頼りに、その宿を探す。

意外にもその宿は大通りに面した一等地に聳え立っていた。
逆に怪しいなと少し疑いながらロビーを抜け、受付に向かう。

受付には誰もおらず、チンチンと鳴る使い古された
ベルが机の上に置いてあり、それを何度か鳴らす。
少しすると完全に寝起き顔の女性の従業員が面倒臭そうにやってくる。
その表情や受け答えの端々に『何でこんな早朝にやって来るんだ』
という寝起きを起こされた苛立ちが含まれていた。

チェックインを済ませると、やはり面倒臭そうに簡単な
館内のルールや部屋の場所を説明すると、
最初に出てきた彼女の寝室らしき部屋に再び姿を消した。

私は部屋のキーを片手に自分の部屋へ向かう。
外から見た綺麗な近代的な綺麗な姿とは裏腹に、
内側は廊下が軋むボロボロの安宿だった。
それもその筈、6人の相部屋で一晩160円の安宿なのだから。

部屋に入ると、既に5人のベッドは埋まっていて、
皆とても気持ち良さそうに眠っている。
長距離の移動によってボロボロになった私は、
ベッドに身を沈めると、底無しの井戸の中に埋もれていくように
深い眠りへと落ちていった。

続く。
久し振りの更新です。

この一ヶ月あまり、とても忙しかったんです。
『忙しかったから…』っていう言葉は良くないですね。
大嫌いです。
だから?(so what?)って思います。
本当にやりたい事には寝る間も惜しんでやるはずです。
つまりはその対象に対して本気ではないと言う事なんです。

だから『忙しくてさ…』って言う人の言葉も、その人自身も
信用しません。
はい、人間不信です(笑)

ええと、実はこの1ヶ月遊び狂ってました。
仕事をコンパクトにまとめて、できる限り遊びに専念してました。

面白かったのは奈良の山奥にある大人の為のアトラクション施設。
地上15mの木の上で様々な罠が待ち受けてます。
最初友達から誘われた時、『まあ所詮…』なんて甘く考えてましたが
これが大誤算。
受付でいきなり何かあった場合、当施設は一切の責任を負いません
という誓約書を書かされました。
更には緊急連絡先の電話番号まで。
あまりにも久し振りだったので、実家の電話番号が思い出せず、
携帯という文明の力に頼りました。

まあ、いずれにしても熱湯風呂に入れられるような(入った事無いけど)
初めからキツイって分かってるものに自分から向かうというのは、
中々面白いものです。

結局その誓約書のお世話にはならなかったけど、そのアトラクションが
私に与えたダメージは結構根の深いものでした。

興味のある方は是非行ってみて下さい。
もちろん自己責任で(笑)


話し変わりますが、前回書いた中国編、続きを書いてみたんですが
かなり長くなる事に、今更ながら気付きました。
私にとっては思い出深い大切な事でも、読まれる方にとって
どうでも良い内容だったら…なんて考えてる内に
段々、重くなってきて、少し距離置きたいな、なんて思いました。
ホントに自分勝手ですいません。
まあ、マイペースで書けたらなと考えております。

さて、こんな訳の分からんどうでも良い文章もぼちぼち終えます。

失敬。


追記

最近、1Q84の流れから、村上春樹の作品を読み直してます。

そこで気付いた事。
村上春樹の文章は実に心地良いという事。
例えば『アンダーグラウンド』という作品。
この作品はオウム真理教が起こした地下鉄サリン事件について、
被害者にインタビューを行って、まとめた作品である。
基本的には被害者のインタビューに手を加えず
そのまま載せた内容なのだが、
途中、村上春樹の文章が出てくる。

そのインタビューと、彼の文章にはとても大きな違いがあって、
その彼の文章を読んでいる時に、改めて彼の文章の妙に
気付かされる。
内容云々ではなくて、彼の文章は単純にとても気持ち良く
体に侵食してくる。
やはり彼の文章はとてもうまい。
上手く言えないけど、その活字は文字通り紙の上を躍っている
ような感じなのである。

ストーリーとしては『羊をめぐる冒険』が一番優れていると
思いますが、文章はやはりどの作品でも優れている。

是非読んで頂きたいと思う。
彼はオリジナルの文章を描く。
内容はさておき、いずれの作品も文章は一線を画している。

文庫版も最近は多いので、是非読んでみて下さい。

ではでは。