2/15 ナフプリオ → コリントス
2/15 ナフプリオ → コリントス
やはり海辺の町はいい。
内陸育ちの自分は海というだけでどこかテンションが上がってしまう。
朝のナフプリオンの町
午前中、旧市街のはずれにあるパラミディの城壁へ向かうことにした。
のっけからひたすら階段が続く。10分ほど登っただろうか、ようやく門が見え、入館料2ユーロ(学割)を支払い中へ入った。
パラミディの城壁
パラミディの城壁は1686~1715年にかけてヴェネチア人が築いた要塞だそうで、小高い丘の高台にたつ城は、少しミストラの面影を感じずにはいられなかった。あまり時間もなかったため、サクッと見るつもりだったが、予想以上に大きかったため、若干かけ足で遺跡を見て回った。
高台に建つだけあって、ナフプリオンの街並みがどこを歩いていても目に映る。中でもアクロナフプリアの要塞を望む景色は、なんともいえない高揚感を僕に与えてくれた。しかし、その高揚感も、帰りの石段で飛んで行ってしまった。ふと目の前を横切る物体、「ドスッ」という音がし、それがころがる。ハッとして後ろを見ると、現地の人だろうか、何やら騒いでいた。石を投げつけつけられたのである。子供のいたずらか、はたまた差別なのか、真相は謎だが、この旅で初めての経験に、足取りはやや重くなった。
さて、次の目的地である。
選択肢は二つ、教科書にも出てくるあの有名な「ミケーネ」、
そしてもう一つはとてつもなく巨大な劇場を備える「エピダウロス」。
予定では、今日中にコリントスに行くこととなっていたため、なんとか一日で回れないものかと画策していた。しかし、その策は失敗に終わるかもしれないため、優先順位をつけたかった。
結論から言うと、僕は「ミケーネ」を選んだ。
教科書で見た遺跡というのが大きかった。
高校の世界史の先生が「クレタからミケーネそして300年の暗黒時代」とよく言っていたのだが、かつての古代ギリシャを担った国家の跡を見てみたいと強く思ったのである。
ナフプリオンからバスに乗り、一時間ほど走ると、ミケーネ遺跡が見えてきた。
今までの遺跡と違い、大きな神殿跡を彷彿とさせる巨大な柱は見えないが、丘の上に荘厳と佇む遺跡のその姿に、何か熱い思いが込み上げてきた。かつてシュリーマンが、イーリアスにつづられた伝説の都市「トロイア」を発掘する夢を実現させ、この遺跡群を発見したという事実もまた、ロマンを感じさせてくれた。修学旅行と思わしき子供たちとツアー客でにぎわっていたので、ハッと現実に帰らされてしまったが・・・。
遺跡を一通りまわり、有名な獅子の門や、併設の博物館で黄金のマスクを見物。遺跡のはずれにあったアトレウスの宝庫は、中が真っ暗で何も見えず。まさに宝物庫という感じではあったが、観光するには明かりがあった方がいいのではとやや疑問に思う部分もあった。
ナフプリオに戻ったのは13時過ぎであった。
次の目的地、コリントスへ行くべく、バスのチケットを買おうとするが、
「アテネ行きに乗れ、コリントスはNO、イストモスで降りろ」
と言われる。わけもわからず、バスに乗り込んだものの、イストモスという地名は聞いたことがない。
不安でいっぱいだった。しかも道中コリントスらしきところで人が降りている。
コリントスはNOといわれた手前、降りていいのか分からず、バスは「イストモス」へ着いてしまった。
よくよく見ると、昨日乗り換えをしたバスステーションである。
見覚えのある場所にほっとしたのもつかの間、受付でコリントスへ行きたいというと、「?」という顔をされる。
何回も言うがまったく取り合ってくれない。どういうことなのか。
とりあえず、落ち着くべく、休憩所でスブラギという焼き鳥のようなものを食べ、考えてみた。地図を見てもチケットを見てもわからない。結論として僕はコリントスまで歩くことを選んだ。ミストラからのロングウォークも経験しており、なんとかなるだろと、高をくくっていたこともある。そうと決まれば、ミストラのときはなかった重い荷物を持ち、道を歩き出した。
この道であっているのだろうか。そんな不安がよぎる。しかし、コリントスを示す案内板を見つけ、道があっていることを確信。歩道がほとんどなく、日本で言う国道の脇を歩いているような状況であったが、歩いて歩いて一時間、ようやく市街地と思わしき場所についた。持っていた地球の歩き方を見ながら、地図と場所が合致した時は、本当にほっとした。
コリントスの看板
ようやくたどり着いたコリントスは、もとは、アテネやスパルタといったポリスの一つで古代より歴史ある街である。ペロポネソス半島のちょうど付け根にあり、アテネにも比較的近いことから、ツアーが組まれていることもしばしば。かくいう私のおじさんも昔ツアーで行ったことがあるらしい。
そんなコリントスで、なんとなく安そうなアクロなんとか(名前を失念)というホテルを見つけ、30ユーロで即決。部屋のテレビがつかないと思ったら、違うリモコンだった・・・1時間のウォーキングの疲れとみた。
宿泊したホテル
夜中、通りではしゃぐ若者の声が耳に就いたが、それもまたよしとしよう。





