2/14 スパルタ → ナフプリオ へ
2/14 スパルタ → ナフプリオン
朝7時くらいに目を覚ます。
ベランダに出てみると、目の前には朝焼けに照らされたスパルタの町が浮かび上がっていた。そしてその後ろにそびえる山肌に、本日の目的地ミストラが見えた。「ヨシ」と小さな声で気合を入れ、スパルタの町へ飛び出した。
今日の朝食は初のホテル飯であった。パンにハムにチーズ、オレンジジュースとコーヒーというシンプルなものではあったが、パンは四枚もあって朝から満腹になってしまった。
というわけでいささか重い体でミストラ行きのバス停まで歩き、そのバス停にて地元のおじいさんにミストラの素晴らしさを熱弁され、たじろぎながらバスへ乗り込み、およそ20分ほどでミストラへとたどり着いた。

ミストラの要塞都市群
ミストラとは、スパルタから6kmほど離れた山間にそびえる城塞都市であり、ギリシャに多数存在する古代遺跡ではなく、中世、東ローマ帝国時代に発展を遂げた街である。最盛期には四万人以上の人口を誇ったとのことだが、オスマン朝からの攻撃による荒廃を経て「死滅都市」となり、現在では修道院に数名が残るのみとのこと。かつての栄光の影が見え隠れする街を歩きながら、ふと日本人が多数歩くのを目撃した。
「阪急トラベルなんですよ」点在する修道院の一つ
点在する修道院を一瞥しながら、ミストラの一番上、ヴィルアルドゥアン要塞へたどり着いた。石壁をよじ登り、一番高い所に立つと、そこからは一面に広がる平原の風景が広がっていた。その風景に心打たれながら、思えば遠くに来たもんだ、と改めて感慨にふける自分がいた。
一面に広がる平野
さて、帰り道である。
ここで一つ目の無茶をやらかした。
それは、スパルタまで歩いて帰ったことだ。
バスを降りたところでバスを待っていたが、いくら待ってもバスが来ない。そもそもバス乗り場を確認しなかった自分が悪かったのではあるが、「6kmくらいならいけるだろう」とタカをくくり、徒歩移動を決めてしまった。幸い一本道で、道はすぐわかったが、たまにすれ違う車からは「なんでこんなところを日本人が歩いてるんだ?」というような視線を感じ、また、本当にこの道で会ってるのかという不安にも駆られながら、一時間ほど歩いた。視線の先にスパルタの町が見えた瞬間は、なんとほっとしたことか。
街に戻ったあとは、スパルタ遺跡をさくっと見物し、バスターミナルへ移動した。
戻ってきたスパルタ

入場無料のスパルタ遺跡
バスでトリポリへ行き、昨日の記憶を頼りに大きなバスターミナルへ移動、次なる目的地ナフプリオへ。・・・と思いきや、ナフプリオ行きのバスは明日になってしまうとのこと。落胆していると、店員さんからコリントス経由ならまだ行けるかもと救いの手が差し伸べられた。これはラッキーとコリントス行きのバスへ乗車した。しかし気づいてしまった。「ん、チケットの地名が違う・・・」しかも乗車時にチケットを奪われてしまい、よくわからないままバスは出発。「どこで降りればいいのか分からないではないか!!」と非常に焦ったが、1時間くらいで着くとのことから、「とりあえず1時間くらいしてついたところで降りればよいだろう」と楽観的に考え、車窓を眺めながらその時を待った。
・・・無事に到着した。しかし、ナフプリオ行きがすぐ出発するとのことで、店員さんの配慮により順番を抜かしてチケットを手配してもらい、乗ったバスは、来た道を逆戻りしていった。こうして苦難のすえ付いたナフプリオ。バス乗り場から、旧市街への道も暗くてよくわからず。なんとなく進んだ結果、地球の歩き方にある目印を発見でき、ようやく自分の所在を確認できた。そしてホテル探し。最初に入ったアクロポールにはフロントに人がおらず、しょうがないので次の候補エピダウロスへ。40ユーロという値段に、断ろうと話をしていると35ユーロに負けてくれた。この旅初めて宿代を値切ってしまった。「日本人ならなんでもOK」そう話すフロントのおじさんに、日本人ツアーの人もたまに来るのかなと勘ぐってしまった。
港町ナフプリオ。ペロポネソス半島の東に位置するこの町の旧市街は、アクロナフプリア要塞とハラミディの城壁をかかえたかつての要塞都市でもある。夜の桟橋付近からは、要塞のような島が浮かんでいるのも見えた。城壁、要塞、海沿いの町ということで侵略から守るための施設を築いたのだろうか。などと考えながら夜の散策を終え、ギロピタを買って宿へ戻った。旅の初めから日課としていた英語の日記を書きながら、実は旅も折り返しとなっていることに気付いた(今日がバレンタインデーであったことにも(笑))。少しのさみしさと少しのホームシックをおぼえながら、夜は更けていくのであった。
夜闇に浮かぶ要塞のような島






