ヤーサス!ギリシャへの誘い -12ページ目

2/12 パトラ → オリンピア

2/12 パトラ → オリンピア


イタリア人の寝言が聞こえる部屋を後にし、ホステルを出発した。

海沿いの町に広がる白い建物と青い空。パトラの街の鮮やかな景色は、この旅一番の光景であった。

特に小高い丘の上に立つパトラ城から眺めた風景は、けして忘れられないものになった。

崖下に見える街並み、青い地中海、その奥の山々、空と雲。僕はただ風を感じ、立ち尽くしていた。

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パトラ城からの景色

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パトラの街並み・景色


城を一通り見て周り、野外劇場を見物した後、バス停へ向かった。

はじめは電車での移動を計画していた。しかし、前日駅にて時間を確認しに向かったところ、「電車はない」との一点張り。どういうことかと思ったら、「ストライキ」とのこと。合点。日本ではほとんど起きないストライキも、海外では日常茶飯事のようであった。そういうわけで、11時にバスへ乗車し、ピルゴスという町を経由し、オリンピアへと向かった。


オリンピアというと、オリンピックを思い出す人が多いのではないか。

事実、オリンピックは、ここオリンピアでかつて開催されていた競技会を起源としたもので、その語源ともなっている。また、聖火は、オリンピア遺跡のヘラ神殿において凹面鏡を用いて太陽から採火されており、2004年のアテネオリンピックでは男女砲丸投の競技がオリンピア遺跡の競技場跡にて行われたという経緯もある。


そんなオリンピックの発祥の地オリンピアではあるが、

現在は人口1500人程度の小さな町であり、どこか懐かしい空気が漂う町であった。

まずは、宿探しということで、懲りずにユースホステルを探した。白い背景に赤い文字の看板を見つけ、中に入ると、照明が落ち、薄暗い様子である。何度も呼びかけるが誰も出ない。でも、中には入れる。留守なんだろうと思い、先に遺跡を見物することにした。


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ユースホステル


オリンピア遺跡は、町はずれの平地に佇んでおり、遺跡内の木々とのコントラストが特に印象的であった。葉が落ちた冬の木と、神殿が織りなす景観に哀愁感が漂う。そんな遺跡群の奥に、オリンピアの競技場があった。そこは、まさしく古代オリンピックが開催されていた地であり、スタートラインと思しき石も埋め込まれている。僕はおもむろにクラウチングスタートの姿勢を取り、走り出した。少し、古代オリンピックを体感できたような気がした。まあ、誰もいなかったからできたことではあるが。なお、途中、入館チケットを紛失するというハプニングもあった。このチケットには博物館の入館チケットもついていたため、大分焦ったものの、無事入り口付近で発見。事なきを得て博物館を見物した。



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オリンピア遺跡


その後、オリンピック創設者クーベルタンの石碑を見ようと、町をうろつくが、地球の歩き方の記載の場所に石碑が全く見つからない。かなり裏道まで入り込んで探したが一向に見つからず、こちらはロストしてしまった。


初めて地球の歩き方が「地球の迷い方」になってしまい、思わず笑ってしまった。


オリンピアの街へ戻ってきたが、相変わらずホステルの管理人がいない。途方に暮れていると、バックパッカー風の白人がやってきた。彼もどうやらユースホステルに泊まろうとしていたらしい。二人で、管理人を探すことになった。


彼はオーストラリアから来たニック。

年齢は30くらいと勝手に想像した。


ニックが近くの道の人等に確認したところ、管理人の所在が判明。タベルナをやっているとのことで、そこへ行って確認すると、結局ユースホステルはクローズしているという話である。仕方がないため、安いホテルを紹介してもらい、なぜかそのニックとツインで寝ることになった。若干不安もあったが、オーストラリア人だし(?)、深くは考えないことにした。


夜、管理人がやっているタベルナへ行き、初めてちゃんとした夕食を食べた(笑)。

ギリシャの伝統料理ムサカを食べ、味に感動し、ワインを飲みながら、つたない英語でニックと会話を楽しんだ。


意思疎通についてはある程度なんとかなるが、やはり会話は難しい。

そう感じた夜であった。



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