2/10 カランバカ → デルフィ
2/10 カランバカ → デルフィ
6時に目が覚める。
顔をたたき気合を入れる。
荷物を預け、いざリベンジメテオラ。朝のひんやりした空気の中、ホテルを出た。
メテオラへはカストラキを経由して向かう。普通の人ならタクシーで向かうのがセオリーであるが、「なんとかなるだろう」とたかをくくった私は、全行程を歩くことにした。
歩いて、歩いて30分ほど経っただろうか、徐々に天空へそびえたつ奇岩群が近づいてくる。そして、一番手前に位置する修道院、アギオスニコラウオス修道院へたどり着いた。9時まで待ち、中に入る。すると礼拝堂の中から、うめき声というか、異様な声がなり響いていた。その音にたじろぎ、中に入っていいのか分からず、他の部屋をサクッと見渡して出てきてしまった。
気を取り直し、次の修道院、ルサヌー修道院へ。
この修道院はちゃんと礼拝堂の中に入ることができた。礼拝堂は、やはり異様だった。キリストと思わしき独特の絵がひしめき、薄暗い中をろうそくの灯がてらし、お香の香りが立ち込めていた。日本人は宗教意識が希薄とはよく言ったものだが、この時ばかりはギリシャ正教にそまった気分になった。
残る修道院はあと3つ。メガロメテオロンとヴァルラーム修道院へ着くと、大型バスが立ち並び、アジア系の人々がぞろぞろ連なって歩いていた。またこれがマナーの悪いことといったら・・・。はしゃぐ気持ちはわかるが、もう少し静かにできないものか。さらに、メガロメテオロン修道院の入り口のチケット売場では「ジャパニーズ?」「アリガトアリガト」と片言の日本語で話しかけられ、この修道院の人気っぷりが伺えた。当然、その人気にたがわず、二つの修道院は今までのものよりも規模も大きく、見所もあった。展望台からの景色や、外観の美しさもさることながら、頭蓋骨が並んでいる部屋には思わずドキッとさせられてしまった。見学も終わり外へ出ると、今度は売店の人が「ジャパニーズ2ユーロ」とパンフレットを売りつけようとしてきた。無視して最後の修道院へ向かった。
昨日しまっていた修道院、アギアトリアダへ。
この修道院は、まさしく切り立った崖に囲まれた修道院で、よくポストカードや写真として使われていた。その切り立った崖にたち、遠くを見ながら感慨にふけっていると、不意に携帯が鳴った。親からだ。
「もしもし」
久しぶりの日本語の会話にちょっとうれしくなった。
全行程を制覇した脚は、パンパンだった。宿に戻り、荷物を受け取ると、おじさんが何やらバイクに乗れと言ってきた。どうやらバス停まで送ってくれるらしい。疲れていた僕はお言葉に甘えることにした。わずか二分ほどの距離であったが、おじさんの優しさがうれしかった(ノーヘルだったことは気にしないでおこう)。
バスに乗り込み、カランバカを14時に出た後、トリカラ、アムフェサを経由し、デルフィについた頃には21時を過ぎていた。
カランバカのバス停
この移動は、トラブルの連続だった。
トリカラで、チケットの行き先が違うことに気づき、バスの乗務員に英語で確認し、なんとか正しいチケットをまずゲット。そしてアムフェサではうす暗いバス停で2時間待ち。ようやく20時30分に出発したバスは、日本では制限速度40kmくらいの道を90kmくらいのスピードで飛ばすものだから、まさにヒヤヒヤ。それでも夜の道はキレイで、デルフィの町の灯は鮮やかに見えた。
道を歩いていると、店主と目があった。「宿を探しているのか」ということで、ホテルパンへ宿泊することになった。時間も遅かったため、宿を探せるか不安であったが、無事に決めることができてほっと一安心だった。夜の街を散策し、キヨスク的なところで買った遅い夕食は、クリームパンにチョコにフルーツジュース。
「明日こそもっとまともなものを食べよう。」そう心に誓った。
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