吾妻渓谷入口
群馬県吾妻郡東吾妻町から長野原町にまたがる吾妻川の渓谷。


変化に富んだ景観
吾妻川の激流が岩盤を深く浸食してできた吾妻渓谷は、そそり立つ崖や奇石、滝などが連続し、スリル満点の景色が楽しめます。

 

 

特に、約2.5kmにわたる渓谷美は、新緑の5月や紅葉が彩る10月下旬から11月上旬がベストシーズンと言われています。

 

八ッ場ダム情報放流中
ダムの貯水率や放流量などの情報を表示し、一般に公開されています。



 

八ッ場ダムの現況をリアルタイムで表示する電光情報掲示板です。


吾妻渓谷通行止
群馬県道375号線林岩下線
長野原町林から東吾妻町岩下を起終点とする県道です。


 

県道375号線(日本ロマンチック街道)が八ッ場ダムに沈むため、JR東日本吾妻線と国道145号線(群馬県道376号林長野原線)の下り線が吾妻川の左岸に、八ッ場ダムの付け替え道路により建設されJR東日本吾妻線の八ッ場トンネルと並走しています。

 

 

「吾妻渓谷入口交差点」からは、新たに「八ッ場バイパス」が吾妻川の右岸に新設れました。




起点・長野原町林(国道145号・群馬県道376号林長野原線)
終点・東吾妻町岩下(国道145号)


 

国道145号線の吾妻渓谷入口交差点で一般車両は直進出来ず右左折を選択し、草津方面へ進んだ。

直進出来るのは地域住民と八ッ場ダム工事関係車両に限定され、吾妻峡橋から先は現在も通行止めになっています。


飛行機雲
飛行機の航跡に生成される細長い線状の雲のことです。

飛行機雲は、ジェットエンジンの排気ガスに含まれる水分や、翼の周りの気圧が低くなることによって発生します。

 

これは煙ではなく、水蒸気や氷の粒が集まってできた「雲」の一種です。
冬の寒い日に息が白くなる現象と同じ原理で発生します。

 



飛行機雲が発生する主な原因は以下の2つです

エンジン排気によるもの 飛行機のエンジンから排出される高温の排気ガス中の水蒸気が、上空の非常に低い気温(高度1万メートルでは-40℃以下になることもあります)によって急激に冷やされ、水滴や氷の粒となって雲になります。

翼周りの低圧部によるもの 飛行機の翼の周りでは、空気の流れによって気圧が低下し、それに伴って気温も下がります。

この断熱冷却によって空気中の水蒸気が凝結し、雲が形成されることがあります。


十二沢パーキング(じゅうにさわ)
吾妻峡の登山口にある無料駐車場で、吾妻峡散策の拠点として利用され、「吾妻渓谷の玄関口」とも言われています。

 


 

30台駐車可能
トイレ
標高500m


ナナフシ
立派で大きなトイレを利用しに行くと「ナナフシ」が。
「七節」はたくさんの節があるという意味から来ています。

木の枝によく似た見た目を持つことから、英語では「スティック・インセクト」とも呼ばれます。

ナナフシは南極大陸を除く世界中の大陸に分布していて、熱帯や亜熱帯地域で特に多くの種類が見られます。



 

多様な生息地 東南アジアや南アメリカ、オーストラリアなどに多様な種が生息しており、ボルネオ島には300種以上が発見されています。

日本にいるナナフシ 日本にはナナフシモドキ、ニホントビナナフシ、トゲナナフシなど15~30種類ほどが生息しています。


女郎蜘蛛
日本に広く生息する大型のクモで、特に夏から秋にかけて大きな網を張ることで知られています。

見た目 メスは体長20~30mmに達し、腹部が黄色と暗い青色の縞模様をしています。


 

成熟すると腹部の先端が赤くなることがあります。オスはメスよりも小さく、体長10mmほどで地味な褐色がかった黄色に縦縞が入っています。


 

巣 金色を帯びた、複雑で大きな円形の網を張ります。この網は非常に頑丈で、時には小鳥を捕食することもあるほどです。


名前の由来
女郎蜘蛛という名前の由来には諸説あります。

遊女の女郎説 遊郭の女郎から来ているという説。


 

上臈(じょうろう)説 古代の身分の高い女官である「上臈」になぞらえられたという説があります。

古人は、ジョロウグモの姿を優雅で艶やかだと感じていたようです。

日本ロマンチック街道
長野県上田市から栃木県日光市まで続く、全長約320kmの広域観光ルートです。



 

ドイツの街道に由来 ドイツ南部のヴュルツブルクからフュッセンまで約350km続く「ロマンチック街道」を参考に名付けられました。

 

1988年11月25日には、日本ロマンチック街道協会とドイツロマンチック街道協会が姉妹街道協定を結び、文化交流を深めています。


多様な景観 日本ロマンチック街道は、日本の中でもドイツ的な自然景観を持つとともに、多くの日本のロマン詩人たちが作品を残した、ロマンあふれる地域を通ります。

 

軽井沢や草津などの避暑地や温泉地、歴史ある宿場町を通り、上信越高原国立公園、尾瀬国立公園、日光国立公園といった国立公園を結んでいます。火山が作り出した壮大な景色も楽しめます。


主なルート 国道120号、145号、146号、18号など、複数の国道がルートに含まれています。

長野県では上田市、東御市、小諸市、群馬県では嬬恋村、草津町、沼田市などが参加自治体となっています。



ハート形土偶
145号線(日本ロマンチック街道)新井の交差点にハート形土偶が有ります。

 



群馬県吾妻郡東吾妻町の郷原遺跡からほぼ完全な形で見つかった土偶が有名で、高さ30.5センチあります。

 


 

↑ 東京国立博物館内に展示されているハート形土偶 ↓

 

この土偶は国の重要文化財にも指定されており、現在は東京国立博物館に所蔵されています。


 

ハート形土偶は、国の指定重要文化財として日本史の教科書にも登場し、海外にも紹介された。


 

大阪万博の際、芸術家の故・岡本太郎が制作した「太陽の塔」にも影響を与えたといわれ、1981年(昭和56年)に発行された90円普通切手のデザインにもなった。

 



普通切手とは、郵便料金の納付を主な目的として発行される切手のことです。記念切手のように期間や枚数が限定されず、通年発行されています。

 

吾妻渓谷(あがつまけいこく)
群馬県吾妻郡にある美しい渓谷で、吾妻川に沿って広がる名勝地です。


 

国の名勝にも指定されており、その壮大な景色から「関東の耶馬渓」とも称されています。
 


道の駅あがつま峡
群馬県吾妻郡東吾妻町にある道の駅で、2014年10月11日にオープンしました。


 

国指定名勝である吾妻峡の入り口という恵まれた場所に位置しており、豊かな自然に囲まれています。

この道の駅は、単なる休憩施設以上の魅力があります。


温泉施設
源泉かけ流しの塩化物温泉である「吾妻峡温泉天狗の湯」が併設されており、旅の疲れを癒すことができます。

足湯も無料で利用できます。


 

↑ 日本ロマンチック街道の雁ケ沢交差点を左折、吾妻川を渡った先に有ります ↓

 

 

直売所と食事処
農産物直売所「てんぐ」では、地元の新鮮な野菜や果物、特産品などが手に入ります。

また、食事処「あがつま亭」では、地元の食材を活かした郷土料理を味わうことができます。


公園とアクティビティ
「あがつまふれあい公園」には、天然芝のドッグラン(小型犬エリアとフリーエリアに分かれています)や、子どもが遊べる遊具、健康器具などが整備されています。

手裏剣投げなどの忍者体験もできるユニークな道の駅です。



観光の拠点
吾妻峡観光の拠点として、渓谷美を楽しめる「吾妻峡ガイドツアー」も実施されており、四季折々の美しい景色を満喫できます。

特に、ミツバツツジが咲く4月中旬、新緑の5月、紅葉の美しい10月下旬から11月上旬がおすすめです。

道の駅あがつま峡の「吾妻峡温泉天狗の湯」は塩化物泉ですが、温泉の泉質には他にもたくさんの種類があります。



道の駅あがつま峡の天狗の湯
「道の駅 あがつま峡」にある日帰り温泉施設。国名勝の吾妻峡の豊かな自然に囲まれた立地で、源泉かけ流しの温泉を堪能できる。

硫酸塩・塩化物温泉(低張性弱アルカリ性高温泉)のお湯は体の芯から温まる泉質の良さが魅力。

内湯や露天風呂のほか寝湯や貸切風呂などを備えている。



 

タオルの販売もあり、気軽に利用できる。露天風呂に配置されている「貫通石」は茂四郎トンネルの貫通時に採取された縁起物。難関突破や合格祈願、安産の守護石として親しまれている。

 

中秋の名月
日本の秋の夜長を楽しむ行事と言えば、十五夜のお月見です。
日本では十五夜の月を「中秋の名月」と呼んでお月見を楽しみます。

 


 

2025年の「中秋の名月」は10月6日になります。



 

お月見のお供え物はのうち、月見団子には、どんな意味があるのでしょうか(写真1から12は、江戸深川資料館にて、13以降都立向島百花園にて)



 

十五夜では、これからの収穫を祈りお米の粉で作った団子を供えたのが月見団子の始まりといわれています。



 

 白くて丸い月見団子は月が満ちる姿(満月)を模したもので収穫への祈りや感謝だけでなく、ものごとの結実や健康、幸福をも表していのです。


 

お月様と同じ様に丸い月見団子をお供えしそのお団子を食べることで、健康と幸せを得ることができると考えられています。


 

お月見のお供え物 ススキの意味は
それでは、なぜ月にススキを供えるのでしょうか?
 

 

 ↑ 居合わせた子等にモデルになって貰いました ↓


お月見のススキは、月の神様を招く依り代(よりしろ)として供えられます。



 

 本来、月の神様の依り代は稲穂です。
お月見の時期に稲穂が無かったため稲穂に似たススキを供えるようになったといわれています。


 

 十五夜
 月見とは、満月など月を眺めて楽しむこと。観月(かんげつ)とも称する。また、形から鶏卵の黄身を満月に例えた料理の名称。



 

 月見は、日本では特に旧暦8月15日と旧暦9月13日に月を鑑賞することを指す場合がある。前者の夜または月の状態を「十五夜」、後者のを「十三夜」と呼ぶ。



 

中国や日本では、単に月を愛でる慣習であれば古くからあり、日本では縄文時代頃からあると言われる。



 

 中国から仲秋の十五夜に月見の祭事が伝わると、平安時代頃から貴族などの間で観月の宴や、舟遊び(直接月を見るのではなく船などに乗り、水面に揺れる月を楽しむ)で歌を詠み、宴を催した。

 

また、平安貴族らは月を直接見ることをせず、杯や池にそれを映して楽しんだという。

 

向島百花園月見の会

令和7年10月5日(日)~ 10月7日(火)



 

↑ 都立向島百花園にて ↓

 十五夜(中秋)
 月見の飾り日本には、十五夜の月を鑑賞する慣習は中国から伝わった。旧暦8月(グレゴリオ暦)(新暦)では9月頃)は、北半球では太陽と月の角度が観月に最も良い時節(明るい)である。


 

 日本では月が見える場所などに、薄(すすき)を飾って月見団子・里芋・枝豆・栗などを盛り、御酒を供えて月を眺めた(お月見料理)。

 



この時期収穫されたばかりの里芋を供えることから、十五夜の月を特に芋名月(いもめいげつ)と言う地方もある。


また、仏教の寺院では豊作を祈る満月法会を催すところもある。



 十五夜の月は「中秋の名月」とも呼ばれる。加えて、中秋の夜に雲などで月が隠れて見えないことを「無月(むげつ)」、中秋の晩に雨が降ることを「雨月(うげつ)」と呼び、月が見えないながらもなんとなくほの明るい風情を賞するものとされる。


 

また、俳諧では葉月十四日、十六日のことを特に「待宵(まつよい)」「十六夜(いざよい)」と称して、名月の前後の月を愛でるが、日本の関東以西では、この時期、晴天に恵まれる確率は低い。


 

 中国本土、台湾、韓国では中秋節として盛大に祝う。


 

中秋節は祝日となっている。中国では当日、月餅を食べながら月を観る慣習 があったが、近年は月餅はひと月以上前から知人に配るようになったため、中秋当日までに月餅は食べ飽きてしまい、中秋当日には売れ残りを恐れて安売りされるという現象も起きている。


 

台湾などでは、当日屋外でバーベキューをするなどの別の楽しみ方が増えている。 

韓国では秋夕とその前日と翌日が公休日となるため、多くの企業、施設も休みとなり、帰省する者も多い。


 十三夜(晩秋)
 十五夜の月に対して「後(のち)の月」と呼ばれる。

十三夜は日本独自の風習と言われている。ちょうど食べ頃の大豆や栗などを供えることから、この夜の月を豆名月(まめめいげつ)または栗名月(くりめいげつ)と呼ばれる。



 

↑ 地元の箏奏者の団体による演奏は栗田社中(10月5日) ↓

 

 江戸時代の遊里では、十五夜と十三夜の両方を祝い、どちらか片方の月見しかしない客は「片月見」または「片見月」で縁起が悪いと遊女らに嫌われた。

二度目の通いを確実に行なうために、十五夜に有力な客を誘う(相手はどうしても十三夜にも来なければならないため)風習があった。


 十五夜、十三夜以外の月見 
 天候次第で月を見られない場合もあるので地方によっては月待ちという風習があり、十七夜以降を立待月(たちまちづき)、居待月(いまちづき)、寝待月(ねまちづき)、更待月(ふけまちづき)、という。


 

二十三夜待ちまでを行う地域が多くを占めたが、二十六夜待ちまで行う地域があり、月光に阿弥陀仏・観音・勢至の三尊が現れる(広辞苑より)、という口実を付けて月が昇る(深夜2時頃)まで遊興に耽った。

この風習は明治時代に入ると急速に廃れていったようだ。

 

火群庵(ほむらあん)
群馬県沼田市に本店を構える、焼きまんじゅうの専門店です。

 

 

昭和56年(1981年)に創業し、40年以上にわたって地元の人々や観光客に親しまれています。


 

火群庵の特徴
独自の生地
厳選された国産小麦と自家製麹をたっぷりと使用しており、もっちりとした食べ応えのある生地が自慢です。


 

じっくり発酵させ、高温の蒸気でふっくらと蒸し上げています。
特に群馬県川場村産のコシヒカリ「雪ほたか」も使用されています。


秘伝の味噌だれ
創業当時から受け継がれている秘伝の自家製味噌だれは、濃厚で照りがあるのが特徴です。

4種類の砂糖をブレンドした特製だれをまんじゅうに何度も重ね塗りし、炭火で香ばしく焼き上げています。



伊勢崎の焼きまんじゅう
群馬県東毛地域の伊勢崎市に住む友人の病気見舞いに訪問した際、出されたのがご当地名物の焼きまんじゅうでした。



 

伊勢崎市には、美味しい焼きまんじゅうが食べられる老舗や人気店が多数あります。


田中屋分店
江戸末期創業の5代続く老舗で、テレビ番組などでもよく紹介されています。


 

米こうじを使った手作りまんじゅうに、甘味噌のタレを何回も付けながら炭火で焼き上げられます。


大甘堂
明治創業の老舗で、注文を受けてから炭火で焼かれ、特大のハケで自家製タレを何度も塗り込むスタイルが特徴です。


 

甘さ控えめのタレと、外はパリパリ、中はモチモチの食感が人気です。


 

私の訪問時間が若干遅れたために、買って来てくれた焼きまんじゅうのタレが乾いてしまいました。


 

指でつまんで食べられる程のものも。


 

東吾妻町でのイートインでは火群庵のお土産用を買って次なる目的地へ。

 


 

↑ 土産用左から 12個入り 16個入り 20個入り ↓

  

 

↑ 土産用は餡子の入っていない物です ↓

 

お城……?

焼きまんじゅう店の前に見えるお城の様な建物は東吾妻町役場です。

 

特徴的な庁舎
現在の庁舎は、2019年1月に移転した新しい建物です。

 

戦国武将・真田氏ゆかりの岩櫃城下にあることから、城の外観を模した特徴的なデザインが採用されています。
 


もともとは日帰り温泉施設「岩櫃ふれあいの郷」を増改築して転用されたもので、老朽化した旧庁舎と経営が苦しかった温泉センターの課題を解決する形で新庁舎となりました。

 

 

岩櫃城下
戦国時代の武将・真田氏ゆかりの地として知られています。特に、岩櫃山の中腹に築かれた難攻不落の山城「岩櫃城」を中心に栄えた地域です。

岩櫃城は、802mの岩櫃山の中腹に築かれ、南側は約200mの断崖絶壁という厳しい山容が特徴です。

イートイン
昨日と同じ焼まんじゅうの店ですが、前回立ち寄った時はイートインでした。



電気ポット 
電気で湯を沸かし、保温する機能を持つ家電製品です。



 

主に家庭で使用される加熱・保温装置付きの容器で、湯を注ぐための電動ポンプを内蔵しているものが多い。


ほうじ茶
茶葉を強火で炒ることで、香ばしさが引き出され、苦味や渋みが少なく、すっきりとした味わいが特徴です。セルフサービスで提供していました。


小上がり
部屋の一部を一段高くして作られた空間のことです。


 

壁で仕切るのではなく、床に高低差をつけることで、空間に奥行きと変化が生まれます。


 

飲食出来る店内になっていて、今も変わりは有りませんがテークアウトのみに成ってしまいました。


竹のフォーク
環境に優しく、耐久性があり、生分解性であるため、無塗装で竹本来の風合いを生かしたものが多く、手彫りで丁寧に作られたものもあります。


 

竹は繊維質でしなりがあり、折れにくいのが特徴です。


 

サイズやデザインも 豊富で、デザートフォーク、パスタフォーク、和菓子用フォークなどがあります。


 

↑ イートインの竹のフォークとテークアウトの竹串 ↓

 

テークアウトの竹串と違って焼まんじゅうを食べるのには打って付けです。


 

焼まんじゅう定番といえば、中身の入っていない「素まんじゅう」にみそだれを塗ったものです。



 

お店によってまんじゅうの中に餡を入れた焼きまんじゅうもあります。


 

食べ応えと満足感
一般的な焼きまんじゅうは餡なしですが、餡が入ることでさらに食べ応えが増し、おやつにもぴったりの一品となります。


 

↑ 定番の中身の入っていない「素まんじゅう」にみそだれを塗ったも ↓

 

限定品としての人気
お店によっては数量限定で販売され、午前中に完売することもあるほどの人気ぶりです。

 

餡入り焼きまんじゅうは、特に群馬県北部(沼田市や利根郡など)で食べられる傾向があります。
 

 

↑ 餡を入れた焼きまんじゅう ↓

 


小麦粉に麹を混ぜて発酵させた蒸しまんじゅうを竹串に刺し、甘く濃厚な味噌ダレを塗って火で焼き焦げ目をつけたものです。



 

串から一つずつ外して箸で食べるのが一般的です。

イートイン
前回立ち寄った時はイートインでしたが今回はテイクアウトのみとなっていました。

 

購入した飲食物を店内に設けられた客席で飲食することです。



イートインは「eat in」という英語から派生した和製英語で、日本で広く使われています。

 

主にコンビニエンスストア、スーパーマーケット、ファストフード店などで見られ、店内で快適に食事を楽しめるようにテーブルや椅子が用意されています。

 

イートインとテイクアウト(持ち帰り)の主な違いは、食事をする場所と消費税率にあります。

 

消費税率
 イートインを利用する場合、消費税は10%が適用されます。これは外食とみなされるためです。

一方、テイクアウトの場合は軽減税率が適用され、消費税は8%となります。



営業許可
 イートインスペースを設置する店舗は、飲食店営業許可が必要です。

これには、食品衛生責任者の配置や、飲食に適した設備の設置が条件となります。

イートインスペースのメリットとしては、購入したばかりの出来立ての飲食物をその場で楽しめることや、休憩場所として利用できる点が挙げられます。デメリットとしては、清掃の手間やスペースの確保が必要になることなどがあります。


車内に持ち込む
テイクアウトした焼まんじゅうを車内に持ち込み、店の駐車場で食べる事にしました。


焼きまんじゅう用の竹串
長い竹串に4個のまんじゅうを刺して焼かれます。

これは焼き鳥や蒲焼のように、タレを塗りながらじっくりと焼き上げるためです。

 

テイクアウト品は竹串を抜いた状態でパック詰めされ渡されますが、手掴み食べられませんので飲食用の串が付いていました。



串に折り紙衣装
一枚の折り紙を使って襟付きの半袖シャツの形を作る創作折り紙を着させていました。


半袖シャツ折り紙の特徴
製作のしやすさ
正方形の折り紙1枚で簡単に作成できます。

ハサミを使わずに折れるものも多く、子どもでも挑戦しやすい作品です。


多様なデザイン
柄物の折り紙を使うと、花柄やチェック、夏らしい柄など、様々なデザインのシャツが作れます。



 

プレゼントに添えるメッセージカードとして、特に父の日の贈り物に最適ですね。

たくさん作って「シャツ屋さんごっこ」をするなど、遊びにも活用できます。

また、飾り付けのサンプルや、夏らしい装飾としても楽しめます。


飲食用の串のデメリット
折り紙衣装の可愛らしさに気を良くしましたが、焼まんじゅうを食べるのにこの串を刺すと、この串が細い円柱型のため焼まんじゅうの重い方に回転してしまい食べ難いのです。


 

大事なのは見た目より実用性です。
ましてや、焼まんじゅうのタレは濃厚な味噌ダレ、串から外れて衣服などに付着したらベタベタになってしまいます。



お城……?
焼きまんじゅう店の前に見えるお城の様な建物は東吾妻町役場です。
 

足湯– 湯の花 – 仕組みと特徴
草津温泉は湯の花で有名な温泉地のひとつです。今回のブログでは、湯の花ができる詳しい仕組み、湯の花ができやすい温泉の特徴、そして草津温泉の湯の花の特徴についてご紹介します。



湯の花ができる詳しい仕組み
湯の花ができる仕組みは、温泉の源泉から湧き出る熱いお湯に含まれる成分が冷めることで析出し、結晶化する現象です。


 

温泉水は、地下深くで加熱された地熱水が地表に湧き出るもので、地下の岩石を溶かすことで多くのミネラル成分が水に溶け込みます。


 

しかし、地表に湧き出た温泉水は冷めることで温度が下がり、水圧も低くなります。


 

このとき、水に溶け込んでいた成分が析出し始めます。特に硫黄やアルミニウム、鉄などのミネラル成分は、温度が下がることで容易に析出します。


 

これらの成分が析出する過程で、独特の形状を持った結晶が生成されます。これが湯の花です。


湯の花ができやすい温泉の特徴
湯の花ができやすい温泉は、硫黄泉やアルカリ性の泉質が特徴的なものが多いです。


 

これらの成分は、温泉水が冷めることで比較的容易に析出し、湯の花が生成されやすくなります。


 

温泉地ごとに湯の花の色や形状が異なるため、それぞれの温泉地の特徴を反映しています。


草津温泉の湯の花の特徴
草津温泉の湯の花は、温泉の源泉から湧き出る熱いお湯に含まれる成分が冷めると析出し、独特の形状を持った結晶となるものです。


 

草津温泉の湯の花は主に白色をしており、湯畑や湯の花原といった観光スポットで観察することができます。
 

 

また、草津温泉は硫黄泉であることから、湯の花には硫黄成分が豊富に含まれています。

 

これにより、美容や健康に良い効果が期待されています。



まとめ
草津温泉の湯の花は、温泉の源泉から湧き出る熱いお湯に含まれる成分が冷めることで析出し、独特の形状を持った結晶となるものです。

湯の花ができる仕組みは、地下深くで加熱された地熱水が地表に湧き出る過程で、地下の岩石を溶かし、多くのミネラル成分が水に溶け込むことが関係しています。



また、湯の花ができやすい温泉は、硫黄泉やアルカリ性の泉質が特徴的なものが多く、草津温泉の湯の花は白色で硫黄成分が豊富であるという特徴があります。

草津温泉を訪れた際には、ぜひ湯の花の美しい姿やその効果を実感してみてください。

出典:草津温泉の旅館 ひのき亭 牧水


 

また別府温泉の湯の花は、霜柱状の結晶を作り、江戸時代から続く「湯の花小屋」と呼ばれる場所で手作りされています。


 

↑ 墓参を済ませ吾妻町へ ↓

 

マップ右上

「林昌寺」前の左上に進む道が「日本ロマンチック街道(長野県上田市より群馬県草津町、沼田市を経て栃木県日光市を結ぶ全長約320kmの街道)」で、四万・沢渡温泉へ通じます。

 

マップ右下

首都圏から関越道を利用しての草津温泉へは「日産」で合流する鮎沢バイパスを利用するのが一般的です。

 

焼まんじゅうルーツ

焼きまんじゅうのルーツは、江戸時代後期に農村の家庭で作られていた「餡なしの酒まんじゅう」にあります。

 

 

固くなった酒まんじゅうを焼いて、砂糖や味噌を塗って食べていたのが始まりとされています。 


 

その後、幕末の時期に焼きまんじゅうが商品として販売されるようになり、この商品化の過程で、持ち運びやすいように竹串に刺すスタイルが確立されました。


 

この時期に串刺しの焼きまんじゅうと共に、餡入りのものも生まれたとされています。

 

焼きまんじゅうは、群馬県のソウルフードとして親しまれている軽食です。


一般的な焼きまんじゅうは、小麦粉に麹を混ぜて発酵させた生地を蒸しまんじゅうにして蒸しまんじゅうを甘く濃厚な味噌ダレを塗って火で焼き焦げ目をつけたものです。



 

串から一つずつ外して箸で食べるのが一般的です。

餡入りはその甘い味噌ダレと、まんじゅうの中に入った餡の組み合わせが抜群に美味しいと評判です。

酒まんじゅう
群馬県の酒まんじゅうは、伝統的な製法で作られる和菓子で、特に高崎市や渋川市に専門店が多く存在します。

 

製法
昔ながらの糀の自然発酵や酒種天然酵母を使用し、もっちりとした生地に仕上げられています。添加物を一切使用しない店もあります。
風味
香りの良い酒粕を生地に練り込むことで、甘酒のような風味が特徴です。
 



北海道産の良質な小豆を使用したこし餡が一般的で、なめらかな口当たりと上品な甘さが特徴です。

形状
群馬県では平たい形の酒まんじゅうが主流でしたが、膨らし粉で膨らませたふっくらとした食感の酒まんじゅうもあります。



 

歴史
群馬県には164年の歴史を持つ「片原饅頭」という名店があり、その糀の技術を受け継いだ酒まんじゅう専門店も存在します。

片原饅頭自体も、約200年前の1832年に誕生し、2度の閉業を乗り越えて新たな歴史を刻んでいます。



 

↑ 前回までは店内でたべることが出来ました ↓

 

効能
酒種天然酵母には美肌効果やダイエット効果が期待できる栄養素が含まれており、小豆には高血圧抑制効果や血中コレステロールを下げる効果があるとされています。

群馬県内で酒まんじゅうを扱う主な店舗には、高崎市の角田製菓、渋川市の酒まんじゅうの岩井洞やおしくらまんじゅう、丸須製菓などがあります。
 

食べ応えと満足感
一般的な焼きまんじゅうは餡なしですが、餡が入ることでさらに食べ応えが増し、おやつにもぴったりの一品となります。


限定品としての人気
お店によっては数量限定で販売され、午前中に完売することもあるほどの人気ぶりでする餡入り焼きまんじゅうは、特に群馬県北部(沼田市や利根郡など)で食べられる傾向があります。


 

小麦粉に麹を混ぜて発酵させた蒸しまんじゅうを竹串に刺し、甘く濃厚な味噌ダレを塗って火で焼き焦げ目をつけたものです。




焼きまんじゅうの起源は幕末(19世紀中期)とされ、前橋市が発祥という説が有力ですが、伊勢崎市や沼田市にも元祖を名乗る店舗があります。


 

群馬県は小麦の一大生産地で、「粉もの文化」が根付いており、農村家庭で作られていた餡なしの酒まんじゅうがルーツと言われています。


 

昔は農作業の合間のおやつや、製糸工場や織物工場で働く女工さんたちのおやつとして親しまれていました。


 

伊勢崎市では、毎年1月11日に伊勢崎神社で「上州焼き饅祭」が開催され、巨大な焼きまんじゅうが奉納されて無病息災が祈られます。その他、祭りや屋台でもよく見かけることができます。

林昌寺版碑・町指定天然記念物しだれ桜
このしだれ桜は、文安年間(1444-1449年)に創建され、戦国時代に真田幸隆の弟である矢沢頼綱によって再建された由緒ある林昌寺にあります。



 

樹高は16メートル、目通り(根元から胸の高さまでの幹周)は約3.8メートルと壮大で、毎年4月中旬頃に見事な花を咲かせます。


 

特に、境内の観音堂と鐘楼を背景に咲き誇る姿は、歴史的な建造物と調和し、美しい景観を作り出しています。


 

↑ 鐘楼と本堂 ↓

 

樹種はエドヒガンで、春のお彼岸頃に咲くため「彼岸桜」とも呼ばれることがあります。


 

菩提寺
父方の親族が眠る菩提寺です。


昭和20年3月10日未明、私の叔母は深川でB29の編隊が雨霰と落とす焼夷弾の空襲で焼け出され、川原湯温泉へ転居。

 


 

昭和59年4月1日病死、中之条の林昌寺に埋葬されました。

叔母には一人娘が居り川原湯温泉で結婚し両親(故人)と共に暮らして居ましたが、八ッ場ダムが本決まりと成ったため中之条の伊勢町に新居を建て引っ越しました。



 

林昌寺
南北朝時代に、僧の長馨(ちょうどん)が創建し、戦国時代に真田幸隆の弟、矢沢薩摩守頼綱によって再建され、沼田真田氏の保護下に寺勢を伸ばしました。


 

墓地の表札
墓地の区画番号や家名を表示し、お墓の場所を明確にする役割があります。


 

割田と田村
父方田村の墓所でしたが、一人娘の従兄妹が割田に嫁ぎ、一般的には直系の氏が表示されますが、叔母の死を機会に親族の墓石を整理し一か所に纏めて供養しました。



 

その際、孫子の代になって、母方と父方の氏が分かるようにと両家の氏を表示したとの事でした。


 

菩提寺とは
先祖代々のお墓があり、葬儀や法要を依頼する寺院のことです。

菩提寺を持つことには、以下のようなメリットとデメリットがあります。


 

メリット
お墓の心配が不要 先祖代々のお墓があるため、新しくお墓を購入する費用や手間がかかりません。


 

葬儀・法要の手配がスムーズ 葬儀や法要の際に依頼する寺院を探す手間が省けます。

仏事の相談相手 仏事に関して分からないことがあった際に相談できます。


 

葬儀・法要の手配がスムーズ 葬儀や法要の際に依頼する寺院を探す手間が省けます。

仏事の相談相手 仏事に関して分からないことがあった際に相談できます。

 

菩提寺と似た言葉に「檀那寺(だんなでら)」や「檀家」がありますが、それぞれ意味が異なります。

檀那寺 
お布施を渡して経済的な支援をしている寺院を指します。必ずしも先祖のお墓があるとは限りません。

檀家 
特定の寺院に経済的な援助を行っている家を指します。


 

林昌寺には小渕恵三首相の菩提寺でお墓があります
群馬県からは福田赳夫・中曽根康弘・小渕恵三・福田康夫の首相経験者4人が居ます。



 

小渕恵三(おぶちけいぞう)
1937年(昭和12年)6月25日- 2000年(平成12年)5月14日)位階は正二位。勲等は大勲位。学位は政治学修士(早稲田大学)。



 

↑ 小渕恵三の墓 ↓

 

衆議院議員(12期)、内閣官房長官(第49代)、内閣総理大臣(第84代)、自由民主党幹事長、自由民主党副総裁、自由民主党総裁(第18代)などを歴任した。


 

家族・親族
父・小渕光平(衆議院議員、光山社創始者)
母・小渕千代(光山社重役)
妻・小渕千鶴子

 


 

長男・小渕剛(全日空)
長女・小渕暁子(イラストレ―ター)

 


 

次女・小渕優子(衆議院議員、元TBS社員)

 


 

兄・小渕光平 (2代目) (中之条町長)
叔父・小渕岩太郎(実業家)

 


 

叔父・小渕浪次(実業家) 
女婿・瀬戸口克陽(TBSプロデューサー)

 

 

御朱印には真田家とのつながりで六連銭が。

 

お食事処なごみ 
中之条駅から92mの場所にあり、海鮮丼や海鮮天丼などの魚料理を提供していましたが、現在は閉店しているようです。
 
 

蕎麦山菜花一
群馬県は、小麦の生産が盛んなことから「うどん大国」として知られており、特に「水沢うどん」「桐生うどん」「館林うどん」が群馬三大うどんとして有名です。


 

宝満山 白雲院 林昌寺
父方の実家が中之条町にあり、「林昌寺」が菩提寺であるため折に触れ立ち寄ります。


 

↑ 林昌寺への参道・肉屋の右に坂道があり、境内に駐車場があります ↓

 

宝満山白雲院林昌寺は、文安年間(1444~1449)に天台宗の僧である長馨によって創建されたといわれています。


 

↑ 山門 ↓

 

戦国時代に一度は荒廃しますが、再建へと導いたのが武将・武田信玄の家臣である真田幸隆の弟・矢沢薩摩守頼綱でした。

 

 

また、その頃に天台宗から曹洞宗の寺院へと改宗。

寺の位置は二度移っており、現在地である胡桃沢川東岸には寛永十六年(1639)に移転しました。


 

長く領主真田家の崇敬を受け、六連銭(六文銭)の寺紋と改修資金などを得て寺勢を伸ばしたといわれています。


 

寺には、重要文化財である画像板碑をはじめとする多くの文化財が保存されています。


 

また、境内には町指定天然記念物のシダレザクラやゆかりの深い人物の墓、石仏、供養塔などが点在しています。


 

↑ 寺務所入り口・手前が駐車場 ↓

 

関東九十一薬師霊場 第四十五番札所
関東百八地蔵尊霊場 第三十番札所(由緒書きより)

 

 

寺務所(じむしょ)
寺院の事務全般を取り扱う場所を指します。寺院の運営に関する事務作業を行う場所です。



 

僧侶が居住する庫裏(くり)と兼用になっていることが多く、台所を兼ねる場合もあります。


 

バスケットゴール
バスケットボール競技で使用される、ボールを入れるための設備の総称です。

リング(バスケット)、バックボード、支柱、ベースタンクなどで構成されています。

リングにはネットが取り付けられており、ボールが勢いよく落下するのを防ぐ役割があります。

 

 

参拝者からの問い合わせ対応、御朱印の受付、お守りやお札の授与、厄払いなどの祈祷の申し込み受付なども行われます。


 

↑ 本堂と観音堂 ↓

 

法事や葬儀、ご祈祷などの法務に関する業務も担当します。

 

 

↑ 観音堂 ↓

 

 

机、コピー機、プリンター、電話、パソコン、文房具など、一般的な事務所と同様の備品が備えられています。


 

↑ 山門 ↓

山門
寺院の入口にある門のことで、特にその正門を指します。
寺院が山中に建てられた名残り 昔の寺院は山に建てられることが多かったため、その門を山門と呼ぶようになりました。
 

 

平地や市街地に建てられた寺院でも、この呼び方が残っています。


 

俗世と仏の世界の境界 山門は単なる出入り口ではなく、俗世の喧騒から離れ、仏の教えに触れるための精神的な区切りを示す重要な役割を持っています。