ホオズキの花
3月ごろ、地下茎から芽を伸ばし始め、5月から6月ごろ、伸びた茎の各節に薄クリーム色の花を咲かせます。


 

花が受粉すると果実だけではなく、萼も非常に大きく成長し、袋状に果実を包み込みます。


 

袋状に育った萼は、最初緑色ですが、8月ごろから朱赤に色づき、これが観賞用にされています。

秋になるとやがて地上部が枯れ、冬は地下茎のみとなって冬越します。



切り花や鉢物として少し早い時期に出回る色づいたホオズキは、バナナを黄色く熟させる際に使われるのと同じ、エスレルという植物成長調整剤で処理されたものです。


 

↑ 花が咲き終わると実を包む萼が大きくなります ↓

浅草寺の「ほおずき市」で、毎年夏に鉢仕立てのホオズキが売られるのが有名ですが、もともとは果実が解熱薬になる、同じホオズキ属のセンナリホオズキを買い、夏の病気に備えたのが始まりです。


 

よく熟したホオズキの袋状の萼は、数日水につけておくと柔らかい組織が溶けて葉脈だけが網状に残り、非常に美しい飾りとなります。

 

ホオズキ属の植物は、南北アメリカ大陸に多く、一部はヨーロッパ中~南部、西アジアから日本に100種ほどが分布しています。

 

特に、メキシコ~中央アメリカにかけて、多くの種が知られています。


ホオズキは、ヨウシュホオズキの変種とされており、原産地は判然としていないのですが、東アジア原産とするのが一般的です。

ホオズキの赤く色づいて、実を包んでいる「袋状の部分」は、植物学的にはがく(萼)と呼びます。


 

ホオズキは、ヨウシュホオズキの変種とされており、原産地は判然としていないのですが、東アジア原産とするのが一般的です。

ホオズキの赤く色づいて、実を包んでいる「袋状の部分」は、植物学的にはがく(萼)と呼びます。



いわゆる「殻」「ほおずきの皮」と言われるところは、果実そのものの皮ではなく、花のがくが大きくなって実を包んだものです。

 

萼とは何か
萼は、花のいちばん外側にある「花を包む部分」です。
多くの植物では緑色で、つぼみの時に花全体を守っています。


ホオズキでは、花が終わったあとも萼がどんどん大きく成長し、袋状になって果実を包み込み、赤く色づきます。ホオズキの「赤いふくらんだ袋」は、この発達した萼です。


 

果実とは何か
果実は、受粉後に子房が発達してできた「タネを入れた実」そのものを指します。
ホオズキの場合、赤い袋(萼)の中にある丸い部分が果実で、その中に多数の種子が入っています。



海ほおずき
海の巻き貝が産む卵のう(卵の袋)のことで、特にアカニシやテングニシなどの巻き貝の卵のうを指します。

 

細長い袋がたくさん連なったり、ふくらんだ袋状になっていて、乾くと軽くなります。


昔はこれを口に含んでふくらませて音を鳴らし、ほおずきの実と同じように子どものおもちゃとして遊ばれてきました。

見た目や遊び方が、陸の植物の「ほおずき」の実に似ていることから「海ほおずき」と呼ばれます。



代表的な呼び名には次のようなものがあります
①名称 ②正体となる貝 ③特徴的な形
①ぐんばいほおずき ②テングニシ類の卵のう ③軍配状に連なる


①なぎなたほおずき ②アカニシの卵のう ③細長く反った形


 

①あわほおずき ②バイ類の卵のう ③粒が並んだ形
いずれもまとめて「海ほおずき」と呼ばれます。

 

ホオズキ市2026
7月9日・10日、浅草寺境内を彩るほおずきの屋台は、浅草の夏の風物詩である。
この両日は四万六千日の縁日であり、縁日にともなってほおずき市が催される。


 
平安時代頃より、観世音菩薩の縁日には毎月18日があてられてきたが、室町時代末期(16世紀半ば)頃から、「功徳日」といわれる縁日が設けられるようになった。


 
功徳日とは、その日に参拝すると、100日、1,000日分などの功徳が得られるという特別な日を指す。
 
 
功徳日は寺社によって異なるが、現在、浅草寺では月に1度、年に12回の功徳日を設けている。


 
このうち7月10日は最大のもので、46,000日分の功徳があるとされることから、特に「四万六千日」と呼ばれる。


 
この数の由来は諸説あり、米の一升が米粒46,000粒にあたり、一升と一生をかけたともいわれるが、定かではない。


 
46,000日はおよそ126年に相当し、人の寿命の限界ともいえるため、「一生分の功徳が得られる縁日」である。


 
四万六千日の縁日の参拝は江戸時代には定着し、われ先に参拝しようという気持ちから、前日9日から境内は参拝者で賑わうようになった。このため、9日、10日の両日が縁日とされ、現在に至る。


 
四万六千日にともなうほおずき市の起源は、明和年間(1764〜72)とされる。


 
四万六千日の縁日は浅草寺にならって他の寺社でも行なわれるようになり、芝の愛宕神社では四万六千日の縁日にほおずきの市が立った。


 
「ほおずきの実を水で鵜呑み(丸飲み)すれば、大人は癪(なかなか治らない持病)を切り、子供は虫気(腹の中にいると考えられた虫による腹痛など)を去る」という民間信仰があり、ほおずきを求める人で賑わったそうである。



その愛宕神社のほおずき市の影響を受け、四万六千日の大本である浅草寺にもほおずき市が立った。
 
ちょうどお盆の季節でもあり、ほおずきを盆棚飾りに用いる方も多い。


 
かつては、四万六千日の縁日に赤とうもろこしを売る屋台もあった。
これは赤とうもろこしが落雷除けのお守りになる由の民間信仰により、文化年間(1804〜18)頃に境内で売られるようになったという。


 
ところが明治初年(1868)頃、不作によって赤とうもろこしが出回らないことがあった。


 
これに困ったご信徒が浅草寺に雷除けのお守りを求めた縁から、浅草寺では竹串に挟んだ三角形の守護札を授与するようになった。
 
これが今も四万六千日に授与されている雷除札である。


観光分野でのインバウンド
海外から日本に来る観光客や、その旅行需要・消費を指す。


 

例:インバウンド需要、インバウンド消費、インバウンド観光
宿泊、飲食、買い物、交通、体験サービスなど幅広い産業に影響。


 

インバウンド対策の例
多言語対応の案内板・メニュー・ウェブサイト。
キャッシュレス決済やWi-Fi環境の整備。
ハラール対応やベジタリアン対応など食文化への配慮。


 

観光公害
オーバーツーリズムとも呼ばれ、特定の観光地に観光客が過度に集中することで、次のような悪影響が出ている状態を指します。


 

住民の生活が妨げられる。
自然環境や景観が損なわれる。
交通渋滞やごみ問題、騒音などが悪化する。
観光客自身の満足度も下がる。
日本では京都や鎌倉などで、混雑やマナー違反が具体的な例としてよく取り上げられています。

 

天の川
川崎青少年センタープラレタリウム
生田緑地のなかにある自然系の博物館です。


 

「自然 体験」「天文体験」「科学体験」の3つの感動体験をテーマにしています。世界最高水準の 星空を映し出すプラネタリウム「メガスターⅢフュージョン」が有ります。


 

MEGASTAR-Ⅲ FUSION(メガスター・スリー・フュージョン)
有限会社大平技研と公益財団法人日本科学技術振興財団共同事業体が開発製作した最新のプラネタリウムです。


 

↑ 1MEGASTAR-Ⅲ FUSION(メガスター・スリー・フュージョン)と天の川 ↓
 

 世界最高の星空と言われているMEGASTARの最新機種で、科学館のために新規開発された次世代型の特別仕様機で、肉眼では見えない星までをも描き出します。


 

これまでのMEGASTARの星空の美しさに加えて、星空のリアルさ、自然さを追求。精密な星の明るさの差や、色をより忠実に再現します。


 

 日本語で「融合」を意味する「FUSION」の名には特別な意味が含まれています。それは、美しく精緻な星空を描き出す光学式プラネタリウムと、あらゆる映像や空間表現を可能にするデジタルプラネタリウムの技術を文字通り融合させ、これまでにない宇宙像を再現するテクノロジーです。


 

光学式プラネタリウムとデジタルプラネタリウムを併用する従来の技術を超えて、FUSION プラネタリウムは、新たな投影方式による特質を備え、世界最高水準のリアルな星空を投影します。


 

ドームスクリーンに再現される無数の星たちがすべて色を備えて精緻にきらめき、空を巡り、やがて山の稜線の彼方に自然に消えていく風景を投影でき、今までのプラネタリウムで果たせなかった、本物の夜空で体験するような空気感を再現できます。

 

熱海駅

↑ 熱海駅構内の短冊と打ち上げ花火の原寸大模型 ↓

 

 

熱海の打ち上げ花火
静岡県熱海市の熱海湾で年間を通じて開催される「熱海海上花火大会」を中心とした、三方を山に囲まれた湾で上がる迫力ある花火イベントの総称で、音の反響と海面の映り込みが特徴の花火です。




歴史と開催の目的
1952年(昭和27年)、大火からの復興を願って打ち上げたのが始まり、以後、街のシンボル的イベントとして継続。

 

観光振興と市民の憩いの場として位置づけられている。



打ち上げ数は回により変動するが、全国でも上位クラスの規模。
フィナーレの「大空中ナイアガラ」が名物で、会場全体からスターマインが上がり、夜空一面が銀色に染まる演出が特徴。

 

日本の七夕祭り
新暦7月7日や月遅れの8月7日、あるいはそれらの前後の時期に開催されている。 

日本の「たなばた」は、元来、中国での行事であった七夕が奈良時代に伝わり、元からあった日本の棚機津女(たなばたつめ)の伝説と合わさって生まれた。
 


 

「たなばた」の語源は『古事記』でアメノワカヒコが死にアヂスキタカヒコネが来た折に詠まれた歌にある「淤登多那婆多」(弟棚機)又は『日本書紀』葦原中国平定の1書第1にある「乙登多奈婆多」また、お盆の精霊棚とその幡から棚幡という。


 

日本では、雑令によって7月7日が節日と定められ、相撲御覧(相撲節会)、七夕の詩賦、乞巧奠などが奈良時代以来行われていた。


 

その後、平城天皇が7月7日に亡くなると、826年(天長3年)相撲御覧が別の日に移され、行事は分化して星合と乞巧奠が盛んになった。 

2026朝顔市
江戸末期、植木師・成田屋山崎留次郎らが朝顔栽培を盛んに行った地域。
 
 
入谷朝顔発祥之地
明治期には十数軒の植木屋が並び、朝顔の名所として全国に知られた。
その歴史を記念して「入谷朝顔発祥の地碑」が建立され、「発祥の地」と呼ばれる。
 
 
入谷の朝顔まつりは(朝顔市)『夏の風物詩』として台東区の入谷・下谷界隈に於いて毎年7月6・7・8日の3日間に開催されます。
 

 
本年は、月曜日から水曜日のウィークデーの日程になります。


 
この期間は入谷鬼子母神(真源寺)を中心として言問通りに30件ほどの朝顔業者と100件近い露天商(縁日)が並び、関係各所の協力をえて毎年約10万人の人出で賑わいます。


 
戦後の昭和23年、世の中を少しでも明るくとの思いで地元有志と下谷観光連盟の協力を得て、江戸情緒豊かな夏の風物詩、入谷の朝顔市が復活しました。


 
入谷鬼子母神(真源寺)の名物である朝顔市で有名になったのは明治時代に入ってからでした。


江戸後期頃から当地で盛んだった朝顔栽培を人々に見せるために、当寺院の敷地内で栽培農家が披露したことがその起源です。


 
明治時代を中心に、入谷界隈で朝顔作りが盛んになり数十件が軒を連ねたという。


 
当地の朝顔は全国でも指折りの出来であったといい、朝顔のシーズンになると、入谷界隈には朝顔を見物しに、多くの人でごったがえしたという。


 
無論、植物園などと違い、商品として栽培しているのでそのまま商売となった。


 
その後、宅地化の流れにより入谷界隈での栽培が難しくなりました。



1913年(大正2年)になって最後の栽培農家が廃業して、朝顔市は廃れてしまった。


 
戦後1948年(昭和23年)に、地元の有志と台東区の援助の元、再び入谷で朝顔市が復活することになりました。


 
現在では例年、七夕の前後3日間(7月6日、7日、8日)に入谷鬼子母神(真源寺)と付近の商店街で開催され、下町の夏の風物詩としてすっかり定着している。


 
朝顔と呼ばれるようになったのは平安時代からで、日本への伝来は、奈良時代末期に遣唐使がその種子を薬として持ち帰ったものが初めとされる。


 
『和名抄』(929 - 930年)にアサガオ、『古今和歌集』(913年)にケニゴシ(牽牛子)の名がある。


 
アサガオの種の芽になる部分には下剤の作用がある成分がたくさん含まれており、漢名では「牽牛子(けにごし、けんごし)」と呼ばれ、奈良時代や平安時代には薬用植物として扱われていた。


 
16世紀には、有名な植物ではなかったが、利休が大閣に一席設けたことがあった。


 
和漢三才図会には4品種が紹介されている。今日では観賞用に多数の園芸品種が作出されているが、しばしば野生化したものも見られる。


 
なお、遣唐使が初めてその種を持ち帰ったのは、奈良時代末期ではなく、平安時代であるとする説もある。


 
この場合、古く万葉集などで「朝顔」と呼ばれているものは、本種でなく、キキョウあるいはムクゲを指しているとされる。


 
薬用
種子は牽牛子(けにごし、けんごし)と呼ばれる生薬として用いられ、日本薬局方にも収録されている。


 
中国の古医書『名医別録』では、牛を牽いて行き交換の謝礼したことが名前の由来とされている。


 
粉末にして下剤や利尿剤として薬用にする。煎液にしても効かない。



種子は煮ても焼いても炒っても効能があるものの毒性がとても強く、素人判断による服用は薦められない。

 
朝顔の葉を細かに揉み、便所の糞壺に投じると虫がわかなくなる。再びわくようになったら再投入する。
 
 
品種改良
世界的に見ても、これほど形態が多種多様に変化した園芸植物は他にない。
ほとんどの変異は江戸時代に生まれたものである。
の著しいものには種子を作ることができないものもある。


 
この変異が著しいために、種子ができない、または非常に結実しにくいものは「出物(でもの)」と呼ばれる。

不稔である出物の系統を維持するためには、変化が発現しなかった株(親木(おやぎ)と呼ばれる)により遺伝的に伝えて行くしかない。


 
したがってたくさんの種をまき、小苗の内に葉の特徴から変化を有している株は出物として鑑賞用に育成し、残りの株の中から出物の変異を隠し持っている親木を鑑別し、こちらは出物の採種用として育成することになる。


 
そのため江戸時代の人々は経験的にメンデルの法則を知っていたとも言われる。

20世紀に入り多様な遺伝子変異を持つアサガオは、遺伝学的解析や生理学的解析研究を行う遺伝学の研究対象となった。


 
現在も遺伝学および生理学の研究材料として用いられている。

露天商
道路や広場、市場などの屋外に店を構えて、商品や飲食物を販売する人のことです。

 

ここでいう「露天」は屋根のない屋外、「商」は商売をする人を指します。
祭りや縁日、イベント、市場などで見かける屋台の人たちが典型的な例です。



 

↑ 違法路上販売店、開店準備中 ↓

 

士林夜市の「違法露天商」は、台北市の許可を受けず道路や歩道上に無届で屋台や路面販売を出している露店で、取り締まりや罰金の対象となる営業形態を指します。

 

観光客からのぼったくりや通行の妨げ、衛生・安全面の問題が指摘されており、市政府と警察が継続的に取り締まりと「納管」(正式登録)を進めています。



 

士林夜市の違法露天商
路面に商品を直接並べて販売する行為は、一般に「路上販売」や「露店営業」と呼ばれる販売形態であり、多くの場合「道路占用」や「道路使用」の許可が必要ですが、無許可で行っています。



市場内の正式区画ではなく、道路・歩道などに出店する屋台や路上販売は、営業許可や衛生検査を受けていないケースが多く、価格表示が不明瞭で、観光客への高額請求トラブルも報道あります。

 


 

↑ 士林夜市商店街の加盟衣料品店 ↓



 

観光客が注意すべきポイント
価格表示がない屋台や、相場より極端に高い果物・海鮮などは避ける。

 

その場で量り売りする店は、事前に総額を確認してから注文する。
人通りの多いメイン通りより、地下フードコートや正式店舗の利用が無難。

↑ 違法露天商が路地裏に逃避 ↓

 

 

急に商店街が慌ただしくなり、違法露天商達が商品を撤収し姿を晦まし始めた。

警察の摘発情報が察知されたためだと言う。

 

 

此のような「鼬ごっこ」が連夜繰り返されて居ると言う。

 

 

↑ 財布専門店 婦人衣料専門店 ↓

 

 

↑ 化粧品専門店 熱奶茶(ホットミルクティー) ↓

 

 

BaLeNo
士林夜市の中にある、若者向けのカジュアルファッションブランドのショップです。



 

元々は香港・中国系のカジュアルブランドとして知られていて、Tシャツなど日常着を手頃な価格で買える店として展開してきました。

 


 

士林夜市自体が「安くて楽しい買い物スポット」として有名で、その中でBaLeNoも比較的安価な価格帯で服がそろうため、学生や若い旅行者にとって入りやすい店になっています。

 

 

士林夜市は地元の学生も多く集まるエリアなので、カジュアル服の需要と相性が良いです。




夜遅くまで開いていて便利
夜市は夕方から深夜まで営業しているので、観光でご飯や屋台を楽しんだ後にそのまま買い物できるのが大きなポイントです。

 

 

巨大フライドチキンなどを食べ歩きしながら、ゲームコーナーや服屋をはしごする流れの中で、BaLeNoのようなアパレル店も自然と立ち寄られる存在になっています。

タクシー
台北市内から士林夜市へは、タクシーなら運転手に「士林夜市(シーリン イエシー)」と伝えれば通じ、台北駅周辺からならおおよそ200〜300元前後が目安です。


 

台北駅周辺から士林夜市まで:渋滞なしで約15〜20分。


 

タクシー利用時のコツ
夜市名だけでなく「MRT劍潭駅の近く」と伝えると、入口近くで降ろしてもらいやすいです。



 

メーターが倒れているか乗車時に確認し、交渉制の白タクは避けます。


 

小額紙幣やコインを用意しておくと支払いがスムーズです。


 

帰りのタクシーについて
夜市周辺には流しのタクシーが多く、捕まえやすいエリアです。


 

帰り先のホテル名と住所を中国語表記でスマホに保存し、運転手に見せると安心です。


 

士林夜市
台湾・台北市士林区にある、台湾最大級の夜市です。


 

観光客にも地元の人にも人気が高く、台湾を代表する夜市として各種ランキングでも上位に選ばれてきました。


 

士林公有市場を中心に、文林路や大東路など周辺の通り一帯に屋台やお店が並ぶエリアを指します。


 

夜市の名が示すように夕方になると常設店舗の前などの路上に小吃と呼ばれる飲食物や衣料品、生活雑貨、遊戯などの様々な屋台が所狭しと出店し、多くの来客で賑わう。


 

日本人観光客も多く訪れることから、多くの店では日本語が通じ、日本語のメニューも用意されている。


 

士林夜市は「食べ歩き天国」とよく言われます。


 

地下の美食街を含む士林市場や、周辺の路地には、台湾らしい屋台グルメの店がぎっしり並びます。


 

また、衣料品や雑貨、ゲーム屋台なども多く、歩くだけでもお祭りのような雰囲気を楽しめます。


 

業時間の目安
お店ごとに違いはありますが、夕方頃から深夜にかけて営業する店が多く、夜遅い時間帯が一番にぎやかになります。


 

詳しい最新の営業時間は、旅行会社サイトや台北市の公式観光案内のページでの確認がおすすめです。

 

カルガモ

水田や池沼、葦原などの浅い水辺で繁殖し、植物の葉や種子、水生昆虫などを食べて暮らしています。



 

一方、菖蒲田は、花菖蒲などを植えた浅い池や水鉢状のエリアのことで、静かな浅い水面と水生植物があり、カルガモにとっても過ごしやすい環境になりやすい場所です




そのため、菖蒲田周辺はカルガモにとって「休む・巣をつくる・採餌する」場になりやすく、カルガモが現れやすい場所のひとつといえます。



都立小石川後楽園では「菖蒲田周辺でカルガモが子育てをしている」と広報に記録があり、菖蒲田が営巣・子育ての場として利用されている例が報告されています。

 

このように、菖蒲田のような静かな浅い水面と水生植物が組み合わさった場所は、カルガモ親子が過ごす「ビオトープ的な空間」になりやすいと考えられています。




カルガモ(軽鴨)
日本では主に本州以南に周年生息(留鳥)するが、北方に生息する個体には冬季に暖地へ移動するものも存在する渡(渡り鳥)。

 

和名は「軽の池」(橿原市大軽周辺とする説もあり)で夏季も含めて見られたカモであったことに由来すると考えられている。




形態
全長51.5 - 64.5センチメートル。
翼長オス25.4 - 27.6センチメートル、メス24.3 - 26センチメートル。


光沢は青紫色で、次列風切や三列風切羽縁に小型で不明瞭な白色部がある。

オスは腹部が濃褐色で、羽毛外縁(羽縁)の淡色部が小型になり胸部との差異が明瞭。

 

尾羽基部を被う羽毛(上尾筒・下尾筒)が光沢のある黒。

メスは胸部と腹部の羽色の差異が不明瞭。上尾筒や下尾筒が黒褐色で、羽縁が淡色だったり淡色の斑紋が入る。

 

↑ 菖蒲田とカルガモの関係 ↓

 


 

小岩菖蒲園の紫陽花
小岩菖蒲園は名前の通り花菖蒲が有名ですが、初夏には紫陽花も一緒に楽しめるスポットとして知られています。

 


同じ時期に色とりどりの紫陽花が咲き、梅雨時期らしい景色になります。


 

小岩菖蒲園は名前の通り花菖蒲が有名ですが、初夏には紫陽花も一緒に楽しめるスポットとして知られています。


 

江戸川の河川敷に広がる庭園で、花菖蒲と同じ時期に色とりどりの紫陽花が咲き、梅雨時期らしい景色になります。


 

花菖蒲の列の合間や園内の通路沿いに紫陽花が植えられていて、「菖蒲メインだけど歩いていると紫陽花もきれいだった」という口コミが多いです。


 

菖蒲園という静かな雰囲気の中で、雨の日でも落ち着いて紫陽花を眺められるのが魅力です。

 

 

日本初のムジナモ発見の地
明治23年(1890年)5月11日、植物採集のために小岩村伊予田(現江戸川区北小岩四丁目先)に出掛けていた「日本の植物学の父」とも言われる牧野富太郎博士が池の水面を見たところ、ムジナモを発見しました。


 

それが食虫植物で世界的に見て例が少なく日本で初めて発見されたことが分かり、牧野富太郎博士は「ムジナモ」という和名を名付けました。


 

↑ ムジナモ発見百周年記念碑 ↓

 

 

ムジナモは水草で光合成もしますが、ミジンコなどを栄養にする食虫植物です。


 

多年草で根っこは無く、水に漂っています。花は1日花で、夏の正午頃、たった2~3時間しか開花しないため、滅多に見ることのできない幻の花です。


 

 ↑ 睡蓮の池 ↓

 

 

同地はムジナモ自生地として国の天然記念物にも指定されていましたが、数度に渡る洪水で流出し、大正15年に天然記念物を解除されています。


 

現在、小岩菖蒲園内には自生していません。


 

50円通常切手
食虫植物「ムジナモ」を図案にした額面50円の普通切手(通常切手)です。

「自然保護」や「国立公園・天然記念物」などをテーマにした特殊切手シリーズの一種として発行された植物切手です。

1974年(昭和49年)5月20日発行の「自然保護シリーズ」の1枚として出たものとされています。


 

ムジナモ自体が絶滅危惧の水生植物で、保護啓発の意味も込めて題材に選ばれました。

このシリーズは日本の希少な動植物を取り上げたもので、ムジナモもその一環です。

 

 

睡蓮

菖蒲まつりが行われる六月上旬から中旬ごろは、菖蒲と一緒に睡蓮も見られます。
菖蒲田から少し離れたムジナモ発見の地近くに睡蓮の池があります。


 

睡蓮は、池や沼などの水面に葉と花を浮かべて咲く水生植物です。スイレン科スイレン属の多年草で、学名は Nymphaea です。

 

日本語の「睡蓮」という名は、花が朝から昼にかけて開き、夕方には眠るように閉じる姿から「眠る蓮」という意味で付けられたと言われます。


 蓮とのちがい
よく似た植物に蓮がありますが、別物です。睡蓮は水面近くに花を咲かせ、葉も水面に浮かぶのが特徴です。蓮は水面より上に、茎を長く伸ばして花や葉を持ち上げます。

モネと睡蓮
印象派の画家クロード・モネが自邸の池を題材に描いた一連の絵画「睡蓮」はとても有名で、世界各地の美術館に所蔵されています。日本でも国立西洋美術館などが代表作を所蔵しています。




花の色とイメージ
睡蓮の花は白やピンクだけでなく、黄色や青など多彩な品種があります。

水面に静かに咲く姿から、落ち着いた美しさや神秘的なイメージを持つ花として親しまれています。


 

大きなくくりの種類
温帯性睡蓮
寒さに強く、日本の庭やベランダでよく育てられるタイプです。


 

世界の温帯〜亜寒帯に分布し、日本の自生種ヒツジグサもこの仲間に入ります。

特徴としては、花も葉も水面近くに浮かぶように咲き、冬は休眠して翌年また芽を出します。


 

熱帯性睡蓮
熱帯や亜熱帯原産で、水温が高くないと育ちにくいタイプです。

25度前後の高い水温を好み、日本では屋外だと冬越しが難しいため、加温して育てる場合が多いです。



 

花色がとても豊富で、青や紫など鮮やかな色が多いのも熱帯性睡蓮の特徴です。

ハナショウブ(花菖蒲、Iris ensata var. ensata)

アヤメ科アヤメ属の多年草である。別名「ハナアヤメ」。




アヤメの仲間に含まれる厳密なハナショウブも「アヤメ」の名称で広く呼ばれている。(あやめ園、あやめ祭り、自治体の花名など)。


 

ハナショウブはノハナショウブ(学名I. ensata var. spontanea)の園芸種である。


 

比較的水はけのよい場所を好む(ただし開花期には特に水分が必要である)。


 

6月ごろに花を咲かせる。花の色は、白、桃、紫、青、黄など多数あり、絞りや覆輪などとの組み合わせを含めると5,000種類あるといわれている。


 

花弁の付け根は黄色である(アヤメは網目模様、カキツバタは白い一筋の線)。


 

葉幅はアヤメ(葉幅が狭い)とカキツバタ(葉幅が広い)の中間ぐらいとされる。


 

系統を大別すると、品種数が豊富な江戸系、室内鑑賞向きに発展してきた伊勢系と肥後系、原種の特徴を強く残す長井古種の4系統に分類でき、古典園芸植物でもある。

 

第二次世界大戦後は系統間の交配も進んでいる。


 

↑ 京成本線 ↓




他にも海外、特にアメリカでも育種が進んでいる外国系、キショウブとの交配によるキハナショウブ(アイシャドウアイリス)、原種ノハナショウブの自然変異タイプがある。

 

①東北地方でノハナショウブの色変わり種が選抜され、戦国時代か江戸時代初頭までに栽培品種化され、江戸に持ち込まれ、後の3系統につながった。


 

②長井古種は江戸に持ち込まれる以前の原形を留めた。


 

①②とも出典は不明だが説としてある。
江戸に持ち込まれたハナショウブの出どころとしては陸奥国郡山の安積沼などの説がある。


 

アヤメの名称
アヤメ類の総称として、同じアヤメ属だがアヤメ以外の種別にあたるハナショウブやカキツバタを含めて、「アヤメ」と呼称する習慣が一般的に広まっている。


 

特にハナショウブの別名は「ハナアヤメ」であり、縮めてアヤメと呼ぶ文化も根付いている為、間違いにはあたらない。


 

「いずれアヤメかカキツバタ」という慣用句がある。「どれも素晴らしく優劣は付け難い」という意味と「見分けがつきがたい」という意味がある。


 

「ショウブ」と呼称する例も見られるが、「ショウブ」単体の場合は、ショウブ科(古くはサトイモ科)に分類される別種の植物を指す意味合いが強いため、注意が必要である。

 

 

 ↑ 花菖蒲の種 花の見分け方 ↓

 

ショウブ科のショウブの別称は「アヤメグサ」、現在のハナショウブは「ハナアヤメ」とはっきり使い分けをしていた時代もあった。

 

ショウブ(菖蒲、学名: Acorus calamus)
池、川などに生える多年生の草本で、単子葉植物の一種。


  

↑ 花から積み ↓

 

APG体系ではショウブ目ショウブ科のショウブ属に属する。



ユーラシア大陸から北米大陸の温帯から暖帯に広く分布し、日本を含めて東アジアのものは変種 A. calamus var. angustatusとされる。

薬草、漢方薬としても用いられている。


 

葉の形が似ていて、"ショウブ"の名称が共通することから、ハナショウブと混同されることがあるが、本種は全く別の植物である。


 

名称
和名ショウブは、漢名の「菖蒲」に基づく。
古くは、アヤメグサ(アヤメ草)またアヤメといって、日本最古の和歌集『万葉集』にも登場する。


 

日本でショウブを「菖蒲」と漢字で書き表されるが、中国で正しくは白菖と書き、「菖蒲」については小型の近縁種である「セキショウ」のことを指す漢名になっている。


 

地方などにより別名を、オニゼキショウ(鬼石菖)、フキグサ(葺草)、カラムスコン、アヤメグサ、ソウブ、ノキアヤメ、ブルーフラッグ、カラムス、スイートフラッグなど、様々な呼び名がある。


 

分布・生育地
ユーラシア大陸に広く分布し、日本、朝鮮半島、中国、モンゴル、ロシアの極東・シベリア地域、マレーシア、インドシナ、インド、スリランカ、ヒマラヤのほか、北アメリカまで、北半球の暖帯から温帯に広く帰化する。



 

日本では北海道から九州までの水辺に自生する。

 

日本を含めて東アジアのものは変種 A. calamus var. angustatusとされる。池や溝のそばで群生する抽水植物である。

 

 

北米大陸にも分布するとされていたが、現在では A. americanus として独立種に昇格している。

 

特徴
水辺に群生し、草丈は50 - 100センチメートル (cm)になり、全体に芳香がある。 


根茎はよく枝分かれして湿地の泥の中を長く横に這い、径10 - 15ミリメートル(mm) 、節から多数のひげ根が出る。

 

地中の根茎の先端から地上へ多数の葉をのばす。葉は明るい緑色で、幅は10 - 20 mm。


葉の形はハナショウブに似ており、左右から扁平(へんぺい)で中央脈が高く目立。
葉先が鋭くとがって、剣のような形をしており、基部は左右に抱き合うように2列に並ぶ。

 

カメラマン
一般的に「カメラマン」とは、カメラを使って写真や動画を撮影し、その対価として報酬を得ている撮影のプロを指しますが、プロかアマチュアかの見分けは難しい。

辞書的には、次のような意味で使われます。
写真を職業として撮る人、写真家。
映画やテレビなどの撮影技師。
広くは、写真や動画の撮影を行う人全般。


 

フォトグラファーとの違い
日本では「カメラマン」と「フォトグラファー」はほぼ同じ意味で使われることが多いです。


 

カメラマン
写真も動画も含めた「撮影のプロ」というニュアンスが強い。
 

 

フォトグラファー
静止画(写真)専門の人を指すことが多い
映像業界では、動画を撮る人を「カメラマン」、写真専門を「フォトグラファー」と分ける場合もあります。