浅間酒造観光センター
道の駅八ッ場ふるさと館から5㎞弱の場所に有ります。

 

長野原町にある観光施設で、創業1872年(明治5年)の老舗酒蔵「浅間酒造株式会社」が運営しています。

 

草津温泉への観光ルート上にあるドライブインとしても知られ、県内外から多くの観光客が訪れます。



老舗酒蔵の魅力
浅間酒造は、創業から150年以上の歴史を持つ酒蔵で、過去には「全国新酒鑑評会」で金賞を受賞した銘酒「秘幻」や「浅間山」などを生み出しています。

標高600mという立地を活かし、9月から翌年5月まで酒造りを行っており、極寒の冬にはマイナス10度以下になる厳しい環境で、高い技術を持った職人たちが日本酒を醸しています。近年では、米の自社栽培にも力を入れているそうです。

 

充実したお土産とお食事
観光センターでは、酒蔵でしか購入できない季節限定の日本酒をはじめ、自社製のお菓子、発酵食品など、豊富なお土産を取り揃えています。

館内にはセルフ試飲コーナーもあり、気になるお酒を自由に試すことができます。



 

お食事処も充実しており、本格的な窯焼きピザを提供する「KURATTORIA150」や、地元食材にこだわったお食事を楽しめる施設など、4か所のお店があります。


酒蔵名物の大吟醸ソフトクリームも人気で、小腹が空いた時にもぴったりです。

また、草津温泉入口表面の「ホテル桜井」のオーナー企業でもあります。


 

高原野菜直売所
高原野菜とは、標高1,000m前後の高原地帯で、夏の冷涼な気候を利用して栽培される野菜のことです。高冷地野菜とも呼ばれます。


 

栽培環境 高原の冷涼な気候は、夏の暑い時期に平地では栽培が難しい葉物野菜などの生育に適しています。

昼夜の寒暖差が大きいことも特徴で、これにより野菜の品質や味が向上すると言われています。

特に、夏の早朝に発生する霧は、野菜の乾燥を防ぎ、柔らかく甘みのある野菜を育みます。


 

主な種類 40種類以上の野菜が栽培されていますが、代表的なものにはハクサイ、キャベツ、レタス、ダイコンなどがあります。



 

その他、セロリ、パセリ、ブロッコリー、アスパラガス、ホウレンソウ、トウモロコシなども知られています。

丘の上ホテル
草津温泉の入り口に位置し、広大な敷地の中に佇んでいました。

草津高原の豊かな自然の中で、温泉だけでなく、リゾートならではの贅沢な空間と創作イタリアンを楽しめることが特徴でした。

 

特に地元で採れた新鮮な野菜を使ったカジュアルイタリアンが好評で、ランチやカフェも人気がありました。
残念ながら現在は閉館しています。



道の駅草津運動茶屋公園
国道292号沿いにある道の駅です。
草津温泉の玄関口として、観光客や地域住民に利用されています。

 

道の駅としては「道の駅美ヶ原高原」に次いで2番目に標高が高い、1,231mの高原に位置しています。

 



道の駅草津運動茶屋公園の魅力
施設とサービス
道の駅草津運動茶屋公園は、ドイツの街並みをモチーフにしたレンガ造りの建物が特徴です。

 

 

施設内には、以下のものがあります。
観光案内所 草津温泉周辺の観光情報や道路情報を提供しています。

特産ショップ 地元の特産品やお土産が豊富に揃っています。特に、地元産の高原花豆を使用した花豆ロールケーキは人気の商品です。

軽食・喫茶コーナー そばやうどんなどの軽食や、上州もち豚と上州地鶏スープを合わせたオリジナルのひもかわうどんが楽しめます。

ベルツ記念館 

草津温泉の発展に貢献したドイツ人医師、ベルツ博士の功績を紹介する資料館です。



 

エルヴィン・フォン・ベルツ博士は、明治時代に日本医学の発展や温泉の医学的価値の確立に大きく貢献したドイツ人医師です。

ベルツ博士の功績は多岐にわたります。
日本近代医学の確立
1876年(明治9年)にお雇い外国人として来日し、東京医学校(現在の東京大学医学部)で内科や病理学、精神医学などの教鞭を執りました。

26年間(滞日は29年間)にわたり、近代西洋医学を日本に導入し、多くの日本人医師を育て、「日本近代医学の父」と称されています。


 

温泉の医学的研究と普及
日本の温泉の素晴らしさに着目し、医学的な研究を行いました。

「日本鉱泉論」の発表
日本の温泉(特に伊香保温泉)を系統的に調査し、その指導内容を「日本鉱泉論」として発表しました。
これは日本の温泉医学の原典となっています。


 

↑ スクリパ通りと草津温泉 ↓

 

草津温泉の発展
草津温泉の医学的有効性を高く評価し、世界にその価値を紹介しました。

彼が草津温泉に約6,000坪の土地を購入し、温泉保養地の発展を推し進めようとしたことも知られています。

草津の町には、ベルツ博士の名前を冠した「ベルツ通り」も存在します。

箱根温泉の提言
各地の温泉を調査した結果、明治20年(1887年)には、箱根の大涌谷に「皇国の模範となるべき一大温泉場」を設けるべきだという意見書を宮内省に提出しました。

1階には、ボヘミヤガラスや輸入雑貨を扱うミュージアムショップも併設されています。

運動茶屋公園 道の駅に併設された公園では、6月から8月にかけてレンゲツツジなどの高山植物が楽しめます。また、森林浴ができる散策コースもあります。


 

利便性
駐車場、トイレ、公衆電話は24時間利用可能で、ドライブ中の休憩に便利です。

草津温泉街までは車で約5分とアクセスも良好で、温泉に立ち寄る前に利用するのもおすすめです。

この夏の猛暑と小雨で、関東の水がめでも貯水率が減少し50%を下回っていて、国交省が節水を呼びかけています。


 

関東地方整備局によりますと、1日午前0時時点の利根川上流にある9つのダムの合計の貯水率は45%で、平均の6割ほどとなっています。


 

↑ 道の駅 八ッ場ふるさと館・不動大橋 ↓

 

関東地方の水がめである利根川水系などでは6月以降、降水量の少ない状態が続いていて、群馬県にある八ッ場ダムの貯水率はおよそ22%まで低下しているということです。


 

八ッ場ダムは完成以降、最も水位が低下していて、ダム建設によって水没した吾妻線の鉄橋や道路などが姿をあらわしています。


 

気象庁によりますと、今後も晴れの日が多く、降水量は平年並みか少ない見込みで、関東地方整備局は引き続き節水に協力を呼びかけています。


 

ダムの渇水とは、2025年9月現在、八ッ場ダムの貯水量が大幅に低下している状態を指します。


 

八ッ場ダムは、利根川水系の吾妻川に建設された多目的ダムで、首都圏への水道用水の供給や洪水防止を目的としています。


 

しかし、2025年の夏は記録的な酷暑となり、農業用水の確保のためにダムからの放流が行われたことに加え、降水量が非常に少なかったため、ダムの貯水量が大幅に減少しました。
 


 

↑ 水位の変化 ↓

 

2025年9月2日には、八ッ場ダムの貯水率が18.1%となり、運用開始以来最も低い水位を記録しました。


 

貯水率の低下により、ダム湖に水没した旧JR吾妻線の鉄橋やトンネルなどの遺構が現れる状況となっています。


 

国土交通省関東地方整備局は、ダム下流の地域に対して節水の協力を呼びかけています。


 

ダムの渇水 ダムの渇水は、河川の流量低下、湖沼や地下水位の低下を引き起こし、水資源の枯渇、作物の生育不良、水質悪化など、生活や経済活動に悪影響を及ぼします。


 

日本は河川が短く急勾配であるため、渇水と洪水の流量差が大きく、ダムで流量を安定させることが重要です。


 

渇水の原因 渇水の直接的な原因は、長期間雨が降らないことですが、日本の気候特性も影響しています。


 

↑ 湖上では、水陸両用バスによる観光や、カヌー、カヤック、SUPなどのウォーターアクティビティを楽しめます ↓

 

渇水時の対策 渇水時には、取水制限が行われ、農業用水の融通や節水が呼びかけられます。


 

農家は番水や反復利用を強化し、地域で協力して水源を融通し合います。


 

渇水の状況 日本全体では毎年どこかで渇水が起こっており、数年に一度は大規模な渇水が発生しています。


 

近年では、1994年の列島渇水で約1,600万人が断水や減圧給水の影響を受け、約1,400億円の農作物被害が発生しました。

 

あがつま湖
八ッ場ダムによって貯水された湖。
独特のエメラルドグリーンの湖面「八ッ場グリーン」が特徴で、周囲の渓谷とのコントラストが美しいのです。


 

湖上では、水陸両用バスによる観光や、カヌー、カヤック、SUPなどのウォーターアクティビティを楽しめます。カヤック・カヌー・SUPの持ち込みは有料で、安全管理協力金が必要です。


 

湖畔には、発掘の成果を展示する「やんば天明泥流ミュージアム」があります。


 

八ッ場湖の駅丸岩は、旧長野原町役場庁舎をモチーフにした建物で、食事やお土産の購入、水陸両用バスの乗車ができます。


 

八ッ場ダムは2020年4月1日から本格的に運用を開始しました。


 

八ッ場ダムは2020年4月1日から本格的に運用を開始しました。


 

八ッ場ダムの貯水池の名称は公募により「八ッ場あがつま湖」に決定しました。


 

八ッ場ダムの貯水池の名称は公募により「八ッ場あがつま湖」に決定しました。


 

↑ 只今は渇水期 ↓

 

 

堤体
ダムや堤防の本体を指す言葉です。


 

これは、河川や湖などの水をせき止めるために作られた、土や石などでできた大きな壁のことで、水の流れを制御し、洪水を防ぐ重要な役割を担っています。


 

これは、河川や湖などの水をせき止めるために作られた、土や石などでできた大きな壁のことで、水の流れを制御し、洪水を防ぐ重要な役割を担っています。

 

 

堤体は、すべり破壊に対して安定した強度と水密性を持つ必要があり、その材料や基礎地盤、施工事例などを総合的に判断して、断面や工法が決定されます。


 

減勢構
ダムから放流される水の持つ大きなエネルギーを弱めて、下流の河川や施設が削られるのを防ぐための大切な構造物です。文字通り、水の「勢いを減らす」役割を担っています。

ダムから放流される水は、高い場所から流れ落ちるため、非常に大きな勢いを持っています。このまま放流すると、以下の問題が起こる可能性があります。



河床や河岸の洗掘
川底や川岸が深く削られてしまい、不安定になる。

下流施設の損傷
道路、橋、人家、発電所などの施設に被害が出る。
このような被害を防ぎ、下流に水を安全に流すために減勢工が設置されます。

減勢工の種類
減勢工には、ダムの形式や地形、地質、周辺環境などに応じて、いくつかの種類があります。




跳水式
これは最も一般的な形式です。
導流部に連続して設けられた「減勢池」という場所で、水深が急激に増す「跳水現象」を起こし、水のエネルギーを効果的に弱めます。

減勢池の水位を上げるために、下流端に小さな副ダムが設けられることが多いです。

スキージャンプ式
スキーのジャンプ台のように、水を一時的に空中に飛ばし、構造物から離れた場所へ落下させます。

 

落下した水のクッション効果や、その後に発生する跳水現象によって勢いを弱めます。


ダム下流の河床が頑丈で、ある程度の洗掘が許容される場合に用いられます。


自由落下式
水をそのまま自由落下させ、落下地点にある水のクッションで勢いを弱める形式です。
主にアーチダムで採用されることがあります。

これらの減勢工の形や大きさは、実際に水の模型実験などを行って、最も効果的な設計が検討されます。


 

自由落下式
水をそのまま自由落下させ、落下地点にある水のクッションで勢いを弱める形式です。
主にアーチダムで採用されることがあります。

これらの減勢工の形や大きさは、実際に水の模型実験などを行って、最も効果的な設計が検討されます。


 

自由落下式
水をそのまま自由落下させ、落下地点にある水のクッションで勢いを弱める形式です。
主にアーチダムで採用されることがあります。

これらの減勢工の形や大きさは、実際に水の模型実験などを行って、最も効果的な設計が検討されます。


 

↑ なるほど!やんば資料館とその前にある展望デッキ ↓

 

 

↑ 展望デッキの左側に巡視船と作業船乗り場の階段が ↓

 

なるほど!やんば資料館駐車場

アクセス
関越自動車道渋川伊香保ICから車で約1時間です。
 


 

駐車場
広い無料駐車場が完備されており、バスも駐車可能です。

 

 

 

その他
バリアフリーにも対応しており、誰でも見学しやすい施設です。

 

 

なるほど!やんば資料館は、八ッ場ダムの隣にある施設で、ダムに関する歴史や技術、周辺地域の情報を分かりやすく紹介しています。

 

 

八ッ場ダムは1952年の調査開始から68年を経て2020年4月から運用が開始された、堤高116.0m、堤頂長290.8mの重力式コンクリートダムです。

 

この資料館は、ダムの本体工事と周辺地域の情報を発信する拠点として設けられています。

 

 

どのような展示があるのか
資料館では、以下のような展示を通じて八ッ場ダムについて深く学ぶことができます。




地域の成り立ちと事業経緯
八ッ場ダムが建設された背景や目的が分かります。

八ッ場ダム周辺の立体模型
ダムの構造や周辺の地形を立体的に把握できます。



 

本体工事の動画
ダムがどのように作られたのか、迫力ある映像で確認できます。

歴史や仕組みに関する資料
ダムのこれまでの歩みや、どのように機能しているかを知ることができます。

コンジットゲート
ダムの堤体内部を貫通する放流設備に設置されたゲートのことです。 これは、洪水調節や下流への放流に利用されます。



 

コンジットト(conduit)は英語で「導管」や「水路」という意味で、ダムの堤体の中を貫通して設けられる放流設備であることから、このように呼ばれています。

コンジットゲートは、ダムの底部から中標高にかけて設置されることが多いようです。

ダムには、コンジットゲートのほかに、以下のようなゲートがあります:

クレストゲート

ダムの堤頂部に設置されるゲートで、異常洪水時にダム天端からの越流を防ぐための非常用ゲートとして使用されます。

クレスト(crest)は英語で「頂上」という意味です。

 


 

オリフィスゲート

比較的浅い位置(堤体の上下の中間)に設置されるゲートです。


ラジアルゲート

ゲート表面が円弧状で、回転しながら開閉する構造のゲートです。

ローラーゲート

開閉用ゲートの板にローラーが付いた構造で、上下に開閉するゲートです。

ダムによっては、コンジットゲートとクレストゲートの両方を備えている場合があり、それぞれ常用洪水吐、非常用洪水吐として使われます。

八ッ場1万本桜プロジェクト
八ッ場ダム周辺地域に1万本の桜を植樹し、桜の名所にすることを目指す活動です。



 

このプロジェクトは、地域住民と行政機関などが協力して2013年に開始されました。

個人や企業からの寄付金や苗木の寄贈を募り、ダム湖畔への植樹はほぼ完了しています。今後は長野原町全体に植樹活動を広げていく予定です。


 

その他
バリアフリーにも対応しており、誰でも見学しやすい施設です。
館内でお手洗いを利用でき、ダムカードも配布されています。

2階には展望バルコニーがあり、八ッ場ダム周辺の景色を一望できます。




展望デッキ
八ッ場ダムや八ッ場あがつま湖を一望できる展望台です。無料で利用でき、ドライブの休憩にもおすすめです。

八ッ場ダム周辺には、複数の展望スポットがあります。



 

なるほど!やんば資料館休憩所の日除け
日除けは、強い日差しを遮る目的で窓や開口部に取り付けられる装置、設備、構造物を指します。

 

 

日除けは、採光や通風を妨げないものが望ましいとされています。

 

 

古くから日本では、すだれやよしずが日除けとして使われてきました。

 


↑ 日除け用に用いられた素材や形状に付いては不明です ↓

 

紅葉のメカニズム
葉が緑色に見えるのは光合成の装置にクロロフィルが含まれるからである。


 

夏の間、光を吸収して活発に光合成を行い、栄養を生む。


 

落葉樹の葉では、秋になり日照時間が短くなるとクロロフィルが分解される。


 

これは植物学的には葉の老化反応の過程と見なされ、気象条件が光合成に適さない冬を迎える前に起こる。


 

この過程では光合成の装置などが分解され、葉に蓄えられた栄養も合わせて幹へと回収される。翌年の春にこれらは再利用される。


 

この過程中に生じる働きが紅葉、黄葉、褐葉を生む原因となる。


 

なおこれらが十分に回収された後、葉柄の付け根に植物ホルモンの1つエチレンの働きによって離層ができ、枝から切り離される。


 

これによって、無駄な水分やエネルギーが冬の間に消費されることを防ぐ。


 

植物の葉は「カロテノイド」色素などを使って光の害から自分自身を守る仕組みを備えているが、葉の老化過程ではこれらも分解されるため、対処として葉を守る働きが必要となる。


 

なおこれは離層ができる前の過程である。
また「葉柄の付け根に離層ができ、葉で作られた糖類やアミノ酸類が葉に蓄積し、その糖から新たな色素が作られる」とする俗説は誤りである。


 

紅葉、黄葉、褐葉の違いは、植物によってそれぞれの色素を作り出す能力の違いと、気温、水湿、紫外線などの自然条件の作用による酵素作用発現の違いが、複雑にからみあって起こる現象とされる。


 

紅葉の原理
葉の赤色は色素「アントシアン」に由来する。アントシアンは春から夏にかけての葉には存在せず、老化の過程で新たに作られる。


 

アントシアニンは光の害から植物の体を守る働きを持っているため、老化の過程にある葉でクロロフィルやカロテノイドを分解する際に、葉を守るために働くと考えられている。


 

黄葉の原理
葉の黄色は色素「カロテノイド」による。カロテノイド色素系のキサントフィル類は若葉の頃から葉に含まれるが、春から夏にかけては葉緑素の影響により視認はできない。


 
 

秋に葉のクロロフィルが分解することにより、目につくようになる。

カロテノイド色素も光による害から植物を守るために機能している。


 

褐葉の原理
黄葉と同じ原理であるが、タンニン性の物質(主にカテコール系タンニン、クロロゲン酸)や、それが複雑に酸化重合したフロバフェンと総称される褐色物質の蓄積が目立つためとされる。


 

黄葉や褐葉の色素成分は、量の多少はあるがいずれも紅葉する葉にも含まれており、本来は紅葉するものが、アントシアンの生成が少なかったりすると褐葉になることがある。


 

紅葉と進化
紅葉の至近要因については知られているが、そもそもなぜ紅葉があるのか、紅葉の進化的要因、進化的機能については長らく研究対象となってこなかった。

 

1999年(平成11年)に北半球の262の紅葉植物とそれに寄生するアブラムシ類の関係が調べられ、紅葉色が鮮やかであるほどアブラムシの寄生が少ないことが発見された。

紅葉の原因となるアントシアンやカロテノイドはそれを合成するのに大きなコストが掛かるが、直接害虫への耐性を高めるわけではない。



またアブラムシは樹木の選り好みが強く、一部の種は色の好みもあるとわかっている。

そのため、紅葉は自分の免疫力を誇示するハンディキャップ信号として進化した、つまり「十分なアントシアンやカロテノイドを合成できる自分は耐性が強いのだから寄生しても成功できないぞ」と呼びかけているとみなせる。

 



アブラムシ以外の寄生者に対するハンディキャップ効果はまだ調べられていない。

紅葉の進化的機能についてはまだ議論が続いている。

猿橋へ
吾妻渓谷は、八ッ場ダムの建設によって全体の4分の1を失ってしまったが、主要な景勝地はどうにか守られた。



 

以前の遊歩道は、長野原町のJR川原湯温泉駅から右岸の遊歩道に入り、下流の鹿飛橋を左岸に渡って、スタート地点まで戻るという周回コースが普通であった。


 

ところがダム工事が始まったことによって様変わりした。

そもそも、八ッ場ダムの建設に当たっては、大規模な交通網の周辺整備を必要とした。


 

単に国道の整備に留まらず、住民の生活に重要な道路網の環境整備が行なわれた。

長野原・東吾妻両町の吾妻川右岸は、もともと日照時間が少ない為、未開発地区であった。従って鉄道・道路とも開発が比較的容易だったのである。


 

そんな訳で吾妻渓谷の観光設計も見直しが行なわれた。

いまや地方の移動手段は鉄道よりも自動車が主力である。


 

躊躇なく遊歩道の駐車場が鹿飛橋に近い場所に設置された。それが十二沢パーキングである。かつ、周回できる新橋も増設した。それが「猿橋」である。

 


 

吾妻峡の九十九折
九十九折とは、幾重にも曲がりくねって続く坂道のことを指します。


 

 「九十九折」は「葛折」とも書き、つる植物の葛(つづらふじ)の蔓が絡み合っている様子を表しています。


 

また、「九十九」という言葉は、曲がっている回数が多いことを意味しています。

一般的に、九十九折とは、地形が急斜面であるために、道が何度も曲がりくねってつけられている場所を指すことが多いのです。


 

九十九折の道はなぜ必要?
特に山道や坂道で、安全で快適な通行のために工夫された設計なのです。


 

なぜ必要とされているのか、いくつか理由があります。


 

山の斜面をまっすぐ登ろうとすると、非常に急な坂道になってしまい、人や車が通行するのが難しくなります。


 

九十九折にすることで、道の進行方向を斜めや横向きに変えながら進むため、一つ一つの登りの標高差が小さくなり、全体の勾配が緩やかになるんです。


 

体力の消耗を抑える
登山道などでは、最短距離を行くと体力を大きく消耗したり、登りきれない場合があるので、九十九折が好まれます。


 

安全性の向上
勾配の道は転倒や転落のリスクも高まりますが、勾配が緩やかになることで、より安全に移動できるようになります。


 

建設コストを抑えるため
山を越える道路を作る際、急な勾配を乗り越えるためにトンネルを掘ったり、谷を渡るための長い橋を架けたりすると、建設に多大な費用がかかります。

九十九折の道にすることで、これらの大規模な土木工事を避けることができ、コストを抑えられる場合があるんです。



 

車両の動力性能を考慮するため
昔の自動車は、現在の車両ほど急な坂道を登る能力が高くありませんでした。

そのため、急勾配を直線で登るよりも、九十九折にして勾配を緩やかにする方が、車両の走行に適していました。

このように、九十九折の道は、地形的な制約がある中で、人々が安全かつ効率的に移動できるようにするための知恵と工夫から生まれたものと言えるでしょう。

日本一短い鉄道トンネル
樽沢トンネル
東日本旅客鉄道(JR東日本)吾妻線の岩島駅 - 川原湯温泉駅間の旧線上に存在するトンネルである。


 

山の出っ張りを掘り抜いたもので、全長7.2 mの日本一短い鉄道トンネルとされていた。


 

トンネルを含む廃線跡は、2020年(令和2年)7月中旬より「吾妻峡レールバイクアガッタン」のコースとして、足漕ぎ式トロッコが通過するアトラクション施設として利用されている。

群馬県吾妻郡東吾妻町の吾妻渓谷と並行した位置にある。

 

 

鹿飛橋の紅葉
群馬県吾妻郡東吾妻町にある吾妻渓谷(吾妻峡)の名物で、特に美しい紅葉スポットとして知られています。


 

吾妻渓谷は吾妻川の浸食によってできた渓谷で、「関東の耶馬渓」とも呼ばれる国指定名勝です。


 

紅葉(こうよう)、もみじ(紅葉、黄葉)は、主に落葉広葉樹が落葉の前に葉の色が変わる現象のこと。



 

狭義には、黄色に変わるのを黄葉(こうよう、おうよう)、赤色に変わるのを紅葉(こうよう)、褐色に変わるのを褐葉(かつよう)と呼ぶが、これらを厳密に区別するのが困難な場合も多く、いずれも「紅葉」として扱われることが多い。

 


 

一般に落葉樹のものが有名であり、秋に一斉に紅葉する様は観光の対象ともされる。


 

カエデ科の数種を特にモミジと呼ぶことが多いが、実際に紅葉が鮮やかな木の代表種である。


 

また、秋になると草や低木の葉も紅葉し、それらを総称して草紅葉(くさもみじ)ということがある。


 

同じ種類の木でも、生育条件や個体差によって、赤くなったり黄色くなったりすることがある。


 

葉が何のために色づくのかについては、植物学的には葉の老化反応の一部と考えられている。


 

なお、常緑樹も紅葉するものがあるが、緑の葉と一緒の時期であったり、時期がそろわなかったりするため、目立たない。


 

ホルトノキは、常に少数の葉が赤く色づくのが見分けの目安になっている。


 

常緑針葉樹であるスギやコノテガシワは冬には茶色に変色する。


 

日本における紅葉は、9月頃から北海道の大雪山を手始めに始まり、徐々に南下する。


 

紅葉の見頃の推移を桜前線と対比して紅葉前線と呼ぶ。


 

紅葉が始まってから完了するまでは約1か月かかる。


 

見頃は開始後20 - 25日程度で、時期は北海道から北陸では10月上旬から11月上旬、関東から九州では11月中旬から12月中旬まで。


 

ただし、山間部や内陸では朝晩の冷え込みが起こりやすいために、通常これより早い。


 

↑ 鹿飛橋を渡り対岸へ ↓

 

仮締切
旧八ツ場大橋を下流に進むと渓谷の左岸に「仮締切」が見えてきます。



 

ダムや河川などの治水工事で、水中の掘削部分を一時的に完全に封鎖する仮設構造物や工法のことです。


仮締切

水中に構造物を建設する際に、陸上と同じような環境で工事を行うために用いられます。


仮締切の設計は、土質や水質、水圧などの調査結果に基づいて行われます。
都市部では、振動や騒音なども重要な検討課題となります。


その他
河川堤防を全面または部分的に開削する場合、堤防の機能低下を防ぐために仮締切が設置されます。



2009年の事業仕分け
民主党政権が導入した国家予算の見直しです。 国民への透明性を確保しつつ、予算執行の実態を踏まえ、事業の必要性を判断し、財源の捻出を図ることを目的としていました。


事業仕分けは、以下の手順で行われました。
1.事前に「仕分け人」が対象事業を調査
2.公開の場で、事業担当者と必要性について議論
3.「廃止」や「縮減」などの判定を下す


八ッ場ダム建設中止とは

2009年に鳩山内閣の前原国土交通大臣が、地元住民や関係自治体の意見を聞かずに八ッ場ダムの建設を一方的に中止すると表明したことです。


 

2009年の事業仕分けは、鳩山内閣が発足し、戦後60年にわたり続いてきた政治・行財政のあり方を大きく変えるという印象と期待を高めるものでした。

 

しかし、経済的視点に重点が置かれたため、批判も多くありました。


事業仕分けは全部で5回実施され、2009年11月に行われた第1弾は特に大きな注目を集めました。

各府省庁による行政事業レビューも行われ、事業仕分けの考え方が導入されました。



 

八ッ場ダムは、利根川の治水と首都圏への利水を目的とした多目的ダムとして計画されました。


 

1952年に計画が発表されましたが、水没予定地の住民の反対運動や吾妻川の水質問題などにより、長らく建設に至りませんでした。


 

2009年、民主党政権が公共事業見直しの象徴として八ッ場ダムの建設中止を表明しましたが、2年後には中止が撤回され、工事が再開されました。2020年4月1日に運用が開始されています。


 

八ッ場ダムの建設には、治水効果や水資源の確保に対する期待がある一方、自然破壊や地域社会への影響、巨額の事業費などの問題点が指摘されています。


吾妻渓谷
群馬県吾妻郡を流れる吾妻川の渓谷である。国指定名勝となっている八丁暗がり付近を特に吾妻峡と呼ぶ。


 

「関東の耶馬溪」の異名をとっており、群馬県では上毛かるたの「耶馬渓しのぐ吾妻峡」の札でも知られる。


 

また、若山牧水がこよなく愛した景勝としても有名である。

 

建設の進む八ッ場ダムは渓谷の中途に作られ、完成の際は一部がダム湖に沈むこととなる。

鹿飛橋
吾妻川の川幅が2〜3メートルと非常に狭い場所です。この狭い川を、鹿が飛び越えて渡っていたことから、「鹿飛橋」という名前が付けられたと言われています。

此処に堤体(ダム本体)を作れば最も安価で短期間に完成することが出来る筈だった。

 

遊歩道は設置されているが、舗装などの近代的整備が行われている部分はなく、全行程にわたり急勾配が連続し、急斜面に沿った細い部分や沢を渡る部分などもあり、歩行には注意を要する。


 

過去に多くの観光客が足を滑らせるなどして滑落死している。特に、遊歩道からはみ出ることは自殺行為である。また、遊歩道の一部に手すりが設けられている。

旧川原湯温泉駅
JR吾妻線の駅として1946年4月20日に開業しました。

 

八ッ場ダム建設に伴う吾妻線のルート変更により、2014年9月24日に68年の歴史に幕を閉じました。


ダム建設のため、駅は高台に移転し、旧駅はダム湖の底に水没しました。
旧川原湯温泉駅は、吾妻線で唯一残っていた木造駅舎でした。

 

↑ 直進するとY路道に、左は川原湯温泉街、右が草津温泉方面。八ッ場方面 ↓


駅の移転後、2015年5月には旧駅舎の解体が進み、線路やホーム、跨線橋などの残骸がわずかに駅の痕跡をとどめていました。

2025年7月には、八ッ場ダムの貯水位低下により、湖底に沈んだ旧川原湯温泉駅や旧吾妻線、旧国道145号の一部が現れる現象が起きています。

 

↑ この写真は2009年11月9日に撮影したものです ↓

 

旧川原湯温泉駅は、群馬県吾妻郡長野原町に位置し、川原湯温泉へのアクセス駅として機能していました。

2014年10月1日には、新しいルート上に駅が移転し、営業を開始しました。

新しい駅舎は、高台に建設され、周辺には温泉街が移転しています。



かつて特急「草津」が停車していました。
特急「草津」は、上野駅と長野原草津口駅を結ぶ特急列車で、吾妻線を経由していました。

2017年3月4日のダイヤ改正で、特急「草津」は川原湯温泉駅を通過するようになりました。


 

川原湯温泉駅は、1985年12月1日に川原湯駅から川原湯温泉駅に改称されました。

吾妻線は、群馬県の渋川駅から嬬恋村の大前駅を結ぶJR東日本の鉄道路線です。

沿線には多くの温泉地があり、特急列車が運行されています。


旧八ツ場大橋
八ッ場ダム建設地点の上流300mには、吾妻線の第二吾妻川橋梁と並んで旧国道145号の八ッ場大橋が架かっていました。


 

両橋梁は平成20年代半ば頃には、それぞれ新ルートの開通によって一般の交通路としての役割は終えて、その後は八ッ場ダムを建設するための工事用道路として利用されました。


 

↑ 旧八ツ場大橋と鉄橋 ↓

 

 

報道では試験湛水が2、3日後に迫っても八ッ場大橋が架かったまま写っていたので、このまま撤去することなく湖底に沈む運命を辿るようです。


 

↑ 鉄橋を渡る電車 ↓

 

 

↑ 鉄橋を渡る電車 旧川原湯温泉駅は間近だ ↓

 

 

旧八ッ場大橋
昭和8(1933)年竣工
延長45.6m、幅員5.5m
鋼ソリッドリブアーチ橋


 

↑ 旧八ツ場大橋と鉄橋 ↓

 

旧吾妻峡遊歩道
吾妻渓谷は、吾妻川に架かる雁ガ沢橋から八ツ場大橋までの約3.5キロメートルにわたる渓谷です。


 

遊歩道は旧川原湯温泉駅から旧八ッ場大橋へ向かい橋の手前を右側に進む道と、直進して行く二通りが有ります。


 

吾妻渓谷を両岸から散策出来る様にもなっています。

大昔に火山が噴きだした溶岩を、川水が深く浸食してできたものと考えられています。


 

吾妻渓谷を両岸から散策出来る様にもなっています。

大昔に火山が噴きだした溶岩を、川水が深く浸食してできたものと考えられています。

 

つづら折りの狭い道をたどっていくと、そば立つ懸崖や奇石、滝など変化に富んだ見どころが続き、渓谷の美しい眺めを一望できる見晴らし台もあります。


 

かつての道を利用しているため、一部に登山道に近いアップダウンがあります。

そのため、山道に適した服装や、歩きやすい靴、または登山用の靴での散策が推奨されています。


 

↑ 滝見橋と旧八ッ場大橋。川幅が急に狭く成っているのがわかります ↓

 

ハイキングコースは「遊歩道」という名前から想像されるよりも手ごわい場合があるため、注意が必要です。


 

↑ 滝見橋と旧八ッ場大橋。川幅が急に狭く成っているのがわかります ↓

 

ハイキングコースは「遊歩道」という名前から想像されるよりも手ごわい場合があるため、注意が必要です。

 

 

↑ 未だ民家も有りますが、遠からず解体されます ↓

 

 

↑ 滝見橋 ↓

 

 

滝美橋を渡ると対岸の国道145号線(日本ロマンチック街道)に出られます。

 

猿橋へ
吾妻渓谷は、八ッ場ダムの建設によって全体の4分の1を失ってしまったが、主要な景勝地はどうにか守られた。


 

以前の遊歩道は、長野原町のJR川原湯温泉駅から右岸の遊歩道に入り、下流の鹿飛橋を左岸に渡って、スタート地点まで戻るという周回コースが普通であった。


 

ところがダム工事が始まったことによって様変わりした。
そもそも、八ッ場ダムの建設に当たっては、大規模な交通網の周辺整備を必要とした。


 

単に国道の整備に留まらず、住民の生活に重要な道路網の環境整備が行なわれた。


 

↑ ‎2018‎年‎11‎月‎3‎日撮影 ↓

 

長野原・東吾妻両町の吾妻川右岸は、もともと日照時間が少ない為、未開発地区であった。従って鉄道・道路とも開発が比較的容易だったのである。


 

そんな訳で吾妻渓谷の観光設計も見直しが行なわれた。
いまや地方の移動手段は鉄道よりも自動車が主力である。


 

躊躇なく遊歩道の駐車場が鹿飛橋に近い場所に設置された。それが十二沢パーキングである。かつ、周回できる新橋も増設した。それが「猿橋」である。


吾妻峡の九十九折
九十九折とは、幾重にも曲がりくねって続く坂道のことを指します。


 

 「九十九折」は「葛折」とも書き、つる植物の葛(つづらふじ)の蔓が絡み合っている様子を表しています。

また、「九十九」という言葉は、曲がっている回数が多いことを意味しています。


 

一般的に、九十九折とは、地形が急斜面であるために、道が何度も曲がりくねってつけられている場所を指すことが多いのです。


 

九十九折の道はなぜ必要?
特に山道や坂道で、安全で快適な通行のために工夫された設計なのです。


 

なぜ必要とされているのか、いくつか理由があります。


 

山の斜面をまっすぐ登ろうとすると、非常に急な坂道になってしまい、人や車が通行するのが難しくなります。


 

九十九折にすることで、道の進行方向を斜めや横向きに変えながら進むため、一つ一つの登りの標高差が小さくなり、全体の勾配が緩やかになるんです。

九十九折にすることで、道の進行方向を斜めや横向きに変えながら進むため、一つ一つの登りの標高差が小さくなり、全体の勾配が緩やかになるんです。



安全性の向上
勾配の道は転倒や転落のリスクも高まりますが、勾配が緩やかになることで、より安全に移動できるようになります。



建設コストを抑えるため
山を越える道路を作る際、急な勾配を乗り越えるためにトンネルを掘ったり、谷を渡るための長い橋を架けたりすると、建設に多大な費用がかかります。


 

九十九折の道にすることで、これらの大規模な土木工事を避けることができ、コストを抑えられる場合があるんです。


車両の動力性能を考慮するため
昔の自動車は、現在の車両ほど急な坂道を登る能力が高くありませんでした。


 

そのため、急勾配を直線で登るよりも、九十九折にして勾配を緩やかにする方が、車両の走行に適していました。


 

このように、九十九折の道は、地形的な制約がある中で、人々が安全かつ効率的に移動できるようにするための知恵と工夫から生まれたものと言えるでしょう。