「東久留米の家」が住まいの設計 9月号に掲載されました。
昨年の10月に竣工した「東久留米の家」 が、住まいの設計に掲載されました。
引っ越しをされて半年後に撮影した家は、毎日お掃除に気を使っている、というNさんご夫婦のおかげで、家の中はさわやかでやさしい空気につつまれていました。
ダイニングから北側に向かって、リビングとハイサイドライト、サンルームへと視線が抜けます。(写真:大槻茂)
カメラマンの大槻氏に、今回撮影した写真を何枚かわけていただきました。(ブログ内写真)
撮影したのはカメラマンの大槻茂氏。職人気質の真面目なカメラマンですが、空間の特徴や住んでいる人の自然な表情をとらえるのが上手ですね。
階段から見上げたところ。さらに上にはルーフテラスへ上る階段があり、透明なグレーチングの床から光が落ちてきます。
建築写真のカメラマンは、人によってどんなアングルで何を取るか、大きく違っています。写真というのも、ひとつの作品だと思えばあたりまえですが、建築写真というのは、ちょっと独特の特性があるようにと思います。
建築雑誌の写真は、だいたい人のいない写真を完璧なアングルと添景で納める、というケースが多いものです。それもまた大切な文化ではあると思いますが、先月の内田樹氏の講演で、そのことを批判するフレーズがありました。「建築家の写真はいつも人がいない、まるで人が入ってしまったら壊れてしまうかのような、そういう写真ばかり雑誌に載せるのはよくない。実際、建築家は、最初が最高で、生活が入ってきたらもうだめ、みたいな意識があるのではないか?人がいて、年月がたつごとに味わいが出てくるような空間をつくらなくてはいけない。」という話でした。本当に私もそう思います。
住まわれてからの雑誌撮影は建築よりも人の生活にフォーカスがあたっていて、良い写真が撮れるのだなあ、と思います。そういうふうに、人と建築が調和しながら成長していくような建築を作っていきたいと思います。
玉川学園の家 現場レポート ~蓄熱床暖房の敷設
先週は台風の影響でずいぶん涼しい日が続きました。
おかげで現場監理もずいぶん楽でした。台風が去ったあけた翌日、玉川学園の現場に行ってきました。
今回は土間コンクリートの中に蓄熱用の温水用パイプの敷設をチェックしました。
土間の上に温水パイプを敷設しています。この上にさらにコンクリートを5cmほどかぶせます。
このパイプに温水が流れて、コンクリートに蓄熱、蓄冷させることができます。夜間に蓄熱させ、昼間一日、ゆっくりと放熱する仕掛けです。冬が特に効果的で快適な室内をつくりま
す。
温水パイプは、出口と入口がひとつづつ、つまり、一筆描きにしなくてはならないのですが、ひとつの家をくまなく連続するラインで一筆書きにします。
なんだかナスカの地上絵のようです。
段差があっても、このように接続して、ひとつながりのルートをつくってしまいます。
来週には土台を準備し、8/1には上棟の予定です。
内田樹氏のお話を聞きました。~JIA建築セミナー「街場の建築論」
先日の日曜日、JIA(日本建築家協会)の建築セミナーに内田樹氏をお呼びして、ご講演いただきました。タイトルは「街場の建築論」。
内田氏は、「辺境としての日本」をはじめ、現代哲学、思想などをとてもわかりやすく軽妙な語り口で、ベストセラーを連発されている超売れっ子の思想家ですが、合気道の師範でもあり、武道の道場を開いておられる方です。
内田氏は、その卓越した知性とクリアな言語表現が本当に魅力的で、その上、頭だけでなく「身体で考える」とおっしゃるように、武道を通して人を教えておられるということが、世の一般のインテリジェンチャと一線を画す人物かと思います。多様性やコミュニケーション、コミュニティーの重要性など、人を大切にする教えは、そのままに、身近な人たち、出会う人や教え子もとても大切にしている方のようです。神戸女学院の教え子の方と知り合いの実行委員がこの企画を実現させました。(ちなみに私もこのセミナーの企画実行委員です。)
内田氏の本は10冊以上読みましたが、あまりに面白いのでさっと読めてしまう数々のベストセラーより「レヴィナスと愛の現象学」が印象に残りました。フランス現代哲学者の中でも難解なレヴィナスを、独特に読み解くユニークな本です。
フッサールの現象学との対比が鮮やかに理解できます。そして、そのことは「人」として存在することの洞察と同時に、「自分の頭」という狭い世界から出る可能性、決して把持することも所有することもできない「他者」を認知することと、その他者とのコミュニケーションの中に自己を投棄することの意味を謳った本でした。
講演の後、内田氏にサインをいただいたりして、ミーハーな私です。見えにくいですが、猫のお顔をシンボルにして愛嬌たっぷりな・・。
内田氏の話は、どこまでも「コミュニケーション」がテーマでした。そして、そのことは、内田樹氏という人のあり方に反映していることが印象的でした。
お話の内容は本を読めば理解できますが、今回得られたこととして内田氏の人を見るときの鋭利な刃物のような鋭さと、力の抜けた身体のあり方、出会ったものを虜にする不思議な存在感でした。おそらく、怒ったら「怒髪天を抜く」人だと想像できますが、それは義憤ともいうべき怒りであろうし、一かけらの「甘さ」も「媚び」も無い優しさとはこれほどさわやかで魅力的なものかと、深く感動しました。







