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三木 稔氏の訃報

 作曲家の三木 稔氏が亡くなられたとの由。会社時代に三木氏の大阪後援会の末席を汚していた関係で、オペラ作曲には膨大なエネルギーと集中力が必要なので大変だと言うような苦労話を聞かせて頂いたりしたのを思い出す。酒席を共にさせて頂いた事もあるが、著名な作曲家なのに私らと自然体でお付き合い頂いた事も貴重な思いでとなってしまった。

 オペラ作曲に全力を投入されるようになって以来、大阪に来られる機会が少なくなって疎遠となってしまった。しかし、「日本史連作オペラ」9作は世界の音楽史に残る力作として今後も多くの人達に感銘を与え続ける事だろう。

橋下市長は見事

 連日、橋下市長(正式には未だ就任前)の動きがマスコミに大きく取り上げられている。彼の政策は分り易さが特長だ。「府と市の二重行政を解消して、重複する無駄を省く」、「地下鉄とバスを民営化して、市の負担を軽くする」、「年功序列賃金制度を改め、市民のために働く職員を優遇するとともに人件費は大幅に削減する」、「教育界に競争原理を導入する」等々。しかも正式の就任を待たず、市の各局のヒアリングを開始して改革の準備運動に入った。

 この見事な言動で、国政を預かる議員達の無責任さ、無能さがクローズ・アップされて来た。国民は分り易い政治を望んでいるのに、民主党政権の動きは難解そのものである。消費税アップをちらつかせるのには熱心だが、議員数の削減や行政改革は一向に進まない。公務員賃金の削減を打ち出したものの党内の反対で腰砕けになりそうだ。誰もが任に堪えないと感じている防衛相を解任する事も出来ない。たまにTVの国会中継を見るが、質疑応答内容の余りのレベルの低さに呆れて直ぐスイッチを切ってしまうのが常である。

 国政の頼りなさや危なさを強く感じながらも、何一つ手立てを講じる術もなくストレスが溜まるばかりなのが情けない。

理解の出来ないニュース

読売新聞の次のような記事に疑問を感じた。『東京電力福島第一原発事故で避難生活を送る福島県双葉郡8町村の住民が3日、「原子力被害の完全賠償を求める双葉地方総決起大会」を同県いわき市内で開き、帰還へ向けた環境づくりとすべての損害の賠償を国と東電に求める決議を採択した。』
 当然の事だろう。なぜこれがニュースになるのだろう。

福島原発の事故により多くの人達が避難生活を余儀なくされ、福島県の農業は放射能汚染でほぼ壊滅状態となった。この事態を招いた責任は事故を起こした東電と原子力を推進してきた政府にあり、その事には疑問の余地はないものと思っていた。ところが上記のような決議がなされ、ニュースになるのは、東電や国に責任回避の動きがあるのだろうか。

晩秋の六甲山西端

暇老身辺雑記-晩秋の六甲山西端

 マンションの対面に位置する六甲山西端部は、ここ2,3日で急に色づき、錦秋の様相を呈して来た。半月もすれば華やいだ色もすっかり消え、冬色の景色に変わる事だろう。


有馬瑞宝寺公園の紅葉と慶月の蕎麦懐石

 晩秋の紅葉見物に、有馬の瑞宝寺公園に出向いた。11月末日で近辺道路への車の立ち入り制限が解除され、人出もまばらでオフシ-ズンの様相を呈していた。しかし園内には未だ紅葉がかなり残っており、静かな環境で景観を楽しむ事が出来た。

 帰途、有馬東口のバス停に出て時刻表を見ると次のバスまで1時間近くある。これなら有馬の中心街まで戻り、始発バスに乗ろうとバス道を歩き出した。暫く歩くと、「精進懐石 慶月」の前に出た。未だ入った事のない店なので、一度試してみようと門をくぐる。入り口を入ると、4人用のテーブルが4つ置かれた小さなレストランであった。しかし奥には座敷が幾つもあるようで、レストランは予約のない客用のようであった。蕎麦懐石(2100円)を頼むと、前菜、天婦羅の盛り合わせ、野菜の炊合せ、シメジの炊き込みご飯と盛り蕎麦が出て来た。どれも美味しく、とくに蕎麦の風味に感心した。この次に有馬に来る際にはこの店で食事をしようと思わせる味と値段であった。

上り坂と下り坂

碁会所で名門私学の囲碁部の主将と対局した。半年ほど前に互先で打った記憶があったが、席主がその後強くなっていますよと言うので、こちらが常先で二局打ち1勝1敗だった。確かに強くなったようだ。考えてみれば、彼は上り坂で私は下り坂、この次に打つ時には2目置いて負けるかも知れない。

パリ旅行10―まとめ

 これまでパリを訪れた際には、フランス語を知らない旅行者には不便な街だと印象があった。その点については今回も変わりなく感じた。道路標識は全てフランス語での表示のみ、歴史的建造物の説明板もフランス語のみが多く、一部に英語が付記されたものがある程度であった。イタリア、ポルトガル、ドイツ、チェコ、日本、韓国、中国などから多くの観光客が訪れると思われるのに、それら各国言語の表示は全く見掛けなかった。フランス語は国際語であり、それを身に付けて訪れて当然と言う意識があるのだろう。

 しかし以前には見られなかったサービスも生じていた。ルーブル美術館の入り口近くの壁には、訪問客の誰もが見たがる「モナ・リザ」、「ミロのビーナス」および「サモトラケのニケ」の写真が掲示され、それぞれ付けられた矢印にしたがって進めば、誰でもこの三つの展示物には容易にアクセス出来るようになっていた。

 以前に出張でドイツの会社を訪問した時、通された応接室の壁に掲げられた大きな地図を眺めて、「極東」と言う言葉を実感した。地図の右端つまり東端に日本が描かれていたのである。日本人でフランスに憧れ、親近感を持つ人は多いだろうが、フランス人にとって日本は極東の異国に過ぎないような気がする。それを反映しているのかどうかは分からないが、エールフランスの日本行搭乗ゲートは入り口から最も遠い所であった。また、空港内のインターネット・カフェのパソコンは約10ヶ国の言語に対応出来るようになっていたが、日本語はなかった。とは言うものの、フランスで3番目に盛んなスポーツはJUDOであり、日本料理が美味しく、美しく、低カロリーだとして人気を博しているのを見聞きすると、少しずつ日本への理解が進むのではないかと思ってみたりもする。

 ともあれ今回の旅行では市内をひたすら歩き回ったが飽きる事は全くなく、楽しく面白い旅だった。

パリ旅行9―最も感心したもの

暇老身辺雑記-加熱物干し



 今回の旅行で最も感心したのが、ホテルの浴室に取り付けられていた電熱乾燥物干しだった。縦約1m、幅約60cmの写真のような形状をしていて横桟の部分にそれぞれ電熱ヒーター(計500W)が入り、引っ掛けた洗濯物が乾くようになっている。外が雨天でも寒天でも、30分ほどで乾燥する。今までいろんなホテルに泊まったが、こんな便利な物干しを見たのは今回が初めてだった。ぜひ購入したいと思ったが、どこで売っているのかは分からずじまいだった。


パリ旅行8―今回の旅行で最も驚いた事

 帰りの航空機に乗ろうとシャルル・ド・ゴール空港のエールフランスの出発階に着いた際の事だ。搭乗券を貰おうとチェックインカウンターを探すが、切符を売るカウンターと荷物を預けるカウンターしかない。荷物をアズからカウンターに向かうには入り口で係員が搭乗券をチェックしているようだ。

どうした事かと見渡していると自動チェックイン機がズラリと並んでいるのに気が付いた。今まで使った事がないので困ったなと思いながら、使っている人の様子を観察した後機械に向き合う。先ず使用言語を選ぶようになっていて、幸い日本語があった。次いでパスポートの顔写真の部分を入れ、読み取って貰う。次いで行き先の頭文字を選ぶ。Oを選ぶとオスローや大阪などの都市名が出るので大阪を選ぶ。便名は入れる必要がなく、座席の図が出るので空席を選んでクリックすると、見事に搭乗券が出て来た。その搭乗券をもって行ってカウンターに荷物を預けると搭乗券の裏にクレーム・タッグを張り付けてくれた。

自動化の進んでいる事に驚くとともに、サイバー・テロがあれば、空港機能が一瞬にして麻痺してしまう危険性を感じた。利便性を高めれば高めるほど、危険性も飛躍的に増大するのである。

パリ旅行7-パリの物価

 変動相場制のもとでは、細かい物価の比較は意味がない。また、滞在期間が短く、購入した物品の数も少ないのではっきりした事は云々出来ない。しかし、ワイン、ビール、パン、チーズの四つは圧倒的に日本より安かった。ワインは日本の半額、ビールは350mlの缶が100~150円、パンは日本の3分の1、チーズは日本の3分の1~4の1位であった。衣料品、靴、喫茶店のコーヒーなどは日本と大差がなく、野菜、果物、タクシー料金は日本より大分安いようであった。