ハノイとその周辺-民族学博物館
ハノイ中心部から西北西に車で30分程の所にあった。ベトナムには54もの民族が暮らしているが、その衣装や生活用品が分かり易く紹介されていた。
ベトナムの人口の90%近くはキン族(ベト属)で、53民族が少数民族と呼ばれている。キン属が平野部を占め、少数民族の多くは山間部や高原地帯あるいは水上家屋などに住んでいるため、彼らの村を訪れるのは容易ではない。例えば少数民族村が近くに点在するサパまではハノイから列車に8~10時間乗りさらに車で2時間走らねばならない。今回の旅行でもサパを訪れたかったが往復の大変さに断念した次第だ。
ハノイとその周辺-タムコック観光
タムコックは陸のハロン湾と呼ばれる景勝地である。ハノイから南に車で約2時間だと聞き、気軽に出掛けた。しかしハノイの市街部を離れた途端に、仰天した。道路が改良工事中のため物凄い粉塵でひどい所は視界が10m位しかない。道路の両側の家は屋根まで土ぼこりで灰色になっている。道路ではなく「道路予定地」を走っているようで、車の振動も激しい。そんな道路を走り続けて漸くタムコックに着いた。レストランで食事した後、川下りの舟に乗った。船頭を含めて2、3人から数人乗れる程度の小さな舟で手漕ぎである。船着き場は広いが少し進むと両岸に岩山が迫り川幅も狭くなる。川の両側が水田になっていて、川とつながっている不思議な光景が続いた。川と田んぼの境界は竹や小枝で区切られているが水は流通している。急傾斜の岩山には沢山の山羊が放牧されているのも珍しい風景だ。
やがて、舟は鍾乳洞に入る。「タムコック」は「三つの洞窟」と言う意味だそうで、名の通り三つの洞窟を潜り抜けたあとUターンして帰途に就く。往復約2時間で舟を降りて観光終了となった。
ハノイとその周辺-ドン・スアン市場
旧市街にあるハノイ最大の市場。二階建てになっていて一階は日用雑貨、二階には衣料品が所せましと並べられている。色とりどりの布地も計り売りされている。値段はあまり表示されておらず、交渉で値段が決まるように見受けられた。市場の周辺の路上が食品売り場となっており、その一部を見ただけだが、魚介売り場には種々雑多な魚や貝類に交じって、スッポンが売られているのが目を引いた。乾物売り場では椎茸(日本よりもはるかに小振り)、木耳、乾燥麺類、乾燥筍などが大量に並び、活況を呈していた。スルメもあちこちで売られていて、ベトナム人の好物なのかなと感じた。
とにかく大勢の人間が忙しそうに歩き回り、市場に出入りする単車やトラックも多く、市場全体が騒然としていてベトナム人のエネルギーの凄さを実感した。
市場に関連して言えば、ハノイ市内でスーパーを見たのは宿泊ホテルの1階にある1軒だけであった。コンビニや百貨店も全然見掛けなかった。売り手と買い手が交渉して値決めする習慣が根付いているため、今のところ定価販売は
馴染まないのかも知れない。
ハノイとその周辺-ホアロー収容所
宿泊していたホテルは、19紀末にフランスによって造られた監獄の跡地に建っている。この監獄は面積が1平方キロメートルもあり、最盛期には2000人以上も収容されていたそうだ。フランスが撤退した後は、ベトナム戦争時の米軍捕虜収容所として使われた。捕虜達は収容所をベトナム・ヒルトンと呼んでいたそうだ。現在この監獄の一部が歴史的建造物として保存されて博物館(ホアロー収容所)として公開されている。
収容所の塀には上部にガラスの破片が埋め込まれ、かつては高圧電流が流されていた電線が何本も張られている。中に入るといかにも頑丈な造りである事が実感出来る。この監獄の長い歴史の中で脱獄出来たのは、フランス統治時代に地下の下水溝を利用して集団脱走を試みた中の5人だけだったと説明に記されていた。
実際に使用された独房やフランスが使用したギロチンなどが展示されている。楽しい見ものではないので早足で見て回ったが、マケインの身に付けていた物が展示されていた場所では足を止めた。オバマの対抗馬として大統領選を争ったマケイン上院議員は、ベトナム戦争当時北爆に参加していたがミサイル攻撃を受けてパラシュートで脱出し湖に落下したそうだ。目撃したベトナム人8人の手によって救出されたが、そのうちの4人はその後米軍との戦いで戦死したと記されていた。また、『無法な戦争を仕掛ける米国は憎くて堪らなかったが、
湖に落ちた米兵を人間として助けない訳にはいかなかった』と言うような救出者の弁が紹介されていた。マケインの軍服、ヘルメット、呼吸具、靴、パラシュートなどを大勢の観光客が興味深げに眺めていた。
館内の壁に展示されていた沢山の写真の中に、東京で行われたベトナム支援集会と横浜港から出航するベトナム救援物資を積んだ貨物船の写真を見付けた。
ハノイとその周辺-ハロン湾クルーズ(2日目)
クルージングの際に朝日に照らし出される景観が素晴らしいとガイドブックに記されていた。楽しみにしていたのだが、あいにくの曇天で日の出は見られなかった。朝食はコンティネンタルスタイル。今日は洞窟探検がメインエベントで、小舟に乗り換えて大きな島に渡る。船着き場のそばにある入り口から鍾乳洞に入る。中は意外に広く、圧迫感は全く感じない。様々な形の鍾乳石が林立するのを見て回る通路は良く整備されていて歩きやすい。ただ、場所によっては鍾乳石が赤や緑の光で照明されているのに違和感を覚えた。素晴らしい自然の情景は、なるべく手を加えずに見せて欲しかったからである。おおむね上り坂の回遊路を数百m歩いて出口に到達した。そこから見下ろす湾内の情景も圧巻であった。
ジャンク船に戻ると、朝食後間もないのにビュッヘ形式でブランチを供される。その後、静かに航行を続け昼前に港に戻りクルージングは終了した。
1泊2日の間曇天続きで時々小雨がぱらつくような状況だったため遠景は霞んでぼやけ、
海の色も空を映して灰色に見えたのが残念だった。それでも世界遺産に登録されているだけあって他に比類のない景観を十分に楽しむ事は出来た。
ハノイとその周辺-ハロン湾クルーズ(1日目)
ハノイとその周辺-ハロン湾クルーズ(1日目)
ハノイとハロン湾とは自動車で片道約4時間(休憩も含めて)掛かり、日帰りでは3時間のクルージングが精一杯となる。そのため、現地旅行社から船で1泊して湾内をゆっくり観光するクルージングを勧められた。パソコンで調べた天気予報は曇り時々雨だったので、ハロンまで行くかどうか迷った末に1泊クルージングに出掛けた。
ガイドの説明によると、「ハロン」とは「舞い降りる竜」と言う意味で、昔中国の軍勢が侵攻して来た際に二匹の竜が天上から降りて来て口から溶岩流を吐き出して中国勢を駆逐した。その時の溶岩がハロン湾内にある約2000の奇岩を形成したそうだ。一方、ハノイの旧名である「タンロン」は「舞い上がる竜」と言う意味で、年を経た鯉が竜に変じて空に舞い上がったと言う伝説が語源となっているとの事であった。
ハロン湾に着き、「ヤーゴ号」と言う名のジャンク船に乗った。乗客は先ず3階の食堂に集められ、ウエルカム・ドリンクを供されながらマネジャーからクルージングの行程と時間割、食事の内容、船内アトラクションの紹介などのブリーフィングを受けた。流暢な英語だが、ゆっくりとした口調でのユーモアを交えた説明は乗客に好評のようだった。
2階と1階が船室となっていて、私の入った部屋にはツインベッド、トイレ、洗面所及びシャワールームが付いていた。
部屋に荷物を置き、食堂で昼食を摂ると間もなく水上家屋観光となった。ジャンク船から小舟に乗り換え水上家屋に上る。沢山の漁船が海上に集結し村を形成している。住んでいるのは少数民族で、中にはミニ運動場を備えた小学校まであった。中学以上は陸地にある学校に通うとの事だった。英語ではフィッシング・ヴィレッジと表示されるように、彼らは漁業で生計を立てている。飲料水は給水船から購入し、各船に備えた大型タンクに蓄えるそうだった。
再びジャンク船に戻り、奇岩を眺めながらゆっくり進んでいるうちに夕食の時間となる。出された料理は見た目も綺麗で味も上々であった。メインディッシュはスズキかオージービーフかを選ぶようになっていた。私はビーフを選んだが柔らかいヒレ肉で味も申し分なかった。
船はやがて湾内の停泊場所に着き、1日目の行程を終えた。
ハノイとその周辺-ベトナム料理店
滞在中に訪れたのは滞在した市内にある「クアンアン・ゴン」、「マダム・ヒエン」及び「ニャ・ハン・ゴン」の3店と、景勝地タムコックにあるレストラン(名前は失念)であった。
「クアンアン・ゴン」はホテルのごく近くに位置し、活気のある広い店内には外国人客の姿が多く見られた。広い店内を囲むように屋台形式のオープンキッチンが並び、それぞれに料理名が表示されているので初めての客でも食べたいものを的確に注文出来るようになっている。この店には2回行ったが、食べた料理は全て美味しかった。また、料金は格安でいろいろ食べて、ワインを飲んでも一人2000円前後であった。料理の種類は200種類を超えるとの事でテイクアウトだけの客も多いようであった。
「マダム・ヒエン」は「クアンアン・ゴン」よりもはるかに上品な造りになっていて、地元の人達よりも外国人客の方が多いように見受けられた。この店も2回訪れたが、食べた料理は全て美味しく、スズキを蓮の葉にくるんで蒸し焼きにした料理、7種の調理法で調理した牛肉の盛り合わせなどが特に印象に残っている。また、白飯は長粒種のインディカ米だが香りも味も良くいくらでも食べられる感じであった。ワインの品揃えもかなりのもので、フランス、イタリア、オーストラリア、アルゼンチン、チリ、南アフリカ、米国などのワインがあるのに、ベトナム産がリストにないのが不思議だった。料金は「クアンアン・ゴン」の1.5倍程度だったような気がする。
「ニャ・ハン・ゴン」はガイドに勧められて訪れたが、味は上記2店の方が勝るように感じた。
タムコックの店では地域特産だと言う山羊の串焼きを食べた。美味しかったが、特に印象に残るような味ではなかった。この店の白飯も実に美味しかった事が記憶に残っている。
ハノイとその周辺-宿泊したホテル
ホテルはサマーセット・グランド・ハノイに決めた。昨年パリで泊まったシタディーヌと同じ系列のアパート式ホテルで、市の中心部に位置していて観光に便利そうだったからである。また、1階にスーパーがあるのも魅力だった。
宿泊した部屋には主寝室、副寝室、浴室、シャワールーム、リビング、台所があり、約83平方メートルの広さがあった。設備も整っていて、主寝室にはキングサイズベッド、TV、クロゼット、金庫、副寝室にはシングルベッド2台、クロゼット、リビングにはTV、音響設備、ソファー、4人での食事が出来るテーブルと椅子、小テーブルと椅子、リビングボード、台所には調理器具1式、4人分の食器1式、洗濯機、冷蔵庫等が備わっていた。
WIFI無線LANが無料で使用出来るとの事で持参したパソコンは、ホテルで貰ったWIFI NAMEとパスワードを入力すると簡単にインターネットにつながった。
1階のショッピングモールにあるスーパーには野菜、乾物、調味料、缶詰、冷凍食品、飲料、菓子、パン、乳製品、日用品等が並び、日本の清酒、焼酎、調味料、餅、パックごはんなども置かれていた。バッグ類は店内に持ち込めず、入り口に並んだロッカーに入れるのが原則だったようだが、気が付かずに持ち込んでも注意される事はなかった。
朝食付きの契約だったので毎日4階にあるレストランで食べたが、パンやフォーの不味さが不思議に思えた。一方、オムレツは実に美味しく、焼き飯や白飯も食べ易かった。
ハノイとその周辺-プロローグ
3月6日に関空を発ち約一週間ハノイに滞在して、昨日14日に帰国した。
一昨年の10月にホーチミン、ニャチャン及びダラットとベトナム南部を周遊したが、今回は首都ハノイに連泊して市内と周辺をゆっくり観光する旅であった。
今回の旅行中に晴れた日は一日もなく、曇天ないしは小雨がぱらつく日々であった。そのためもあって、滞在中の最低気温は約7℃、最高気温が20℃位と南方とは思えない寒い日が続いた。
ハノイでは到着早々大失敗を冒してしまった。ノイバイ空港からホテルまで現地旅行社のガイドに送ってもらっている途中で、空港のベンチに肩掛け鞄を置き忘れた事に気が付いたのである。中には若干のUSドル、ウォークマン、洗面道具等が入っていたがもう戻ってくる事はあるまいと諦めた。しかし何と、携帯で連絡を受けたガイドの同僚が無事に鞄を回収してくれたのである。大いに感激し、感謝した次第であった。
滞在したホテルや訪れた場所の印象を何回かに分けて綴ってみたい。
ブログについて
私がブログを始めたのは2006年11月だった。その頃、何人かのブログを愛読していたが、現在その多くは閉鎖されたり、長く更新されないままになったり、極端に更新の頻度が少なくなっている。何年も続けると話題を見付けるのが難しくなり、また自身の記事にマンネリズムを感じてしまうのであろう。統計的なデータは分からないが、5年以上続くブログは少ないような気がする。


