権力とマイノリティ -2ページ目

2月5日岩上安身さん講演会

翼賛メディアを撃て 独立系ジャーナリズムの可能性


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皆さんこんばんは。岩上安身です。
事前アンケートによれば、私のことを知らない人が会場に3割はいる(笑)。だけど、新聞やテレビが真実を伝えていると信じている人は、ほとんどいないという特異な集まりの様です、この講演会は…。

最初に前提になることを話しますが、09年に政権交代という大きな政治的変化がありました。それに伴い、メディアをめぐる大きな変化・マスメディアの問題がある。情報というのは、個々の発信と受信であるはずですが、情報発信というとマスメディアの発信のことを指すと思われています。従来は例えば朝日から産経、左から右まで幅があった。しかし最近、どのマスコミも均質な情報しか流さなくなりました。これはおかしいことです。

マスコミが、横並びで報道するようになっている原因に、記者クラブの問題があります。記者クラブ問題は、メディアの限界を露呈するようになった。これは日本だけでなくチュニジアで起きたジャスミン革命や、今エジプトで起きていることについて、テレビや新聞は「動乱、暴徒」と報道していますが、果たしてそうでしょうか。実はエジプトの民衆革命なのです。これを牽引したのがいわゆるソーシャルメディア・ツイッターやフェイスブック、ユーチューブ、ユーストリームなどです。これらは非常に大きな社会的テーマになっている。

去年もソーシャルメディアが大きく関わった問題があります。尖閣諸島の中国漁船の問題も映像がユーチューブにアップされたから広がった。あるいはウィキリークス。暴露サイトとか告発サイトと良くない形容がされることが多いのですが、ウィキリークスの当事者はジャーナリズムと言っている。それはもちろん従来のジャーナリズムとは違う。しかし、こう言うのはけしからんと政府は言っています。

政権交代後に記者会見がオープン化され始めたので、私は何度も大臣会見に足を運んでいます。だけど前原さんは「政府の情報を取ってきてけしからん」という言い方をします。でもよく考えてみると、大臣の記者会見の内容は誰のものなのでしょうか。政府はどんな権限があって情報を独占することが出来るのか。その中には秘匿してしまい情報、国民にとって不都合な情報もあります。そうした中、メディアや情報の主権について考えなければいけないと思います。メディア情報環境は、インターネットやソーシャルメディアの発達で大きく変わって来ました。環境が変わって来ただけでなく、その情報の取り扱い方をどうするのか、私たちは否応なく問われるようになって来ました。ここで情報の主権者はいったい誰なのか、それが問われるようになった。つまり私たち国民が情報の主権者だと言うことを認識すべきです。

最近、フリーランスの記者たちが中心になって、まだ名前は仮称なんですが「自由報道協会」を設立しました。これは既存の記者クラブとは違う情報発信の場をつくろうという趣旨で始めた運動なんです。
09年の政権交代で変わったことのひとつは、メディア環境の変化。大臣の記者会見のオープン化です。ふたつめは、当然ながら政治が変わったことです。政権交代から始まった後に、鳩山政権から菅政権への民主党政権の変遷の中で、大きく変質してしまったのことも認めざるを得ない事実です。現在の民主党政権をどう評価していいのか、当惑している人たちが少なからずいます。これまでの自民党政治に飽き飽き人たちが民主党に投票した。それに与党の看板を掲げて実質的な権力を握ってきた官僚や経済界・マスメディアなど、既得権益を握って来た勢力に対する不満や批判として民主党を支持した人も多かったでしょう。

私たちは省庁の事務次官を交代させたくても出来ません。日本は議院内閣制ですから、国会議員を選んで、国家権力や行政権力をコントロールしていくことは、大事だし必要なことです。政権交代でそうした期待感が高まったのに、ここに来て落胆してしまった。気の早い人は、民主主義はダメなんじゃないかと思って、投票に行かないなど、選挙に無関心な層が増えいるようだし、政権交代そのものや民主党をどう評価したらよいか迷っています。我々はこの辺を見定めないといけない時期に来ているのです。

私はデモクラシーは大事な制度だと考えます。それに常に息を吹き込んで行くことが必要だし、そもそも民主主義の主体は、私たち国民・有権者である市民です。自らが発言もせず行動もしないで、背を向けるのではなく、出来ることをやっていくことが求められていると思います。そういう前向きな姿勢を持ち続けていくことが必要だと思います。その前提で批判すべきは、現在の菅政権のあり様ではないでしょうか。民主党の体質そのものが問題だとも言われますが、ずっと取材をしていて痛感するのは、今の民主党はふたつの政党になっている“現実”です。ひとつの政党として09年のマニフェストを掲げ、政権交代を果たした民主党ではなくなっています。マニフェストを裏切り続けているなら、私は民主党を容赦なく批判します。議員の中には言行一致で行動している人もいるし、どっちに乗ったら勝ち馬になるのか、窺っている中間派も多いでしょう。

言い換えると議員に大きな影響力を与えているのは、マスコミだとも考えられるます。が、マスコミも含めた世論であり、有権者である私たち市民が主体なのです。我々自身がこの国の主権者であり、主人公であることを自覚することが大切ではないでしょうか。自分の手の届く議員に対して、おかしいことはおかしいと発言し、向くべき方向はこちらではないのですかと説得していくこと。そして議員の話しの方が違うのなら、納得のいくように説明して欲しいと…。説明と同意もなく、約束を変えるのは明らかにおかしい。約束というのをどうにでも変えていいというのは、大きな間違いです。

約束をしたんだから、それを守れ! と言うのは当然のことです。約束は破るためにあると言う新聞がありますから呆れてしまいます。最近はろくろく新聞を読みませんが、ツイッターをやっていると、今日の社説にこう書いてあったと書き込まれているんです。そういう新聞は破り捨てましょう! そして不買を呼びかけましょう。そして新聞の専売店の人たちに、今日の新聞はおかしいよと言いましょう。これを本社に伝えてくれと。そして新聞本社に意見をメールやファックスや電話で伝えましょう。電話をかけて窓口の人を困らせるようなクレーマーをやれと言っているのではないのです。繰り返される冷静で説得的な抗議はやっていいことでなんです。それでメディアが変わらないというのであれば、我々はそれを相手にしないという選択をすればいいんです。私はすでにそれを選択していますが、自滅するマスコミは変われません。だとしたら、我々はよき営みをすればいいんです。今、自分たちの力でメディアでつくることは可能です。自分たちの手で発信し、新しい政治カルチャーをつくればいいんです。ソーシャルメディアの発達で、それが可能に時代になったのです。

■TPPは米国の「年次要望改革書」の強制執行?

現在の政治的課題としてTPPがあります。これは国民に情報開示されていないでなく、経済界や支配層にも本当のことが伝わっていません。対米従属ベッタリの菅政権は「ハイ、これから始めようぜ」という状態になっていることをわかって欲しいのです。3番目。国際関係の変化も今大きな曲がり角に陥っています。ひとつは米国との関係ですが、対中国との外交です。1年以上前から対話を続けてきた元外務省国際情報局長の孫崎享(まごさき・うける)さんとDVDを制作しました。制作当時はそれを公開するのはためらわれたですが、最近は理解者が増えてきましたし、もっとこのことを広めていかなければならないと思っています。別に危険思想を吹聴しているわけではなく、事実に基づいて対談しているだけですが、既存のマスメディアのコードに未だに引っかかります。

端的に言って日本はアメリカの属国です。アメリカの教科書に「保護国」という言葉が出て来たりするんです。日本は独立国だと思い込まされていますが、独立国としての権利を我々は持っていないのです。そのことは薄々は知っているが、そのことを正面から取り上げるようなことはしません。「真の独立の達成を求めよう」などと言うことをさせられなくなってきた。何でそういうことを問い直さなければならないのか。これまではアメリカの従属国・保護国としてだだ温和しく従っていれば、いい時代もありました。冷戦下においては、そういう選択肢もあったかもしれない。冷戦が崩壊したあと、それを見直す機会もあったはずですが、それもまた潰されて来ました。それを検証するという作業は、とても勇気のいることでもあります。こうしたことを既存メディアで語ることは出来ません。しかし、我々は待ったなしの所まで来ています。

それは「帝国」としてのアメリカが持たなくなって来たという事実です。帝国は帝国で従属国を抱え、直接的にも間接的にも支配をしてきました。それによって利益を得てきた超大国でなのですが、それによって従属国には経済的な見返りがあったということも事実です。しかし、リーマンショックは、そうした経済的な利益を従属国にもたらすことが出来なくなったほどのダメージだったんです。

一方、中国については、バブルが崩壊するとかいろいろ言われ、国内にさまざまな矛盾を抱え続けながらも、経済成長を続けています。いつか抜かれると言われていましたが、ご存じのように中国は去年、日本のGDPを抜いたわけです。今後、中国のGDPはそう遠くない時期にアメリカのGDPを抜きますよ。これからの世界経済の中心は間違いなく中国になるでしょう。日本・米国・中国だけの関係をとってみても、経済の中心は中国です。中国の経済は下請け経済に過ぎないと言う人がいますが、それは“成長経済”について見誤っています。中国経済の成長スピードはすざましい。アメリカや日本の経済は成熟していまったので、外部に“成長経済”を持たないと、やっていけない所まで来てしまっています。ヨーロッパも同じです。

アメリカの貿易相手国は日本ではなく、もはや中国です。実はヨーロッパも含め先進国は自国との貿易は中国が中心だと考えています。まだまだ中国は成長を続けます。我々が目前の経済的利益のために、中国に市場を求めていくことは当然です。それと同時に、自国の安全保障のために、向き合うべき相手は目と鼻の先にある中国です。外交と安全保障は両輪です。例え戦争をやってもそれが終わったらまた付き合わなければならないわけです。まして絶滅させるなんて妄想だし、なんとか折り合っていかなければならない。国益に関する問題が起こった時には、言うべきことは言い、入られないように守りを固めるのが外交です。片手で殴れるように拳を握りながら、もう片方の手で握手が出来るようにしておくということです。今、日本と中国はそうした状況にはありません。

先の尖閣諸島の中国漁船問題について、ここまで大騒ぎになったのは、中国嫌いの人たちだけでなく、政府の要人や大臣までが騒いだのです。「絶対に領土は1ミリも譲っていけない」と…。冷静に考えればわかるように、たかだか漁船が来ただけで、一挙に領土問題に持って行ってしまうようなことではない。外交交渉を辛抱強くしなければならないことがいろいろあるのに、その外交のトップにある前原外務大臣がそのあり様です。僕、記者会見をすぐ目の前で見ていたし、そもそもその質問をしたのは私ですから(笑)。外務大臣の記者会見はユーチューブにアップされているから、中国の要人だってそれを見るでしょう。中国に喧嘩を売っているようなものです。それは非常に困りますよね。いざとなったら前線に立つことのない立場の人に、そういう騒々しいことを言われるは…。計算があってそう発言しているのであって、ただの無知とか暴言ではないですよね。

前原さんは「日米同盟の深化は国是」という文脈で発言している。日米同盟と日米安保の違いについて、私たちはきちんと説明されたことがありせん。そうして私たちはアジアの中で孤立させられることになり、隣国との円満な関係をつくれなくなってしまう。空想的な平和主義の話ではなく、現実な世界の話です。現実的に利害関係があるのは当たり前のこと、皆さんが家庭や職場で相手に対して毎日やっていることです。家族の中でも隣の家とも会社でも、何かと面倒くさいことに折り合いをつけて、私たちは生活しています。それと同じように日本政府が当事者として相手国と話し合い、問題を打開していくという外交を戦後60年間やってこれなかった。それは日本の外交はアメリカがやるものだったからです。アメリカに従属している我々の意識の問題だけではなく、制度的にそうなってしまっている。それを見直さないと、やっていけなく日が来ることに、そろそろ気付くべきではないでしょうか。それには日米同盟に関するベーシックな知識が必要です。

米中関係というのは、冷戦期の米ソ関係とは異なり、ぶつかり合いながらも相手と手を結ぶという戦略的な関係を構築しつつあると言えます。アメリカにとって大事な市場である中国と従属国の日本が、それに先んじて仲良くなることを許さない。日本はあとから付いてくればいいと…。さて、こういう状態がいつまで続くのでしょうか。日本と(北朝鮮も含め)中国との関係は、根深いものだというプロバカンダがずっと続いています。肝心要の国益や我々の経済や生活のために、隣国との友好関係を何らかの形で躓かされている。こうした三つのことが重要なテーマで、お互いに重なり合っているのです。

政権交代を果たしたアメリカの言いなりにならない鳩山政権の後の菅政権は、対米従属政権になりました。小沢一郎の「政治とカネ」問題は、単なる収支報告書の「期ズレ」に過ぎません。検察は村木問題に見るように、単に前田検事のフロッピー改ざん事件ではありせん。最近開かれた「検察のあり方検討会」で村木さんが言ったことは、マスコミでまったく報道されていません。虚偽で証拠すらない検察にとって都合のよいストーリーがつくられたのです。前田検事だけでなく、検察が組織的に動かなければ、都合のよいストリーを創作することは出来ません。そのストーリーの辻褄が合わなくなったので、証拠としてフロッピー改ざんが行われたのです。検察は民主党の石井一議員を落とし入れようとしたけど、アリバイが露見してし、村木さんは無実だった。こうした検察の強引な手法、やっていようがいまいがのでっち上げのストーリーを、記者クラブメディアは、検察のリークとして垂れ流し続けて来たのです。誤報どころか虚報を垂れ流しています。

菅さんがいま総理大臣になっているのは、「国民の生活が第一」というスローガーンを掲げて、民主党の政権交代が実現したからでしょう。なのに、国民の生活はどうでもよくなって「小沢切りが第一」になっている。本当におかしいですよ。それで内閣改造をして、立ち枯れのおじいさんを座らせてしまった。あっ、すいません“あ”が抜けていました。どういうことでしょうか。消費税増税のために失敗した経験は、97年の時に経験しているんです。これは非常に危険なことで、消費が冷え込むことは明らかです。

法人税の減税と消費税の増税はセットです。消費税は89年に導入されて、年に220兆が私たちの財布から抜き取られています。ほぼ同額が法人税の引き下げで補填されているのです。その法人に行ったお金はトリクルダウン、したたり落ちるんだと言われてきた。マネーは大企業から中小企業や労働者に回ると言われてきたけど、労働分配率は下がり続けているじゃないですか。労働法制は激変し、非正規雇用だらけになってしまった。

菅さんは去年「一に雇用、二に雇用」と言っていましたが、今年になってからまったく言っていませんよ。ひどい話ですよね。菅政権の変質は、アメリカの意を汲んだ政権であることに違いありません。すでに大政翼賛会になっている。そして記者クラブメディアは、自由報道協会の邪魔をするなよ。国民から見放されて博物館の中で生き残っていけばいい。何もシーラカンスを撲滅せよとは言いません。そういえば、こういうものもあったとよなあー、伝統芸能のように。

情報の主権者は私たち国民なんです。記者クラブメディアはヌケヌケと「編集権の独立」と言いますが、経営からの独立、権力からの独立はあっても、国民からの独立はあり得ず、記者クラブメディアは国民から独立してしまっています。編集権の独立を自由に情報操作が出来ることと勘違いしているんです。私たちは生きている瞬間に情報を取捨選択しているんであって、それをカスタマイズして、編集していけばいいんです。ツイッターではタイムラインと呼んでいますが、情報の受信も発信も私たち一人ひとりがやっていけばいいんです。「声なき声」ではなく、大きな声を出して行くべき時ではないでしょうか。

2月10日 自由報道協会(仮) 小沢一郎衆議院議員会見

自由報道協会(仮)による記者会見。

まあー、以下の映像を見て下さい。約50分のダダ漏れ。


小沢一郎氏「オープンな日本社会をつくることが必要。さまざまなクローズドな制度や仕組みを変えていくことが、いま求められていると思います」



 

自由報道協会(仮) 小沢一郎衆議院議員記者会見


ユーストリーム配信は、ケツダンポトフのそらのさん。
司会は上杉隆さん。自由報道協会・暫定代表。
質問者は、畠山理仁さん、伊田浩之さん(週刊金曜日)、江川さん、七尾さん(ニコニコ動画)、岩上安身さん、そらのさん(ケツダンポトフ)、常岡さん、あともう1人。

【集会告知】岩上安身さん講演会

“民営化”された政府広報 翼賛メディアを撃て!
独立系ウェッブ・ジャーナリズムの可能性
Independent Web Journal 岩上安身さん講演会



2月5日(土) 開場18時00分~ 開演18時30分~20時30分

埼玉会館7階会議室B 浦和駅西口下車5分
アクセス→http://www.saf.or.jp/saitama/guide/access.html
参加費 1000円



岩上安身オフィシャルサイト
http://iwakamiyasumi.com/


2009年9月に鳩山・小沢が率いる民主党の「国民の生活が第一」というスローガンのもと、待望の「政権交代」が実現しました。ところが、鳩山内閣の総辞職後に成立した菅政権(2010年6月発足)は、民主党のマニフェストをことごとく覆し、消費税増税を始め、小泉構造改革を継承する政策(対米従属、官僚依存と天下り容認、大企業優遇税制)などを打ち出しています。元々、民主党が提起してきた「消えた年金」を始め、後期高齢者医療制度や障害者自立支援法の廃止など、社会的弱者や低所得者層に対する政策の見直しは、まったく成されていないのに等しい現状です。

格差社会の更なる拡大は、貧困層の増大や自殺者3万人が連続13年という「先進国」にあるまじき社会現象を生み出しています。それは「無縁社会」と呼ばれ、若者たちの将来に対する不安の増強現象を引き起こしているのです。ところが、マスコミはいわゆる「政治とカネ」報道に終始し「平成メディアファシズム」状態。まるで“民営化された”政府広報機関と化しているのではないでしょうか。今年こそ、政権交代のテーマである「国民の政治が第一」という小沢一郎議員を政権中枢に据えるべき時です。

フリージャーナリストの岩上安身さんは、ネットでツイッターやユーストリーム(ネット中継)を通じて、精力的な取材による発信をしています。昨年12月23日には、小沢一郎議員の単独インタビューをネット中継によるリアル配信を行い、大変注目されました。独立系ウェブメディア会社「Independent Web Journal」を立ち上げた岩上安身さんを招き、独立系メディアの可能性と、今後の課題について共に考えていきたい思います。ぜひ、皆さんも議論に参加してください。



<追記> 講演会の申し込みは必要ありません。直接、会場においで下さいませ。懇親会(会費4,000円)も予定しております。



主催:市民じゃ~なる 
http://shiminj.blog108.fc2.com/
連絡先 Tel 048-834-1232

民主党都議会の裏切りで可決されたマンガ規制条例

■石原都政を助け表現の自由を束縛する民主党、読売新聞のリーク通りの結果
11月16日に読売新聞がリークと思われる記事を発表。それによれば「再提出案では『非実在青少年』の文言を削除、18歳未満とした規制対象のキャラクターについての言及を避けた」と報道。続いて19日の石原都知事の定例記者会見を受け、各社20日に新聞報道が相次いだ。朝日新聞によれば「新たな改正案では、強姦など刑法に触れるような性行為や、近親相姦など社会規範に反する性行為を『不当に賛美、誇張』したマンガやアニメについて、18歳未満への販売規制を対象とする」とあった。読売は「民主党も修正内容に同意するとみられ、条例改正の公算が大きくなった」朝日では「民主党にも賛成する声があり、可決される可能性がある」結局、読売新聞のリーク通りになったのである。

■日刊ゲンダイ記事と同じ気分
12月15日発行の日刊ゲンダイはこう伝えた。「マンガ規制条例きょう成立、民主党都議会でも裏切り。石原都政を助け、表現の自由束縛、子供のしつけは親がすること、都が乗り出してくるな」
この記事を読んだとき、私の思いをそのまま表していると思ったものだ。民主党都議会の裏切りは、私の想定の範囲であったから。6月議会に「有害」コミック問題を考える会2010として、条例案の廃案を求める請願を提出していた。その際に民主党にも紹介議員になってもらえるように、都議会に面会に行ったのだが、紹介議員になってもらえなかっただけではない。6月の総務委員会に、この案件で請願1と陳情4が付託されていたが、民主党は自公と共に趣旨採択に反対した。面会に行った民主党の都議にどうして請願・陳情について反対に回ったのか説明をして欲しいと迫ったが「条例案を否決したのだから」と理由にならない話だった。ちなみにその民主党の議員は、青少年条例に熱心で12月議会では、自ら総務委員会の副委員長を買って出た菅総理の地元の都議だ。

■ブログとツイッターで都議会初日に緊急集会を開催
黙りを決め込んでおくのも悔しかったので、私は読売新聞の記事を読んだあと、6月議会で請願の紹介議員になってもらった会派の事務局に連絡を取った。そうしたら、民主党幹部に青少年・治安対策本部が、条例案をコピー厳禁で見せて説得しているようだが、前回反対に回った会派には説明に来ていないとのこと。また11月16日に議員に出された説明資料をファックスで送ってもらったところ「青少年の健全な育成を図るため、インターネット利用環境の整備に関する規定及び図書類等の青少年への販売等に関する規定を整備するとともに、児童ポルノの根絶等に関する規定を設ける。施行日:平成23年7月1日」とあった。これは3月議会の説明資料とほとんど同じ文面。そして12月議会は11月30日に開会し、石原都知事の所信表明、12月7日に各党の代表質問、8日に一般質問。条例案が審議される総務委員会は9日。15日は本会議の最終日。

■まったく!何なんだ!
ほんとに時間がないと思いつつ、11月22日の考える会2010のブログに以下のようなことを書いたので、一部引用しておく。
「今から出来ることを提案する。12月議会の総務委員会に付託する請願・陳情を提出するためには、12月1日午後5時が締め切りなので、それまでに、請願・陳情書を都議会議長宛に提出することだ。都条例に関することなら、都民だけでなくも請願・陳情は可能だ。あとは、11月30日に本会議が開催され、石原都知事の所信表明が行われるので、都議会の傍聴をしよう。傍聴席のキャパシティは約200席なので、それを埋め尽くす傍聴者がいるとこの問題に対するひとつのアピールになる」
その後、ツイッターなどネット入って来る情報をチェックし、都議事務局の方と連絡を取りながら、石原知事の所信表明の日に緊急集会を開こうと言うことになった。その方の資力で都議会の部屋を押さえ、5月の総務委員会で参考人として発言した弁護士の田中隆さんに集会に来てもらえることになった。その時点の26日にブログとツイッターで集会の告知、追って発言者の交渉を行うという、今考えるとホントに綱渡りのようなことを決行した。

■漫画家・出版界・法曹界が矢継ぎ早の反対声明、そして緊急集会
29日には大手出版社が動き、漫画家のちばてつやさんや秋本治さんらが「青少年条例案は表現の自由を侵す」と緊急記者会見を行った。その前後に、前回も反対声明を出した日本ペンクラブや出版界、法曹界などの声明が矢継ぎ早に相次いだ。
そして11月30日。私は新たに廃案を求める請願を携え、都議会に向かい、前回と同じ都議2人に請願の紹介議員のサインをもらい、議案法制課に提出してから集会の準備。午後1時から石原都知事の所信表明で傍聴者が約100名。

■3時からの集会は約120名の参加
まず始めに、弁護士の田中隆さんが「今回の条例案の問題点は、3月改定案から『非実在青少年』という文言は削除されたが、淫行処罰規定など新たな規制対象が追加され、立法事実の論証も科学的知見の裏付けも存在しない」と問題提起した。
続いて、出版倫理協議会の高沼英樹さんと西谷隆行さんは「出版界の自主規制である18禁マークを付け、グレーゾーンにあたるものは小口止め(中が見えないようにクリップ)がなされ、区分陳列はきちんと行われている。また、レイティング(年齢区分マーク)が可能かどうかも含め、児童と表現のあり方検討会で行っている」
そしてジャーナリストで前衆議院議員の保坂展人さんは「6月議会で否決されたため、青少年・治安対策本部はメンツが丸潰れになってしまため、再提出したのではないか。18歳まで一切性的関心を抱かない青少年とはいったいどんな存在なのか、石原さんに聞いてみたい。こうした条例を通すことは検閲社会になるのでは」と発言した。

■3名の都議が発言、生活者ネットの条例反対表明はこの集会が初めて
共産党の吉田信夫さん、生活者ネットの西崎光子さん、自治市民の福士敬子さんが、それぞれ反対することを表明した。ちなみに、生活者ネットはこの集会で初めて条例案に反対することを公表した。
その後、9日の総務員会の傍聴は予定の倍の40席が埋まる中、吉田議員と西崎議員が反対討論を行い、民主党と自公の賛成多数で、あっけなく可決、付託された請願2と陳情330は、もちろん不採択。そして15日の最終日に正式に決まった。都議会最終日は傍聴席は満席だったが、テレビニュースでは傍聴席の様子は写らなかった。


■腰砕けの民主党と反対運動の課題
自治市民の福士敬子さんが、談話をホームーページで発表しているので、一部引用しておく。
「多方面から、『今回の条例案は、言論統制に向かう第一歩である』という意見が出されている。今回の条例可決によって、東京国際アニメフェアへの出展辞退など、出版業界から大きな反発が出ており、都が進めるアニメ産業振興への影響も懸念される。さすがにアニメ産業・出版業界も『NO』というべき時を心得ていた。今回の可決にあたっては、付帯決議が付されているが、新銀行東京の設立の際も、築地市場移転の調査費予算の際も、付帯決議に何の有効性もなかった。民主党は、付帯決議を付けるたびに、腰砕けになっていく」
民主党は菅政権の成立以降を見れば明らかなように、マニフェストを次々破り続け、都議会よ、おまえもか!という気分だ。都議会は1議席差ではあるが、石原与党より野党の方が上回っており、世論も圧倒的に規制反対で動いたのに、なぜ、否決できなかったのかという問題が横たわる。

■大きなお世話ですが(^_^;)
現在は20年前と違い、ネットメディアの発達により、ブログとツイッターの発信で、情報の共有が瞬時に出来るので、アナログのチラシを作らなくても集会が開催できるというメリットはある。しかし、主権者が議会における請願の威力を理解できないとか、リアルで会議を開きながら平場の民主主義でどうやって反対運動を構築していくかの運動力は、非常に落ちているといると言わざるを得ない

「マンガはなぜ規制されるのか『有害』をめぐる半世紀の攻防」長岡義幸著(平凡社新書11月発行)を読んで参照して欲しいが、「マンガの規制に対する論点は、90年代の『有害』コミック規制のときにほぼ出尽くしている。92年1月、『有害』コミック問題を考える会が『コミック規制に対する私たち考え』を発表していた」(P248)

そこには2ページに渡り、その見解が書かれているが「自らが表現物によって被害を受けたと感じたならば、行政などの他者に預けるではなく、直接、出版社や表現者との対話を求める作業を重ねるべきです」というのが結論だ。私がわざわざ「有害」コミック問題を考える会“2010”という市民団体を今回立ち上げたのは、20年前の考える会の事務局であり、著者の長岡義幸さんもその会のメンバーのひとりだったのだ。今どきの若者は云々などと言うつもりはないが、そんな過去の経験から“運動力”の低下は否めないというのが正直な感想だ。

「反レイシズム法を制定できる法文化・社会の構築を!」8月1日の鵜飼哲講演会・浦和

権力とマイノリティ-鵜飼哲


 こんにちは。鵜飼です。
 私の専門はフランス文学・思想で社会科学が専門ではありません。在特会などの実体的な調査をしている訳ではないので、今日の話は問題提起にとどまることをご承知ください。今回のタイトルの「雑色のペスト」です。
 「褐色のペスト」はフランスのアナキスト思想家ダニエル・ゲラン(1904-1988)が、20代後半にナチスのファシズム前夜にドイツ訪問の際に書かれたルポで、70年代には比較的よく読まれた本です。ドイツナチスは褐色の制服を着ていたのでナチズムを指して「褐色のペスト」と言われていた。それに対して私の「雑色のペスト」は仮説としてのネーミングですが…。

 ナチスは社会主義労働党と言われ、明らかにボルシェビキの影響を受けている。ボルシェリズムが赤色で褐色はナチスズムと言うように、政治的主張を色を染め上げて来た歴史がある。フランスの五月革命ではアナキズムの台頭もあり、赤と黒の連合があった。さらに市民運動が広がっていく中で、70年代後半からいろんな人たちが参加してきたように、日本の民衆運動も変化してきた。そして最近、在特会のような新しい排外主義運動が登場してきた。

■在特会は伝統的右翼と異なる新しいタイプの排外主義運動
 映像を見てわかるように、内側から運動の様子をこれだけさらけ出すのもすごいと思う。自発的に話していることを録画してインターネットにアップするのは、こういう運動に賛同する人たちが相当数いなければ、こういう運動形態をとらない。それがこの運動の怖いところです。私自身は去年の8月15日の靖国神社の九段下で、初めて在特会の人たちと遭遇した。今見た映像の人たちより、もう少し普通の人たちだった。カップルもいれば家族がいる。60年安保の「声なき声」とか70年代の「べ平連」とか、そういう雑色の運動に似ている。単に左翼のまねではなく、欧米の極右のまねがある。我々に向かって中指を立てる仕草をする、ネオナチの若者のように。

 例えば日本の右翼である勝共連合は宗教運動で、とりわけ反共、韓国のパク政権の頃に日本の大学にも組織があった。生長の家は天皇主義ですが、こういう勢力と対峙することがあった。あとは右翼の街宣車とか。そうした相手は何者かわかる。彼らの主張も天皇制がある限り、右翼で「天皇大好き」という人がいるのは理解できます。

 我々が彼らと似ていると思ったことがない。行動スタイルも集団性も違う。伝統的右翼たとえば愛国党から「日本人なのにだらしがない」と見える。G8洞爺湖サミットで札幌まで反対運動に行くと、「ブッシュ大統領歓迎」と日の丸と星条旗を掲げている団体がいた。血の気の多い海外から来た反G8の活動家に対して「おまえら日本人か?」って言うんです(会場・笑)。もう左翼イコール外国人、目の前から消えろ!という感触の違い。これほど「壊れた」人を見たことがない。

 組織でもない、メンバー同士の対立もさらけ出す。インターネットのサイバー空間で盛り上がった人たちが「オフ会」として、現実社会に出てくる。彼らの動きをネットでアクセスすることは比較的簡単です。街頭に出て来ると勝手なことをし始める。デモの際にプラカードくらいは用意しますが、スローガンのひとつは「攘夷」。尊皇攘夷の攘夷ですが「尊皇」はどこに行ったのか、相手に言ってもわからないけど…。

 「ニンハオ、アンニョンハシムニカ、北朝鮮に帰れ!」と罵倒の言葉を言う。ネットで私は見たのですが、父親が子どもに差別だからやめた方がいいと言われる映像があった。家族に反対されてデモに出る人もいる。カップルもいれば家族ぐるみもいるし、個人でもいる。非常に雑多な集団で、私が「雑色のペスト」と名付けた理由のひとつです。

■石原知事の差別発言は犯罪を構成しない、レイシズムを告発する時代が来た
 雑誌「インパクション」でも、こういう運動をどう位置づけたらいいかという議論があって、表現してひとつ議論の素材にするという意図で特集を組んだ。そこには大きくふたつの問題がある。レイシズムという問題を日本の社会運動の中に、どう位置づけていくかという課題。例えばジェンターという言葉は、外国でわかりにくいという議論がある。「日本には民族差別はあっても、人種差別はないでしょう」と言う人もいて、レイシズムと言う言葉が日本で浸透しづらい状況があります。90年代にレイシズムという問題提起はあったが、これは靖国問題に象徴されるようにナショナリズムの克服としてとらえられて来た。

 それに対して現在、時代の転換としてナショナリズムの克服のために、レイシズムを告発しなければならない時代になってきた。ここでレイシズムと言えば、国際法があるからです。ナショナリズムを犯罪とする法律は国際法はないけれど、レイシズムにはある。日本でも1995年に渋々批准した「人種差別撤廃条約」です。だけど国内の関連法規を整備しないまま来ている。
 明らかなレイシズムに対しても犯罪を構成しない、そういう法体系できている。昨年、京都の朝鮮初級学校への在特会デモがありましたが、あのような侮蔑的言葉は「表現の自由」でカバーされてしまう。これは「三国人発言」などの石原都知事の差別発言は、犯罪を構成しないことを思い知らされてきた訳です。日本の法律に穴があることを教えてくれたのは石原知事です。この状態をどうすればいいのかと言う問題、差別に対する肥沃な土壌がある日本社会が考えなければならないこと。これが第1点です。

 第2点は、差別を禁止する法律を作ることは繰り返し議論されてきて、私の中にも分裂があります。法を侵し差別発言をした人を逮捕し、裁判にかけると言いうことで、こういう態度は警察や裁判所に対して、よりよい役割を求めるということです。こういうことに対する違和感や反発は、民衆運動の側にいろいろあります。これはきちんとした議論をしないといけないし、法律を作っていくための国会の議論もある。もし仮に法律が出来たとしても、それぞれ裁判は大変になる。在特会の主張は「日本人差別をやめろ、日本で日本人が差別されている」というものです。日本人が日本から出て行けと言うのはおかしい訳ですが…。

 これはユニバーサルなレイシズムの現状で、例えば「フランスでもフランス人は出て行け!」と言う。これは80年代のスローガンでした。日本というのは呪われた国で、欧米のいいものはなかなか定着しないけど、悪いものはすぐ取り入れられる。いよいよこれが上陸してきた。映像で桜井誠が「さまざま外来種が入ってきて、在来種が影響を受けている」と言っていましたが、あえて言うとこういう運動が外来種です。レイシズムという言葉を出してきた場合、慎重にならなければいけませんが、これまでレイシズムというのは日本では特殊な言葉だと考えられてきた。

■つくる会の歴史修正主義から連続しているレイシズムは「病んだナショナリズム」ヨーロッパの近代
 1945年以降、レイシズムはヨーロッパのファシズムであって、特殊な近代を歩んだ「病んだナショナリズム」問題としてとらえられてきた。ドイツに比べるとイタリアのファシズムは少なかった、そういうことも言われる。また大きな例としては、90年代初頭まで続いた南アフリカのアパルトヘイト。そして公民権運動以前、アメリカ南部のアフロアメリカンに対する黒人差別。こうした三つの形が特殊な例として語られる。当時、フランスにはレイシズムはないと思われていた。フランスもドイツと同じようなレイシズムによってつくられてきたと考える人は少数だった。それが80年代からレイシズムとしか言えないような運動が台頭してきた。ルペンが率いる「国民戦線」が、あっという間に選挙で1パーセントの得票率を得てしまう。

 フランスで「SOSレイシズム」というグルーブがあって、このグループの代表がテレビに出演してこんな話をしました。レイシストを3種類に分けなければいけない。ひとつはネオナチ、イデオロギー的な右翼過激派で数は少数。
 第二のグループはノスタルジー派。80年代のフランスはまだ脱植民地20年。フランスの最大の植民地アルジェリアが独立したのが62年、ミッテラン政権が誕生したのが82年、左翼的な政権が誕生すると同時にレイシズムも台頭する。郷愁派は旧植民地のアルジェリアに入られなくなってなって、100万人が支持政党なしという状況です。ベトナムは少なかったですけど、植民地でしか生きて来れなかった恨みを抱いている人たちがいます。

 第三のグループは移民を怖がっている貧困層。フランスは移民労働者を大量に受け入れて郊外に居住地区を設けた。高度成長のときは仕事があったけど不況になり、そうした移民の子どもたちが失業し、昼間から街にたむろする状況が生まれた。同じ地区に住むひとり暮らしの老人などが、それを驚異に感じ、ドーベルマンなどの犬を飼うような現象が起きた。移民の家族たちと直面し、団地のエレベータや階段もボロボロで貧しい人たち。ここをどうするかと言う問題があります。こういう人たちに対して、ルペンが悪いといってもダメで、エレベータを直さなくちゃいけない訳です。財政的な援助や子どもたちに対する教育の充実など政策的に支援していかなければならない。こういうことが、80年代半ばにフランスで論じられ、さまざま政策化されました。

 この時期に、私はたまたまフランスに留学していたので、こういう状況を目の当たりにしてきました。そこで日本でも在特会のような運動が台頭してきて、どう考えていけばいいか。日本で右派勢力を三種類に分類できるのか。30年前の日本なら満州から引き揚げ者が、彼らの支持者になるかもしれない状況はあったけど、果たして今の状況ではどうなのか。それから日本にも少数だけど、イデオロギー的な右翼は存在するが、伝統的な右派勢力とは明らかに違う。
 今の日本社会で主にアジア人に対して、差別意識を持っている人たちが広範に存在する。この層が在特会などの活動の土壌になっていると考えられます。日本は差別に寛容な社会ですから、より弱者に攻撃が向かう傾向がありす。
 90年代から歴史修正主義の「新しい歴史教科書をつくる会」が登場し、小林よしのりのようなマンガ家も出て来た。2006年の安倍政権の時に登場した「マンガ嫌韓流」から、今の在特会の動きと繫がっているし、嫌韓流の著者は在特会の運動に協力している。在特会がデモをするときは数百のレベルですが、嫌韓流は何百万部も売れている。そうした中で、在特会の階級的な構成は、古い左翼用語で言うところの没落する小ブル階級なのか。どうもそうとも言えない。

 彼らの主張というのは賃金をめぐる攻防より、税金をめぐる攻防になってきている。総評など労働運動がまだしっかりしていた時代には、春闘を始めとして賃金で富をめぐる再配分がある程度機能していた。労働運動の衰退とともに、再配分機能の低下というかゼロの攻防になっている。彼らは私たちの税金で外国人を養っているのが許せないと…。
 フランスの場合、家族手当が豊富に出ますから、アフリカ系住民を許せないというのが、右翼の口癖になっている。彼らもまたユニバーサル・レイシズムですから、それを踏襲している。ナチスのときは失業者と外国人の数が同数だと言われていた。現在は賃金よりも税金をめぐる問題が攻防点になっていることに留意したい。

■情報環境の激変に対して私たちはどのように闘っていくのか?
 在特会という現象だけに目を奪われてはいけません。彼らにスポットが当たっていると、より見えなくなってくることがある。こういう人たちが日本が平和になるわけではなく、日本に潜在的な問題が潜んでいたから、こういう現象が顕在化してきた。現在の日本で外国人がどういう立場に置かれているのか。彼らが言うように、5年経てば日本国籍が取れるなんて言うことはあり得ない。こんなに国籍が取得しにくい国は珍しい。80年代にフランスの右翼は「日本を見習へ、入管制度が厳格だから栄えている」と。80年代は日本は経済が良かったですから、世界の極右が日本をモデルにしていた。逆さまな事実認識なんですが、ここにメスを入れていかなければいけない。

 入管制度がこの間変わりつつあって、2年後には在留カードで管理するようになる。今まで地方自治体と法務省で二元的に管理していたものを一元化するという方向です。特別永住資格を持っているオールドカマーの人たちに対しても再入国の条件が厳格化されている。法務省・入管は外国人管理強化を着々と進めている。エスニックマイノリティに対する在特会のような攻撃があり、一方、入管の収容所に収容された人は差別され、自殺する人も多いが、ほとんど報道されない。

 そして、拉致とか哨戒艇のニュースに簡単にあっさり騙されてしまう現実がある。これは植民地主義的な「心の闇」の問題ではないか。ここに光をあてていくということが大切ではないか。私は朝鮮学校の高校無償化の運動にささやかに関わっていますが、文科省に要請行動に入った際の記者会見で、新聞記者が「そのお金はキムジョンイルに入ってしまうのではないか」と発言するのです。最初の質問がこれです。こうした心情は、在特会の人たちと通じていることが、日本的特徴だと思います。部落差別に対しても差別禁止法が出来なかった。法によって処罰することに対する私の中にも分裂はありますが、差別を受けている外国人を救済する新しい法文化・法社会を構築していかなければならない。

 グローバル・レイシズムの運動の変化として、インターネットを使って仲間を増やしている。世界中で社会運動がインターネットを使うという構造転換が起きている。フランスで「イスラムはヨーロッパから出て行け!」と豚肉のソーセージをほおばりながら、うれしそうにデモをしている。彼らなりの不気味な開放感を表現している。在特会でも似たような状況がありますが、サイバースペースという社会的な情報環境の激変に対して、どのように私たちが闘っていけるのか。そこも大きな課題ではないかと思っています。

「非実在青少年」規制から「暴力団排除」条例制定へ

「非実在青少年」規制から「暴力団排除」条例を制定する東京都

 インターネットやマンガ業界では、すっかりおなじみになった「非実在青少年」というキャッチーな法令用語。これは3月の都議会に提出された東京都の青少年健全育成条例の改正案のことだ。世論に押され、継続審議になり、6月議会であえなく否決された東京都の青少年健全育成条例の改正案である。

 都議会は昨年の政権交代の余波を受け、石原与党(自公)は過半数を割っており、野党共闘で知事提案の条例案否決は可能な情勢にあった。最大野党である民主党は、圧倒的な世論を受けて、否決に回らざるを得なかったのだ。著名な漫画家や出版業界や、知事も副知事も属するペンクラブの反対声明など、思いもよらぬ各方面の横やりのせいで。

 5月18日の都議会総務委員会で参考人招致の際に、この改正条例の主犯格である、前田雅英首都大教授は「出版界や漫画家などに対する説明不足だった」と、正直に吐露していた。わたしは「安心・安全のまちづくり条例」のキイパーソンでもある前田雅英とはどんなヤツなのか、しかと見極めたいという思いで、しっかり傍聴していた。

 ロビー活動のために急遽立ち上げた「有害コミック問題を考える会 2010」は、条例案の廃案を求める請願書を6月1日に都議会に提出したが、な、なんと民主党は、11日の総務委員会で請願・陳情の趣旨採択に与党と共に反対した。紹介議員になってもらった、共産党の吉田信夫議員や自治市民の福士敬子議員のアドバイスもあり、最大野党の民主党のキイパーソン議員に、しっかりアプローチしました。たとえ紹介議員に党議拘束のせいでなれなかったとしても、なんで請願・陳情の趣旨採択に反対したのか、菅直人総理のお膝元の民主党都議に説明を求めたところ「否決できたのに、なんか問題ある訳?」的な対応でした。

 そうしたなか、6月25日に福岡県は暴力団を「美化」した雑誌や漫画5冊を、青少年健全育成条例に基づき、有害図書指定したというニュースが舞い込んだ。青少年健全育成条例の有害図書指定には、過激な性描写の他に暴力・自殺・犯罪の助長などの項目があるが、性描写の次は暴力描写なのか…。読売新聞は「暴力団排除の一環での有害図書指定は全国初」と報道した。指定図書は7月7日から青少年への販売が禁止され、違反すると20万円以下の罰金が科せられる。

 福岡県庁ホームページ「有害図書類の指定について」が6月25日に発表されている。福岡県は4月から「暴力団廃止条例」を施行し、行政・県民・事業者が一体となって、暴力団の撲滅に向けて取り組むためのひとつの方策として、コンビニや書店で暴力団専門誌や暴力団を美化する図書を、青少年健全育成条例の有害図書指定にした、とある。指定図書は以下の通り。
・実話時代7月号(メディアボーイ)
・実話時報7月号(竹書房)
・実話ドキュメント7月号(竹書房)
・劇画版山口組白書激闘と勝ち抜いた侠たち(徳間書店)
・漫画山口組完全データBOOK Vol.11 宅見若頭暗殺事件(メディアックス)



 続いて、読売新聞の九州版(電子版)に「許すな組織暴力」というコーナーで、6月28日「みかじめ料 組幹部に中止勧告、暴廃条例初適用」というの見出し。福岡県公安委員会は福岡市・中州の飲食店から、みかじめ料を徴収していたとして、指定暴力団・山口組系幹部に対して、暴力団排除条例に基づき、みかじめ料を要求しないように勧告した。この暴力団幹部は絵画のレンタル料の名目で、バーやクラブ十数店から、総額約七千万円を受け取っていたとされる。条例では、飲食店などが暴力団に協力する目的で資金提供していた場合はやめるよう勧告し、従わない場合は店名などを公表できると規定されている。違反した場合は、1年以下の懲役か五十万円以下の罰金が科せられる。

 再び福岡県のホームページからリンクされている「福岡県警からのお知らせ」イラスト入りのパンフレット「福岡県暴力団排除条例が制定されました」をじっくり眺めてみたが、イラストの吹き出しが実にわかりやすい。簡単に条例を紹介していく。
1暴力団の排除に関する基本施策
・暴力団員に公共工事の入札に参加させない、県の公共事務から・事業から排除すること。
 暴力団「うちにも入札させろ!」
・暴廃活動により、暴力団から危害を加えられるおそれがあるものに対して、警察が保護のために必要な措置を行うこと。
 住民「助けてください!」「警察が守ります!」
・暴力団を排除する重要性について理解を深めるため。県が集会を開催するなど広報・啓発を行うこと。
 住民「出で行け!暴力団」「暴力追放、がんばろう!」
2青少年の健全な育成を図るための措置。この項目が青少年健全条例とリンクする。
・青少年が暴力団の被害に遭ったり組員にならないための教育が、中学・高校で行われるよう、県が指導・支援すること。
 教師「暴力団は決して許されない反社会集団である」
3事業活動における禁止行為。以下のような悪質な行為には、罰則や勧告・公表される。罰則付の暴廃条例は福岡県が始めて。
・暴力団の威力を利用する目的で暴力団と商取引すること。
 スナックのママ「何かあったらお願いね!」暴力団「鉢植えのリース料!(用心棒代)」
・暴力団に協力する目的で暴力団に利益の供与をすること。
 バーのマスター「がんばってください」と金一封。暴力団「すまねえなあ、しっかり稼げよ!」
 報道の暴廃条例初適用は、この項目にあたるのだ。善し悪しはとりあえず置いておくが、どこでもあるありふれた話ですよね。

 そして話は東京に戻って「都も暴力団排除を条例化へ 資金提供に罰則も」と7月6日の読売新聞。
 警視庁は、暴力団排除都条例の制定に向けた有識者会議(座長・前田雅英首都大学東京法科大学院教授)を設置し、初会合を開き、来年の都議会に条例の提出を目指していると言う。都条例のお手本は福岡県暴力団排除条例であることは明らか。来春に山口組6代目組長の司忍が府中刑務所から出所予定なので、警視庁幹部は「早急に厳しい対策を打ち出したい」と。おおー出たー、また前田雅英せんせ。

 福岡県の有害図書指定は7月だが、実は福岡県警は昨年12月にコンビニ防犯協議会に対して、暴力団を紹介する月刊誌や暴力団の抗争を描くコミック誌について「これらは暴力団を美化する風潮があり、青少年が誤ったあこがれをいだく恐れがあるので、売り場からの撤去」を要請している。それを受け、各コンビニでは販売中止を決めたり、今後検討するという報道があった。(朝日新聞3月25日)

 この動きに対して、福岡県警が撤去を求めた出版物リストに作家の宮崎学さんの著作が原作のコミックが含まれていたために「表現・出版の自由の規制に当たり違憲」として福岡県に対して550円の損害賠償を求め、福岡地裁に4月1日に提訴している。(共同通信4月1日)

政治的駆け引きをどうする、民主党都議団?

■18日の都議会総務委員会の参考人招致の傍聴に行ってきたが
宮台氏は表現規制についてプレゼンテーション。

自民党の議員でいつもヤジ飛ばすセンセは静かでしたよ。
難しくてわからなかったじゃない。
宮台氏のプレゼンが長くて、予定より1時間オーバーでしたからね。
午後1時から6時まで委員会室にて。
傍聴者約50名と、フリーランス含め報道関係者もかなりいました。
テレビカメラは7台入っていた。

規制反対派は、自由法曹団の田中隆弁護士のプレゼンもとても良かった。
論理では圧倒的に規制反対派が、圧倒的に勝っている。
だが、政治は正しい論理が勝つとは限らない。
その辺の政治的、駆け引きに疎いひとが大杉。



■「純潔教育と警察利権」問題なんですけどね。
自公参考人の産婦人科医赤枝氏は、性交は16歳以下禁止。
あらあら、この少子化時代に何言っているだか…。
純潔教育の推進者は、自らが児童買春していたりするんですよ。
赤枝のスキャンダル「週刊新潮」やらないのかなー。

真打ちの前田雅英は、
「エビデンスが無くても、この条例案は正しい。
犯罪抑止効果があるかどうかは、どうでもいい。
著名な漫画家から反論が出てくるとは思ってもいなかった」だって。

自民党の田中議員は、
「誤解に基づく反対論が多い。表現の自由を萎縮させるようなことはなく
不明確な要素は運用上のガイドラインで対応出来る。
『非実在青少年』のわかりにくさは、不適切ではない」だって。




☆ぼやき☆
あーあー、また来週、都庁かぁ。

青少年と児童の定義、そして対案?

「非実在青少年」って言う言葉は、今年の流行語大賞か?
産経新聞がこの言葉を指す場合「二次元児童ポルノ」と言う。

■青少年条例の定義によれば「青少年」は18歳未満。
子どもの権利条約は、外務省訳では「児童」の権利条約。
国内法に「児童買春・児童ポルノ法」や「児童福祉法」という法律があり、
やはり「児童」というのは、18歳未満を指すのだろう。
言葉の響きとして「青少年」より「児童」の方が、低年齢に聞こえる。

産経新聞が「二次元児童ポルノ」という言葉を好んで使用するのは
実在のチャイルド・ポルノグラフィーを想起させるための「二次元」なのだろう。

■都条例改正案は6月議会でも継続と
ウェッブ版で産経が報道しているが
他紙はまだそうした報道は今のところない。
それによれば「民主党が9月議会への継続審議と対案提出の検討」とある。

民主党の対案提出っていうのが、困るのよねぇ。
そもそも論をやらないで、
対案をつくるのが「政治や政策」だって言うのが、やっかい。

■青少年保護条例は、そもそも昭和30~40年代の
「悪書追放」運動の成果によって、長野県を除く都道府県に出来た条例だ。
「保護」を「健全育成」に言い換えても似たり寄ったりで
東京都では、青少年に読ませたくないマンガやゲームなどの図書類を
「不健全」図書指定と言うが、他県では「有害」図書指定というのが一般的。


■子どもの権利条約を、日本が署名して20年経つが
青少年健全育成、そんなパターナリスティク(≒家父長的)な条例なんて、
そもそも時代遅れではないか。
“そもそも論”と言うのは、そういういう意味です。


民主党が対案というなら
「東京都子どもの権利条例」の制定をお願いしたい。

もちろん、憲法21条で規定されている
表現・結社・出版の自由や検閲の禁止、通信の秘密保持は
言うまでもなく前提としてですよーん。

東京都青少年健全育成条例改正案の継続審議について

3月15日のテレビや翌日の新聞で、漫画家のちばてつや、里中満智子、永井豪、竹宮恵子が、マンガの性表現の規制強化に反対しているニュースをご覧になった方は多いだろう。
これは3月議会で審議されている東京都の青少年健全育成条例改正案に反対声明をあげたというもの。通称「非実在青少年」規制問題。ちなみに「非実在青少年」とは、石原知事サイドが作り上げた珍妙な造語で、現実に存在しないマンガやアニメ、ゲームで18歳未満に見えるキャラクターのことを指す。

今回の都議会の知事提出議案の目玉が「青少年健全育成条例改正」と「ネットカフェ規制条例」の新設である。条例改正の中味は、青少年の健全な育成を図るため、児童ポルノの根絶や青少年を「みだりに性的対象とする図書類」を規制し、青少年のインターネット利用環境の整備に関する規定を改めるという概要だ。

メディア・表現規制に関わる重要な問題が、やっと3月15日になって、広く世間に知られるようになったのかといえば、大御所の漫画家がマスコミに登場したからだ。この問題の重要性に気がついた少数の人たちの連携で、わずか10日程度の準備で、都庁において民主党都議団へのヒヤリングと記者会見、緊急集会を1日で開催し、マスコミが一斉に報道したからだ。

都知事サイドは、世間の話題にならないように、こっそり改正案を通すつもりだったが、その目論見は見事外れたのである。

条例改正案は18日の都議会総務委員会で審議され、19日に継続審議が決まった。本会議の議決は3月30日。15日のアクションがなければ、改正案が採択されていた可能性が高い。都議会最大会派の民主党(特に幹部クラス)は、性表現規制の本質を理解していないだけでなく、石原知事や与党の自民党・公明党と事を構えたくなかったのだ。

その潮目が変わったのが、15日。都庁に似つかわしくない若者が、都議会議事堂にゾロゾロ集まり、100人定員の会議室に約300人の人たちが溢れた。会場は身動きできないほど人が溢れたが、都議会議会局サイドも主催者側にそっと注意する程度で、警備の人の対応も極めて紳士的だった。

そして、18日の総務委員会の傍聴は、定員20席のところ40席に増やされ、翌日の委員会の傍聴席も満席。委員会室は携帯の使用が禁止されているが、休憩時間中に傍聴者が、ツイッターに次々リアルタイムで情報をアップしていくのだ。ちなみに私は自宅でパソコンでツイッターチェックと傍聴者と携帯で連絡しながら、ことの次第を把握していた。
その傍聴者の証言によれば、戦々恐々としていたのは、都庁の議会局職員で、ツイッターでリアルタイムでネットに「継続審議、だだ今、決定」と流されているからだ。


そして、つまり6月議会に、課題が持ち超されたというだけ。ここで注意したいのは、継続審議になったので、条例案廃止に向けて、都議会議員にロビーイングしたり、世間の話題を喚起するための集会開催などが必要だということだ。

「非実在青少年」規制問題の新聞報道は、東京新聞「こちら特報部」3月17日と、朝日新聞「時時刻刻」3月16日の解説記事が、ナイスな記事を書いているので皆さん図書館に行ってチェックしてください。その後の後追い報道は、ネットで次々アップされています。

青少年健全育成条例の管轄は、もともと「生活文化局」だった。それが「青少年・治安対策本部」に変わったのは、2004年。石原都知事の就任が1999年、2003年に警察官僚の竹花豊氏を副知事に起用し、新宿歌舞伎町の浄化運動に乗り出す。街に監視カメラを付け、住民のパトロールなど住民の相互監視によって犯罪を抑止しようという「安心・安全のまちづくり」である。

そして今回の騒動の震源地は、青少年・治安対策本部長や青少年課長で、警視庁からの出向組だ。つまり警察官僚が今回の条例改正案を練ったのである。それから、今年1月14日に都知事に提出された、青少年問題協議会の答申を出した専門部会長の前田雅英首都大教授は、「体感治安」悪化のマッチポンプである。日本は世界的に見て治安が良いにも関わらず、治安悪化を煽り、あたかも少年犯罪などの「凶悪犯罪」が増えたというデマゴギーを振りまく。日本の安全神話の崩壊をねつ造した張本人が前田雅英に代表される学者である。
これについては、浜井浩一龍谷大教授が犯罪統計に基づき、その嘘を暴いている。

そして「児童ポルノ法」で実際に子どもの虐待にあたる写真や映像の製造は禁止されたが、「単純所持」を処罰の対象にしようという改正案が前政権下で廃案になっている。その際の自公政権側の推進派の論客代表が前田雅英なのだ。
国で出来ないのなら、まずは東京都からと、青少年健全育成条例の改正によって「非実在青少年」なる造語を作り出し、実在しない架空のマンガやアニメ、ゲームなどのキャラクターに対して、規制をかけようという目論見があったのに、あてが外れたと言うところでしょう。

青少年健全育成条例は全国の自治体にあり、細かい違いはあるものの、似たり寄ったりで埼玉県にもある。性表現規制の問題のほかに、青少年の携帯電話にフィルタリング強化の問題もある。要するに、青少年(18歳未満)の若者が持つ携帯電話のフィルタリングを外す場合は、保護者が書面でそれを自治体に届けなければならないと、という規制問題だ。

東京都は埼玉県と連携してそれを遂行するとのこと。それで埼玉県の言い分は、その件に関するパブリックコメントをとったが、携帯電話の業界団体からは、異論があったけど、保護者からのバブコメって少なかったと。3月26日の県議会で、可決予定。

その後、橋下大阪府知事は「二次元児童ポルノを調査・検討する」と発言した。また、山田京都府知事は「日本一厳しい児童ポルノ規制条例を制定する」とマニフェストに明記している。

 
$権力とマイノリティ-100318都議会総務院会 3月18日の東京都議会総務委員会

「非実在青少年」規制問題は1991年有害コミック騒動の悪夢の再来

今から20年前の1990年、和歌山県の女性らが中心となり「コミック本から子どもを守る会」が結成され、マンガ雑誌の過激な性表現や暴力描写を規制すべき、という署名運動を展開しました。この動きを受けて全国各地のPTAなどの親の会に、次々賛同が広がった。その様子はマスコミを通じて知られることになり、1991年には東京都議会が「有害図書類の規制に関する決議」を採択し、青少年健全育成条例の規制強化に乗り出しました。
 当時与党の自民党「子供向けポルノコミック等対策議員懇話会」では、業界関係者を招き、自主規制の現状について説明する機会がありました。

 そうした動きに対して市民の間から、出版社だけでなく、フェミニストや子どもの人権確立を求める活動家など、幅広い会員から構成されるゆるやかなネットワーク「『有害』コミック問題を考える会」が、集会を開催し、規制を疑問視する運動が広がった。そして1992年には、マンガ家・編集者・書店主らによって「コミック表現の自由を守る会」が結成されたのです。代表は石ノ森章太郎、他に里中満智子など。

 こうした動きの中で行われた集会で交わされた論議は、コミックの「有害図書」指定を、法律や条例で規制するのは、憲法で保障された言論の自由に反するのではないか。あるいは、女性差別にあたる過激な性表現は、差別助長に繋がらないのか。性表現の増殖は実は、性犯罪の抑止になるなど、様々な立場の人たちの議論が活発に行われました。

 結局、この有害コミック騒動以降、出版側の自主規制として、例えばコンビニでも成人雑誌コーナーがあるように「成人向け・18歳未満禁止」というゾーニングマークが設けられることになりました。現在、全国各地の青少年健全育成条例に基づき、「有害図書指定」は行われている。なお「図書類」の中には、マンガ雑誌の他にゲームなども含まれる。

 1999(平成11)年に制定された「児童買春及び児童ポルノ禁止法」で、実際に子どもの虐待にあたる写真類の製造や販売は禁止されたが、「単純所持」については禁止されていない。写真や映像などの「単純所持」についても罰則などを求めるべきだという議論が現在も続いています。

 そして、1991年から20年の歳月が流れ、今年再度、東京都青少年健全育成条例の改正で「非実在青少年」というマンガやコミック、ゲームなど現実には存在しない表現に対して、規制を強化するという条例改正案が2月24日に東京都で発表されました。
 これは今年1月14日に都知事に提出された、東京都青少年問題協議会の「メディア社会が拡がる中での青少年の健全育成について」の答申を受け、条例改正案が2月24日に都議会に出されたものです。

 石原慎太郎都知事は、3月2日の都議会において、以下のような答弁をしている。
「児童ポルノや子どもへの強姦などを描いた漫画の蔓延を、見て楽しむだけなら個人の自由である、いかなる内容であっても表現の自由であると許容することは、自由の履き違い。保護者が幼い子どもを性的写真集の被写体として売り渡す行為は、子どもを使って自己の欲望や利益を満たそうとする、卑劣であるまじき下劣な行為である。青少年健全育成条例を改正し、児童ポルノの根絶とこの種の図書類の蔓延の防止に向けて、現存のおぞましい状況にこの東京から決別していきたい」