権力とマイノリティ -27ページ目
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医療モデルと「人格の矯正」

■近代刑法と精神医療の関係
 「心神喪失者医療観察法」(今年7月施行)の取材をしてきたわたしにとって、『狂気と犯罪 なぜ日本は世界一の精神病国家になったのか』(芹沢一也著 講談社+α新書・2005年)は、まさに目から鱗の本であった。
 日本近代の司法と精神医学の果たしてきた、歴史的・思想的な言説を丹念にたどる芹沢氏の仕事は、わたしが整理できずにモヤモヤしていた「司法精神医学」の日本への応用を、ものの見事に明らかにしてくれた。「人格」を裁く現行刑法の39条「心神喪失者の行為はこれを罰せず、心神耗弱の行為はその刑を減軽す」という規定に関する考察、そして治安維持のために、積極的に日本の精神医学がそれに手を貸してきた歴史的な事実。その歴史と事実のうえに構築された「精神病院大国ニッポン」の現実・・・。

■「不健康な」社会に増える心の病
 わたしは、現代人の「心の病」を治療し、その心身のストレスを軽減するための精神医療を積極的に評価している。自殺者が3万人を超える時代にあって、その多くはうつ病などの精神疾患が関与しているといわれるが、いまだに偏見と差別があって、精神科受診の敷居はそれほど低くなっていない。それは、心の病が「狂気」と結びつき、一般医療とは異なる「外部」を内包しているからではないか。ところが、長期不況によるリストラや少子高齢化など、将来に対する漠然とした不安を抱え込み、「不健全」な社会に生きる現代人に、心の病を発症する人が増えるのは、ある意味で必然なのではないかとさえ、思える。
 事実上の保安処分になるであろう医療観察法に対する世間の関心が低いのも、精神疾患は一般疾患と違い、自分とは関係ない病気であるという認識があるからだろう。しかし「保安処分施設」である精神医療の特別病床が、自分の住む町にできるとなると、「危険で迷惑な施設はいらない」と、市町村あげて反対の大合唱で、今年7月までに厚労省が建設を予定していた国公立病院の24カ所(792床)の交渉は暗礁に乗り上げ、着工されたのは国立病院の3カ所のみである。そのため、法律施行前から、必要な病床を確保できるまで「代用病床」で可能という法律改訂を政府・与党は余儀なくされていている。

■精神医療で人格の矯正は可能か
 そんな現実を考えながら、犯罪、狂気、貧困を〈大正的な権力〉から、読み解く芹沢一也氏の『〈法〉から解放される権力』(新曜社・2001年)をひもといた。そこに、大正デモクラシーの代表的論客である吉野作造の言説を分析する次のテキストがあり、思わずわたしは「えぇ・・・」と、うなってしまった。
 「〈政治の領野〉に国民の意志を表象=代表する〈政治家〉が登場するのであるが、ここで注目すべきは、この〈政治家〉という形象が造形されようとするとき、そのモデルを提供したのが病人を治療する医者だった」
 医療、治療、矯正へと導かれる〈医療モデル〉が、政治の領域で、応用されていたとは、いったいどういうことなのか・・・。医者は不健全な社会で心やからだを病んだ人間を、さまざまな方法を駆使して治療し、快復しないとなると、その人間の生活習慣の改善などの努力が足りないと、病気になった人間の「自己責任」が追及される現代である(2003年5月施行の健康増進法第2条「健康増進は国民の責務」など)。
 おそらく、医療観察法の本来のターゲットは、精神障害者ではなく、治療不能とされる「人格障害者」を〈矯正〉し、「社会復帰」を促進するという名目で、長期拘留も可能な法律ではないかと考えられる。

 〈政治と治療〉かぁ・・・なぜか重たい・・・。
 

発達障害者支援法について

■LD、ADHD等に対する教育支援が目的の理念法
 「発達障害者支援法」は、超党派の議員立法により、2004年12月に成立し、今年4月から施行された。
 この法律における「発達障害」とは、低年齢で発現する「自閉症、アスペルガー症候群、その他の広汎性発達障害、学習障害(LD)、注意欠陥多動性障害(ADHD)」をさす。これまで「障害」と認められず、教育・医療サービスの対象にならなかった「制度の谷間」にあった発達障害児に対する支援を行うことが目的だ。
 文部科学省は2002年に、LDやADHD、高機能自閉症(知的障害のない自閉症)などに関する全国調査の結果を発表した。通常学級の担任教師を対象に、4万人を越える児童生徒を関する本格的な始めての調査である。調査結果は「知的発達に遅れはないものの、学習面や行動面で著しい困難を持っている」と担任教師が回答した児童生徒の割合は、全体で6・3%にのぼった。
 学習障害(LD)とは、知的に遅れはないが、聞く、話す、読む、書く、計算する、または推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困難を示す。注意欠陥多動性障害(ADHD)とは、年齢や発達に不釣り合いな注意力、衝動性、多動性を特徴とする行動の障害で、社会的な活動や学業に支障をきたす。
 高機能自閉症とは、他人との社会的関係の形成の困難さ、言葉の発達の遅れ、興味や関心が狭く、特定のものにこだわることを特徴とする行動の障害である自閉症のうち、知的発達の遅れを伴わない。

■財政的な裏付けのない理念法
 「発達障害者支援法は理念法であり、財政的な裏付けや罰則規定がないという課題はあるが、発達障害児の医療的・教育的支援はこの法律の実現に向けて行っていくべき」
 と小児神経科医として、長年、発達障害児の診療にあたってきた、お茶の水大学子ども発達教育センター教授の榊原洋一氏は語る。
「最近、発達障害のハイライトとして、3障害にスポットが当たっているのは、数が増えたからではない。元来そうした子どもたちは存在したが、近年こうした軽度の発達障害の医学的診断ができるようになった。多動性障害は80年代からアメリカで中枢神経刺激薬であるリタリンが治療に効果があることがわかり、日本でも子どもの発達障害を診ている医師が、ここ数年診断して治療するようになっている」
 文部科学省は法律の制定に先立って、2004年1月に「小・中学校におけるLD、ADHD、高機能自閉症の児童生徒への教育支援体制の整備のためのガイドライン」を策定している。このガイドラインでは、教育委員会や学校において、発達障害児に対する教育支援体制をどのように整備していくのか、具体的な方法論が示されている。

■医療・教育支援に大きな課題
 今後、発達障害者支援法が周知されるにつれ、子どもに発達障害を疑う親たちが増えることが予想される。しかし、現実には対応できる専門医が非常に少ないし、医師不足だけに問題はとどまらない。
 「医師が発達障害児を診察するのに30分以上はかかる。薬物療法以外の治療には、臨床心理士、言語聴覚士、作業療法士などコメディカル・スタッフをそろえないと、専門的な治療が行えない。ところが、こうした専門的な治療には診療報酬が支払われないため、専門クリニックでは年会費として20~30万円支払ったうえに、毎回さらに自費診療になる。本来こうした診療は、公費で賄われる必要がある」
と榊原氏は指摘する。
 発達障害児の教育や医療支援を充実させるには、そのニーズに見合った教育・医療予算の増額が不可欠だ。
 GDP(国内総生産)に占める学校教育費の比率は、OECD(経済協力開発機構)30カ国中29位の3・5%、日本の教育予算の低さは先進国のなかでも最低だ。第1位のスウェーデンの約半分しか投資されていない。これをOECD諸国の平均4・8%に上げることで、特別支援教育を始め、さまざまな学校教育の充実が実現できる。少子化社会だからこそ、子どもたちに対する教育費の増額が必要ではないか。

心神喪失者医療観察法とは

■「再犯のおそれ」を誰も予知できない
心神喪失者医療観察法は、7月から施行されるが、マスメディアが報道しないので、この法律について知る人は大変少ない。この法律は重大事件で心神喪失を理由に、無罪や不起訴になった精神障害者に対する処遇を決める法律である。
 この法律は2001年6月に起きた大阪池田小事件をきっかけに、検討が進められてきたといわれるが、実はそれ以前から着々と準備が進められていた。ここでいう重大事件とは、殺人、放火、強姦・強制わいせつ、強盗、傷害などをさす。
 現在、精神科医の診断で「自傷他害」のおそれのある精神障害者の入退院が決められる「措置入院制度」があるが、この制度では不十分との指摘があり、この法は犯罪を犯しても不起訴になったり、実刑判決を受けなかった精神障害者に新たに適応される。刑法39条によって、精神鑑定で「責任能力なし」と判断された犯罪者は、司法ではなく精神医療に身柄が委ねられる。それがいっそうこの法律によって強化されることになる。
 この法律によれば、精神科医と裁判官の合議制によって、「再犯のおそれ」があると判断された場合、犯罪を犯した精神障害者を無期限で精神病院の特別病棟に拘束することが可能になる。 精神障害者は、一般人に比べて犯罪を行う危険性が高いと思われているが、実はこれはまったくの誤り。重大事件とされる犯罪行為で、一般人と精神障害のために不起訴になった人の再犯率をみてみると、一般人の受刑者は約5割が再犯を犯すが、精神障害者の再犯率は1割にも満たないことが、統計上明らかにされている。

■精神科医は「再犯のおそれ」を予言できるのか
 また、「再犯のおそれ」を科学的に立証できる根拠はあるのだろうか。2002年5月28日衆議院本会議において、坂口厚労大臣(当時)は「精神障害者の再犯予測は可能であり、その根拠はオックスフォード精神医学教科書の2000年版にある」と答弁した。
 しかし、これは真っ赤なウソ。オックスフォード教科書は、「精神障害者の犯罪予測はとても困難である。国家や社会が彼らを危険視するのは、その社会が『危険』と判断するからだ。精神障害者の殺人事件はきわめて希なので、殺人を犯す患者を精神科医が事前に『予言』すれば、多くの精神障害者を誤って危険とみなし、不当な拘束を招くことになる」と記述している。

■精神障害者が地域で暮らすための医療・福祉サービスの充実を
 WHO(世界保健機構)は、2002年3月に日本の精神医療について「病院収容から地域医療への転換を緊急に進めるべき」との勧告をまとめた。日本の精神病床が、人口比でも絶対数でも、世界最大であることが指摘された。日本の精神病床は世界全体の18%を占め、すでに隔離政策から地域医療に転換した欧米諸国はもちろん、ロシアや中国よりも多い。日本は世界にまれに見る精神病院大国なのだ。
 日本の精神医療は「特別に劣悪な医療」とされ、「医療なき隔離収容」だ。精神科特例といわれる制度で、一般医療よりも格段に少ない医師や看護師などで、患者に大量の薬を飲ませ、入院患者を管理をすることが余儀なくされ、治療を行うのが厳しい実状がある。
 心神喪失者医療観察法によって、隔離政策が助長され、精神障害者をスケープゴートに、新たに性犯罪者など治療不能とされる「人格障害者」が、この法律の適応になることが予想される。
 

フェミニズムと憲法

■改憲論議が進むなかで考えること 
 最近、女性史研究者の鈴木祐子さんの講演を聴いた。フェミニズムの視点から、天皇制や戦争責任について研究してきたフリーランスの研究者だ。
 一昨年の反戦デモでわたしは、鈴木さんの著書にあった「国防婦人会」の史料を参考に、割烹着のコスプレで参加した。着物姿で割烹着をつけ国防婦人会と書いたたすきを付けた横須賀のデモだった。わたしのコスプレを見て、ノンフィクション作家の吉田司さんが、すぐさまどぶ板横町で旭日旗と日の丸の付きの鉢巻きを買ってきてプレゼントしてくれた。地域のデモでも、やはり同じコスプレでデモに参加した。

■「つくる会」教科書はあぶない
 さて、鈴木さんの講演だが、この8月が教科書採択でもあり、「新しい歴史教科書をつくる会」の歴史認識の話から始まった。研究者として白表紙本を読み、「つくる会」教科書の「戦争」の描き方や「日本国憲法」の記述について触れた。
 「つくる会」教科書は、戦争を「英雄的」に描き、「愛国心」をインプットさせる記述があり、天皇制を「日本のよき伝統」と賛美し、戦争を推進した昭和天皇の「罪」を隠蔽している。「従軍慰安婦」や「南京大虐殺」は、デマゴギーであり、なかったことごとされ、他の教科書もそれらの記述に関する分量が減っている。
 昨年から「九条の会」や「憲法行脚の会」が活動を始め、地域でも九条の会などの活動が広まっている。日本国憲法が平和憲法といわれるのは、前文の「恒久の平和の祈願」「平和のうちに生存する権利」などが明記され、憲法9条に「戦争の放棄、軍事および交戦権の否認」があるからだ。
 しかし、改憲論者たちは「国防の責務」だとか「自衛隊を自衛軍に格上げ」などと、戦争のできる国づくりを画策している様子だ。

■憲法24条「両性の平等」は、家制度からの解放
 そのため、9条だけでなく他の条文もいろいろと変えようとしている。その中のひとつに男女平等を規定した24条がある。24条は「家族生活における個人の尊厳と両性の平等」である。これによって、対等な男女の合意による婚姻規定がされ、民法改正で「戸籍制度」が法的に廃止されだが、私たちの社会は未だに「家制度」の意識を引きずっている。
 天皇制は、家制度・家父長制を統括するものであり、女性差別の最たるものである。さらに、天皇制は女性差別だけでなく、被差別部落や在日韓国朝鮮人差別など、あらゆる差別の根源なのだ。ちなみに、憲法において天皇に関する条文は1条から8条まである。
 私たちの社会は、実は社会的弱者に冷酷な社会であり、社会保障制度の解体が進行するなか、障害者や高齢者に対する福祉制度が機能しなくなってきている。これもいまだに私たちの社会が、天皇制の呪縛に囚われている結果なのだろうか。 
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