心神喪失者医療観察法とは | 権力とマイノリティ

心神喪失者医療観察法とは

■「再犯のおそれ」を誰も予知できない
心神喪失者医療観察法は、7月から施行されるが、マスメディアが報道しないので、この法律について知る人は大変少ない。この法律は重大事件で心神喪失を理由に、無罪や不起訴になった精神障害者に対する処遇を決める法律である。
 この法律は2001年6月に起きた大阪池田小事件をきっかけに、検討が進められてきたといわれるが、実はそれ以前から着々と準備が進められていた。ここでいう重大事件とは、殺人、放火、強姦・強制わいせつ、強盗、傷害などをさす。
 現在、精神科医の診断で「自傷他害」のおそれのある精神障害者の入退院が決められる「措置入院制度」があるが、この制度では不十分との指摘があり、この法は犯罪を犯しても不起訴になったり、実刑判決を受けなかった精神障害者に新たに適応される。刑法39条によって、精神鑑定で「責任能力なし」と判断された犯罪者は、司法ではなく精神医療に身柄が委ねられる。それがいっそうこの法律によって強化されることになる。
 この法律によれば、精神科医と裁判官の合議制によって、「再犯のおそれ」があると判断された場合、犯罪を犯した精神障害者を無期限で精神病院の特別病棟に拘束することが可能になる。 精神障害者は、一般人に比べて犯罪を行う危険性が高いと思われているが、実はこれはまったくの誤り。重大事件とされる犯罪行為で、一般人と精神障害のために不起訴になった人の再犯率をみてみると、一般人の受刑者は約5割が再犯を犯すが、精神障害者の再犯率は1割にも満たないことが、統計上明らかにされている。

■精神科医は「再犯のおそれ」を予言できるのか
 また、「再犯のおそれ」を科学的に立証できる根拠はあるのだろうか。2002年5月28日衆議院本会議において、坂口厚労大臣(当時)は「精神障害者の再犯予測は可能であり、その根拠はオックスフォード精神医学教科書の2000年版にある」と答弁した。
 しかし、これは真っ赤なウソ。オックスフォード教科書は、「精神障害者の犯罪予測はとても困難である。国家や社会が彼らを危険視するのは、その社会が『危険』と判断するからだ。精神障害者の殺人事件はきわめて希なので、殺人を犯す患者を精神科医が事前に『予言』すれば、多くの精神障害者を誤って危険とみなし、不当な拘束を招くことになる」と記述している。

■精神障害者が地域で暮らすための医療・福祉サービスの充実を
 WHO(世界保健機構)は、2002年3月に日本の精神医療について「病院収容から地域医療への転換を緊急に進めるべき」との勧告をまとめた。日本の精神病床が、人口比でも絶対数でも、世界最大であることが指摘された。日本の精神病床は世界全体の18%を占め、すでに隔離政策から地域医療に転換した欧米諸国はもちろん、ロシアや中国よりも多い。日本は世界にまれに見る精神病院大国なのだ。
 日本の精神医療は「特別に劣悪な医療」とされ、「医療なき隔離収容」だ。精神科特例といわれる制度で、一般医療よりも格段に少ない医師や看護師などで、患者に大量の薬を飲ませ、入院患者を管理をすることが余儀なくされ、治療を行うのが厳しい実状がある。
 心神喪失者医療観察法によって、隔離政策が助長され、精神障害者をスケープゴートに、新たに性犯罪者など治療不能とされる「人格障害者」が、この法律の適応になることが予想される。