2月5日岩上安身さん講演会 | 権力とマイノリティ

2月5日岩上安身さん講演会

翼賛メディアを撃て 独立系ジャーナリズムの可能性


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皆さんこんばんは。岩上安身です。
事前アンケートによれば、私のことを知らない人が会場に3割はいる(笑)。だけど、新聞やテレビが真実を伝えていると信じている人は、ほとんどいないという特異な集まりの様です、この講演会は…。

最初に前提になることを話しますが、09年に政権交代という大きな政治的変化がありました。それに伴い、メディアをめぐる大きな変化・マスメディアの問題がある。情報というのは、個々の発信と受信であるはずですが、情報発信というとマスメディアの発信のことを指すと思われています。従来は例えば朝日から産経、左から右まで幅があった。しかし最近、どのマスコミも均質な情報しか流さなくなりました。これはおかしいことです。

マスコミが、横並びで報道するようになっている原因に、記者クラブの問題があります。記者クラブ問題は、メディアの限界を露呈するようになった。これは日本だけでなくチュニジアで起きたジャスミン革命や、今エジプトで起きていることについて、テレビや新聞は「動乱、暴徒」と報道していますが、果たしてそうでしょうか。実はエジプトの民衆革命なのです。これを牽引したのがいわゆるソーシャルメディア・ツイッターやフェイスブック、ユーチューブ、ユーストリームなどです。これらは非常に大きな社会的テーマになっている。

去年もソーシャルメディアが大きく関わった問題があります。尖閣諸島の中国漁船の問題も映像がユーチューブにアップされたから広がった。あるいはウィキリークス。暴露サイトとか告発サイトと良くない形容がされることが多いのですが、ウィキリークスの当事者はジャーナリズムと言っている。それはもちろん従来のジャーナリズムとは違う。しかし、こう言うのはけしからんと政府は言っています。

政権交代後に記者会見がオープン化され始めたので、私は何度も大臣会見に足を運んでいます。だけど前原さんは「政府の情報を取ってきてけしからん」という言い方をします。でもよく考えてみると、大臣の記者会見の内容は誰のものなのでしょうか。政府はどんな権限があって情報を独占することが出来るのか。その中には秘匿してしまい情報、国民にとって不都合な情報もあります。そうした中、メディアや情報の主権について考えなければいけないと思います。メディア情報環境は、インターネットやソーシャルメディアの発達で大きく変わって来ました。環境が変わって来ただけでなく、その情報の取り扱い方をどうするのか、私たちは否応なく問われるようになって来ました。ここで情報の主権者はいったい誰なのか、それが問われるようになった。つまり私たち国民が情報の主権者だと言うことを認識すべきです。

最近、フリーランスの記者たちが中心になって、まだ名前は仮称なんですが「自由報道協会」を設立しました。これは既存の記者クラブとは違う情報発信の場をつくろうという趣旨で始めた運動なんです。
09年の政権交代で変わったことのひとつは、メディア環境の変化。大臣の記者会見のオープン化です。ふたつめは、当然ながら政治が変わったことです。政権交代から始まった後に、鳩山政権から菅政権への民主党政権の変遷の中で、大きく変質してしまったのことも認めざるを得ない事実です。現在の民主党政権をどう評価していいのか、当惑している人たちが少なからずいます。これまでの自民党政治に飽き飽き人たちが民主党に投票した。それに与党の看板を掲げて実質的な権力を握ってきた官僚や経済界・マスメディアなど、既得権益を握って来た勢力に対する不満や批判として民主党を支持した人も多かったでしょう。

私たちは省庁の事務次官を交代させたくても出来ません。日本は議院内閣制ですから、国会議員を選んで、国家権力や行政権力をコントロールしていくことは、大事だし必要なことです。政権交代でそうした期待感が高まったのに、ここに来て落胆してしまった。気の早い人は、民主主義はダメなんじゃないかと思って、投票に行かないなど、選挙に無関心な層が増えいるようだし、政権交代そのものや民主党をどう評価したらよいか迷っています。我々はこの辺を見定めないといけない時期に来ているのです。

私はデモクラシーは大事な制度だと考えます。それに常に息を吹き込んで行くことが必要だし、そもそも民主主義の主体は、私たち国民・有権者である市民です。自らが発言もせず行動もしないで、背を向けるのではなく、出来ることをやっていくことが求められていると思います。そういう前向きな姿勢を持ち続けていくことが必要だと思います。その前提で批判すべきは、現在の菅政権のあり様ではないでしょうか。民主党の体質そのものが問題だとも言われますが、ずっと取材をしていて痛感するのは、今の民主党はふたつの政党になっている“現実”です。ひとつの政党として09年のマニフェストを掲げ、政権交代を果たした民主党ではなくなっています。マニフェストを裏切り続けているなら、私は民主党を容赦なく批判します。議員の中には言行一致で行動している人もいるし、どっちに乗ったら勝ち馬になるのか、窺っている中間派も多いでしょう。

言い換えると議員に大きな影響力を与えているのは、マスコミだとも考えられるます。が、マスコミも含めた世論であり、有権者である私たち市民が主体なのです。我々自身がこの国の主権者であり、主人公であることを自覚することが大切ではないでしょうか。自分の手の届く議員に対して、おかしいことはおかしいと発言し、向くべき方向はこちらではないのですかと説得していくこと。そして議員の話しの方が違うのなら、納得のいくように説明して欲しいと…。説明と同意もなく、約束を変えるのは明らかにおかしい。約束というのをどうにでも変えていいというのは、大きな間違いです。

約束をしたんだから、それを守れ! と言うのは当然のことです。約束は破るためにあると言う新聞がありますから呆れてしまいます。最近はろくろく新聞を読みませんが、ツイッターをやっていると、今日の社説にこう書いてあったと書き込まれているんです。そういう新聞は破り捨てましょう! そして不買を呼びかけましょう。そして新聞の専売店の人たちに、今日の新聞はおかしいよと言いましょう。これを本社に伝えてくれと。そして新聞本社に意見をメールやファックスや電話で伝えましょう。電話をかけて窓口の人を困らせるようなクレーマーをやれと言っているのではないのです。繰り返される冷静で説得的な抗議はやっていいことでなんです。それでメディアが変わらないというのであれば、我々はそれを相手にしないという選択をすればいいんです。私はすでにそれを選択していますが、自滅するマスコミは変われません。だとしたら、我々はよき営みをすればいいんです。今、自分たちの力でメディアでつくることは可能です。自分たちの手で発信し、新しい政治カルチャーをつくればいいんです。ソーシャルメディアの発達で、それが可能に時代になったのです。

■TPPは米国の「年次要望改革書」の強制執行?

現在の政治的課題としてTPPがあります。これは国民に情報開示されていないでなく、経済界や支配層にも本当のことが伝わっていません。対米従属ベッタリの菅政権は「ハイ、これから始めようぜ」という状態になっていることをわかって欲しいのです。3番目。国際関係の変化も今大きな曲がり角に陥っています。ひとつは米国との関係ですが、対中国との外交です。1年以上前から対話を続けてきた元外務省国際情報局長の孫崎享(まごさき・うける)さんとDVDを制作しました。制作当時はそれを公開するのはためらわれたですが、最近は理解者が増えてきましたし、もっとこのことを広めていかなければならないと思っています。別に危険思想を吹聴しているわけではなく、事実に基づいて対談しているだけですが、既存のマスメディアのコードに未だに引っかかります。

端的に言って日本はアメリカの属国です。アメリカの教科書に「保護国」という言葉が出て来たりするんです。日本は独立国だと思い込まされていますが、独立国としての権利を我々は持っていないのです。そのことは薄々は知っているが、そのことを正面から取り上げるようなことはしません。「真の独立の達成を求めよう」などと言うことをさせられなくなってきた。何でそういうことを問い直さなければならないのか。これまではアメリカの従属国・保護国としてだだ温和しく従っていれば、いい時代もありました。冷戦下においては、そういう選択肢もあったかもしれない。冷戦が崩壊したあと、それを見直す機会もあったはずですが、それもまた潰されて来ました。それを検証するという作業は、とても勇気のいることでもあります。こうしたことを既存メディアで語ることは出来ません。しかし、我々は待ったなしの所まで来ています。

それは「帝国」としてのアメリカが持たなくなって来たという事実です。帝国は帝国で従属国を抱え、直接的にも間接的にも支配をしてきました。それによって利益を得てきた超大国でなのですが、それによって従属国には経済的な見返りがあったということも事実です。しかし、リーマンショックは、そうした経済的な利益を従属国にもたらすことが出来なくなったほどのダメージだったんです。

一方、中国については、バブルが崩壊するとかいろいろ言われ、国内にさまざまな矛盾を抱え続けながらも、経済成長を続けています。いつか抜かれると言われていましたが、ご存じのように中国は去年、日本のGDPを抜いたわけです。今後、中国のGDPはそう遠くない時期にアメリカのGDPを抜きますよ。これからの世界経済の中心は間違いなく中国になるでしょう。日本・米国・中国だけの関係をとってみても、経済の中心は中国です。中国の経済は下請け経済に過ぎないと言う人がいますが、それは“成長経済”について見誤っています。中国経済の成長スピードはすざましい。アメリカや日本の経済は成熟していまったので、外部に“成長経済”を持たないと、やっていけない所まで来てしまっています。ヨーロッパも同じです。

アメリカの貿易相手国は日本ではなく、もはや中国です。実はヨーロッパも含め先進国は自国との貿易は中国が中心だと考えています。まだまだ中国は成長を続けます。我々が目前の経済的利益のために、中国に市場を求めていくことは当然です。それと同時に、自国の安全保障のために、向き合うべき相手は目と鼻の先にある中国です。外交と安全保障は両輪です。例え戦争をやってもそれが終わったらまた付き合わなければならないわけです。まして絶滅させるなんて妄想だし、なんとか折り合っていかなければならない。国益に関する問題が起こった時には、言うべきことは言い、入られないように守りを固めるのが外交です。片手で殴れるように拳を握りながら、もう片方の手で握手が出来るようにしておくということです。今、日本と中国はそうした状況にはありません。

先の尖閣諸島の中国漁船問題について、ここまで大騒ぎになったのは、中国嫌いの人たちだけでなく、政府の要人や大臣までが騒いだのです。「絶対に領土は1ミリも譲っていけない」と…。冷静に考えればわかるように、たかだか漁船が来ただけで、一挙に領土問題に持って行ってしまうようなことではない。外交交渉を辛抱強くしなければならないことがいろいろあるのに、その外交のトップにある前原外務大臣がそのあり様です。僕、記者会見をすぐ目の前で見ていたし、そもそもその質問をしたのは私ですから(笑)。外務大臣の記者会見はユーチューブにアップされているから、中国の要人だってそれを見るでしょう。中国に喧嘩を売っているようなものです。それは非常に困りますよね。いざとなったら前線に立つことのない立場の人に、そういう騒々しいことを言われるは…。計算があってそう発言しているのであって、ただの無知とか暴言ではないですよね。

前原さんは「日米同盟の深化は国是」という文脈で発言している。日米同盟と日米安保の違いについて、私たちはきちんと説明されたことがありせん。そうして私たちはアジアの中で孤立させられることになり、隣国との円満な関係をつくれなくなってしまう。空想的な平和主義の話ではなく、現実な世界の話です。現実的に利害関係があるのは当たり前のこと、皆さんが家庭や職場で相手に対して毎日やっていることです。家族の中でも隣の家とも会社でも、何かと面倒くさいことに折り合いをつけて、私たちは生活しています。それと同じように日本政府が当事者として相手国と話し合い、問題を打開していくという外交を戦後60年間やってこれなかった。それは日本の外交はアメリカがやるものだったからです。アメリカに従属している我々の意識の問題だけではなく、制度的にそうなってしまっている。それを見直さないと、やっていけなく日が来ることに、そろそろ気付くべきではないでしょうか。それには日米同盟に関するベーシックな知識が必要です。

米中関係というのは、冷戦期の米ソ関係とは異なり、ぶつかり合いながらも相手と手を結ぶという戦略的な関係を構築しつつあると言えます。アメリカにとって大事な市場である中国と従属国の日本が、それに先んじて仲良くなることを許さない。日本はあとから付いてくればいいと…。さて、こういう状態がいつまで続くのでしょうか。日本と(北朝鮮も含め)中国との関係は、根深いものだというプロバカンダがずっと続いています。肝心要の国益や我々の経済や生活のために、隣国との友好関係を何らかの形で躓かされている。こうした三つのことが重要なテーマで、お互いに重なり合っているのです。

政権交代を果たしたアメリカの言いなりにならない鳩山政権の後の菅政権は、対米従属政権になりました。小沢一郎の「政治とカネ」問題は、単なる収支報告書の「期ズレ」に過ぎません。検察は村木問題に見るように、単に前田検事のフロッピー改ざん事件ではありせん。最近開かれた「検察のあり方検討会」で村木さんが言ったことは、マスコミでまったく報道されていません。虚偽で証拠すらない検察にとって都合のよいストーリーがつくられたのです。前田検事だけでなく、検察が組織的に動かなければ、都合のよいストリーを創作することは出来ません。そのストーリーの辻褄が合わなくなったので、証拠としてフロッピー改ざんが行われたのです。検察は民主党の石井一議員を落とし入れようとしたけど、アリバイが露見してし、村木さんは無実だった。こうした検察の強引な手法、やっていようがいまいがのでっち上げのストーリーを、記者クラブメディアは、検察のリークとして垂れ流し続けて来たのです。誤報どころか虚報を垂れ流しています。

菅さんがいま総理大臣になっているのは、「国民の生活が第一」というスローガーンを掲げて、民主党の政権交代が実現したからでしょう。なのに、国民の生活はどうでもよくなって「小沢切りが第一」になっている。本当におかしいですよ。それで内閣改造をして、立ち枯れのおじいさんを座らせてしまった。あっ、すいません“あ”が抜けていました。どういうことでしょうか。消費税増税のために失敗した経験は、97年の時に経験しているんです。これは非常に危険なことで、消費が冷え込むことは明らかです。

法人税の減税と消費税の増税はセットです。消費税は89年に導入されて、年に220兆が私たちの財布から抜き取られています。ほぼ同額が法人税の引き下げで補填されているのです。その法人に行ったお金はトリクルダウン、したたり落ちるんだと言われてきた。マネーは大企業から中小企業や労働者に回ると言われてきたけど、労働分配率は下がり続けているじゃないですか。労働法制は激変し、非正規雇用だらけになってしまった。

菅さんは去年「一に雇用、二に雇用」と言っていましたが、今年になってからまったく言っていませんよ。ひどい話ですよね。菅政権の変質は、アメリカの意を汲んだ政権であることに違いありません。すでに大政翼賛会になっている。そして記者クラブメディアは、自由報道協会の邪魔をするなよ。国民から見放されて博物館の中で生き残っていけばいい。何もシーラカンスを撲滅せよとは言いません。そういえば、こういうものもあったとよなあー、伝統芸能のように。

情報の主権者は私たち国民なんです。記者クラブメディアはヌケヌケと「編集権の独立」と言いますが、経営からの独立、権力からの独立はあっても、国民からの独立はあり得ず、記者クラブメディアは国民から独立してしまっています。編集権の独立を自由に情報操作が出来ることと勘違いしているんです。私たちは生きている瞬間に情報を取捨選択しているんであって、それをカスタマイズして、編集していけばいいんです。ツイッターではタイムラインと呼んでいますが、情報の受信も発信も私たち一人ひとりがやっていけばいいんです。「声なき声」ではなく、大きな声を出して行くべき時ではないでしょうか。